人生100年時代と言われても、長生きしたいと思えない方が増えています。2025年11月12日放送のNHK「クローズアップ現代」では、老いの中でも特に受け入れがたい「排せつ」と「おむつ」の悩みに焦点を当てました。この記事では、番組で紹介された専門家のノウハウや当事者の声から、老いへの抵抗感を和らげるヒントをお伝えします。読むことで、超高齢社会を生きるための新しい視点が得られるでしょう。
クローズアップ現代が伝えた「排せつ・おむつ」への抵抗感の実態
2025年11月12日に放送されたNHK「クローズアップ現代」では、”老いへの抵抗”を和らげる「老い上手」「介護上手」の秘けつというテーマで、多くの高齢者が抱える深刻な悩みに迫りました。
番組では、運転免許証の返納、車いすの利用、施設への入居など、人生100年時代において自らの老いと向き合う場面が増えている現状を取り上げました。その中でも、とりわけ受容が難しいのが「排せつ」の問題です。
実は、大人用おむつの出荷額は今や子ども用を上回り、市場規模はこの5年間でおよそ1.4倍に急拡大しています。これは高齢化の進展とともに、排せつに関する悩みを抱える方が確実に増えていることを示しています。
名古屋市が6年前に設置した全国でも珍しい「高齢者排せつケアコールセンター」には、相談件数が年々増加し、2024年には約1500件と過去最多を記録しました。県外からの電話も寄せられるほど、相談先が見つからず一人で悩みを抱え込んでいる方が多いのです。
さらに衝撃的なのは、100歳まで生きたいと思う日本人はわずか26.3%という国際調査の結果です。他国と比較しても著しく低い数字であり、日本人が老いることに対して強いネガティブな感情を持っていることが浮き彫りになりました。
番組では、大阪大学大学院人間科学研究科教授の権藤恭之さん、皮膚・排せつケア特定認定看護師の浦田克美さんという専門家を招き、この問題に多角的に迫りました。桑子真帆キャスターの問いかけに、二人の専門家が丁寧に答えていく形で、老いと排せつの問題が持つ心理的な側面が明らかにされていきます。
なぜ老いを受け入れられない?おむつ拒否に隠された心理とは
番組で紹介されたのは、サービス付き高齢者向け住宅で生活する飯沼朗子さん(82歳)のケースです。認知機能の低下は見られるものの、積極的に運動訓練を行い自立した生活を続けようとしている飯沼さんですが、おむつをはくことには2年前から強い抵抗感を示しています。
飯沼さんはスタッフの前では一度履いたおむつを後で脱ぎ捨ててしまうため、ズボンが濡れてしまうこともあります。排せつ介助の回数は通常の2倍、1日10回以上に及びます。かつて飯沼さんはスタッフに「そんなん病人がはくもんや」「みんな普通のパンツ履いてはんのに、なんでこのパンツ履かなあかんねや」と訴えていました。
早くに夫を亡くし、女手一つで二人の子どもを育ててきた飯沼さん。仕事と家事の両立で大変な時も弱音をこぼすことはなく、「生涯私現役で、頑張るわ」と言っていたほど仕事に打ち込んできた方です。娘の和佳子さん(54歳)は、母の抵抗感にはその生き方が関わっているのではないかと考えています。
「年寄りやと思われたくないんでしょうね。まだまだ若いし仕事頑張ってたしね。こんなんはいたらもう一気に老け込む、おばあちゃんになってしまうっていう、自分のプライドみたいなのがあったんでしょうね」と和佳子さんは語りました。
権藤恭之教授は、この心理について重要な指摘をしています。100歳まで生きる方のうち自立できる方は約2割しかいません。飯沼さんのように30年、40年、50年と高い生活能力を保ち続けてきた方が、急激にできなくなりおむつが必要になる状況は、「明日死んでしまうよと言われると同じぐらい大きなショック」だと言うのです。
今まで自分が大人だと思い、子どもを支える存在だったのが、逆に支えられる存在になる。この役割の逆転が、心理的に大きな抵抗感を生み出しています。
浦田克美看護師は、排せつ自体が人前で行う行為ではないという大前提があると指摘します。「どんなに年を重ねたとしても、最後まで排せつだけは自立していたいっていうのは、人として根源的な欲求なんじゃないか」という言葉は、この問題の本質を突いています。
ある介護施設での調査では、入居者の約6割が排せつの悩みを抱えており、汚れたおむつ類を人に見られたくないと目に付かない場所に隠す行動が繰り返されていました。「おむつは受け入れない」「まだトイレは失敗しないから大丈夫」というケースは1年間で69件にも上り、共通して見られたのは老いることへの強い抵抗感でした。
排せつの悩みを和らげるケアの専門家のノウハウ3つ
番組では、長年の経験から蓄積されたケアの専門家のノウハウが紹介されました。全国におよそ1000店舗を展開する訪問介護事業所で行われていた研修では、抵抗感を和らげる声かけの工夫が共有されていました。
①言葉選びの工夫:ポジティブワードへの変換
「おむつ」という直接的な表現を避け、「下着」という言葉に言い換えるスタッフがいました。排せつのマイナスイメージを和らげる言葉選びを意識することで、当事者の心理的負担を軽減しているのです。また、排便を促す際にも「座る」という表現に変えることで、恥ずかしさや抵抗感を軽減していました。
②さりげない声かけのタイミング
「タイミングを見てちょうど立ち上がるタイミングで『花が奇麗に中庭に咲いてますよ』って、ちょっと見に行こう、そのついでにトイレまで」というように、自然な流れの中でトイレに誘導する工夫も見られました。直接的にトイレを促すのではなく、他の目的を介在させることで、本人の尊厳を守りながらケアを行っています。
③共感と安心感を伝える声かけ
「大丈夫、大丈夫、大丈夫。一人だけやない」とずっと話しかけながら、目を見てちゃんと言葉をかける。あなただけではないという共感のメッセージと、終わった後に「気持ち良かったね」とポジティブな声かけをすることで、心理的な抵抗感を和らげています。
排せつ用具の相談所「むつき庵」で20年以上アドバイスをしてきた浜田きよ子さん(所長)は、その人の性格や職業、心境など、一見排せつとは関係なさそうな情報にも耳を傾けます。ある79歳の女性は夜間の頻尿や失禁に悩みながらも、おむつの使用には強い抵抗感がありました。
浜田さんは、歩行の妨げになるスリッパを変え、立ち上がりやすくするためにベッドの高さを変え、ビールを寝る前に飲むことを控えるなど、様々な案を提示しました。そこから本人が自分の希望に合わせてできることを選択し、大好きなビールの飲む量を調整しながら夜間は安心のために軽失禁用のパッドを使用することにしたのです。
「しっかり原因探ることってすごく大事で、そのことをケアが必要な人も納得できたら変わっていかれる、拒否感も変わっていかれる」という浜田さんの言葉は、一律のケアではなく個別対応の重要性を示しています。
「介護され上手」になる秘訣とは?身体機能が低くても幸福な人の特徴
権藤恭之教授の調査では、身体機能が低くても幸福感が高いという方が23%いることが分かりました。これは「介護され上手」な人たちと言えるでしょう。番組では、こうした方々に共通する3つの特徴が紹介されました。
①希望とこだわりのレベルを調整できる
希望やこだわりを持つことは大切ですが、前と同じレベルではない希望とこだわりを持つことができる人です。できなくなってきたときに少し切り下げて、それをいかにしてうまくできるようにするかということができる人は、幸福感が高いと言います。完璧主義ではなく、現実的な目標設定ができることが鍵なのです。
②ネガティブな側面ではなくポジティブな側面に目を向ける
排せつがうまくいかなくなる、歩行ができなくなる。こうしたネガティブな側面に目を向けると不幸に感じてしまいますが、「メガネかけたらできるやんか」「杖を持てば歩けるやんか」「補聴器をつければ聞こえるやんか」というように、できることに目を向けられる人は幸福感が高いのです。
③「諦め」を受容として捉えられる
できないからやめるというネガティブな諦めではなく、「まあこんなもんかな」とその状態を受け入れる。ありのままの自分を受け入れるという考え方ができる人が、幸福感の高い人だと言えます。
権藤教授は、この考え方を「ピンピンコロリ」ではなく「ふにゃふにゃするり」と表現しました。この言葉には、完璧な状態で最期を迎えるのではなく、少しずつできないことが増えても、それを受け入れながら穏やかに老いていく姿勢が込められています。
日本は医療システム、介護システムが世界で最も優れた国だと言えます。しかしその結果、フレイル(虚弱)や寝たきりの方が増えてしまっているのも現実です。「ああはなりたくない」「世話になりたくない」という気持ちから、長生きしたくないという思いが生まれてきます。
しかし権藤教授は「寝たきりでも幸せなことがあるんだよ」というメッセージを皆が受け止めてくれると、世界は変わっていくのではないかと語りました。80歳まで生きてこられたのに、「もうこれ以上はいいわ」と思ってしまうのは非常に不幸なことです。老いの捉え方を変えることで、人生100年時代をより豊かに生きられる可能性が広がります。
おむつは「道具」と捉える発想転換が超高齢社会の生き方のカギ
浦田克美看護師は、おむつを「自分らしくハッピーに生きるための道具に過ぎない」と表現します。老眼鏡と同じ並びの道具だという考え方は、目から鱗が落ちる発想です。
では「自分らしく生きる」とは何でしょうか。浦田さんはそれを「希望とこだわり」という言葉で表現します。その方が持っている「これは譲れない」「これはやりたい」という希望とこだわりが何なのかを明らかにしていくことが重要だと言います。
しかし、これがなかなか自分自身で分かっている人はほとんどいません。だからこそ、その対局にある「諦め」というボリュームが増えてきてしまっているのです。
自分ではなかなか見い出せない希望やこだわりを見つけ出すために、周りの力が絶対に必要です。浦田さんは「おむつをつければいいんです」という安易なケア方法ではなく、その方の希望とこだわりは何だろうかとじっくり向き合うことが非常に重要だと強調します。
「砂の中に埋まっている彫刻を少しずつ丁寧に輪郭を明らかにしていくような関わり方が、排せつケアの中で一番大事なスタンス」という表現は、ケアの本質を見事に言い表しています。
浦田さんが仲良くしている松戸市の「元気クラブ」という80代から90代の高齢者団体では、おむつの講習会をすると「キャッキャキャッキャ」言いながらおむつを触って、「あなたこのピンクがいいんじゃない」なんて言い合うそうです。おむつのことを排せつのことをザックバランに話せる、そんなコミュニティが日本にもっと増えたらいいと浦田さんは語ります。
番組の最後に紹介されたのは、大阪市内のホテルで働く岡崎巧さん(67歳)の事例です。60代になっておむつを使うようになった岡崎さんは、誰にも言えず、使った後の処分に一人悩んでいました。「年取ってもやっぱり恥ずかしいのあるんでしょうね」と語る岡崎さん。
しかし、ふとしたきっかけで同僚に打ち明けると、嫌な顔をされることはなく「それが一番救われましたね。ふーってこう、肩の荷がなんかこう取れました」と言います。さらにこの告白は思わぬ変化をもたらしました。ホテルの男性トイレ全てで、おむつを捨てられるようになったのです。
総支配人は「悩みを教えてくれなかったら、次のステップに行けなかったので、よかったなと思ってます」と語りました。岡崎さんは「打ち明けて話してオープンに吐き出した方が自分も楽になりますし、本当にありがたいですね」と、悩みを共有することの大切さを実感しています。
超高齢社会を生きる上で、排せつやおむつの問題を「恥ずかしいこと」として隠すのではなく、オープンに語れる社会を作っていくことが、これからの重要な課題だと言えるでしょう。
まとめ
2025年11月12日放送のNHK「クローズアップ現代」は、老いの中でも特に受け入れがたい排せつとおむつの問題に真正面から向き合った番組でした。
100歳まで生きたい日本人がわずか26.3%という現実は、私たちが老いに対して強い不安と抵抗感を持っていることを示しています。特に排せつの問題は、人として根源的な尊厳に関わるものであり、心理的な受容が極めて難しいのです。
しかし、番組で紹介された専門家のノウハウや当事者の声からは、老いへの抵抗感を和らげるヒントが数多く見つかりました。言葉選びの工夫、さりげない声かけ、生活スタイルに寄り添った個別対応。そして何より、おむつを「道具」として捉え、自分の希望とこだわりを見出していくという発想転換が重要です。
「ふにゃふにゃするり」という権藤教授の言葉が象徴するように、完璧な状態を求めるのではなく、少しずつ変化していく自分を受け入れながら、穏やかに老いていく。そんな超高齢社会の生き方が、これからの日本には必要なのかもしれません。
悩みを一人で抱え込まず、周りに打ち明けることで、岡崎さんのように職場環境が変わることもあります。排せつやおむつの問題をオープンに語れる社会を作っていくことが、支える人も支えられる人も幸せに生きられる超高齢社会への第一歩となるでしょう。
※ 本記事は、2025年11月12日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。



コメント