民泊トラブルが全国で深刻化しています。2026年1月13日放送のNHK「クローズアップ現代」では、騒音やゴミ問題に苦しむ住民の声と、規制強化に踏み切った自治体の対応、そして今後の民泊のあり方について特集されました。この記事では、番組内容をもとに民泊トラブルの実態と課題、地域共生の可能性まで詳しく解説します。
民泊トラブルの実態|住民が訴える騒音・ゴミ・下水被害
民泊トラブルは今、全国各地で住民の生活を脅かす深刻な問題となっています。番組では、実際に被害を受けている方々の切実な声が紹介されました。
千葉県船橋市に住むご夫婦は、静かな住環境を気に入って戸建てを購入し、2人のお子さんと暮らしてきました。しかし、隣の家が民泊として営業を始めると、生活は一変したそうです。夜間の騒音、タバコのポイ捨て、路上駐車などに悩まされるようになりました。さらに深刻なのは、防犯カメラに映った宿泊客が敷地内に侵入し、家を覗き込んだり、インターホンを鳴らしたりする様子です。女性は「怖いという思いと怒りで眠れなくなり、睡眠薬を飲むこともある」と苦しみを語っていました。
東京都大田区では、築70年の隣家が民泊に変わり、最大10人が宿泊するようになった女性のケースが紹介されました。この方は、民泊からの下水が家の前に流れ出す事態に何度も見舞われたそうです。「トイレ臭くて、トイレットペーパーの細かくなったものが出てきた」という衝撃的な証言もありました。
長野県の軽井沢では、空き家が次々と民泊に変わり、夜になっても騒音がやまず、バーベキューの匂いで外に洗濯物が干せなくなった住民の声も。「翌日にはクローンみたいに全く同じような人たちがやってきて、毎日地獄が続く」という言葉が、被害の深刻さを物語っています。
こうしたトラブルに対して、事業者に対応を求めても取り合ってもらえなかったり、自治体からは「対応できるのは民泊の敷地内のみ」と言われたりするケースもあり、住民の方々は「藁をもすがる思い」で救いを求めているのが現状です。
なぜ民泊トラブルが急増?大阪市・新宿区の深刻な現状
2018年に全国で民泊制度が始まって以来、民泊施設は都市部を中心に急増してきました。現在、全国には少なくとも5万8000件以上の民泊があるとされています。この背景には、個人でも届け出をするだけですぐに参入できる手軽さがあります。
特に問題が深刻化しているのが大阪市です。より規制が緩やかな「特区民泊」を推進してきた結果、市内の施設数は10年間で7560軒にまで増加しました。全国の特区民泊の約9割が大阪市に集中しているという驚きの数字です。
注目すべきは、想定外の形で民泊が利用されている実態です。日本への移住を目的とした中国など海外からの事業者が急増しており、日本で民泊事業を起こすことで「経営・管理」の在留資格を取得するケースも見られます。こうした流れの中で、住民とのトラブルへの対応が後手に回っている状況です。
大阪市は2026年5月末をもって特区民泊の新規申請受付を終了することを決定しました。横山英幸市長は「特区民泊の課題が非常に増えてきた。一度立ち止まって課題を整理する」と説明しています。しかし、この決定が発表されると駆け込み申請が殺到。2025年10月の新規申請件数は336件と過去最多を記録しました。不動産仲介業者によると、民泊用物件の家賃相場は3万〜4万円も上昇しているとのこと。さらに、既存の賃貸マンションのオーナーから「民泊にしたいから出て行ってほしい」と退去を求められる住民も現れており、生活基盤そのものが脅かされる深刻な事態に発展しています。
新宿区「迷惑施設」発言の背景|規制強化と対応の限界
東京都新宿区は、全国の民泊届出のうち約10%を占める民泊最多の自治体です。区内の民泊施設は約3500軒にのぼり、2年間で2000軒以上も増加しました。住民からの苦情も2021年度の70件から2024年度には561件へと8倍に急増しています。
吉住健一区長は番組の中で、民泊を「迷惑施設」と断言し、「必要ないと考えている」と厳しい姿勢を示しました。この発言の背景には、悪質な業者への対応に追われる現場の苦悩があります。
新宿区は2025年、悪質な事業者に対して業務停止命令や、都内初となる廃止命令を出すなど、厳しい措置に踏み切りました。しかし、番組が密着した現地調査では、対応の難しさが浮き彫りになりました。業務停止命令を出した施設を確認に訪れると、本来いないはずの宿泊客が。「友人だからお金は払っていない」と主張され、それ以上の追及ができないという場面もありました。
さらに、30日間の業務停止命令を受けた施設の管理業者は取材に対し、「痛いは痛いですけど、それが済んだらまた営業できる」「一部のオーナーは舐めている感じ」と語りました。仮に厳しい処分を受けても、名義を変えれば営業を続けられるという抜け道があることも明かしました。
吉住区長は「自治体に全て丸投げされても対応しきれない。国も考えてもらいたい」と訴えています。現地調査は毎月100件以上行われていますが、マンパワーには限界があり、問題の根本的な解決には制度改正が必要だというのが新宿区の見解です。
寺川政司准教授が指摘する民泊制度の課題
番組に出演した近畿大学建築学部の寺川政司准教授は、まちづくりや空き家問題の専門家として、民泊トラブルの構造的な問題を解説しました。
寺川准教授が指摘する課題は大きく2つあります。1つ目は「制度の問題」です。民泊の門戸を広げることに重点を置いた結果、トラブルに対応するチェック機能が十分に設計されなかったといいます。事業者には近隣住民への説明や苦情対応が求められていますが、それが守られているかを確認する仕組みが弱いのです。ルールを守る事業者は多い一方で、守らない事業者に対してチェックができないため、問題が放置されてしまう構造があります。
2つ目は「体制の問題」です。民泊トラブルの通報窓口となっているのは各自治体の保健所ですが、問題が多様化し、施設数が急激に増える中で、マンパワーが圧倒的に不足しています。指導や改善を行う仕組みはあっても、それを実行する人手と時間が足りないのが現実です。
一方で、寺川准教授は一律の厳しい規制にも懸念を示しています。民泊を完全に禁止すれば「闇民泊」(違法民泊)が増える恐れがあり、ルールを守っている事業者や、地域に貢献している事業者まで排除されかねません。また、ホテル不足への対応や空き家対策という民泊本来の役割も担えなくなってしまいます。
寺川准教授が提案するのは、問題を起こす事業者の厳罰化と同時に、良い事業者を評価し伸ばしていく仕組みの構築です。「ダメですよとレッテルを貼るのではなく、いいところをちゃんと伸ばしていくインセンティブが必要」と語り、国や自治体が前向きに取り組むべき課題だと強調しました。
地域と共生する民泊の可能性|東大阪市の取り組み事例
厳しい現実がある一方で、地域住民との共生を目指す民泊の取り組みも紹介されました。
東大阪市で8年前から営業を続ける民泊事業者の北川茉莉さんは、住宅街と隣接する商店街の空き店舗を活用しています。開業当初は、治安の悪化やゴミの増加を心配する声が相次いだそうです。
そこで北川さんが始めたのが、宿泊客を部屋に案内する際に街を一緒に歩いて回ることです。どんな人が暮らしているのか、どんな客が泊まっているのか、お互いに顔が見える関係を築くためです。さらに定期的に地域を回り、不満や困りごとがないか聞き取りを行っています。
月に1回は収益の一部を使って子ども向けイベントを開催し、地元の店で使えるクーポンを宿泊客に発行して地域経済に貢献する仕組みも作りました。北川さんは「近所の方たちの姿が見えると、お邪魔しているという感覚、その街へのリスペクトを持った状態でゲストの方と地域の方とお話ししていきたい」と語っています。
また、大阪の民泊事業者団体は、民泊を災害時の避難所として活用する検討を始めています。能登半島地震の際に被災者を受け入れた金沢市の事業者との意見交換では、「部屋に入った瞬間、ホッとした表情をされた」という声がありました。体育館などの避難所と違い、日常生活に近い環境で過ごせることが民泊ならではの強みです。事業者団体代表の豊田泰朗さんは「民泊に対して逆風が吹く中でも、自分たちにしかできないことがある」と、平時から地域との信頼関係を築く重要性を訴えています。
まとめ|民泊のこれからと求められる対策
日本政府は2030年までに訪日外国人を6000万人に増やす目標を掲げており、民泊のニーズは今後さらに高まることが予想されます。しかし現状では、住民の生活が犠牲になるケースが後を絶ちません。
寺川准教授は番組の最後に、「民泊を単なる収益物件ではなく、公益的な資源として位置づけ直す時期」と提言しました。顔の見える街が顔の見えない街になってしまう問題を解決するには、エリアや数の上限設定など、長期的な街づくりの視点が必要だといいます。
個人的に印象的だったのは、「民泊問題を考えることは、街のあり方を考えること」という言葉です。空き家対策やインバウンド対応といったメリットを活かしながら、地域住民の安心をどう守るか。規制と活用のバランスをどう取るか。これは民泊だけの問題ではなく、私たちが暮らす地域社会全体の課題と言えるでしょう。
国や自治体には、問題を起こす事業者への厳正な対処と、良い事業者を応援する仕組みづくりの両輪が求められています。民泊が「迷惑施設」ではなく「地域を編み直す装置」となれるかどうか、今まさに岐路に立っているのです。
※ 本記事は、2026年1月13日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。



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