2025年3月31日に放送されたNHK「クローズアップ現代」では、企業や組織におけるセクハラ対応の問題点と、新たな取り組みとしての「アクティブバイスタンダー」について特集が組まれました。フジテレビの問題をきっかけに社会的関心が高まるなか、企業の責任やセクハラを許さない組織づくりについて考察します。
クローズアップ現代で取り上げられたセクハラ対応の問題点とは
2025年3月31日放送のNHK「クローズアップ現代」では、「#私が退職した本当の理由 セクハラ対応 問われる企業・組織」というテーマで特集が組まれました。番組では、フジテレビの問題をきっかけにSNS上に広がった「会社のセクハラ対応に失望して退職した」という声に注目し、セクハラの訴えに対して企業・組織がどう向き合うべきかを掘り下げています。
番組では、セクハラ被害の訴えに対して「証拠がない」「同意があったのでは」として不認定とされた事例や、企業の相談窓口で起きる二次被害の実態が明らかにされました。多くの被害者が適切な対応を受けられず、最終的に退職に追い込まれるという深刻な問題が浮き彫りになっています。
キャスターの桑子真帆さんと労働政策研究研修機構副主任の内藤忍さんの対談を通じて、セクハラ対応の現状と課題、そして今後の方向性について議論が交わされました。
フジテレビ問題から浮き彫りになった企業のセクハラ対応の課題
番組の冒頭では、フジテレビの女性アナウンサーを巡るトラブルについて、第三者委員会が公表した報告書の内容が紹介されました。報告書では、この問題を「業務の延長線上における性暴力」と認め、会社の対応について「被害者に寄り添わない二次加害」と評価しています。
300ページを超える報告書では、「会社幹部らは性暴力への理解を欠き、被害者救済の視点が乏しかった」「全体的にハラスメント被害が蔓延していた」と指摘。その原因として「会社において培われた誤った認識対応が被害者によるハラスメント被害の申告をためらわせ、ハラスメントの適切な対処がなされず、結果としてさらにハラスメント被害が生じるという負の連鎖が繰り返されてきた」と組織風土にまで踏み込んだ批判がなされました。
この問題報道以降、SNS上では「新卒で入った会社はセクハラで辞めた」「相談した人事に握り潰されたよ」「辛かったってずっと言いたかった」など、これまで言えなかった退職の本当の理由がセクハラだったという声が相次ぎました。
セクハラ被害者が直面する「二次被害」の実態
番組では複数の被害者の証言を通じて、セクハラ被害後に企業の対応によって引き起こされる「二次被害」の実態が明らかにされました。
大学生のサクラさん(仮名・20歳)は、大手チェーン店でのアルバイト中に社員からラブホテルに連れて行かれる被害に遭いました。社内窓口に相談したところ、「相手は手を出そうと思ったらいつでも出せた状況で手を出さなかったってことは、純粋にあなたのことが好きだったんじゃない」と言われ、犯罪行為ではないので移動などの対処はできないと伝えられました。結果的に「相談しなきゃよかった」と後悔し、退職に追い込まれています。
また、40代の秀美さん(仮名)は、大手生命保険の代理店で働き始めて2ヶ月後に代理店社長から性被害を受けましたが、会社の調査では「同意がなかったとは認められない」と結論づけられました。秀美さんは外部の行政相談窓口に助けを求め、警察への被害届と労働基準監督署への労災申請を行った結果、2年近く経ってようやく労災が認められました。
志保さん(仮名・33歳)のケースでは、海外出張中に上司から受けたセクハラ被害を会社に訴え、上司は降格処分を受けましたが、志保さん自身は窓口担当者の「なんで言ったの?」「気をつけてなきゃだめだよ」という対応に傷つき、退職する結果となりました。
企業のセクハラ対応に関する法的義務と現状のギャップ
番組では、セクハラの訴えを受けた企業には、「迅速かつ正確な事実確認」「被害者への配慮」「行為者の処分」「再発防止」などの法的義務が課せられているにもかかわらず、実際にはその対応が十分でないことが指摘されました。
内藤忍さんによると、企業の7割が相談窓口を設置していますが、形だけで機能していないケースが多く、厚生労働省の調査では会社の窓口に相談した人は被害を受けた人のわずか3%以下にとどまっています。多くの被害者が「相談しても何も解決されない」「プライバシーが守られない」「報復が怖い」などの理由で相談を諦めている実情があります。
また、企業側の誤った認識も問題となっています。セクハラの事実確認において、企業は「直接的な証拠がない場合にはセクハラの事実確認ができない」と考えがちですが、内藤さんは「企業内の事実確認においては刑事事件の認定とは異なり、直接的な証拠がなくても話の整合性や本人の記録などから認定はできるはず」と指摘しています。
さらに、取引先からのセクハラについても、企業側は取引先企業に事実確認の協力を求める義務があり、協力を求められた企業は応じる努力義務があることが法で規定されていますが、この規定を知らない企業も多いとのことです。
内藤忍氏が指摘するセクハラ対応の問題点と改善策
労働政策研究・研修機構の副主任研究員である内藤忍氏は、番組内で日本のセクハラ対応における制度的な問題点と改善策について言及しました。
内藤氏によれば、現状の大きな問題点は「日本はセクハラそのものを禁止する規定がない」ということです。つまり、禁止されるセクハラの言動の定義がないため、相談が寄せられる労働局にとっても企業にとっても判断が難しい状況になっています。そのため、「禁止規定が必要」と内藤氏は主張しています。
また、現在の法体系では企業に対してセクハラの予防・対応義務を課しているだけで、行為者となる人に対してはほとんど立法規制がないという枠組みの見直しも必要だと指摘しています。
さらに、企業の評価にも関わる問題として、大手退職代行サービスの利用者の声の分析では、ハラスメントに関する言葉を使っていた人が16%に上り、勤務時間や給与などの問題と並んで多いことが示されました。つまり、ハラスメント対応の不備は人材流出にも繋がりかねない重要な経営課題となっているのです。
アクティブバイスタンダーとは?行動する第三者の重要性
番組後半では、セクハラ問題への新たな取り組みとして「アクティブバイスタンダー」という考え方が紹介されました。アクティブバイスタンダーとは「行動する第三者」のことで、被害者でも加害者でもない第三者がアクションを起こすことで被害を食い止めようという考え方です。
アクティブバイスタンダー協会の濱田真里さんは、「不適切な場面に直面した時、ただ見ているだけではなく、状況を良くするために積極的に介入する、すぐ動けるようにするためには訓練をしておくことが非常に重要」と説明しています。
研修では、飲み会でセクハラが起きそうな時など具体的な場面での介入の仕方を考えます。受講者からは「違う飲み物の提案」「飲み物をこぼして雰囲気を変える」など実践的なアイデアが出されました。
濱田さんは、「行為者を変えるのは非常に難しいアプローチなので、組織の中で『こういうことは許されない』という共通の意識を持つ環境を変えていくアプローチによって、組織としての信頼感も高まる」と述べています。
「た、よ、れ、ま、す」で実践するアクティブバイスタンダーの行動指針
番組では、アクティブバイスタンダーとして行動するための具体的な指針として「た、よ、れ、ま、す」という5つのポイントが紹介されました。
- 「た」:助けを求める
- 「よ」:寄り添う
- 「れ」:レコーディングする(記録する)
- 「ま」:間違いを指摘する
- 「す」:すり替える(場の空気や話題を変える)
これらのポイントは、セクハラなどの不適切な状況に遭遇した際に第三者として取れる具体的な行動を示しています。重要なのは、無理をせずに一歩踏み出す意義を知ることです。
内藤忍氏は「事態を変えようとする第三者が新たな被害者になっては困るので、組織の中で風土を変革し、社会の中でもそうした第三者の役割を後押しできるように、社会における啓発が改めて重要」と指摘しています。
濱田真里氏と福本恵美社長が語る組織風土改革への取り組み
番組では、新年度からアクティブバイスタンダー研修を始める関西の不動産デベロッパー「関電不動産開発」の取り組みも紹介されました。かつて男性中心だった社員構成が変わり始める中、アクティブバイスタンダーの考え方を浸透させようとしています。
関電不動産開発の福本恵美社長は、「ハラスメントの問題が非常に大きくなってきており、私どもの会社も例外ではない。対応が遅れると取り返しのつかないことになってしまう。企業がきちんと取り組まないといけない経営のテーマになっている」と述べています。
また、企業向けのハラスメント対策コンサルティングを行うクオレ・シー・キューブの稲尾和泉さんは、「事実だけ聞けばいいのではなく、傷ついた心も受け止める必要がある。『大変なことでしたね』『お話をよくしてくださいましたね』など、何かあったらきっとこの会社はきちんと解決に動いてくれるかもしれないという期待感が高まって初めて相談窓口は機能する」と指摘し、専門性の高い担当者を組織内で育てることの重要性を強調しています。
まとめ:セクハラを許さない組織づくりと個人の意識改革
クローズアップ現代の特集を通じて、セクハラ対応における企業・組織の責任と、解決に向けた新たなアプローチが示されました。
セクハラは被害者だけでなく、それを見ている人も傷つけ、組織全体に深刻な影響を及ぼす問題です。企業には法的な対応義務があるにもかかわらず、実際には適切な対応ができていないケースが多く、そのギャップを埋めるためには制度の整備だけでなく、組織風土の改革も必要です。
内藤忍氏が指摘するように、「声を上げられる人は限られていて被害は圧倒的に埋もれている」現状を変えるためには、セクハラや性暴力が禁止行為であるというルール作りと、「悪いのは行為者の行為であって被害者ではない」という共通認識が重要です。
また、アクティブバイスタンダーという考え方は、被害者と加害者だけでなく、周囲の人々も含めた社会全体の問題としてセクハラに取り組む可能性を示しています。「た、よ、れ、ま、す」の行動指針を実践することで、一人ひとりができることから行動を起こすことが大切です。
セクハラを許さないという当たり前の価値観をどう行動に繋げるか、個人も組織も社会も問われています。
※2025年3月31日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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