海に流れ出るプラスチックゴミは年間約800万トン。2050年には海のプラスチックの重量が魚全体を超えるとも言われています。そんな深刻な問題を、目に見えないほど小さな微生物が解決するかもしれません。2026年2月11日放送のBSテレ東「いまからサイエンス」では、高知大学の寺本真紀准教授が発見したプラスチック分解菌の驚きの研究が紹介されました。この記事では、番組内容をもとに世界初の発見の全貌と、微生物が拓く未来の可能性をわかりやすくお伝えします。
アルカニボラックスとは?プラスチックを分解する海洋微生物を世界初実証
番組の最大の注目ポイントは、海洋微生物「アルカニボラックス」がポリプロピレン(PP)を分解することを世界で初めて実証したという研究成果です。
アルカニボラックス(Alcanivorax)は、もともと海に住んでいる細菌の一種です。名前の由来がユニークで、「アルカン(炭化水素の一種)」を「ボラックス(貪り食う)」という意味。つまり「炭化水素を貪り食う菌」ということになります。タンカー事故などで海に流れ出た石油を分解し、海を浄化する働きをすることで知られていた、いわば海洋微生物界のスーパースター的存在でした。
このアルカニボラックスが、石油だけでなくポリプロピレンの構造そのものを生分解できることを証明したのが、高知大学農林海洋科学部の寺本真紀准教授です。寺本先生はこの成果を2023年に論文として発表し、世界中から大きな反響を得ました。
ポリプロピレンは、耐熱容器やクリアファイルなど私たちの身の回りに広く使われているプラスチックです。世界のプラスチック生産量の中で、ポリエチレンと並んで約半分を占めており、そのうちのさらに半分がポリプロピレンだと番組では説明されていました。ポリエチレンの構造を分解する微生物は以前から見つかっていましたが、ポリプロピレンの構造を微生物が分解できるかどうかは、長らくはっきりしていなかったのです。
その「はっきりしていなかった」部分を明確に示した点に、この研究の画期的な意義があります。
海洋プラスチック問題はなぜ深刻?マイクロプラスチックが人体に及ぼす影響
そもそも、なぜ海洋プラスチックがこれほど問題視されているのでしょうか。
世界経済フォーラムが2016年に発表した報告書では、毎年約800万トンものプラスチックゴミが海に流出しており、このまま対策をとらなければ2050年には海中のプラスチックの重量が魚の重量を上回ると警鐘を鳴らしています。
海に流れ出たプラスチックは、紫外線や波の力で少しずつ砕かれていきます。5mm以下になった微細な破片は「マイクロプラスチック」と呼ばれ、海中で分解されることなく漂い続けます。
番組内で寺本先生が指摘していたのは、プラスチック自体の問題だけではないということです。プラスチックの表面には海中の有害物質が吸着しやすく、さらにプラスチックに含まれる添加剤(紫外線安定剤や強度を高める成分など)にも有害物質が含まれている可能性があるといいます。
こうしたマイクロプラスチックを海水とともに飲み込んだ魚を、最終的に私たち人間が食べてしまう。つまり食物連鎖を通じて人体にまで有害物質が取り込まれるリスクがあるわけです。
個人的には、これは「海の問題」ではなく、食卓に直結する「私たちの健康の問題」だと感じます。だからこそ、プラスチックを海中で分解できる微生物の発見は、単なる学術的成果にとどまらない、社会的に非常に大きな意味を持っているのだと思います。
寺本真紀准教授が挑んだ実験方法~液体ポリプロピレンとGC-MS分析~
では、寺本先生はどのようにしてアルカニボラックスがポリプロピレンを分解することを証明したのでしょうか。番組では、その実験の過程が詳しく紹介されていました。
従来の研究では、固体のポリプロピレンを微生物と一緒にして、重さが減るかどうかで分解を確認する方法が一般的でした。しかしこの方法では、プラスチックの表面がボロッと剥がれただけなのか、本当に微生物が構造を分解したのかが区別できず、確たる証拠としては不十分だったのです。
そこで寺本先生が考えたのが、ポリプロピレンを液体にして実験するというアプローチでした。
ただし、これが簡単ではなかったそうです。液体のポリプロピレンは市販されておらず、化学系の研究者に相談しても「そんなの合成できない」と言われたとか。それでも諦めず、電話やメールで協力者を探し続け、最終的にポリプロピレンの熱分解を専門とする研究者((株)三栄興業の佐々木大輔氏)に液体ポリプロピレンの作成を依頼することに成功しました。
しかも、ただ溶かすだけではダメで、溶かした後もポリプロピレンの化学構造がきちんと保たれていることをNMR(核磁気共鳴装置)で確認するという慎重な工程が必要だったのです。
液体化したポリプロピレンを試験管に入れ、アルカニボラックスを加えたものと加えないものを比較。**GC-MS(ガスクロマトグラフ質量分析計)**で成分を分析すると、細菌を入れた方ではポリプロピレンのピーク(検出量を示す山)がぐっと小さくなっていた。つまり、確かに分解されていることが明確にわかったのです。
この「液体にして成分分析する」という方法を誰もやったことがなかった点が、世界初と言われるゆえんです。研究者としての発想力と粘り強さが生んだ成果だと言えるでしょう。
また、番組の研究室取材では、寺本先生の研究室の学生がアルカニボラックスよりもさらに強力なポリプロピレン分解菌を探す実験に取り組んでいる様子も紹介されていました。2025年12月には、高温(50度)でポリプロピレンを分解する新たな細菌(Nitratireductor属、Oricola属)に関する論文も発表されており、研究は着実に進展しています。
プラスチック分解から燃料生産へ!微生物でジェット燃料を作る挑戦
寺本先生の研究は、プラスチック分解だけにとどまりません。番組で特に驚かされたのは、微生物を使ってジェット燃料を作るという構想です。
寺本先生は高知県室戸の海から、細胞内に燃料として利用できる炭化水素(油分)を蓄積する細菌を発見しています。番組で映し出された映像では、その細菌が溜め込んだ油の部分が黄色く光って見えていました。さらに、この細菌の遺伝子を活用することで、油の蓄積量を30倍にまで増やすことにも成功しています。
ここからが面白いところです。もしプラスチックを分解する遺伝子と、燃料となる油を蓄積する遺伝子を一つの菌に組み合わせることができれば、「プラスチックを食べて燃料を作る」という夢のような細菌が誕生する可能性があるというのです。
さらに寺本先生は、CO2を吸収する細菌にこれらの機能を持たせることで、地球温暖化対策と燃料生産を同時に実現できないかとも考えています。ジェット燃料を燃やせばCO2が出ますが、原料となる炭素をCO2から取り込むことができれば、カーボンニュートラルに近づけるという発想です。
電力では代替しにくい航空燃料の分野は、脱炭素社会に向けた大きな課題の一つです。微生物の力でこの課題に挑む寺本先生の研究は、まさに環境問題の複数の側面を同時に解決しうるポテンシャルを秘めていると感じます。
ちなみに、鎌倉市と慶應義塾大学が共同で進めている「リサイクリエーション」プロジェクト(プラスチックゴミのアップサイクルを目指す10年計画の取り組み)にも、寺本先生の研究室が微生物の分野から参加しているとのこと。学術研究が社会実装に向けて動き始めている点も注目です。
深海微生物が長寿のカギ?テロメアの短縮を防ぐ驚きの発見
番組の後半では、プラスチックや燃料とはまったく異なる分野の話も飛び出しました。それが深海微生物と長寿の関係です。
テロメアとは、染色体の末端にある部分のことで、細胞分裂を繰り返すたびに少しずつ短くなっていきます。テロメアが短くなることと、がんなどの病気の発生や老化は密接に関わっていると言われており、「生物の老化時計」とも呼ばれています。
一方、テロメアの長さを保とうとするタンパク質も存在しています。寺本先生は、深海から採取した微生物の中に、このテロメア維持に関わるタンパク質の発現量をコントロール(何も加えていない状態)と比べて48倍にまで引き上げる力を持つ菌を発見したというのです。
もしこの微生物の力でテロメアの短縮を遅らせることができれば、老化の進行を食い止め、健康な状態をより長く保てる可能性がある。番組内では加藤浩次さんが「経口薬のようになるのか」と質問し、寺本先生も「食べても効いたら面白いですよね」と笑顔で答えていたのが印象的でした。
さらに、肌のバリア機能や保湿に関わる「カスパーゼ14」というタンパク質の発現量を上げる微生物も見つかっているとのことで、美容分野への応用の可能性にまで話が広がっていました。
海洋微生物の99.99%以上はまだ培養すらできておらず、その特性が解明されていない未知の存在だと番組冒頭で紹介されていました。まだほとんど手つかずの巨大なフロンティアが、海の中に広がっていると思うと、ワクワクせずにはいられません。
まとめ
2026年2月11日放送のBSテレ東「いまからサイエンス」で紹介された、高知大学・寺本真紀准教授の海洋微生物研究。その内容をまとめると、以下のポイントが挙げられます。
アルカニボラックスという海洋細菌が、ポリプロピレンの構造を分解できることを2023年に世界で初めて実証しました。液体化したポリプロピレンとGC-MSによる分析という独自の実験手法がこの成果を可能にしています。さらに、プラスチック分解にとどまらず、微生物によるジェット燃料の生産や、深海微生物を活用した老化抑制の可能性まで研究は広がっています。
寺本先生は番組の最後に、サイエンスとは「人生の課題」であり、「これをやりきるまでは死にたくない」と語っていました。30年近く海洋微生物と向き合い続けてきた研究者の言葉には、確かな重みがあります。
海洋プラスチック問題は、正直なところ一人の研究者だけで解決できるものではないかもしれません。しかし、寺本先生が言うように「土台となる部分」を作り、その先を次の人が引き継いでいく。そうした科学のバトンリレーが、やがて私たちの海と暮らしを救ってくれるのではないかと期待しています。
※ 本記事は、2026年2月11日放送(BSテレ東)の人気番組「いまからサイエンス」を参照しています。



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