2025年12月3日放送の「いまからサイエンス」で紹介された高山和雄教授の臓器チップ技術をご存知でしょうか?わずか数センチのチップが、新薬開発を10年から半年へと劇的に短縮する可能性を秘めています。この記事では、番組内容を深掘りしながら、臓器チップが果たす役割や薬の未来について、具体的な事例とともに詳しく解説します。読めば、日本が誇る最先端医療技術の全貌が見えてきます。
臓器チップとは?高山和雄が開発した革命的技術の仕組み
臓器チップとは、わずか2〜3センチの小さなチップの上で、人間の臓器を再現する画期的な技術です。東京科学大学で人体模倣システム学を研究する高山和雄教授(38歳)が開発したこの技術は、iPS細胞をチップ上で培養し、肺や肝臓、腸管といった臓器の局所部分を人工的に作り出します。
その構造は驚くほどシンプルです。チップには上下2つの流路があり、真ん中の部分で合わさっています。この接合部分にiPS細胞を配置することで、例えば肺であれば上部に気管支の細胞、下部に血管の細胞を培養できるのです。番組では加藤浩次さんも「めちゃくちゃシンプルじゃないですか」と驚きの声を上げていました。
しかし、このシンプルさこそが革新的なポイントです。人間の臓器は様々な種類の細胞が組み合わさってできているため、異なる細胞が隣接する環境を作ることで、より人体に近い状態を再現できます。高山教授は、この臓器チップにウイルスや薬を投与することで、人間の代わりに反応を観察し、わずか1〜2日で結果が得られると説明しています。
特筆すべきは、従来の動物実験との違いです。マウスなどの動物実験では、人間との生物学的な違いから正確なデータが得にくいという課題がありました。例えば、マウスは新型コロナウイルスに対して比較的強い耐性を持っており、重症化しにくいという特徴があります。一方、臓器チップは人間の細胞から作られているため、より人体に近い反応を観察できるのです。
いまからサイエンスで明かされた臓器チップが果たす役割
「いまからサイエンス」の番組内で特に注目されたのが、コロナ禍における臓器チップの活躍です。高山教授は2020年3月に京都大学iPS細胞研究所に移籍後、わずか2ヶ月という驚異的なスピードで新型コロナウイルスに関する研究成果を発表しました。
この研究では、気管の臓器チップを使い、ウイルスがどの種類の細胞に入り込んで増殖するかを特定しました。これは日本で最速、海外でも数番目に入るほどのスピードだったそうです。さらに重要な発見として、新型コロナウイルスが血管にダメージを与えるメカニズムを解明しました。番組では、ウイルスに曝露された血管細胞の画像が紹介され、通常はびっしりと詰まっている血管細胞が、コロナウイルスによって隙間が生じている様子が映し出されていました。
この血管ダメージの発見は、当時多くのコロナ患者が血栓症を発症したり、ECMO(体外式膜型人工肺)治療を必要とした理由を説明する重要な知見となりました。臓器チップが人間の代わりに症状を再現することで、医療現場でどのような治療が必要かという指針を示すことができたのです。
また、高山教授はコロナ収束後もRSウイルスやインフルエンザウイルス、さらには2022年7月に国内初の感染者が確認されたMpox(旧サル痘)ウイルスの研究も行っています。常に最新のウイルスを入手し、臓器チップで試験することで、そのウイルスが危険かどうかの判定を迅速に行っているのです。
動物愛護の観点から動物実験が制限される現代において、臓器チップが果たす役割は計り知れません。人間に対する直接的な実験は倫理的に不可能であり、動物実験にも限界がある中で、臓器チップは「人間の細胞を使った実験」という第三の選択肢を提供しています。
新薬開発のスピードを劇的に変える臓器チップの威力
新薬開発において、臓器チップがもたらすインパクトは革命的です。高山教授によれば、日本では新薬が完成するまで平均10年から15年かかると言われています。しかし、コロナパンデミックのような緊急事態では、半年で薬を開発しなければならないという状況も発生しました。
臓器チップの最大の強みは、そのスピードです。細胞を準備してウイルスをかけると、わずか1日後には様々な情報が取得でき、細胞が死ぬかどうかも4日待てば分かります。コロナ禍では、高山教授のチームは様々な薬を臓器チップに「試し飲み」させることで、どの薬が効果的かを迅速に選別していました。
さらに画期的なのが、東京科学大学で現在開発中の自動培養システムです。このシステムでは、機械が自動で薬を投与し、液体を採取し、解析まで行います。人間は部屋の外で見ているだけという状態になり、24時間体制で実験を継続できます。高山教授は「機械は体力無限」と表現し、この自動化によって数千から数万規模の薬剤スクリーニングが可能になると説明しています。
手作業では限界のある実験数も、自動化により飛躍的に増やせます。これにより、新薬開発期間を10年から5年、そして最終的には半年まで短縮することを目指しているのです。もちろん、一足飛びには実現できませんが、段階的にスピードアップを図ることで、パンデミックのような緊急事態にも対応できる体制を構築しようとしています。
高山和雄のターニングポイント―研究の深層と経歴
高山和雄教授の経歴を紐解くと、努力と運、そして人との出会いが重なり合った研究人生が見えてきます。現在38歳という若さで教授に就任した高山先生ですが、実は高校時代まで数学が苦手で、理系に進むつもりはなかったそうです。しかし浪人中に勉強したところ意外とできるようになり、「気づいたら研究していた」と番組で語っています。
高山教授の研究人生における最大のターニングポイントは、2020年に鳥澤勇介先生と出会ったことです。臓器チップ技術は、生物学と工学の両方の知識が必要な学際的な分野です。薬学部出身の高山教授は工学の知識がなく、一方で鳥澤先生は工学系のデバイス開発の専門家でした。
ちょうど高山教授が京都大学でラボを立ち上げるタイミングで、鳥澤先生が製薬会社に移ることになり研究室を畳むことになりました。この偶然の出会いにより、2人の研究室が合併し、生物学から工学までを跨ぐ臓器チップ研究がスタートしたのです。高山教授は「この人との巡り合わせがなければ、今の研究はやっていなかった」と振り返り、努力以上に運の重要性を強調しています。
また、高山教授の研究姿勢には父親の影響が色濃く反映されています。父親は数学の研究者で、昼夜問わず土日も休まず研究に打ち込む姿を見て育ちました。父親からは「受験勉強で燃え尽きるのではなく、高校、大学、社会人と努力する量を増やし続けなさい」と繰り返し言われていたそうです。この教えが、38歳で教授という地位を得た後も、さらなる挑戦を続ける原動力となっています。
2025年2月には、東京医科歯科大学と東京工業大学が合併して誕生した東京科学大学の教授に就任しました。教授の平均年齢は50代半ばと言われる中、30代での就任は異例です。しかし高山教授は「教授になったからゴールではなく、教授として期待された頑張りをしないといけない」と謙虚に語り、責任とともに増えた裁量を活かして、さらなる挑戦を続けています。
臓器チップが切り拓く未来―薬から予防医療まで
高山教授が描く臓器チップの未来は、単なる薬の発見にとどまりません。最も注目すべきは、複数の臓器チップを連結させる試みです。番組では、腸と脳を繋ぐ研究が紹介されました。ストレスや緊張でお腹が痛くなるという現象は、遠い臓器同士が実際に繋がっている証拠です。
高山教授は「究極的には体そのものがチップに乗った状態を作りたい」と語ります。例えば肝臓と腸管の間には「腸肝循環」と呼ばれる物質の循環があり、これを臓器チップで再現できれば、より人体に近い薬の効果測定が可能になります。世界中の研究者がこの「ボディ・オン・ア・チップ」の実現に取り組んでおり、日本も最前線に立っています。
また、最近の研究では腸管の世界初の多層構造再現に成功しました。人間の腸管は、粘液層、上皮細胞層、粘膜固有層、筋肉層、血管層というミルフィーユ構造になっています。これまでの培養技術では一層しか作れませんでしたが、高山教授はシェーカーによる流れ刺激を活用することで、この複雑な構造をチップ上で再現することに成功したのです。
この技術は、腸の炎症や線維化の研究に革命をもたらします。炎症が続くと臓器が硬くなる線維化が起こり、これはがんの前段階とも言われています。多層構造の臓器チップを使えば、炎症後に多層構造が元に戻るかどうかをチェックでき、がんになる前の段階で予防策を見つけることが可能になります。
高山教授が目指すのは「未病」の状態をできるだけ長く保つことです。高齢化社会において、病気になってから薬を飲むのではなく、病気にならない状態を維持することが、患者の負担軽減だけでなく、社会保険料の抑制にも繋がります。臓器チップ技術は、予防医療の観点からも大きな役割を果たすことが期待されているのです。
番組の最後で高山教授は「サイエンスとは未来と過去との交流」と表現しました。山中伸弥教授のiPS細胞技術という先人の積み重ねがあり、その延長線上に自分の研究があります。そして後輩や学生を指導することで、未来の研究へと繋がっていく。人類の歴史の中で自分は一瞬の存在かもしれないが、過去と未来を繋ぐ重要な役割を担っているという言葉には、研究者としての強い使命感が感じられました。
まとめ
「いまからサイエンス」で紹介された高山和雄教授の臓器チップ技術は、新薬開発のスピードを劇的に変え、予防医療の未来を切り拓く可能性を秘めています。わずか2〜3センチのチップ上で人間の臓器を再現するというシンプルながら革新的な技術は、コロナ禍で大きな役割を果たし、現在も感染症研究や腸の難病治療、がん予防の研究へと発展しています。
38歳という若さで教授に就任し、世界初の腸管多層構造の再現に成功した高山教授の研究は、まさに日本が誇る最先端科学です。自動化システムの導入により、新薬開発期間の大幅な短縮も視野に入ってきました。臓器チップが果たす役割は、単なる研究ツールにとどまらず、私たちの健康な未来を支える基盤技術となっていくでしょう。
番組を見逃した方も、この記事で臓器チップ技術の全貌と、高山教授が描く薬と医療の未来像を理解していただけたのではないでしょうか。今後の研究の進展に、ぜひ注目していきたいですね。
※ 本記事は、2025年12月3日放送(BSテレ東)の番組「いまからサイエンス」を参照しています。
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