2025年11月27日放送のカンブリア宮殿で特集されたオリオンビールの村野一社長。26年間未達成だった営業目標をV字回復させ、過去最高売上288億円を達成した改革の全貌をご紹介します。ソニー時代の失敗経験から学んだマネジメント哲学、県民参加型の商品開発、そして沖縄から全国へ展開する独自戦略まで、企業再生のヒントが満載です。
村野一社長がオリオンビールで実現した改革の全貌
オリオンビールは、1957年の創業以来65年以上にわたり沖縄県民に愛されてきた”県民ビール“です。しかし、2021年に村野一氏が12代目社長に就任する前、同社は深刻な経営課題を抱えていました。
最も象徴的だったのが、26年間連続で営業目標未達成という事実です。若者のアルコール離れに加え、2020年からのコロナ禍により業務用ビールの売上が大きく減少。2019年には野村ホールディングスと外資企業に買収され、抜本的な経営改革が急務となっていました。
そこで白羽の矢が立ったのが、ソニーで海外駐在の経験を積み、その後ディアゴスティーニやシックなど様々な業種で企業改革を手掛けてきた”立て直し経営者”村野一氏でした。
村野社長が掲げたビジョンは「Make Okinawa Famous.(沖縄を有名に)」。県民はもちろん、観光客にも愛されるブランドを目指したのです。
その結果は驚異的でした。就任からわずか4年で業績をV字回復させ、2025年3月期の売上高は288億円と過去最高を記録しました。この成功の裏には、3つの明確な改革戦略がありました。
第一に、看板商品「オリオン ザ・ドラフト」のリニューアルです。沖縄県民の1%以上にあたる約1万5000人からアンケートを募り、県民と共に新たなビールを作り上げました。結果、リニューアル後1年で売上が約10億円増加しています。
第二に、県外展開の強化です。全国の沖縄フェアやイベントに年間60回参加し、広域営業部の8人が北海道から鹿児島まで飛び回りました。この地道な活動により、県外での売上はこの4年で2.5倍に拡大しました。
第三に、関連グッズの開発です。現在1000種類を超えるグッズを展開し、売上は2年で3倍に成長。TシャツやエコバッグがSNSで拡散され、若者を中心に沖縄土産の定番となっています。
村野一の経歴:ソニーから「立て直し経営者」への道
村野一氏は1962年、東京生まれの63歳です。実は14歳の中学生の時に2つの明確な目標を立てていました。「海外で活躍したい」そして「社長になりたい」という野望です。
横浜国立大学卒業後、当時ウォークマンなどのヒット商品を連発し、海外販売が急拡大していたソニーに入社しました。入社2年目から海外赴任が始まり、「スーツケース1個持って見知らぬ土地に行き、ソニーのビジネスを開拓する」日々が続きました。村野氏自身「生意気だけど日本背負ってるぐらいの勢いで、ホテルの1室で電話帳調べてやっていた」と当時を振り返っています。
海外営業の最前線で大きな成果を上げ続けた村野氏は、31歳という若さでソニー・ハンガリーの社長に就任します。自らに厳しい営業目標を設定し、それをクリアすることに全力を注いできた結果でした。
その後、ソニーでの実績を引っ提げて外資系企業の世界へ。ディアゴスティーニやシック(剃刀メーカー)など、複数の外資系企業の日本法人代表を歴任し、いわゆる「プロ経営者」として様々な業種の企業改革を手掛けてきました。
そして2021年、コロナ禍で業績が落ち込んでいたオリオンビールから、業績回復のために社長就任を要請されます。村野氏は沖縄に移住し、不退転の意気込みで12代目社長に就任しました。珍しい県外出身の社長の誕生です。
社員からは「ジミーさん」と呼ばれていますが、これは海外時代に名前の「はじめ」から付いたニックネームです。就任初日に「社長と呼ばないで。ジミーと呼んでください」と宣言し、フラットな組織文化の構築を始めたのです。
ハンガリーでの失敗の経験が生んだマネジメント哲学
村野氏の経営哲学を語る上で欠かせないのが、31歳でソニー・ハンガリーの社長に就任した際の「失敗体験」です。この経験が、現在のオリオンビールでの成功の礎となっています。
ハンガリー社長時代、村野氏は全て自分で指揮を執り、社員に従わせるスタイルを取りました。「従業員が全然足りない!給料や待遇面を打ち出して、魅力ある募集広告をバンバン打ってくれ!」「小型テレビの価格を下げて、売りまくってくれ!」と細かい指示を出し続けたのです。
その結果、業績はまたたく間に上昇しました。成功体験を胸に、村野氏は次の赴任地へ向かいます。
ところが、しばらくして衝撃的な話を耳にします。ヨーロッパ担当の同僚から「ハンガリーの売上が落ちているらしいぞ。村野が雇った幹部社員も、結構辞めたみたいだよ」と告げられたのです。
村野氏は振り返ります。「気合いが入りすぎたというか、若くして社長になれた喜びと、なんとしても結果を出したいっていう気持ちがあった」
細かい指示で業績は上がりましたが、自ら考えない社員を作ってしまったのです。社員に失敗させまいと思ってしたことが、裏目に出てしまいました。
村野氏は語ります。「(社員に)失敗させてあげなかったっていうのは、まあトラウマになってましてですね。もう二度とそういうマネジメントスタイルはしないと心に誓ったんですね」
この失敗から、村野氏は社員の自主性を育てることの大切さに気付きました。「以前は自分の行きたいとこに連れてこうとしたんですね。その後、いくつか経験をしてる中で、みんなが行きたいとこに連れて行こうという考えに変わったんです」
失敗こそが次への糧となる――この哲学が、オリオンビールでの改革の根幹をなしています。
オリオンビール改革の具体的戦略3本柱
村野社長がオリオンビールで実践した改革は、明確な3つの柱で構成されています。それぞれが相乗効果を生み、過去最高の業績につながりました。
【戦略1:沖縄県民を巻き込んだ看板商品の一新】
60年以上愛されてきた「オリオン ザ・ドラフト」の味を変えるという大胆な決断。その際、村野社長が行ったのが県民参加型のアンケートでした。
沖縄県民の1%以上にあたる約1万5000人(正確には1万5301人)からアンケートを募集。「県民を大きく巻き込んで、商品作りの過程に入れさせていただいて、一緒に作っていく」という方針を貫きました。
アンケート結果をもとに雑味を取り除き、すっきりした味わいに変更。県民からは「全然飲みやすくなって美味しい」「爽やか。喉越しが良い」「軽いので、どんな料理とも相性がいい」と高評価を得ました。
この改革により、オリオン ザ・ドラフトの売上はリニューアル後1年で約10億円増加しています。
【戦略2:沖縄県外への攻勢】
全国の沖縄フェアや沖縄フェスに年間60回ほど参加し、沖縄以外のファン拡大に努めています。東京で開催される「アシバ祭」などのイベントでは、初めてオリオンビールを飲む人も多く、「美味しい」「飲みやすい」「気軽に飲める」と好評です。
さらに、広域営業部の8人が北海道から鹿児島まで日々営業に飛び回っています。営業担当の名嘉太一氏は、一人で800店ほどを担当。沖縄料理店以外への売り込みを強化し、地道にサンプル缶を持ち込んで試飲を促しています。
こうした活動の成果として、県外での売上はこの4年で2.5倍に拡大しました。
【戦略3:関連グッズでブランド名を拡散】
現在1000種類を超える関連グッズを展開。主なターゲットは、オリオンビールと接点が少ない若者です。購入したグッズをSNSで拡散してもらうのが狙いです。
村野社長は「今の時代は一人一人がメディア。これをぶわーっと発信してくれる。拡散のスピードが速い時代」と語ります。
Tシャツだけでも数十種類のデザインがあり、キャップやタンブラーなど様々なアイテムに拡大。有名パティシエ・辻口博啓氏直々のオファーで、ビール酵母を使ったスイーツ「オリオン ザ・ブリゼ」も販売開始しました。
この取り組みの結果、関連グッズの売上はここ2年で3倍に拡大。本業のビール自体の知名度も上昇し、昨年度の売上288億円達成に貢献しています。
「ジミーさん」が実践する社員との対話術
村野社長の経営スタイルで最も特徴的なのが、社員との距離感です。従業員約400人の8割が県内出身者という環境で、県外出身の村野社長がどのように社員の心を掴んだのでしょうか。
就任初日、村野社長は「社長と呼ばないで。ジミーと呼んでください」と宣言しました。「そこらへんのおっさんぐらいに思ってもらって、オープンの環境を作る」ことを重視したのです。
経営管理部の島袋典子氏は「ジミーさんがすごいフレンドリーに話しかけてくれるので、非常に話しやすい」と語ります。
村野社長が就任以来ずっと続けているのが、オフィスを歩きながら社員と対話することです。「どうよ調子は?」「今月好調?」と気軽に声をかけ、カジュアルに状況を把握します。
しかし、ただフレンドリーなだけではありません。村野社長が最も重視したのが、社員自らに目標設定をさせることでした。
就任後、社員一人一人と面談を行った際、村野社長はある違和感を覚えました。「この会社で何をやりたい?」と聞いても、「これといってありません」「特に思いつかない」という反応が多かったのです。
沖縄県民の控えめでシャイな性格が、「手を挙げて意見を言う人が少ない」状況を生んでいました。さらに26年間営業目標未達成だった背景には、「どこか自分の数字ではないという、最後のところの言い訳があった」と村野社長は分析します。
そこで始めたのが、上からの指示ではなく、社員自身にやりたいことを決めさせる方式です。
営業担当者を集め、「どの商品を、どの月に、何本売れて、売り上げがいくらになるのか、まず作ってほしい」と依頼。それを達成した人を毎月朝礼で表彰しました。
村野社長は語ります。「人というのは、誰かに言われてやるよりは、自分で言ってやったほうが、自分が成長してるってことを感じやすい」
最初は戸惑った社員たちも、次第に意識が変化。人事総務本部の時永聡子氏は「最初は『目標必達』がちょっと厳しいなって感じる社員も多かったが、必ず結果がついてくる。それでみんなが自信を持って、もっと頑張ってみちゃおうかな、みたいな」と変化を語ります。
「予算は必達。私があなたにその数字をやれと言ったわけじゃない。自分でこれをやると言いましたよね。失敗したとしたら次また目標を立てればいい」――このカルチャーが定着したことが、V字回復の原動力となりました。
オリオンビールの関連商品とブランド戦略
オリオンビールの関連グッズが人気を集めている理由は、単にデザインが良いからだけではありません。村野社長独自のブランド戦略が隠されています。
都内に住むオリオンビールファンの高橋桃子さん宅を訪ねると、玄関マットにはオリオンビールのロゴ、提灯、Tシャツ、エコバッグ、巾着など、部屋中がオリオングッズで溢れています。「沖縄旅行から戻ってきてからも沖縄を感じたい」という思いから、グッズに囲まれて暮らしているそうです。
村野社長は、Tシャツが支持される理由について興味深い分析をしています。
「白いTシャツを着て街中に立って写真をシェアするより、仮に同じ顔で同じポーズで撮っても、オリオンのロゴを着ると本人が幸せそうに見えるので、反応がいいんだと思う」
実際、高校生の修学旅行では、いの一番にチームでオリオンのTシャツを着て街を歩き、写真を撮りまくってSNSに投稿するのが定番になっています。「沖縄に居るっていうことが分かるので、より幸せそうに見える」というわけです。
川崎で開かれた期間限定イベントでは、若者や家族連れで賑わい、「娘の保育園の先生も同じTシャツ着てて、かわいいなと思って」と購入する父親の姿も。
さらに注目すべきは、有名パティシエ・辻口博啓氏直々のオファーで実現したビール酵母を使ったスイーツ「オリオン ザ・ブリゼ」です。ビールメーカーの枠を超えた商品展開が進んでいます。
村野社長は将来について語ります。「人口減少もありますし、アルコール離れもある。でも私たちはノンアルコールのビールも作ってます。今後はビール以外も作ろうと計画しています。大事なのは、ビールとかチューハイとかワインとか、ものをつくるのではなくて、『オリオン』というブランドを売ることにこだわっていく」
つまり、オリオンというブランドを核に、様々な商品カテゴリーに展開していく戦略です。このブランド中心主義こそが、縮小するアルコール市場での生き残り戦略なのです。
沖縄北部活性化とホテル事業の展開
村野社長の視野は、ビール事業だけに留まりません。沖縄北部エリア全体の活性化を目指した取り組みも始めています。
2025年7月、沖縄本島北部に「ジャングリア沖縄」がオープンし、美ら海水族館とともに北部エリアは新たな観光スポットとして注目を集めています。
しかし、地元住民からは「こっち(北部)に来るお客さんは、泊まってるのは恩納村(中部)とか、市内(名護市内)はあんまりいない」「南部の方は潤ってるかもしれないけど」という声が聞かれます。
オリオンビールのグループ企業は、2014年に美ら海水族館のすぐ近くに「オリオンホテル モトブ リゾート&スパ」を建設。全客室からエメラルドグリーンに輝く海が見渡せるこのホテルを、2024年にリニューアルしました。
ジャングリア沖縄のオフィシャルホテルとしてシャトルバスも運行し、宿泊客を増やしています。村野社長はこのホテルを拠点に、北部エリア全体を盛り上げる構想を描いています。
「北部でより多くの時間を過ごしていただく。北部で滞在しようということがどんどん増えてくることで、宿泊、消費が増えていき、いろんな意味で循環していく」
北部を盛り上げたいもう一つの理由は、オリオンビール発祥の地で唯一の工場が名護市にあるからです。
しかし北部エリアには課題もあります。農業や畜産が主な産業のため、就職などで地元を離れてしまう若者が多いのです。
そこでオリオンビールは、名護市内の東江中学校で社員が定期的に講演を実施。オリオンビールのことを知ってもらい、将来社員となって地元に残ってほしいという思いを込めています。
経営管理部の松田美乃氏は生徒たちに語りかけます。「オリオンビールは沖縄を代表するブランドとして、沖縄の魅力とか楽しさを世界中に発信して……」
講演を聞いた生徒からは「よりオリオンビールについて理解が深まった」「世界に挑戦、チャレンジしてる人たちみたいな、オリオンビールみたいな会社には就きたい」という声が上がっています。
ビール事業、ホテル事業、そして地域貢献――村野社長の改革は、単なる企業の利益追求にとどまらず、沖縄全体を盛り上げる社会的意義を持っているのです。
まとめ:村野一社長の改革に学ぶ企業再生の本質
カンブリア宮殿で紹介されたオリオンビールの村野一社長による改革は、多くの企業が直面する課題への解決策を示しています。
26年間営業目標未達成という厳しい状況から、わずか4年で過去最高売上288億円を達成した背景には、明確な戦略と一貫した哲学がありました。
ハンガリーでの失敗経験から学んだ「社員の自主性を育てる」というマネジメント哲学こそが、改革の核心です。上からの指示ではなく、社員自らに目標設定させ、達成した人を表彰する。このシンプルな仕組みが、26年間の停滞を打ち破りました。
県民1万5000人を巻き込んだ商品リニューアル、年間60回のイベント参加による県外展開、1000種類超の関連グッズ展開――これらは全て、「オリオン」というブランドを核に据えた一貫した戦略です。
村野社長は語ります。「心や体を整えることも優先する。残った最後のところで全力投球仕事にする。こちらの順番にしてる限りにおいては、心身ともに健康で、いろんな問題が起きたときにも、余裕を持って対応できる」
企業再生に必要なのは、華々しい戦略だけではありません。社員一人一人が自分の仕事に誇りを持ち、自ら考え行動する組織文化を作ること。そして経営者自身が心身ともに健康で、余裕を持って対応できる状態を保つこと。
村野社長の改革は、縮小するアルコール市場という逆風の中でも、ブランド力と組織力で成長できることを証明しました。「Make Okinawa Famous.」というビジョンのもと、沖縄から全国へ、そして世界へ――オリオンビールの挑戦は、これからも続いていきます。
※ 本記事は、2025年11月27日放送(テレビ東京系)の人気番組「カンブリア宮殿」を参照しています。
※ オリオンビール株式会社の公式サイトはこちら





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