2025年12月8日放送のNHK「クローズアップ現代」で取り上げられた葬儀トラブル。国民生活センターへの相談が過去最多となる中、安心納得の葬儀を実現するにはどうすればいいのでしょうか。64万円が224万円に跳ね上がる高額請求、説明不足によるエンバーミングの追加など、実際のトラブル事例と、山田慎也氏が解説する対策、そして行政や寺が始めた新たな動きまで、後悔しないための役立つ備えを詳しくご紹介します。
葬儀トラブル相談が過去最多!何が起きているのか
年間の死亡者数が160万人を超え、日本は本格的な「多死社会」に突入しました。それに伴い、葬儀サービスをめぐるトラブルが急増しています。
国民生活センターに寄せられた葬儀に関する相談件数は、2025年には約1000件と過去最多を記録。これは氷山の一角で、実際にはもっと多くの方が納得できない葬儀を経験している可能性があります。
番組放送前の視聴者アンケートでは100件以上の声が寄せられ、「家族が急に亡くなった日、悲しみに暮れる中、どの葬儀会社にするのがいいか全く分かりませんでした」「そもそも葬儀の価格ってどこが適正なのか。200万円もかけないといけないのか、全く分からないです」といった切実な悩みが寄せられました。
多くの方が直面するこの問題。一体何が起きているのでしょうか。
実際の葬儀トラブル事例と問題点
64万円が224万円に!見積もり3倍超の実態
番組で紹介された60代女性のケースは、葬儀業界の問題を象徴しています。
父親が亡くなったその日、病院から遺体を搬送し、葬儀会社を選ばなければならない状況に追い込まれました。「こんなに早く亡くなると思わなかった。急いでやらなきゃいけなくて」と焦る気持ちで調べる中、ネット広告で見つけた葬儀会社の64万円余りのプランに目が留まりました。棺や祭壇など一式も含まれていると記載されていたのです。
しかし3日後、示された見積もりは224万円。広告の3倍以上です。
内訳を見ると、祭壇の追加44万円、メモリアルスクリーン33万円など、基本料金に含まれない20を超えるオプションが追加されていました。特に問題だったのは、遺影の写真です。「1枚5万5000円で6枚必要だと言われました。遺影の写真が飾ってあるので、これはいりませんと言ったんですけど、どうしても式の進行に欠かせないものだと」と女性は振り返ります。
交渉の末、約180万円で契約する寸前までいきましたが、家族の説得で別の葬儀会社に変更。結局、その半額ほど(約100万円)で葬儀を行うことができました。
代わりに葬儀を行った佐藤信顕さんは、最初の会社の見積もりの問題点を指摘します。「市営斎場でやってて祭壇の貸し出しがあるのに、いきなり44万円。骨壺も基本プランに入ってるはずなのに、差額が6万4900円。本当にお客さんが必要なものを、ちゃんと話してないっていうのが問題」。
エンバーミング38.5万円の必要性は?
もう一つの典型的なトラブルが、エンバーミングに関するものです。
エンバーミングとは、遺体の血管から薬液を注入して長期保存を可能にする処置。90代の母親を亡くした男性は、葬儀の日取りとして母親が亡くなった6日後を提示され、葬儀会社からエンバーミングを提案されました。
「ドライアイスよりも、こういうのがあるよと。で、ドライアイスは今ほとんど使ってませんと。皆さんこういうの使ってますから」という説明を受け、38.5万円を支払いました。
しかし後日、葬儀に参加した親族や住職から「今回のケースではドライアイスで十分だったのでは」と指摘され、疑問を抱くことに。「本当は不満はあるのさ」と男性は語ります。
この葬儀会社は取材に対し、「喪主様は母を最後は女性として送り出したいという思いがあり、納得の上依頼をした」と回答していますが、専門用語や遺体の状態について不安を煽られると、遺族は断りづらい状況に追い込まれるのです。
葬儀業界の価格破壊と歩合制の問題
なぜこうしたトラブルが相次ぐのでしょうか。
大手葬儀会社に30年近く携わった元従業員男性は、業界の構造変化を指摘します。「ネットの業者さんが普及してきて、葬儀の価格破壊が起きたわけです。大手の葬儀会社さんなんかは、それに合わせてやっていくとかなり苦しい状況で。ですけれども仕事は取っていかないといけない。入り口を、見えるところは安く見せて、そして後からオプションでどんどん釣り上げていけばいいんだろうっていうやり方に変わってきた」。
さらに深刻なのは、担当者への厳しいノルマです。「歩合制で、エンバーミングに関してはもう罰金が発生します。担当者は必死になって、そういう営業トークをしろって言われます。遺体の体の状態のことを言われると、遺族も不安になって、お願いしますと言わざるを得ない。単価なんて全然誰も分からないものじゃないですか。本当に金額釣り上げやすい」。
「死」という誰もが避けられない出来事が、ビジネスの道具にされている現実があるのです。
山田慎也氏が解説する業界の構造問題
番組に出演した国立歴史民俗博物館副館長の山田慎也氏は、葬儀文化と業界の実情に詳しい専門家です。
山田氏は、「ほとんどの業者さんは、やはり遺族に寄り添ってきちんとお仕事されている」としながらも、「一部の本当に事例が業界全体に悪化してしまうっていうのは、ある意味業界だけではなくて、それを利用する消費者にとっても不幸な状況」と指摘します。
元々葬儀は家と共同体が行うものでしたが、現在では小規模化が進み、葬儀業者に任せるのが当たり前になっています。そうした中で、業界の健全な育成が必要であり、例えば従事者の資格や教育といった適正な育成を図ることで、業界自体の地位向上と社会的認識を高めることが重要だと述べています。
アメリカなどでは登録制度や教育システムが発達しており、これも参考になるとのこと。番組取材に対し、経済産業省も「葬儀を巡って消費者とのトラブルがあることは承知しており、一部の業界団体や国会議員から規制を求める声があることも事実。規制が必要かどうかも含めて状況をよく見ている」と回答しています。
安心納得の葬儀のための役立つ備えと準備
では、トラブルに巻き込まれないためにはどうすればいいのでしょうか。山田氏が提案する具体的な対策をご紹介します。
生前に話し合うべき5つのポイント
まず最も重要なのは、生前に本人を交えて話し合うことです。「なかなか難しいですけども、身近な方が亡くなった時とか、お盆とかお彼岸とか、そういう時に話してみるのは一つの手」と山田氏。
具体的には以下の5つのポイントを話し合っておきましょう。
- 形式:一般葬、家族葬、一日葬、直葬など
- 規模:どういう方を招くのか
- 予算:形式と規模に応じた費用
- 場所:葬儀場、自宅など
- オプション:どういうことをしたいのか
民間企業の調査によると、現在は半数が家族葬を選択しています。
葬儀形式と費用相場を知る(家族葬105万円、一般葬161万円)
費用相場を知っておくことも重要です。ある民間企業のアンケート調査による平均は以下の通りです。
- 一般葬:161.3万円
- 家族葬:105.7万円
- 直葬・火葬式:42.8万円
ただし山田氏は、「葬儀に何を求めるかは人それぞれ。必ずしも安くしなきゃいけないとか、家族葬で人を制限しなきゃいけないというわけではない。また、葬儀社がいらないというわけでもない。個人、また遺族の思いによってやり方が決まってくる。また、地域差などもあるので、その辺りは一概に言えない」と補足します。
明らかに安すぎる広告には注意が必要です。今回のトラブル事例のように、基本料金は安くても、後からオプションで高額になるケースが多いのです。
複数社見積もりと確認すべき重要項目
打ち合わせや発注の段階では、葬儀会社との情報格差に注意が必要です。
山田氏は「業界でなかなか慣れない言葉がある。例えば一日葬という言葉もそうですし、またエンバーミングという言葉も初めて聞く方もいる。オプションもいろんなものが付いてくる。何々一式というのも、内容が何かという問題がある。例えば、祭壇一式という中に棺が時には含まれたりとかっていうのもあったので、一式という時に何が含まれるかっていうのは確認が必要」と指摘します。
分からないことはしっかり確認し、疑問があれば複数社で見積もりを取ることも重要です。実際、先ほどの女性は会社を変えることで半額で葬儀を行えました。
トラブル回避のチェックリスト
番組では、トラブルに遭わないためのチェックリストも紹介されました。
生前の準備段階
- 葬儀の形式を決める
- 参列者の規模を考える
- 予算を設定する
- 葬儀場所を検討する
- オプションの希望を確認する
葬儀会社選定段階
- 地域の事例を集める
- 明らかに安すぎる広告に注意
- 費用相場を把握する
打ち合わせ・発注段階
- 専門用語の意味を確認する
- 「一式」の内容を明確にする
- 複数社で見積もりを取る
- 疑問があれば会社を変えることも検討
ちなみに、心付けについても注意が必要です。「心付け今もう要求するのはだいぶ減ってきた。元々心付けというのは自発的にやるもの。対応としては基本的には自発的。もし困れば、それぞれ業者さんとか関係者に相談するのは必要」と山田氏。自分で支払うものだという認識を持つことが大切です。
新たな動き:行政・寺・介護施設の葬儀改革
トラブルが相次ぐ中、行政や寺、介護施設など、従来の葬儀会社とは異なる主体による新たな動きも始まっています。
高槻市の市営葬儀(17万円~)
大阪府高槻市では、葬儀や火葬を主に担当する「斎園課」を独自に設置。全国でも珍しく、式の準備から進行までのほとんどを専門の職員が担っています。
利益を上げる必要がないため、料金を低く抑えることが可能です。参列者が25人までならば17万円余り。そこに花や食事料金などオプションを加えても、総額で33万円程度になる見込みです。
決して華美なものでなくとも、不安なく葬儀を行いたいと、年に1000件余りの利用があります。高槻市斎園課の武山明裕さんは、「やっぱり一番大切なのは、大切な人が亡くなられて戸惑っておられると思うので、不安なく葬儀の手続きとかを進めていける、そのことが思いを込めて故人を送るということに繋がる」と語ります。
川越市の官民連携モデル
埼玉県川越市では、行政と葬儀会社が連携したモデルを展開しています。
市が建設した葬儀場を地元の19の葬儀会社に貸し出し、葬儀会社がサービスを担う仕組みです。登録する葬儀会社には、遺体を安置する設備を持つことや営業実績が1年以上あることなどが条件として求められます。
霊柩車や棺など基本的な料金には上限を設定し、利用者が望めばオプションは44万円までの範囲で追加できます。
葬儀会社にとっては一回の葬儀で得られる収益は限られますが、市民の信頼が得られやすいメリットがあります。「行政とタイアップして、件数を増やす。行政がやってくれるから、大変助かってます」と創業およそ50年の地元葬儀会社社長。
川越市市民部の吉田豊久さんは、「上限が決まってるということで、やはり市と協定というところでの安心感、ご利用の方はそういう目で見ていただける」と述べています。
東光院と介護施設の「幸せな弔い」
神奈川県大磯町の東光院では、5年前から独自の取り組みを行っています。
遺体の搬送から納棺に至るまで、全て住職たちで完結。遺体の保存などの専門的な技術を習得し、死に化粧も自分たちで施します。葬儀の費用は実費のみ。かつては一般的だった親族や地域の人たちによる葬儀を提案しているのです。
大澤曉空住職は、「なるべくご家族には、亡くなった方と向き合う時間っていうのを大切に持っていただきたいので、できることはお寺の私たちの方でお手伝いをするっていうのは徹底していて」と語ります。
この取り組みに触発されたのが、高齢者70人ほどが暮らす介護施設グループです。最期は共に過ごしてきた職員に見送ってほしいという入居者たちの要望を受け、東光院を視察。納棺の作法や必要な道具の仕入れ方などを教わりました。
先月下旬、入居者の95歳の女性が亡くなり、本人や家族が希望した温かみのあるお見送りを実現。女性の生前の姿を映し、みんなで思い出やエピソードを振り返り、式の最後には女性が好きだったハンバーガーを参列者に振る舞いました。
施設長の長峯妙子さんは、「値段じゃなく、豪華さじゃなく、思いですね。ご家族とその本人様が何を大事にしたいかだとは思うんです」と話します。
遺族は「本当にみんながあの心を合わせて母を送ってくださってるっていう、母が幸せだったなって思うのと、で、自分たちも幸せをもらえたなっていうふうに思いました」と語りました。
何が大切?納得感のある送り方とは
山田氏は、後悔しない葬儀のために何が大切かという問いに対し、「納得感」という言葉を使いました。
「今、核家族化が進み、葬儀が小規模化すると、なかなか葬儀に参列する機会がない。で、そうすると、葬儀自体を経験しないということで、葬儀がどうやるか分からない。で、そうした中で、やっぱ大切なのは、実際に今度葬儀が発生した時に、遺族とのやり取りの中で、納得して葬儀を実施するということが重要」。
業界側にはプロフェッショナルとしての規律が必要ですが、一方で私たち自身もある程度葬儀について考えることによって、死を受け止めていくことに繋がっていくのです。
視聴者からも、「死ぬ前に葬儀を考えることに異を唱える方もいらっしゃるかと思いますが、冷静に考えられる時にこそ、本人の意向を尊重しつつ、葬儀内容を考えることは、結果として本人の冥福を祈ることに繋がると、父を見送った今思います」という声が寄せられました。
また、「数社から資料を取り寄せ、父がどんな葬儀を望んでいるかを想像しながら、自分でイメージを作りました」という方も。納得のいく形で見送るために、どんな準備ができるか考えていくことが大切なのです。
まとめ:後悔しない葬儀のために今できること
2025年12月8日放送のクローズアップ現代が取り上げた葬儀問題は、多死社会を迎えた日本において誰もが直面しうる課題です。
国民生活センターへの相談が過去最多の約1000件に達する中、安心納得の葬儀を実現するための役立つ備えとして、以下のポイントを押さえておきましょう:
事前準備が何より重要
- 生前に本人を交えて葬儀の形式、規模、予算を話し合う
- 費用相場を把握する(家族葬105万円、一般葬161万円が平均)
- 地域の事例を集める
葬儀会社選びは慎重に
- 明らかに安すぎる広告に注意
- 複数社で見積もりを取る
- 専門用語や「一式」の内容を必ず確認
- 疑問があれば会社を変えることも躊躇しない
新たな選択肢も検討
- 高槻市のような市営葬儀(17万円~)
- 川越市のような官民連携モデル
- 寺や介護施設による独自の取り組み
1200の葬儀会社が加盟する国内最大の事業者団体は「葬祭サービスガイドライン」を自主的に定め、業界全体の信頼回復に努めています。ほとんどの業者は遺族に寄り添って誠実に仕事をしていますが、一部の問題ある業者に巻き込まれないためにも、正しい知識を持つことが大切です。
山田慎也氏が強調した「納得感」。値段の高低だけでなく、故人と遺族が何を大事にしたいか。その答えは一人ひとり異なります。だからこそ、冷静に考えられる今のうちに、大切な人とゆっくり話し合う時間を持つことが、幸せな弔いへの第一歩なのです。
※ 本記事は、2025年12月8日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。




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