2025年9月30日に放送されたNHK「クローズアップ現代」では、線状降水帯の予測精度の課題が取り上げられました。毎年のように各地で甚大な被害をもたらす線状降水帯ですが、気象庁による予測の的中率はわずか13%という衝撃的な事実が明らかになっています。番組では東京大学大気海洋研究所の佐藤正樹教授をゲストに迎え、予測が困難な理由や、最新の科学技術を駆使した研究者たちの挑戦、そして私たちがどう向き合うべきかについて深く掘り下げられました。本記事では、番組で紹介された内容をもとに、線状降水帯予測の現状と未来について詳しく解説していきます。
線状降水帯の的中率は13%【2025年の実態】
気象庁の予測精度の現状
気象庁は2022年から線状降水帯の予測情報を発表していますが、その精度には大きな課題があります。番組で紹介されたデータによると、2025年に線状降水帯が予測された回数は全部で84回ありましたが、実際に発生したのはわずか11回でした。つまり的中率は約13%という極めて低い数字です。
さらに深刻なのは「見逃し」の問題です。2025年には予測できずに発生してしまった線状降水帯が5件もありました。昨年の能登半島豪雨も、この見逃しのケースだったと番組では指摘されています。
気象庁の長田栄治予報官は、この難しさについて率直に語っています。「積乱雲1つを予測するのは難しいような状況ですので、線状降水帯が起こるかどうかというのを判断が非常にシビア」と述べ、予測の難しさを認めています。
予測されても避難行動に繋がらない課題
的中率の低さ以上に深刻なのが、予測が出ても避難行動に繋がらないという問題です。2025年8月に九州を中心に発生した線状降水帯では、気象庁から事前に予測が出されていたにもかかわらず、7人が亡くなる被害が出ました。
鹿児島県姶良市の住民の証言が印象的です。「能登半島とかあっちこっちで線状降水帯とかテレビ見てるけど『あ、そうか』という程度で、まさか自分のとこ」という言葉からは、予測を知っていても「自分は大丈夫」と考えてしまう人間心理が浮き彫りになっています。
もう一つの大きな問題は、予測が府県単位という広いエリアで出されることです。熊本県八代市で災害対応にあたった松永貴志さん(危機管理課)は、「範囲が広すぎまして、県北と県南の八代では大きく地形、風土、気候が違いますので」と語り、自治体が避難指示を出すタイミングの判断に苦慮した実情を明かしています。実際、八代市では県北が中心という予測だったため判断が遅れ、70代の女性が亡くなるという痛ましい結果となりました。
気象庁は「見逃しをなくしつつ的中率を上げていく」という葛藤の中で予測を出していると長田予報官は説明します。可能性があるからと予測を多く出せば「オオカミ少年」になってしまい、慎重になりすぎれば見逃しが増える。この難しいバランスの中で、現場は日々格闘しているのです。
線状降水帯の予測が難しい「4つの謎」とメカニズム
なぜその場所に発生するのか
番組では、気象研究所とNHKが共同で作成した、2014年広島豪雨災害をもたらした線状降水帯をスーパーコンピューター「富岳」で再現した映像が紹介されました。佐藤正樹教授はこの映像を見ながら、線状降水帯には4つの大きな謎があると説明しています。
1つ目の謎は「なぜここに発生するのか」です。線状降水帯は山口県から広島県まで約200kmの範囲で発生しましたが、なぜこの場所だったのか、そのメカニズムは完全には解明されていません。
なぜ同じ場所に留まり続けるのか
2つ目の謎は「なぜ留まるのか」です。通常の雨雲は風に流されて移動しますが、線状降水帯は同じ場所に長時間留まり続けます。この「停滞性」こそが、甚大な被害をもたらす最大の要因となっています。
なぜ長時間降り続けるのか
3つ目の謎は「なぜ長時間続くのか」です。線状降水帯は個々の積乱雲が1kmよりも小さいという非常に細かい現象です。それらが次々と列をなすように発生し、数時間にわたって激しい雨を降らせ続けるのです。佐藤教授は「なぜそんなに長時間続くか、それがメカニズムがよく分かってない」と述べています。
いつ消滅するのか
そして4つ目の謎が「いつ消滅するのか」です。線状降水帯がいつ弱まり、消滅するのかを予測できれば、避難のタイミングや災害対応の終了時期を見極めることができます。しかし現状では、これも予測が極めて困難だとされています。
佐藤教授は、これらの謎について「気象庁の数値シミュレーションでは表現できない。ここが一番難しいところ」と指摘しています。気象庁が使用するスーパーコンピューターは2kmごとに計算を行いますが、1kmよりも小さい積乱雲の挙動を正確に捉えるには、まだ解像度が不十分なのです。
気象庁と研究者の最新取り組み【スパコン・上空観測】
大気の川を捉える航空機観測(坪木和久教授)
この難題に挑む研究者たちの最前線が番組では紹介されました。名古屋大学・横浜国立大学の坪木和久教授は、ジェット機を使った観測に取り組んでいます。
坪木教授が注目しているのは「大気の川」と呼ばれる水蒸気の流れです。これは台風の周辺などに発生する大気の流れで、日本列島に大量の水蒸気を送り込む、いわば大雨の源です。坪木教授は日本から1000キロ以上離れた台風の目の上まで飛行し、「ドロップゾンデ」という観測機器を投下。上空1万3000mから海面まで、気温、湿度、風速などを計測しています。
坪木教授がこの研究に力を入れるきっかけとなったのは、10年前の関東東北豪雨です。鬼怒川が決壊したこの災害で、大気の川が大きな被害につながったことを目の当たりにしました。「予測情報が出されていればより効果的な避難ができたであろう」という思いが、研究への原動力となっています。
2025年の観測では新たな発見がありました。これまで水蒸気は海面付近に集中していると考えられていましたが、大量の水蒸気が海面からおよそ1万m上空にまで広く分布しているパターンも確認されたのです。異なるパターンを比較することで、どんな大気の川が線状降水帯を引き起こすのか、予測精度の向上につなげたいと坪木教授は語っています。
スパコン「富岳」による高解像度分析
番組で紹介された、スーパーコンピューター「富岳」を用いた高解像度シミュレーションも注目に値します。2014年の広島豪雨を再現したこの映像は、線状降水帯がいかに小さな積乱雲の集合体であるかを視覚的に示しています。
従来の気象シミュレーションでは捉えきれなかった細かな現象を、富岳の計算能力によって可視化することで、メカニズム解明への手がかりが得られると期待されています。
局地的要因の解明(益子渉室長)
気象庁気象研究所の益子渉室長は、予測する「場所」の精度を高める研究に取り組んでいます。益子室長が注目したのは、2025年8月に鹿児島で発生した線状降水帯が、発生から2時間後に急に範囲を広げた現象です。
スーパーコンピューターを使って過去の線状降水帯を分析したところ、空気のわずかな変化が積乱雲の動きに大きな影響を与えていることが分かりました。具体的には、雨が降ると地表が冷やされて冷気の渦ができ、その渦と暖かく湿った風とのバランスが釣り合っている時は、積乱雲が次々と同じ場所で発達します。一方、雨で空気が強く冷やされた場合は空気の流れが変わって、積乱雲が広がり線状降水帯が形を変えるというメカニズムです。
益子室長は「細かいところを見ないとそういった顕著現象のメカニズム解明、それから予測精度につながらない」と述べ、「市町村単位の線状降水帯の情報にも繋がっていく」と展望を語っています。
AIとビッグデータ活用の試み
民間企業でもAI技術を活用した予測の試みが進んでいます。ウェザーニューズでは、過去5年分の線状降水帯が発生した際のあらゆる気象条件をAIに学習させ、全国1万3000箇所の気象観測網や各地のユーザーから届く最新情報を読み込ませています。
AIが線状降水帯になるかどうかを自動で判定し、その情報を周囲にいるユーザーに直接通知することで、危険性をいち早く伝え、避難行動に繋げようとしています。猪飼純二気象予報士は「AIというものは大量のデータを瞬時に計算するのに長けているという特徴がありますので、ずれが大きくなく予測できています」と手応えを語っています。
未来の天気予報:線状降水帯予測の精度向上計画
2026年:2〜3時間前の詳細予測へ
気象庁は線状降水帯の予測を段階的にアップデートする計画を進めています。番組で紹介された第一段階は2026年、つまり来年の実現を目指しています。
現在、気象庁は線状降水帯が発生してから30分前に予測情報を出していますが、これを発生の2〜3時間前に前倒しします。さらに、現在の府県単位よりも細かいエリアで予測を出すことを目指しています。
佐藤正樹教授は「来年度中に実現すると思います」と述べており、2026年中の実現可能性は高いと見られます。2〜3時間前の予測が実現すれば、明るいうちに避難することが可能になり、夜間の危険な避難を減らすことができます。
2029年:市町村単位での半日前予測を目指す
さらに野心的な目標が、2029年に予定されている市町村単位での半日前予測です。これが実現すれば、線状降水帯が発生する半日程度前に、どの市町村に発生するかを予測できるようになります。
番組では、2020年に熊本で起きた豪雨災害の気象条件をもとにしたシミュレーション映像が紹介されました。市町村ごとに線状降水帯の発生確率を数字で示し、さらに河川が氾濫する確率や浸水予測エリアまで色分けして表示する、という未来の天気予報の姿です。
佐藤教授は、この実現の鍵となるのが次世代気象衛星「ひまわり」だと説明しています。「詳細な観測ができて予測精度が上がる」と期待を寄せる一方で、「日本の開発がちょっと遅れて、もう1年ぐらいずれ込むのではないか」とも指摘しており、2030年頃の実現になる可能性もあります。
佐藤正樹教授が語る「学区単位」の最終目標
番組で特に印象的だったのは、佐藤教授が語った最終目標です。市町村単位は気象庁の2030年までの目標ですが、「いろいろヒアリングをすると、小学校の学区ですね。学区単位ぐらいまで予測というものは要求されていて、それを目指したい」と述べています。
学区単位での予測が実現すれば、徒歩圏内で安全な場所に避難することが可能になります。桑子キャスターが「徒歩圏内でここのエリアを出れば身を守ることができるかもしれない」と指摘したように、これは避難の在り方そのものを変える可能性を秘めています。
佐藤教授は「現在府県単位でしか予測できないのが、グラフィカルに数字で出ると、住民の方が自分のこととして切実に考えることができる。それから自治体がこの数字をもとに避難などの指針にできる」と、詳細な予測がもたらす効果を強調しています。
線状降水帯予測を「警告」として受け止める重要性
佐藤正樹教授からのメッセージ
番組で佐藤教授が繰り返し強調したのは、線状降水帯の予測を「警告」として受け止めてほしいということでした。「線状降水帯=もう災害が起こる。そういった警告と考えてほしい」という言葉には、予測精度が低い現状でも、決して軽視してはいけないという強いメッセージが込められています。
予測が出された場合、「一旦発生が予測された場合に自分のことと思って、近くの川、あるいは土砂崩れ、そういった危険性がある地域の方は避難行動、自分がどうしたらいいかっていうのを考える、そういう警告だと受け止めてほしい」と佐藤教授は訴えています。
的中率が低くても大雨になる確率は50%以上
注目すべきは、的中率13%という数字の裏にある別の事実です。佐藤教授によると、線状降水帯の予測が出た地域では、線状降水帯が発生しなかった場合でも「大体この予測が出たところで大雨になる、非常に強い雨が降るっていうのはもう半分以上になってます」とのことです。
つまり、予測が「外れた」としても、その地域で大雨になる可能性は50%以上あるということです。この事実は、予測を「空振りだった」と軽視してはいけない理由を明確に示しています。
今すぐできる避難準備と心構え
番組では、線状降水帯の増加傾向も指摘されました。3時間に130mm以上の集中豪雨の発生回数は、1976年から2020年までの間に約2.2倍に増加しています。佐藤教授は、日本近海の海面水温が高いことが要因の一つであり、地球温暖化の影響も指摘しています。
2025年は8月、9月と、ほとんど毎日日本のどこかで大雨や線状降水帯が発生していました。佐藤教授は「線状降水帯は9月、10月、11月にも起こったことがあります。それから台風シーズンというのはまだまだ10月いっぱいまで気をつける必要がある」と警鐘を鳴らしています。
最後に佐藤教授は、「一旦起こると災害になるということですので、日頃から避難をどうやって、自分の身を守るか、それを考えていただきたい」と呼びかけています。予測精度の向上を待つだけでなく、今できることから始める。それが命を守る第一歩なのです。
まとめ
2025年9月30日放送の「クローズアップ現代」が浮き彫りにしたのは、線状降水帯予測の現実と、それでも前進し続ける科学者たちの姿でした。的中率13%という厳しい数字は、この現象の予測がいかに困難かを物語っています。
しかし、大気の川を捉える上空観測、スーパーコンピューター「富岳」による詳細分析、局地的要因の解明、そしてAI技術の活用など、様々なアプローチで研究者たちは挑戦を続けています。2026年には2〜3時間前予測、2029年には市町村単位での半日前予測という具体的な目標も示されました。
同時に、番組が強く訴えたのは、予測精度が低い今だからこそ、私たち一人ひとりが線状降水帯予測を「警告」として真剣に受け止める必要があるということです。「まさか自分のところに」ではなく、「自分のこととして」考える。その意識の転換が、災害から命を守る鍵となるのです。
気象庁と研究者たちが予測精度向上に取り組む一方で、私たちも日頃から避難方法を確認し、いざという時に迷わず行動できる準備をしておくことが求められています。線状降水帯との戦いは、科学と私たち一人ひとりの意識の両輪で進んでいくのです。
※ 本記事は、2025年9月30日に放送されたNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
コメント