2025年9月17日放送のNHK「クローズアップ現代」で取り上げられたマダニ媒介感染症「SFTS(重症熱性血小板減少症候群)」。この感染症が今、過去最多の感染者数を記録し、従来の西日本中心から関東・北海道まで感染地域が拡大していることが明らかになりました。致死率10~30%という深刻な感染症について、症状の見分け方から予防策まで詳しく解説します。
SFTSとは?マダニ媒介感染症の基本的な症状と特徴
SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は、2011年に中国で初めて報告されたマダニ媒介性感染症です。正式名称は「Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome」で、SFTSウイルスを保有するマダニに刺されることで感染します。
この感染症の最も恐ろしい点は、その高い致死率にあります。国内での致死率は約27%、中国では10~30%と報告されており、感染者の3人に1人近くが命を落とす可能性がある深刻な病気です。日本では2013年1月に海外渡航歴のない初症例が報告され、2025年7月31日時点で累計1,185症例が確認されています。
SFTSの主な症状は、発熱、全身倦怠感、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)が中心となります。重症化すると意識障害、けいれん、昏睡などの神経症状や、多臓器不全を引き起こし、死に至ることもあります。血液検査では白血球減少、血小板減少、肝酵素(AST、ALT、LDH)の上昇が特徴的に見られます。
クローズアップ現代が警鐘!2025年SFTS感染者数が過去最多の理由
番組で報告された通り、2025年の感染者数は、8月19日時点で135人となり過去最多を更新し、番組放送時点(9月17日)では152人にまで達しています。この急増の背景には、感染地域の劇的な拡大があります。
従来、SFTSは西日本を中心とした感染症でしたが、2025年には初めて神奈川県や茨城県などの関東地方、さらには北海道でも感染例が確認されました。現在では29府県に感染地域が拡大しており、「遠い地域の病気」から「全国どこでも起こりうる感染症」へと変化しています。
この拡大要因として注目されているのが野生動物、特にアライグマの存在です。日本大学の松鵜彩教授の調査によると、神奈川県のまだ感染者が確認されていない地域でも、抗体陽性のアライグマが複数発見されています。アライグマは住宅の軒下や屋根裏に棲みつく野生動物で、都市部でも生息域が拡大しており、これが「都市型感染サイクル」の形成につながっている可能性が指摘されています。
愛知県豊田市では今年5人の感染者が確認され、そのうち3人が亡くなるという深刻な状況となりました。マダニに刺されたと病院を受診する人も今年6月以降74件と、前年の倍に増加しており、住民の間でも警戒感が急速に高まっています。
SFTSの難しさ:なぜ診断が困難で見分け方が重要なのか
番組で紹介された川合立彦さん(62歳)の事例は、SFTSの診断の困難さを如実に物語っています。川合さんは家庭菜園の草刈り後にマダニに刺されましたが、刺された当日は気づかず、3日後になって左足の刺し跡を発見しました。
SFTSの難しさは3つのポイントに集約されます。
①刺されても気づきにくい
マダニは刺しても痛みがほとんどなく、血を吸って大きくなるまで気づかないケースが多々あります。川合さんも「刺された当日は分からなかった」と証言しており、多くの患者が同様の経験をしています。
②医師も気付きにくい初期症状
川合さんを担当した足立病院の長橋究医師は「初期症状はインフルエンザやコロナと本当に鑑別がつかない」と語っています。発熱、倦怠感、頭痛といった症状は一般的な風邪症状と酷似しており、当初は新型コロナを疑って検査したものの陰性だったという経緯があります。
③重症化すると治療に限界
豊田厚生病院の渡口賢隆医師によると、重症化した場合の治療は対症療法が中心となり、人工呼吸管理などの集中治療が限界となります。基礎疾患のない患者でも突然悪化することがあり、脳炎による痙攣で亡くなるケースもあるとのことです。
川合さんの場合、発熱から10日後にようやくSFTSと判明しましたが、その時点で既に重症化しており、「酸素、心電図、点滴で全部縛られたような状態」での入院治療を余儀なくされました。
マダニに刺された時の初期症状と重症化のサイン
マダニに刺された後、6日から14日間の潜伏期間を経て症状が現れます。長崎大学病院の泉川公一教授によると、この潜伏期間中は症状がないため、マダニに刺されたことを覚えていない場合でも、草むらや山に入った行動歴があれば2週間程度は体調管理を慎重に行う必要があります。
初期症状として最も多いのは発熱と倦怠感です。川合さんは「半端なく体がだるく、起き上がれないくらい」だったと振り返っています。この段階では「熱中症か夏風邪」程度に思われがちですが、以下の症状が複数組み合わさった場合は要注意です。
- 38度以上の発熱
- 強い全身倦怠感
- 食欲低下、嘔気、嘔吐
- 下痢、腹痛
- 頭痛、筋肉痛
重症化のサインとして、意識障害や呂律が回らなくなる症状があります。川合さんの妻は「ろれつ回ってないよ」という娘の指摘で重症化に気づいたと証言しています。血液検査では白血球と血小板の大幅な減少が特徴的で、これがSFTS診断の重要な手がかりとなります。
ペットからの感染リスク:症状の見分け方と対策
近年、特に注目されているのがペットを介した感染ルートです。番組では、この1年で11例のペット感染が確認された動物病院が紹介され、そのうち6例が死亡するという深刻な状況が報告されました。
宮崎大学の岡林環樹教授による獣医師90人の抗体検査では、3人が陽性反応を示し、全員が自分の感染に気づいていませんでした。さらに深刻なのは、体調の悪い犬を診察した獣医師とその飼い主一家4人が同時に感染したクラスター事例で、「隠れた感染」が実際に起こっていることが明らかになりました。
ペットの症状として注意すべきサインは、
- 食欲がない、元気がない
- 猫の場合:黄疸(黄色い尿)
- 発熱、嘔吐
- 呼吸困難
2025年6月には三重県で診療した猫から感染したとみられる獣医師が亡くなるという痛ましい事例も発生しています。ペットとの接触時は、唾液や尿などの体液に極力触れないよう注意し、触れた後は必ず手洗いを徹底することが重要です。
泉川公一教授が解説するマダニSFTS予防策
長崎大学病院の泉川公一教授が番組で示した予防策は、マダニに刺されないための具体的な対策に集約されます。
服装での対策: 東京農工大学の村越ふみ准教授の研究によると、長袖・長ズボンで隙間を作らず、滑りやすい化学繊維の生地を選ぶことでマダニがつきにくくなります。明るい色の服装はマダニの付着を目視で確認しやすいという利点もあります。
活動場所と季節の注意:マダニは野生動物の血を吸うために草陰に潜んでいるため、草むらには特に注意が必要です。マダニの活動が活発になる気温15~30度の春と秋は特にリスクが高まります。「10月11月はマダニのリスクがより大きくなる時期」と村越准教授は警告しています。
帰宅後の確認:帰宅後のシャワー時には、脇の下、首、耳、足の付け根、手首、膝の裏など見づらい部分も含めて全身をチェックすることが重要です。マダニを発見した場合は、自分で取らずに医療機関で適切に除去してもらうことを泉川教授は強く推奨しています。
アビガン治療と今後の課題:感染リスクを下げるために
2024年6月、SFTSに対する画期的な治療薬としてアビガン(ファビピラビル)が承認されました。泉川教授によると、この薬により死亡率が従来の27%から15%に減少しており、「非常にありがたい薬」として評価されています。
しかし、アビガンの効果を最大限に発揮するためには早期治療開始が極めて重要です。現在の検査体制では、保健所経由で地方衛生研究所での特殊検査が必要で、「ベッドの横ですぐ検査できる状況にはない」という課題があります。
泉川教授が今後の改善点として挙げているのは
- 迅速検査キットの開発
- 注射薬の開発(重症患者は内服薬を飲めないため)
- ワクチンの開発
- 疫学情報の積極的な共有
特に注目すべきは、感染リスクを社会全体で下げるための情報共有の重要性です。「どこで感染したのかという疫学情報を行政から報告していただく」ことで、危険地域の特定や予防対策の効果的な実施が可能になると泉川教授は指摘しています。
現在、SFTS対策は個人レベルの予防に依存している部分が大きく、社会全体での取り組みが急務となっています。マダニ-野生動物のウイルス感染環が人の生活圏に拡大している現状を踏まえ、人と動物の健康を一体的に考える「ワンヘルス」アプローチでの対策が求められています。
まとめ
SFTSは今や全国どこでも発生しうる深刻な感染症となりました。2025年の感染者数152人という過去最多の数字は、この感染症が「他人事」ではないことを示しています。マダニに刺されても気づきにくく、医師でも診断が困難で、重症化すると治療に限界があるという「3つの難しさ」を理解し、適切な予防策を講じることが何より重要です。
特に60代以上の方は重症化リスクが高いため、草むらでの活動時は必ず長袖・長ズボンを着用し、帰宅後は全身をチェックする習慣をつけましょう。ペットからの感染リスクも高まっているため、体調不良の動物との接触時は十分な注意が必要です。
アビガンという治療薬の登場により状況は改善していますが、早期発見・早期治療が鍵となります。発熱や倦怠感などの症状が現れた際は、マダニに刺された可能性や野外活動の履歴を医師に必ず伝え、適切な検査を受けることが命を守る第一歩となります。
※ 本記事は、2025年9月17日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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