2025年12月17日放送のBSテレ東「いまからサイエンス」では、宇宙線研究の最前線が紹介されました。大阪公立大学准教授・藤井俊博先生が発見した「アマテラス粒子」とは何なのか?相対性理論を覆す可能性から、天気やDNAへの影響まで、番組内容を詳しく解説します。この記事を読めば、宇宙線研究の魅力と私たちの生活との意外なつながりがわかります。
アマテラス粒子とは?藤井俊博が発見した超高エネルギー宇宙線の正体
「アマテラス粒子」という名前を聞いたことはありますか?これは、大阪公立大学大学院理学研究科准教授の藤井俊博先生が発見した、観測史上2番目に高いエネルギーを持つ宇宙線のことです。藤井先生は同大学の南部陽一郎物理学研究所の兼任研究員でもあり、ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士の名を冠した研究所で日々研究に励んでいます。
そもそも宇宙線とは、宇宙から地球に降り注いでいる物質の小さな粒子のこと。私たちの体を構成する物質と似た成分で、ものすごい速さで宇宙からやってきています。実は、手のひらには1秒間に約1個の宇宙線が降り注いでいるんです。番組でおなじみのニュートリノも、宇宙線の一種と言えます。
では、アマテラス粒子は何が特別なのでしょうか。それは、通常検出される宇宙線の100倍以上という桁違いのエネルギーを持っている点です。具体的には244エクサ電子ボルト(2.44×10^20電子ボルト)というとてつもない数値。藤井先生によると、「仮に1グラム集めることができれば地球を破壊できる」ほどのエネルギーだとか。また、たった1粒で40ワットの電球を約1秒間点灯できるというから驚きです。この衝撃的なフレーズは、2023年11月24日に科学誌「Science」に論文が掲載された際、世界中で話題となりました。
宇宙線アマテラス粒子発見のきっかけと14年の軌跡
アマテラス粒子の発見は、決して偶然ではありません。14年という長い歳月をかけた地道な観測の成果でした。
藤井先生たちが使用しているのは、アメリカ・ユタ州の砂漠に広がる巨大な観測施設「テレスコープアレイ実験」です。2008年から稼働を開始したこの施設の広さは約700平方キロメートル。これは琵琶湖とほぼ同じ面積というから驚きです。この広大な範囲に、507台もの検出器が1.2キロメートル間隔で設置されています。
「なぜそんなに広い範囲が必要なの?」と思われるかもしれません。実は、エネルギーの高い宇宙線ほど、地球に届く数が極端に少なくなるんです。藤井先生いわく、超高エネルギーの宇宙線は「1世紀に1個」というレベル。手のひらサイズで観測していたら、一生かかっても見つからない計算になります。
番組で藤井先生は「クジラだけを捕まえる網」という例えで説明していました。普通の魚(一般的な宇宙線)は狙わず、大物(超高エネルギー宇宙線)だけを捕らえるための巨大な網を砂漠に広げているというわけです。
この研究は日本、アメリカ、韓国、台湾、ロシア、ベルギー、チェコ、スロベニア、ポーランドの9カ国による国際共同研究として行われています。507台の検出器は24時間365日、ソーラーパネルで充電しながら無線通信でデータを送り続け、2021年5月27日の明け方(現地時間午前4時35分56秒)、ついに23台の検出器がほぼ同時に反応し、アマテラス粒子を捉えることができました。
発見当初、藤井先生は「何かの間違いかな」と思ったそうです。しかしデータを確認すると本物だとわかり、「誰かに言いたいなって思ったんですけど誰もいなくて」という状況だったとか。研究者ならではの、静かで熱いワクワク感が伝わってきますね。
オーマイゴッド粒子に続く「アマテラス粒子」名前の由来
「アマテラス粒子」というネーミング、なかなか素敵だと思いませんか?実はこの名前には、いくつかの理由が込められています。
物理学の世界では、特別な粒子に印象的な名前をつける伝統があります。2013年にノーベル物理学賞の対象となった「ヒッグス粒子」は「神の粒子(ゴッド粒子)」とも呼ばれています。そして1991年10月15日に観測された超高エネルギー宇宙線は「オーマイゴッド粒子」と名付けられました。そのエネルギーは320エクサ電子ボルトで、理論上は地球に届かないはずのエネルギーを大幅に超えていたため、研究者たちが「Oh my God!」と驚いたことが由来だそうです。
アマテラス粒子の244エクサ電子ボルトは、このオーマイゴッド粒子に次ぐ観測史上2番目のエネルギー。藤井先生は日本人として発見したからには、日本の神様にちなんだ名前をつけたいと考えました。そこで選ばれたのが「アマテラス(天照大御神)」。決め手となったのは以下の3つの理由です。
まず、検出された時間帯が現地時間の明け方だったこと。太陽神アマテラスにふさわしいタイミングでした。次に、第二、第三の発見への道しるべになってほしいという願い。天照大神の上位にはイザナギやイザナミなどの神々がいるため、より高エネルギーの粒子が発見された際にも命名の余地があります。そして、宇宙線がどこから来ているのかを照らし出す存在になってほしいという期待です。
藤井先生は「あまてらす まだ観ぬ宇宙の みちしるべ」という句も詠んでおり、この粒子への想いが伝わってきます。
相対性理論も覆る?アマテラス粒子が物理学に与える衝撃
番組のサブタイトルにもあった「相対性理論も覆る?」という言葉。これは決して大げさな表現ではありません。
アインシュタインの特殊相対性理論では、有名な「E=mc²」という式があります。これは、エネルギーと質量が等価であることを示しています。簡単に言えば、速く動くものほど見かけ上の質量が増えるということ。番組では「子供が投げるボールより大谷翔平選手のボールの方が重く感じる」という例えで説明されていました。
アマテラス粒子は、人類が地球上で作り出せる粒子加速器のエネルギーの約1000万倍(7桁)もの巨大なエネルギーを持っています。このような超高エネルギー領域では、もしかするとアインシュタインが想像していなかった物理法則が存在するかもしれない、と藤井先生は指摘しています。
さらに謎なのは、アマテラス粒子がやってきた方向です。通常、これほどのエネルギーを生み出すには、巨大ブラックホールや活動的な銀河など、強力な天体が存在するはず。ところが、その方向を調べてみると「局所的空洞(ローカル・ボイド)」と呼ばれる、有力な候補天体がほとんどない領域だったのです。
「何もないところから、とんでもないエネルギーが来ている」——この謎は、未知の天体現象や、暗黒物質(ダークマター)の崩壊といった標準理論を超えた新物理の可能性も示唆しています。藤井先生は「現在にいながら宇宙の始まりを知れるかもしれない」と語っていました。
宇宙線が天気やDNAに与える影響とは
宇宙線は遠い宇宙の話だけではありません。実は私たちの生活に密接に関わっているんです。
番組では、2025年11月にエアバス社の航空機が大量運航停止になったニュースが紹介されました。原因は太陽フレアの影響で不具合が起こる可能性があったためとのこと。太陽フレアと宇宙線は密接な関係があり、私たちの日常にも影響を及ぼしています。
惑星の形成について、宇宙に漂うチリやガスが集まって惑星が作られる過程で、宇宙線がエネルギーを供給し、くっつける役割を果たしているのではないかと考えられています。地球そのものの誕生に宇宙線が関わっている可能性があるのです。
生命の進化について、宇宙線は私たちの体を常に貫通しています。その際、時々DNAを傷つけることがあり、それが突然変異の原因になることも。癌の原因になる可能性がある一方で、生命進化のきっかけになった可能性もあるというのは、なんとも興味深い話です。
気候への影響について、宇宙線が増えると雲ができやすくなるという研究があります。雲が多くなれば太陽光が遮られ、気温が下がる。過去の生命大絶滅と宇宙線の関係を指摘する研究者もいるそうです。
太陽活動との関係について、太陽は11年周期で活動の強弱を繰り返しています。活発な時期は太陽圏の磁場が強くなり、宇宙線を遮るシールドの役割を果たすため、地球に届く宇宙線は減少します。2025年現在は太陽活動が活発な時期にあたり、宇宙線量は少なめとのことです。木の年輪を調べることで過去の宇宙線量がわかり、太陽活動の歴史を紐解くことができるという話も印象的でした。
また、宇宙旅行時代が現実になりつつある今、宇宙空間では地球の約50〜100倍の放射線(宇宙線を含む)が降り注ぐため、人体への長期的な影響はまだ未知数だといいます。
東北全域規模の構想!グローバル宇宙線観測所の未来
藤井先生は、さらに大きな夢を描いています。
現在、ユタ州のテレスコープアレイ実験は、700平方キロメートルから約2800平方キロメートルへと4倍に拡張する計画(TA×4実験)が進行中で、一部はすでに稼働してデータを取得しています。
しかし、藤井先生が構想しているのはさらにその先。「グローバル・コスミックレイ・オブザバトリー」という、全世界が協力して作り上げる観測ネットワークです。コスミックレイは宇宙線の英語、オブザバトリーは観測所を意味します。
その想定面積は6万平方キロメートル。これは東北地方全域に相当する広さです。これだけの規模があれば、今までの10倍の速さでアマテラス粒子クラスの超高エネルギー宇宙線を観測できるといいます。
番組内で加藤浩次さんが「自治体がお金を出して、みんなでアマテラス粒子を見つけようという取り組みができないか」と提案する場面がありました。発見した地域で名前をつけられる「ネーミングライツ」があれば、宇宙研究がぐっと身近になりそうですよね。
藤井先生は2030年代の実現を目指して、現在組織作りを進めているとのこと。あと5年ほどで、世界規模の宇宙線観測網が動き出すかもしれません。宇宙線は地球上であればどこでも観測できるため、日本国内でも北海道や東北など広大な土地を活用できる可能性があります。
まとめ
2025年12月17日放送の「いまからサイエンス」では、大阪公立大学の藤井俊博先生が発見した「アマテラス粒子」を中心に、宇宙線研究の最前線が紹介されました。
この記事のポイントをまとめると、アマテラス粒子は通常の宇宙線の100倍以上、244エクサ電子ボルトという観測史上2番目のエネルギーを持つ超高エネルギー宇宙線です。2021年5月27日、14年の観測を経て発見され、2023年11月にScience誌に掲載されました。相対性理論を覆す可能性があり、物理学の常識を変えるかもしれません。宇宙線は天気やDNA、惑星形成など、私たちの生活に深く関わっています。そして2030年代には東北全域規模のグローバル観測所の実現を目指しています。
藤井先生は「宇宙線は天から送られた手紙」と表現していました。その手紙を読み解くことで、宇宙の始まりや私たちの存在の謎が解き明かされる日が来るかもしれません。
サイエンスとは「好奇心の持ち寄りパーティー」——藤井先生のこの言葉が、番組の魅力を象徴しているように感じました。いろんな人がいろんな興味を持ち寄って、みんなでワイワイ話しながら宇宙について理解を深めていく。そんな研究の世界に、少しでも興味を持っていただけたら幸いです。
※ 本記事は、2025年12月17日放送(BSテレ東)の人気番組「いまからサイエンス」を参照しています。




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