2026年3月1日放送のNHKスペシャル「”太陽”を生み出せるか 史上最大の核融合プロジェクトに密着」では、南フランスで進む国際核融合実験炉ITER(イーター)計画の舞台裏が初めて明かされました。核融合って本当に実現できるの?日本はどんな役割を果たしているの?――そんな疑問を持つ方に向けて、番組内容を分かりやすくまとめました。エネルギー問題の最前線を、一緒に覗いてみましょう。
NHKスペシャル「太陽を生み出せるか」の放送内容まとめ
2026年3月1日放送のNHKスペシャル「”太陽”を生み出せるか」は、南フランス・アルプス山脈のほど近くにある国際核融合実験炉ITER(イーター)の建設現場に密着したドキュメンタリーです。
番組は、冒頭からアニメ『機動戦士ガンダム』の主題歌で幕を開けるという意外な演出が印象的でした。実は、ITERで働くエンジニアの中には、ガンダムに登場する核融合エンジンに憧れてこの世界に飛び込んだ方もいるのです。夢物語だと思われていた核融合エネルギーの実現に、本気で挑む人々の姿がそこにはありました。
番組の主な内容は大きく分けて4つです。まず、核融合の仕組みとその可能性について。次に、ITER計画の中枢を担う日本人エンジニアたちの奮闘。そして、核融合を巡る各国の主導権争いと予算問題。最後に、1380トンもの巨大パーツを2ミリの精度で設置するという前人未到の挑戦です。
個人的に強く感じたのは、このドキュメンタリーが単なる「科学番組」ではなかったということです。核融合という技術の話だけでなく、国際協力の難しさや理想主義の脆さ、そして「それでも諦めない」という人間のドラマが描かれていました。エネルギー問題は遠い未来の話ではなく、まさに今の私たちの暮らしに直結しているテーマだと、改めて考えさせられる内容でした。
核融合エネルギーとは?燃料1グラムで石油8トン分の可能性
番組を理解するうえで欠かせないのが、そもそも「核融合」とは何なのかという基礎知識です。
核融合は、太陽の内部で起きている反応と同じ原理です。超高温・超高圧の環境で、軽い原子核と原子核が融合し、その際に膨大なエネルギーを発します。太陽が46億年もの間、輝き続けている原動力がまさにこれです。
ここで重要なのは、核融合と核分裂は全くの別物であるという点です。原子力発電や原子爆弾に使われる「核分裂」は、重い原子核を分裂させてエネルギーを得る方式ですが、核融合は軽い原子核を合体させる反応。原理的に連鎖反応が起きないため、原発事故のような暴走リスクがないとされています。
番組で紹介された数字はインパクト抜群でした。核融合では、燃料わずか1グラムから、石油8トン分に相当するエネルギーが得られるというのです。しかも、発電時に二酸化炭素を排出しません。石油や天然ガスが枯渇に向かい、気候変動が大きな災害を引き起こす現代において、核融合がいかに画期的なエネルギー源であるかが分かります。
ただし、課題がないわけではありません。番組ではITER機構の鎌田裕副機構長が、低レベルの放射性廃棄物は発生すると明言していました。保管期間は100年にも満たない程度で、原発のように何万年も管理する必要はないものの、「忘れてはいけない点」だと語っていたのが印象的です。メリットばかりが先行しがちな核融合ですが、こうしたリスクも冷静に理解しておく必要があるでしょう。
ITER(イーター)とは?34か国参加の史上最大の核融合計画
ITER(イーター)は、核融合エネルギーの実現を目指す国際プロジェクトです。日本、EU、アメリカ、ロシア、中国、韓国、インドの7極が参加し、世界34か国が関わっています。建設地はフランス南部のサン・ポール・レ・デュランス。180ヘクタールという広大な敷地で、厳重なセキュリティのもと開発が進められています。
そもそもITER計画が生まれた背景には、東西冷戦の歴史があります。核融合はかつて軍事技術として各国で秘密裏に研究されていましたが、冷戦の雪解けとなった米ソ首脳会談をきっかけに、平和利用としての核融合開発が提唱されました。しかし、どの国も単独では核融合発電を実現できなかったため、国際協力のもとITERが発足したのです。
番組で特に強調されていたのは、核融合の燃料が海水から取れるという点です。鎌田副機構長は「世界中のほとんど全ての人が燃料を手にすることができる」と語り、石油のような地域格差が生まれないことから「戦争のない世界に貢献できるエネルギー」だという見解を示していました。
ITERの使命は、2030年代に実験炉の技術的な実証を達成し、国際的な指標を示すこと。その先には、2050年代に商業炉を稼働させ、核融合発電を普及させるという各国共通の目標があります。建設予算は例年1500億円を超え、2025年度には日本も全体の9.1%にあたる139億円を拠出しています。
壮大なプロジェクトだけに、思わず「本当にうまくいくのだろうか」と感じる方もいるかもしれません。しかし、人類が協力して初めて不可能を可能にしようとする試み自体に、大きな意義があるのではないでしょうか。
日本人建設室長・大前敬祥がITERの中枢を担う
番組の中心人物として登場したのが、ITER機構建設室長の大前敬祥(おおまえ たかよし)さんです。大学で国際政治を専攻した後、NTTコミュニケーションズでの国際事業、PwCでのコンサルティングなどを経て、ITERに参画。核融合炉の建設に関わる総合的なマネジメント業務を担っています。
大前さんの仕事は、中国、ロシア、アメリカなど外交上の緊張関係にある各国との調整です。会議の冒頭では英語、中国語、日本語を交えて挨拶するなど、国際舞台で培ったコミュニケーション力が光っていました。
番組で大前さんが語った言葉の中で、もっとも印象に残ったのは「イーターは理想」だという一言です。「国際プロジェクトでみんなで人類共通の課題解決をする。でも、その理想って、もろいんですよ。諦めたらすぐに瓦解する」と、現実を直視しながらも前に進み続ける覚悟がにじんでいました。
また、日本人エンジニアの井口将秀さんや五味川健治さんも大きな存在感を見せました。井口さんは、ガンダムの核融合エンジンに憧れてこの分野に進んだと語り、セクターモジュールに内蔵される日本製の特殊コイルについて解説する場面が印象的でした。そして五味川さんは、そのコイルを開発したエンジニアの一人であり、セクターモジュールの設置作業を現場で指揮。EUや中国の仲間とともに世界初の挑戦に取り組みました。
科学や技術だけでなく、「人」にスポットを当てたことが、この番組の大きな価値だったと感じます。
1380トンのセクターモジュールを2ミリの精度で設置する挑戦
番組最大のハイライトの一つが、核融合炉の心臓部であるセクターモジュールの設置作業です。
セクターモジュールとは全長16.5メートルの巨大パーツで、これを9つ並べて炉心を組み上げます。1つあたりの重量は1380トン。大型旅客機5機分に匹敵する超重量物です。
1つ目の設置は完了していたものの、2つ目以降は難易度が大きく上がります。安定した磁場を作り出すためには、隣のセクターモジュールとの距離を最も狭い場所で2ミリまで近づける必要があるのです。ぶつかれば大惨事になるだけでなく、計画全体が停滞しかねません。
核融合を起こすには、燃料を1億5000万度に加熱してプラズマ状態にする必要があります。しかし、そんな超高温に耐えられる容器は地球上に存在しません。そこで、日本が開発した特殊なコイルが重要な鍵を握ります。このコイルが強力な磁場を発生させ、1億5000万度のプラズマを空中に浮遊させて閉じ込めるのです。開発には10年以上の歳月が費やされ、ITER機構のコブレンツ広報部長も「核融合開発が可能であるという確信を与えてくれた」と高く評価していました。
設置作業は3日間に及び、油圧装置で少しずつセクターモジュールを押していく地道な作業が続きました。土台には1380トンの重さで傾きが生じ、100万分の1の精度での微調整が求められました。マニュアルのない中、各国のエンジニアが試行錯誤を繰り返し、最終的に設置を成功させたのです。
この成功は、予算会議のわずか4時間前というギリギリのタイミングでした。現場が夜を徹して作業を続けた結果であり、まさに国際協力の底力を示すエピソードだったと思います。
アメリカ・中国・日本――核融合を巡る各国の主導権争い
番組は、核融合を巡る国際政治の厳しい現実にも踏み込んでいました。
アメリカでは、トランプ大統領が「あらゆる産業を支配し、あらゆる技術で先頭に立つ」というメッセージを打ち出しました。AIの開発に膨大な電力が必要になる中、グーグルやアマゾンといったテクノロジー企業が核融合に注目。全米で核融合スタートアップ企業が次々と台頭し、ITERより先に核融合発電を成し遂げるという野心的な目標を掲げました。市場規模は将来100兆円に達するとも言われており、アメリカ議会では中国の技術を締め出す動きまで出ています。
中国も負けていません。核融合開発に年間2300億円を投入しているとされ、これはアメリカの予算の2倍にあたります。多くの中国系作業員がITERで働きながら最前線の技術を吸収しており、さらにITERがカバーしていない技術の独自開発も進めています。
日本もまた、独自の戦略を打ち立てています。資源に乏しい日本にとって、海水から燃料を抽出できる核融合は重要なエネルギー安全保障です。世界初の発電実証に向けた原型炉を国内に建設する計画が進められています。
こうした各国の独自路線が強まる中で、国際プロジェクトであるITERの存在意義が問われるのは避けられません。しかし、大前さんたちは競争原理とは逆の行動に出ました。核融合スタートアップ企業をITERに招き、19年かけて開発した1000度の熱に耐える特殊合金などの先端技術を積極的に公開したのです。
「世界共通の利益のためにやっているから、隠すものもない」という大前さんの姿勢には、国際協力の本来あるべき形を見た気がしました。激しい競争の中でも対話を続けるITERの取り組みは、エネルギー問題だけでなく、国際社会のあり方に一石を投じているのではないでしょうか。
トランプ政権の予算削減がITERに与えた衝撃と今後の課題
番組の終盤で描かれたのは、ITER計画に降りかかった大きな試練です。
2025年度の追加予算は、セクターモジュール設置の成果が評価され全会一致で承認されました。しかし、その喜びもつかの間、アメリカは2026年度のITER関連予算を例年の2億4000万ドルから7750万ドルへ、約3分の1に削減する予算案を発表したのです。ITER機構のコブレンツ広報部長は「資金不足で、最悪の事態が起こる可能性がある」と危機感をあらわにしました。
もともとITER計画は、コロナ禍による建設資材の流通停止や、安全に関わる重要部品の修理が重なり、当初の見通しから大幅な遅れが発生していました。ロシアのクラシルニコフITERロシア機関長も「予算の拠出は難しい問題」と認めており、財政的な圧力は一国に限った話ではありません。
この状況に対して大前さんは「イーターの失敗は科学技術の失敗であり、人類の理想主義の失敗」だと語りました。しかし同時に「だからそうならない、絶対なんとかします」という力強い言葉も残しています。
率直に言えば、核融合の実現までにはまだ長い道のりが待っています。技術的なハードルはもちろん、建設コストの増加や国際政治のリスクも計画を脅かしています。それでも、世界中のエンジニアがフランスの森の中で日々苦闘を続けているという事実は、私たちに希望を感じさせてくれます。
まとめ
NHKスペシャル「”太陽”を生み出せるか」は、核融合とITER計画の「今」を余すところなく伝えた貴重なドキュメンタリーでした。
番組を通じて見えてきたのは、核融合エネルギーが持つ大きな可能性と、その実現を阻むさまざまな壁です。燃料1グラムで石油8トン分のエネルギー、CO2を出さない発電、海水から燃料が取れるという夢のようなメリットがある一方で、1380トンのパーツを2ミリの精度で設置する超高難度の技術的課題、年間1500億円を超える建設コスト、そして各国の思惑が絡む政治的な課題が横たわっています。
しかし、大前敬祥さんをはじめとする日本人エンジニアたちが国際プロジェクトの最前線で奮闘する姿には、胸を打たれるものがありました。核融合が実用化されるかどうかは、まだ誰にも分かりません。しかし「諦めたら瓦解する理想」を守り続ける人々がいる限り、その可能性はゼロではないはずです。
エネルギー問題は、他人事ではありません。この番組をきっかけに、核融合やITER計画に少しでも関心を持っていただけたなら幸いです。
※ 本記事は、2026年3月1日放送の「NHKスペシャル」を参照しています。
※ 核融合実験炉ITER(イーター) ITER日本国内機関の公式サイトはこちら。


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