テレビ東京「ブレイクスルー」(2025年5月10日放送)で紹介された香取秀俊教授の光格子時計をご存知ですか?300億年に1秒しかずれないという驚異の精度を持ち、「時間で高さを測る」という革新的な技術で地震予知にも応用できるとして注目されています。2030年には国際基準になる可能性も高く、日本発の技術が世界を変えようとしています。本記事では、この驚異的な光格子時計の仕組みと未来の可能性について詳しく解説します。
光格子時計とは?香取秀俊教授が開発した「300億年に1秒しかずれない」驚異の精密時計
光格子時計は、東京大学大学院工学系研究科教授で理化学研究所主任研究員の香取秀俊氏によって2001年に考案された、革新的な原子時計です。従来のセシウム原子時計が「6000万年に1秒」の精度であるのに対し、光格子時計は「300億年に1秒」という、想像を絶する高精度を実現しました。
この時計の心臓部は、ストロンチウムという原子を使用しています。香取教授の研究室では、肉眼でも見えるほど集められた1000万個のストロンチウム原子を、レーザー光で作られた「光格子」と呼ばれる卵パックのような構造に閉じ込めます。これによって原子の振動を正確に計測し、従来の原子時計より3桁も精度の高い時間計測を可能にしているのです。
従来のセシウム原子時計が91億回の振動を数えるのに対し、光格子時計では400兆回もの振動を測定します。この桁違いの精度により、光格子時計は単なる時間計測装置の枠を超え、新たな科学的発見や応用への扉を開きました。
ストロンチウム原子を使った光格子時計の仕組みと従来の原子時計との違い
光格子時計の優れた精度を支える技術的革新は、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光を用いた原子捕獲方法にあります。このレーザー光で作った光格子に、ストロンチウム原子を一つ一つ捕獲し、それらの振動を同時に測定することで、極めて正確な時間の基準を作り出します。
一方、これまで世界の時間標準として使用されてきたセシウム原子時計は、原子を選別しながら電波の振動回数を測定しています。この測定方法の違いが、精度の大きな差を生み出しているのです。セシウム原子時計の精度は10のマイナス15乗(6000万年に1秒の誤差)ですが、ストロンチウム光格子時計はマイナス18乗と3桁も精度が向上し、理論上は300億年に1秒しかズレないという驚異的な正確さを達成しています。
光格子時計の研究は1998年頃に始まり、当初は量子コンピュータの開発を目指していた香取教授が、その過程で発見した技術でした。時間を極めて正確に測れる光格子時計は、そのままでは実現が難しかった量子コンピュータの原点でもあったのです。
東京スカイツリーで実証された一般相対性理論 – 時間で高さを測る新発想
香取教授はユニークな発想で、光格子時計を使ってアインシュタインの一般相対性理論を地上で検証するという画期的な実験を行いました。東京スカイツリーの地上0メートルと展望回廊(450メートル)の2箇所に光格子時計を設置し、時間の流れの違いを測定したのです。
一般相対性理論によれば、重力が小さい高所では、重力が大きい低所よりも時間が早く進むとされています。実験の結果、スカイツリーの展望回廊では地上に比べて1日あたり10億分の4秒(4ナノ秒)早く時間が進んでいることが確認されました。
この実験は、従来は宇宙空間でのみ検証可能だった相対性理論を、わずか450メートルという高低差で証明したことで世界に大きな衝撃を与えました。香取教授は「時間で高さを測る」という、これまでにない発想で地殻変動の監視など新たな応用の道を開きました。
従来の測量技術を超える精度で高さの測定ができる可能性を示したこの実験は、光格子時計がもたらす科学的ブレイクスルーの一例です。
地殻変動の監視から災害予知へ – 光格子時計が切り開く新たな可能性
光格子時計の驚異的な精度は、地球科学の分野に革命をもたらす可能性を秘めています。香取教授は現在、理化学研究所と岩手県の水沢天文台の間で光格子時計を用いた地殻変動の観測実験を行っています。
この実験は、東日本大震災後に水沢周辺が30センチ沈降し、その後年間2〜3センチずつ隆起しているという現象を、光格子時計を使って検証するものです。これまでの地殻変動の観測方法とは異なり、時間の流れの差異から高さの変化を検出するという全く新しいアプローチです。
光格子時計の理論的精度によれば、わずか1センチの高低差でも検出可能とされています。これが実用化されれば、地震予知や火山噴火の前兆把握など、防災・減災に大きく貢献することが期待されます。また、GPS測位システムの精度向上や、より正確な海抜測定など、様々な分野での応用も考えられます。
時間を測ることで地球の動きを捉えるという発想の転換が、私たちの安全を守る新技術へと発展する可能性を示しています。
「秒」の再定義を目指して – 2030年の国際度量衡総会で日本発の技術が世界標準に
現在、世界の時間基準として採用されているのは、1955年にイギリスで開発されたセシウム原子時計です。しかし、2030年に予定されている国際度量衡総会では、約60年ぶりに「秒」の再定義が検討されています。その有力候補が、日本発の光格子時計なのです。
香取教授は、日本がこれまで海外からスタンダードを輸入してきた歴史を振り返りつつ、「これから日本からこういうスタンダードを発信するってすごくいいチャンスだと思います」と語っています。
光格子時計が国際基準として採用されれば、日本が世界の時間標準を決める国になるという歴史的転換点になります。また、超高精度な時間測定技術は、高速大容量通信や次世代測位システムなど、様々な先端技術の基盤となるため、産業的な意味でも非常に重要です。
世界中の研究機関が光格子時計の研究を進める中、発明国である日本が主導権を握れるかどうかは、今後の日本の科学技術の地位を占う重要な指標となるでしょう。
島津製作所との共同開発で実現した小型化と商品化 – 1台5億円の最先端技術
光格子時計の社会実装に向けた大きな一歩として、2017年から香取教授と島津製作所が共同開発を進めてきた小型の光格子時計が商品化されました。2025年3月に発売開始されたAether clock OC 020(イーサクロック)」は、ストロンチウム光格子時計としては世界初の商用機です。
従来の研究用光格子時計に比べて体積を920リットルから250リットルへと約1/4にまで小型化することに成功し、輸送や設置が容易になりました。これにより、研究室の外でも利用しやすくなり、様々なフィールドでの実証実験や応用研究への道が開かれています。
販売価格は1台5億円で、3年間で国内外に10台の販売を目指しています。まだ高価ではありますが、今後の技術発展と量産化によってコストダウンが進めば、より幅広い機関での導入が期待されます。
島津製作所はこの共同開発において、光格子時計のレーザー制御システムや回路基板の小型化・堅牢化を担当しました。精密機械メーカーの技術力と、最先端物理学の研究が融合することで、研究室の装置から社会で使える製品へと進化したのです。
まとめ:「まだ見ぬ世界を目指して新しい風景を求めること」- 香取秀俊教授が描く未来
香取秀俊教授は、ブレイクスルーとは「かつて見たことのないような新しい風景を作ること」だと語ります。300億年に1秒しかずれない光格子時計の開発は、まさにその言葉を体現する科学的偉業です。
「光格子時計にしても、かつてそんな方法で時計なんかできっこないと思ってた」と香取教授が振り返るように、常識を覆す発想から生まれたこの技術は、単に時間を正確に測るだけでなく、アインシュタインの相対性理論を日常空間で実証し、地殻変動の監視など新たな応用分野を切り開いています。
さらに、2030年には「秒」の再定義によって、日本発の技術が世界標準になる可能性を秘めています。島津製作所との共同開発により小型化・商品化も実現し、実用化への道筋も見えてきました。
「人類が存続する限り時計の精度はどんどん上がって行くはず」と展望する香取教授。光格子時計技術が当たり前となった未来では、私たちがまだ想像もできない新たな応用が生まれるかもしれません。科学者の好奇心と探究心が、私たちの世界の見方を変えていく—光格子時計はその典型的な例と言えるでしょう。
※ 本記事は、2025年5月10日放送(テレビ東京系)の人気番組「ブレイクスルー」を参照しています。
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