2025年6月16日放送のNHK「クローズアップ現代」では、変容するアメリカの実態と世界への影響について詳しく取り上げられました。79歳の誕生日を迎えたトランプ大統領が推進する「自国第一主義」政策の背景には、グローバル化の影響を受けたミレニアル世代の強い支持があります。東京国際大学副学長のジョセフ・クラフト氏による分析とともに、アメリカ政治の新たな潮流を読み解いていきます。
トランプ政権の「自国第一主義」政策とは?ミレニアル世代支持の背景を解説
トランプ政権の「自国第一主義」政策の根幹にあるのは、アメリカ国内の世論変化です。特に注目すべきは、人口に占める割合が最も大きいミレニアル世代(1981年~1996年生まれ)の内向き志向の強まりです。
世界情勢へのアメリカの関与について行われた調査では、他の世代が「恩恵が上回る」と答えた一方で、ミレニアル世代だけが「負担が上回る」と回答しています。この結果は、グローバル化の負の影響を最も強く受けてきた世代の実感を反映したものといえるでしょう。
トランプ政権の支持率は現在5割近くを維持しており、その政策については50%が支持している一方、やり方については37%の支持にとどまっています。この数字が示すのは、アメリカ国民が政策の方向性には賛同しながらも、その手法については疑問を感じているという複雑な心境です。
番組では、サウスカロライナ州のトランプ支持者の声も紹介されました。「彼の政策が全て好きです。将来のことまで考え国を良くしようとしているので支持します」という女性支持者の言葉からも、トランプ政権への期待の高さがうかがえます。
アメリカの変容の実態:ミレニアル世代が求める内向き志向とその理由
ミレニアル世代の内向き志向を理解するには、この世代が経験してきた経済的困窮を知る必要があります。製紙工場で働いていたジョー・ロジャースさん(43歳)の事例は、その象徴的な出来事です。
ロジャースさんが勤務していた製紙工場は、2024年12月にバイデン政権下で閉鎖となり、約700人の従業員が全員解雇されました。海外メーカーとの競争激化が主な要因でした。高校卒業後、レストランや配達員の職を15年間転々とした後、ようやく見つけた正社員の職を失ったロジャースさんは、「定年まで働きたかったです。給料も良く家族を養えました。閉鎖は本当に辛いです」と語っています。
ギャノン大学のジェフリー・ブラッドウォース教授は、ミレニアル世代について「10代20代でテロとの戦い、それから経済的な困窮を経験してきた世代」と分析し、「製造業の衰退に加えリーマンショックなど経済的な混乱の影響を最も強く受けてきた世代」と説明しています。
特に深刻なのは、将来に希望を持てないミレニアル世代がアルコールや薬物に依存し、命を落とすケースが他の世代よりも多くなっていることです。ブラッドウォース教授は「政治エリートたちは右も左も彼らを無視してきました。だからこそトランプ主義が登場したのです」と指摘しています。
ロジャースさんは同僚との会話で、「他国を傷つけることにはなりますが、トランプ氏は自律した国を目指しています。国民のために正しいことをしようとしているのです」と語り、トランプ政権の関税政策への期待を示しています。
トランプ政権の外交政策転換と世界への影響:海外援助削減の実態
トランプ政権の内向き志向は、外交政策にも大きな影響を与えています。政権中枢には、バンス副大統領やミラー大統領実績補佐官など、ミレニアル世代の政策決定者が多数配置されています。
バンス副大統領は過去に「アメリカの納税者に”ただ乗りする国”は許さない」と発言し、各国との協力に消極的な姿勢を示してきました。女性政治学者のカーリン・ボウマン氏は「バンス氏はミレニアル世代らしい新たなアメリカの外交方針を打ち出しています。そこで重要なのはコストに見合った利益が得られるかなのです」と分析しています。
トランプ大統領が就任直後から取り掛かったのが、海外援助の大幅な削減です。世界130カ国で食料支援や医療支援などの活動を行ってきたUSAID(アメリカ国際開発庁)では、事業の8割以上の中止が発表され、職員の大半に解雇が宣告されました。
この影響は世界各地に広がっています。南米コロンビアでは、ベネズエラからの難民支援を行っていた施設が2月に閉鎖され、国際NGOの現地責任者エリカ・ギレンさんは「あまりにも突然で未だに事態を受け止めきれていません。私たちは無力な状態になってしまい子供たちを守ることができないのです」と語っています。
ジョセフ・クラフトが分析する「トランプファースト」政治手法の本質
東京国際大学副学長のジョセフ・クラフト氏は、トランプ政権の政治手法を「トランプファースト」と表現し、その本質を鋭く分析しています。
クラフト氏は「アメリカファーストという言い方がありますけど私はトランプファースト。つまりトランプ自身の利益を優先して全て動いている」と指摘し、その究極の目標が中間選挙にあると分析しています。
トランプ大統領は中間選挙までに「中東和平、ウクライナ停戦、関税の落とし所などの成果を、できれば7月、250周年となる独立記念日までに掲げて勝利宣言をしてその勢いで中間選挙に臨みたい」とクラフト氏は予測しています。
また、トランプ政権の政策決定プロセスについても「彼はその場で全て自分にとって利益があるのかないのかで判断していく」と分析し、一貫した政策理念よりも、政治的利益を重視する姿勢を明らかにしています。
クラフト氏はミレニアル世代とトランプ大統領の関係についても「究極のポピリスト的で、ミレニアル世代の不満に問いかけてきてる政治家は非常に少ない。だからトランプが我々の言うことを聞いてくれてるんだって言うところで人気が上がっている」と分析しています。
G7サミットで見えるトランプ政権の戦略:中間選挙を見据えた成果重視
G7サミットでのトランプ政権の戦略も、中間選挙を見据えた成果重視の姿勢が顕著に表れています。ワシントン支局の髙木優支局長は「アメリカ第一主義を前面に押し出して、不公正と捉える問題を是正する場としてG7を利用しようという構え」と分析しています。
特徴的なのは、「厳しい関税措置をメンバー国に突きつけた状態でここに乗り込む」点です。これにより、トランプ氏は中国を念頭に置いたサプライチェーンの構築でヨーロッパの協力を得たい一方で、自らの関税措置がそれを難しくするジレンマに直面しています。
関税措置を巡る貿易交渉では、これまで合意に達したのはイギリス1カ国にとどまっており、早期終結を宣言していた中東とウクライナでの軍事衝突も終結の目処が立たない状況です。
クラフト氏は日本との関係について「簡単にトランプが分かりやすい形で大きな数字を1つにまとめてトランプ大統領が勝利宣言できる」形での成果発表の可能性を示唆しています。具体的には、LNGの購入額、民間直接投資、アメリカ国際債投資の増額などが検討されているとみられます。
ウクライナ問題と中東情勢:トランプ政権の選択的関与政策
トランプ政権のウクライナ問題への対応は、「選択的関与」の典型例といえます。政権は3月にウクライナへの軍事支援の一時停止に踏み切り、アメリカのウクライナ系市民の間では不安の声が上がっています。
ウクライナ系アメリカ人のユージーン・ルチウさんは「今の状況を見て見ぬふりはできません」として、軍事支援の継続を求めるデモを行ってきました。彼は「再びアメリカを偉大な国にする唯一の方法は悪に立ちむかいウクライナを勝利に導くことだ」と訴えています。
しかし、ウクライナ支援に懐疑的な姿勢を示している議員には会うことすら難しいのが現状で、ルチウさんは「アメリカが正しい道を歩めるよう最後までやり抜きます」と語っています。
保守系シンクタンクのジェームズ・カラファノ氏は、トランプ政権の外交方針について「トランプ氏は外国への関与を全て否定しているわけではありません。互いに得るものがあり成果が出せるなら外国と関わる。これこそがトランプ外交の本質なのです」と説明しています。
まとめ
2025年6月16日放送のクローズアップ現代で明らかになったのは、トランプ政権の政策が単なる政治的パフォーマンスではなく、アメリカ社会の深層で起きている構造的変化の表れであることです。
ミレニアル世代を中心とした内向き志向の強まりは、グローバル化の負の影響を受けた現役世代の切実な声を反映しています。ジョセフ・クラフト氏が指摘するように、「この20年間積み上がってきたアメリカ社会の格差とか歪みが溜まってトランプというものを作った」という分析は重要です。
世界29カ国約2万人を対象とした調査では、世界情勢に良い影響を与える国としてのアメリカの順位が9位から13位に下落していることも明らかになっています。
クラフト氏は「ミレニアル世代が今後トランプの後を引き継いでいきますから、この今のアメリカの分断あるいはこのアメリカファーストという思想はトランプがいなくなった2028年後も続いていく」と予測しており、これは一時的な現象ではなく、長期的なアメリカの変容を示すものといえるでしょう。
日本を含む各国は、この「新しいアメリカ」との付き合い方を模索していく必要があります。トランプ政権の政策を理解し、その背景にある社会的変化を踏まえた対応が求められる時代に入ったといえるでしょう。
※ 本記事は、2025年6月16日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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