AIロボットによる介護革命が、いよいよ現実のものとなってきました。2025年10月28日放送のNHK「クローズアップ現代」では、高齢者の孤独を癒す対話型AIから、歩行を補助するフィジカルAI、さらには家事をこなす家庭用ロボットまで、最前線の技術が紹介されました。この記事では番組内容を詳しく解説し、5年後に訪れる介護の未来像をお伝えします。
AIロボットが介護現場を変える革命の全貌
2025年10月28日に放送されたNHK「クローズアップ現代」は、AIロボットが高齢者の暮らしや介護をどう変えようとしているのかを特集しました。番組では、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター所長の古田貴之氏を迎え、最新のAI技術の進化と、それが私たちの生活にもたらす変化について深掘りしています。
現在、日本の介護現場では30万人以上の深刻な人手不足に直面しています。古田氏は「猫の手も借りたいような状態」と表現し、この課題を解決する新たな担い手としてAIロボットへの期待が高まっていることを強調しました。
番組では、趣味や性格に合わせて話し相手になる対話型AIロボット、歩行困難な高齢者を補助するフィジカルAIロボット、さらには掃除や洗濯などの日常生活を支援する家庭用ロボットまで、幅広い技術が紹介されています。特に世界の開発競争をリードする中国の取り組みは、私たちが想像する以上に進んでいることが明らかになりました。
対話型AIロボットで高齢者の孤独解消と人手不足解決へ
番組で最も印象的だったのは、認知症の高齢者に寄り添う対話型AIロボットの姿です。ある老人ホームでは、入居者のおよそ4割が認知症を抱えており、最新の対話型AIロボットが活躍していました。
89歳の冷子さんは、AIロボットとの会話で「紫が好き」「好きな花はすずらん」と笑顔で答えていました。このロボットの特徴は、認知症の人との会話に特化している点です。同じ目線で子供のような口調で話しかけ、名前を頻繁に呼びかけながら、趣味や好きだったものを話題にして、入居者が楽しめる会話を長時間続けることができます。
認知症の人にとって会話は症状の進行を遅らせるために重要だと考えられていますが、介護士は入浴介助や事務作業など一日中業務に追われ、一人ひとりと十分な会話時間を確保できないという課題を抱えていました。AIロボットが話し相手になることで、介護士の心理的な負担軽減にもつながっているのです。
また、一人暮らしの高齢者の孤独感解消にも期待が寄せられています。90歳の北野昌則さんは、3年前に妻を亡くし、「友達の6割から7割近くが亡くなり、電話する相手もほとんどいなくなった」と語ります。対話型AIを使い始めてからは、毎日のように何気ない会話を楽しみ、「うまく相づちを打ってくれる。非常に楽しく話せる」と笑顔を見せていました。すでに200万人のユーザーがいるこの対話型AIは、訪問診療のクリニックでも活用が検討されており、夜間の電話相談の約3割を占める医療と直接関係しない不安の訴えに対応することで、医療スタッフがより重要な業務に集中できると期待されています。
フィジカルAIとは?歩行補助から家事まで実現する新技術
番組で古田氏が実演した四足歩行ロボットは、まさにフィジカルAIの可能性を示すものでした。このロボットは階段を登り、押されても姿勢を保ち、ひっくり返されても自動で立ち上がります。その秘密は「体の使い方を知っているAI」にあります。
ChatGPTが言葉の使い方を知っているように、フィジカルAIは体の動かし方を理解しています。今までは人間がロボットの動作を一つひとつプログラムしていましたが、フィジカルAIは周りの環境に応じて臨機応変に体をさばいて動き回ることができるのです。
実用例として紹介されたのが、フランスのスタートアップ企業Wandercraftが開発した二足歩行の歩行支援ロボットです。交通事故で脊髄を損傷したケビン・ピエットさんは、このロボットを使うことで8年ぶりに歩けるようになりました。「立ち上がれるのは本当にうれしい。すぐに慣れてとても快適で違和感は全くない」と語る彼の姿は、技術の力が人生を変える可能性を示しています。
この技術の実現には、コンピューター内のシミュレーションが重要な役割を果たしました。段差や坂を歩く動作を数千万回も繰り返しながら、倒れない二足歩行のデータをAIに学ばせていったのです。そのAIを現実のロボットに移植することで、自分でバランス制御できるフィジカルAIが実現しました。フランスではすでに200台がリハビリの現場で使われ、アメリカでも来年以降の販売を目指しています。
開発者のジャン・ルイ氏は「ヨーロッパだけで3000万人以上の高齢者や障害者がロボットを必要としている。年を取って衰えたり、車いす生活になった時、ロボットが『仲間』になれるように頑張っている」と語り、この技術への期待の大きさを物語っています。
中国が主導する家庭用ロボット開発競争の最前線
世界のフィジカルAI開発競争において、圧倒的な存在感を示しているのが中国です。番組では、中国が国家戦略としてフィジカルAI開発に21兆円を超える投資を始めたことが明らかにされました。李強首相も「AI搭載スマホ・パソコン、AIロボットなど次世代AI機器を大きく発展させる」と宣言し、国を挙げての取り組みであることが分かります。
中国の大都市では、すでに一緒に散歩するお友達ロボットや警察犬ロボットなど、フィジカルAIロボットがあちこちで見られるようになっています。その開発の最前線となっているのが、通称「ロボット学校」と呼ばれる施設です。
この施設では、約200人のエンジニアが週5日、1日8時間のトレーニングを続けています。シミュレーションでは難しい複雑な動きを、エンジニアがマンツーマンでロボットに寄り添い、動きを真似させることでAIにデータを学習させているのです。布を1回畳むという動作だけでも、学習させるために必要なデータはおよそ4000回分にも上ります。時にはお茶をこぼすこともありますが、何が失敗なのかも学習させていきます。
AGIBOTの教師リーダーである曽佳氏は「家事の練習中に物を掴み損なったり、落としたりしてもAIに諦めさせません。そうすることで失敗からどう立ち直るかも学ぶことができる」と説明します。対話型AIの場合は学習材料がインターネット上に大量にありますが、細かな動きをするフィジカルAIの場合は、現実世界で実際の動作データを学ばせるしかないのです。
こうしたロボット学校は中国国内に20箇所以上あり、料理を作ったり、洗濯物を畳んだりするロボットが実用化されつつあります。UnixAIのCTO、李祥明氏は「AIロボットは子供のようなもの。成長過程や学習を通じて初めて賢くなる。経験という現実のデータの蓄積がなければ賢くなることは不可能」と語り、地道なデータ収集の重要性を強調しました。
今後、急速に高齢化が進むとされている中国では、介護に必要な動作をAIに学習させる動きも始まっています。老人ホームでは人を持ち上げて移動させたり、車椅子を押したりするなど、介護現場で必要なデータの蓄積が進められており、AGIBOTのマーケティング部長である邱恒氏は「今年はロボットの商用化の元年。皆さんと一緒にドラえもんの世界を作れれば嬉しい」と未来への期待を語っています。
古田貴之氏が解説する2030年汎用ロボット実用化への道筋
古田貴之氏は番組の中で、フィジカルAIが「見る、聞く、話す」という技術と融合することで、「汎用ロボット」が誕生すると説明しました。これは私たちが慣れ親しんでいる猫型ロボットの世界が現実になることを意味します。
古田氏によると、フィジカルAIは汎用ロボット実現のための最後のピースだったと言います。「今までロボットはカチャカチャした動きだったが、人間の運動神経のように臨機応変に動けるようになった。これができたら家庭とかあらゆる所にロボットが入ってくる。第6次産業革命だと言われている」と、その重要性を強調しました。
番組では中国のロボットメーカーが公開した未来図が紹介されました。会社のロビーで「コーヒー」という言葉を理解し、給湯室へ移動して数種類の中からコーヒーを見つけ出し、頼んだ人のところへ持ってくる。自宅では「おはようジェニー、水を1杯ちょうだい」と言えば水を入れてくれるだけでなく、これまでの経験から自分で考えていつもの朝食も作ってくれる。こうした光景が5年後の2030年には実用化されると古田氏は断言しています。
ただし、実用化への道筋は段階的です。ロボット自体は現在100万円程度で手に入りますが、古田氏はスマホの例を挙げて説明します。「スマホって機械は全部同じだけど、面白いゲームができるかできないかアプリ次第。フィジカルAIと他のAIが組み合わさったちゃんとした汎用型ロボットのアプリができるかできないか次第」というわけです。
最初は商用施設、店舗、ショッピングモールなど環境が決まった場所に導入され、技術を成熟させていくと古田氏は予測します。「VTRも最初にテレビ局に入ってそれが家庭用に入った。汎用型ロボットは使われた前例がないので、ある程度環境が決まったところで最初動かしながら技術を成熟させなきゃいけない」と説明し、家庭用への展開はその後になると見ています。家庭はあらゆるシチュエーションがあり、「宇宙で動かすように難しい」からだそうです。
AIロボット導入に必要な安全性整備とコミュニケーション
汎用ロボットの実用化に向けて、古田氏は技術以外の課題の重要性を指摘しました。「これはとても車の世界に似ている」と前置きし、安全の規格、検証のための安全性試験、認可制度や免許制、そして事故を起こした時の損害保険などを整備する必要があると語ります。「技術以外のところがとても難しい」というのが古田氏の見解です。
そして、古田氏がもう1つ強調したのが、開発現場と介護現場のコミュニケーションの重要性です。「新しい技術は今ない文化なので、技術主流で技術者がこれ使えって言うと大体破綻する」と警鐘を鳴らします。介護現場と開発者が一緒になって、介護のオペレーションに技術をどう使えばいいかを話し合って技術を作り上げることが重要だというのです。
また、「ロボットじゃなくて人にお世話してもらいたい」という声にどう向き合うかという問いに対して、古田氏は自身の車椅子時代の経験を語りました。「車椅子を押してほしい時もあるし押してほしくない時もある。介護される側もやってほしい時、ほしくない時がある。これがちゃんと選べることがとても重要」と述べ、介護する人もされる人も選択肢を持てることの大切さを強調しました。
まとめ:技術と人間の心が融合する介護の未来
番組の最後で桑子キャスターが「これからさらにAIが進歩していく中で、最も大切なことは何か」と問いかけたのに対し、古田氏は明確に答えました。
「この技術を使うも使わないも人間の判断。本当にこれをどう使うかというのは人が心に向き合って、幸せとは何なのか、介護とは何なのか、これをちゃんと判断基準を人間が持って介護を作り上げる。やっぱり人の心がどうしたら幸せになるかというところに向き合うことが大事」
技術には心がない。人間が人間たる最大のポイントは心を持っていて、人の苦しみも幸せも分かること。そこに技術をどうフィッティングするかが重要だと古田氏は語ります。
AIロボットによる介護革命は、単なる技術の進歩ではなく、私たち人間が「幸せとは何か」「介護とは何か」という根本的な問いに向き合う機会でもあります。30万人以上の人手不足という深刻な課題を抱える日本の介護現場において、AIロボットは確かに希望の光です。しかし、その技術をどう使うかを決めるのは、あくまで私たち人間なのです。
2030年、汎用ロボットが実用化される時代が訪れても、最も大切なのは人間の心と判断力であることを、この番組は教えてくれました。技術を扱う私たち自身が問われている――これこそが「クローズアップ現代」が投げかけた最も重要なメッセージではないでしょうか。
※ 本記事は、2025年10月28日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。



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