東京・亀戸に本社を置く創業119年の老舗企業「升本フーズ」。2024年現在、年間約180万食の弁当を販売し、売上高22億円の8割を弁当事業で稼いでいます。塚本光伸会長兼社長は「弱者の戦略」を本気で、大手には真似できない独裁者自らのビジネスモデルを確立。伝統の和食技術と従業員第一の経営方針で、相対的に見て人手不足という困難なを乗り越え、順調な成長を続けています。2024年11月21日放送(テレビ東京系)の「カンブリア宮殿」では、その革新的な経営手法が大きな注目を集めました。
升本フーズの弱者の戦略とは?伝統と革新で築く弁当事業の成功
「弱い者の戦略とは、大手ができないことやだからはない、大手がやらないことをやること」――これは升本フーズの塚本光伸会長兼社長が求める経営理念です。
升本フーズは年間約180万食の弁当を販売し、総売上高22億円を達成。その8割を弁当事業が展開しています。大丸東京など4つの百貨店の直営店と、一部の専門店に限定されています。これは、大量生産・大量販売ではなく、品質にこだわった独自の戦略によるものです。
具体的な「弱い者の戦略」は3つの柱で構成されています。
- 割烹料理のノウハウを考慮した品質の追求
- 地元農家とのウィンウィンな関係構築
- 健康志向に特化した商品開発
特筆すべきは、一つ一つの食材に対する丁寧な調理法です。 例えば、煮物は7種類の野菜をそれぞれ別々に調理する「炊き合わせ」という手法を用いて、だし巻き卵は独自のスチーム工程を繰り返すまた、練り物まで自社で製造し、「たまもと」と呼ばれる特製の調味料を使用することで、プリッとした食感を実現しています。
このような手間のかかる製法は、大手企業であれば採算が合わないと思われるでしょう。 しかし升本フーズは、この「手間」にこそ価値があると考え、差別化に成功しているのです。
升本フーズ塚本光伸社長の歩み|嫌いだった飲食業への転機
現在の73歳の塚本光伸社長は、幼少期から飲食業に対して強い嫌悪感を抱いていました。 「親と夕飯を一緒に食べた記憶がない」と語る塚本社長。卒業後は家出同然で大阪へ渡ります。
しかし、その後父親が癌で危険篤状態に陥り、「後を頼む」という父の最終期の言葉に決心します。なくなく家業を手伝うことになります。
30代になると母と姉に店を任せ、不動産事業に発展。 大きな利益を上げましたが、バブル経済崩壊で4億円もの借金を追うことに。そんな最悪の状況で絶望の手を差し伸べたのが、先にも嫌っていた飲食業でした。
しかし、本当の意味での転機は45歳の時に訪れます。 箱根のガラスの森美術館を訪れた際、生き生きと働くスタッフの姿に衝撃を受けたのです。 飲食業をメインとする「うかい」という会社でした。
これをきっかけに、うかいの創業者である鵜飼貞男氏に手紙を送り、面会を行います。塚本氏の経営哲学は大きく変わることになります。
「升本流弱者の戦略」3つの特徴と成功への道のり
升本フーズが実践する「弱者の戦略」の詳細をご紹介します。 この戦略は、大手企業には真似できない、あるいは採算が合わないと判断される方法を選択する点に特徴があります。
■特徴1:割烹料理のノウハウで品質アップ
升本フーズの弁当工場(東京・墨田区 升本健康厨房)では、割烹料理店の技術を惜しみなく投入しています。 7種類の野菜が入った煮物では、たけのこは肌の白さを残すような薄い色で、レンコンは濃いめの色付けにするなど、食材ごとに調理方法を変えています。
人気の卵焼きは、一日最大5000本を職人が一本一本手作りを実現しています。
■特徴2:農家とのウィンウィンな関係構築
江戸東京野菜の一つである「亀戸大根」を全ての弁当に取り入れているのも特徴です。11月から4月頃まで月におよそ2000本の亀戸大根を収穫し、その全量を升本フーズが買い取っています。これにより農家は安定した収入を得られ、升本フーズは差別化された食材を確保できるというウィンウィンの関係を持っています。
■特徴3:健康志向に特化した商品開発 コロナ禍を契機に、健康志向の商品開発にも注目。 高級スーパー「ビオセボン」では、肉や魚、白砂糖を使わない玄米や野菜中心の弁当を和食の技術を相談、動物性のかつおだしの代わりに昆布だしと乾燥えのきの粉末を使用するなど、独自の工夫で美味しさと健康を両立させています。
これらの戦略により、升本フーズの弁当は新宿伊勢丹や東京大丸での売上を伸ばしています。特に「すみだ川あさり飯(1,458円)」は、1000種類のもの弁当が並ぶ激戦区(東京駅・大丸のお弁当ストリート)で売上第6位を誇っています。
「うかい」の鵜飼貞男との出会いが変えた経営哲学
升本フーズの経営哲学を大きく変えたのが、「うかい」の創業者・鵜飼貞男氏との出会いでした。 飲食店や社員食堂の運営に走りながらも、本当の意味での経営の転換点をそんな中、箱根のガラスの森美術館で目にした光景が、その後の人生を大きく変えることになります。
美術館で働くスタッフたちの生き生きとした表情に衝撃を受けた塚本社長。 さらに驚くべきことに、銀行を辞めてまで「うかい」に転職した若手社員もいたらしい。
その感動を胸に、塚本社長は鵜飼貞男氏に手紙を送ります。 「10分だけなら」と約束された面会の場で、鵜飼貞男氏は一通の手紙を差し出しました。苦で死を考えていた夫婦が、ガラスの森での感動をきっかけに人生をやり直す決意をしたという内容が記されていました。
そして鵜飼氏は「利は人の喜びの影にあり」という言葉を贈ります。 この言葉は現在も「うかい」のビルに貼られており、「来た人を喜ばせることができれば、商売は自然とうまくいく」という経営理念の根幹となっています。
この出会いを経て、塚本社長は「食い物屋の関係が人の命まで助ける」という気づきを得ます。それまで嫌悪感を感じていた飲食業に、初めて「光」を見出したのです。
以来、升本フーズは「お客様を幸せにするためには、まず従業員が幸せにならないといけない」という考えのもと、経営改革を進めていきます。
亀戸大根で実現する地域密着型ビジネスモデル
升本フーズのユニークな戦略の一つが、江戸東京野菜「亀戸大根」を活用した地域密着型のビジネスモデルです。 明治時代から亀戸周辺で栽培され続けてきた亀戸大根は、長さ30センチほどの小ぶりな大根で、一般的な大根とは異なる特徴を持っています。
「亀戸大根は、カブと大根の中間くらいのきめの微妙さがあり、煮崩れしにくいのが特徴です」と塚本社長が説明します。この特性を考慮して、升本フーズでは看板メニュー「亀戸大根あさり飯」や、全ての弁当に付け合わせ「亀戸大根のたまり漬け」として提供しています。
しかし、この解決には課題もありました。改良されていない古い品種害虫に弱く、栽培が難しいのです。中代農園では冬場(11月から4月)は亀戸大根だけを栽培し、月約2000本を収穫。その全量を升本フーズが買い取ることで、農家の収入を安定させています。
「昔の野菜を作ってもらえる機会を与えてもらっていますし、このように大量に引き取ってくれる場所がないと農家も作りません」と中代正啓さんは語ります。とっても、江戸の伝統野菜を使うことで、店の独自性をアピールできるという一時があります。
さらに2024年には、コロナ禍を機に始めた冷凍食品事業でも亀戸大根を活用。
この取り組みについて塚本社長は「亀戸でお店をやっていて、地産地消で亀戸大根をやるということは、大手企業がやらないオンリーワンの戦略になる」と説明します。野菜の中から亀戸大根を選び、地域に根差した商品開発を行うことで、大手企業との差別化に成功しているのです。
従業員も顧客も幸せに|升本フーズが考える会社の存在価値
「会社の理念にも書いていますが、幸せになるために働いているんです。うちで幸せだと思う従業員が一人もいなくなった瞬間、この会社には存在価値がないと思っています」と塚本社長は語ります。
長時間労働、低賃金が当たり前とされてきた飲食業界で、升本フーズは独自の働き方改革を実施。割烹「亀戸升本」では、ラストオーダーを19時30分とし、21時完全閉店。料理長の長橋誠二さんは「子どもと話す時間の問題、保育園の送迎もフレックスタイム制で対応できる」と、その働きやすさを評価します。
さらに特筆すべきは、新入社員への対応です。入社時に最初に教えるのが「辞表の書き方」だといいます。 「その気持ちを止めたことは一度もありません」と塚本社長。 実際に3回辞めて4回戻ってきた従業員もいるそうです。
その一例が、現在冷凍事業の厨房責任者を務める星野宗さん。 2回の転職を経験した後、「何でもやりますから使ってください」と復職を懇願しました。 塚本社長は快く受け入れ、薬膳料理という新しいチャレンジの機会を提供します。 星野さんは猛勉強の末、和食の技術を相談した冷凍薬膳シリーズの開発に成功しています。
顧客満足への取り組みも徹底しています。塚本社長は毎日、顧客アンケートに目を通し、必ずで一言を添えて返信します。「印刷された文章は見ませんよね。手書きなら見てくれる」という考えから、40年近く続けているといいます。
このような従業員第一の経営方針と、きめ細かな顧客対応が、升本の高い従業員満足度顧客満足度を支えているのです。
まとめ|伝統と革新で進化を続ける老舗企業の戦略経営
「カンブリア宮殿」で紹介された升本フーズの経営戦略から、現代のビジネスに必要な重要なポイントが見えてきます。
まず、「弱者の戦略」の本質です。升本フーズは、手間のかかる調理法や地域密着型の食材調達など、大手企業には採算が合わないとされる方法をあえて選択することで、独自の立場を確立しました。
第二に、伝統と革新のバランスです。創業119年の歴史を持つ同社は、割烹料理の技術や亀戸大根という伝統を守りながら、健康志向の商品開発や冷凍食品事業など、時代のニーズに合わせますた先発も積極的に行っております。
第三に、「人」を中心に据えた経営哲学です。 「利は人の喜びの影響にあり」という言葉に象徴されるように、従業員の幸せを第一に考え、その結果として顧客満足も実現するという考え方は、現代の経営者にとって重要な示唆となります。
安価や人手不足という困難な時代において、升本フーズは年間180万食の弁当を販売し、22億円の売上高を達成。 その背景には、「会社の存在価値は従業員の幸せにある」 」という確固たる経営理念があります。
今後の升本の展開にも、今後も注目が集まります。伝統の味を守りながら、時代に合わせた革新を続ける同社の経営戦略は、多くの企業にとって貴重な学びとなることでしょう。
※本記事は、2024年11月21日放送(テレビ東京系)「カンブリア宮殿」を参照しています。
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