海の交通手段として船は日常的に使われていませんが、それが大きく変わろうとしています。テレビ東京系「ブレイクスルー」で紹介されたエイトノットCEO木村裕人氏が開発する「船の無人運航システムAIキャプテン」が海の未来を変えようとしているのです。AIが操船する技術により、人手不足に悩む離島航路の維持や安全性向上、新たな海上交通網の構築が可能になります。この記事では、革新的な技術が私たちの生活をどう変えるのか、その可能性をご紹介します。
エイトノットが開発する「AIキャプテン」とは?船の無人運航システムの実力
エイトノットが開発する「AIキャプテン」は、船舶の無人運航を可能にする革新的なシステムです。このシステムの最大の特徴は、タブレットの画面で目的地をタップするだけで、AIが最適なルートを自動で生成し、安全に航行してくれる点にあります。テレビ東京系の番組「ブレイクスルー」で紹介されたように、AIキャプテンは船の周囲360度をカメラとセンサーで常に監視し、障害物や他船を検知すると自動で回避行動をとることができます。
実際の実証実験では、東京湾から出発し、お台場方面へ向かい、東京ビッグサイトまでの航行を自動で行いました。途中、屋形船などの障害物が現れた際も、AIが状況を判断して自動で航路を変更し、安全に航行することができました。特に印象的だったのは、幅の狭い水路での90度の急旋回や、橋の下を通過する際の減速など、場所や状況に応じて船のスピードを自動調整する機能です。
AIキャプテンは後付けが可能なシステムとして設計されており、既存の船舶に取り付けられることが大きな強みです。価格は約1000万円で、2022年10月に発表され、2025年の完全無人航行船の就航に向けて技術開発が進められています。現在は、現行法上でも利用可能な一部機能を「自動操船アシスト機能」として提供しています。現在は法律上、船舶免許を持ったスタッフの乗船が必要ですが、このシステムにより船長の負担を大幅に軽減することができます。
木村裕人CEOが目指す船の自動運航技術の未来ビジョン
エイトノットのCEO木村裕人氏は、元々Apple Japanなど海とは全く関係ない大手企業に勤めていましたが、船での事故の多さを知り、そこにAI技術を生かせないかと考え、2021年にエイトノットを起業しました。「あらゆる水上モビリティを自律化し海に道をつくる」というミッションを掲げ、陸上を移動するのと同じくらい手軽に水上を移動できる手段を創ることを目指しています。
木村氏の構想では、離島と離島を結ぶ海上交通網の構築が一つの目標です。「市場でタクシーを呼ぶのと同じような感覚で船が使える世界」を目指し、複数の船をネットワーク化して一つのエリア内に10隻、100隻という規模で張り巡らせることを構想しています。特に日本のような海洋国家の特性を活かし、全ての人にとって「海を身近に」感じられる世界の構築を目指しています。
また、木村氏は2027年のアメリカ市場参入も視野に入れており、プレジャーボートマーケット全体で5兆から6兆円という巨大市場に挑戦する意欲を示しています。特にアメリカではボートに乗るのに免許が不要であるため、自動運航技術の需要は大きいと見込んでいます。
AIキャプテンの仕組みと特徴 – 後付け可能な汎用システムの強み
AIキャプテンの最大の特徴は、既存の船に後から取り付けられる汎用性の高さです。船は一度作ると約30年使用する乗り物であるため、新しい船を作って自律航行システムを搭載するビジネスモデルでは発展性に欠けます。その点、AIキャプテンは様々な形状の船舶に後から搭載できる汎用性を持ち、これが他社には真似できない強みとなっています。
システムの仕組みは、前後左右4方向に向けられたカメラと障害物を検知するセンサー、さらに最新モデルではレーダーも搭載し、これらが周囲の状況を常に把握します。AIが先々の状況変化を予測し続け、必要に応じて舵の角度や速度を自動調整します。また、遠隔監視システムの開発も進められており、陸上からリアルタイムで船の状況を監視することも可能になります。
20トン未満の小型船を対象としたこのシステムは、タブレット画面で目的地設定、障害物・他船回避、定点保持機能、自動離着桟などの機能を備えています。電動船だけでなく、2024年2月には愛媛県大三島で海上タクシーを運航する株式会社わっかの船外機エンジン船にも実装され、より高速かつ長距離の航行が可能になっています。
エイトノットが狙う5兆円規模の巨大市場 – プレジャーボートから離島航路まで
エイトノットが狙う市場は、プレジャーボートマーケット全体で約5兆から6兆円と言われています。特にアメリカ市場はその約3割を占めており、数千億円レベルの巨大市場が目前にあります。アメリカではボートに乗るのに免許が不要であるため、自動運航技術の需要は非常に高いと見込まれています。
国内市場では、特に離島航路の維持・存続が大きな課題となっています。全国に418ある有人離島を繋ぐ生活航路において、収益性の悪化や担い手不足によって航路再編や廃止を余儀なくされている現状があります。国内旅客船の72%は20トン未満の小型船舶が占めており、エイトノットの技術はこの市場に大きなインパクトを与える可能性があります。
また、防衛産業への技術応用も視野に入れており、中国の海洋覇権拡大により日本の脅威となっている現状において、海上自衛隊の警戒監視任務増加と人員・護衛艦不足の中、無人運航技術が役立つ可能性があります。ただし木村氏は創業のビジョンである「多くの人に使ってもらうこと」を優先し、防衛産業に参入することで技術の囲い込みにならないよう慎重な姿勢も示しています。
船の無人運航がもたらす革新 – 船長の負担軽減と安全性の向上
船の無人運航システム「AIキャプテン」がもたらす最大の革新は、船長の負担軽減と航行の安全性向上です。船の事故のうち8割が小型船によるもので、最も多い原因が人為的ミスであることが指摘されています。AIキャプテンはこの問題解決に貢献します。
システムは船長の目視だけでは見落としがちな危険を検知し、自動で回避行動をとることで「二重の安全性」を担保します。また、船長は操船に集中せずに済むため、他の業務を行うことが可能になります。例えば、乗客へのサービス提供や、漁業の場合は漁の作業に集中できるようになります。
さらに、遠隔監視システムの開発により、将来的には「陸の船長」という新しい職種が生まれる可能性もあります。1人の船長が陸上から複数の船の安全管理をしながら運航させることで、人手不足問題の解決にも貢献します。乗船モニターからは「スムーズな航行で快適」「着桟は人の操船より上手い」「船内モニターで状況がわかりやすく表示されるので安心」といった好評の声も上がっています。
離島問題解決への挑戦 – 大崎上島町での実証実験から見える可能性
エイトノットは離島が抱える交通問題の解決に向けた取り組みを積極的に進めています。2025年1月13日から3月31日にかけて、広島県大崎上島町と竹原市を結ぶ定期航路で自動航行船による試験運航を実施しました。この島は本州や四国と繋がる橋がなく、島へ渡る手段はフェリーのみであり、住民からは「生活品も全部フェリー関係で入ってくるし、フェリーがないと生活できない」という声が上がっています。
この実証実験では、フェリーが運行していない時間帯に自動運行をすることで島民の生活をサポートし、利用者からは「夜間の時間に島から外出できるのは魅力」との評価を得ました。現在、燃料費の高騰に加え深刻な人手不足で全国的に離島航路の維持が課題となる中、このような技術が島の生活インフラを支える可能性を示しています。
また、愛媛県大三島では海上タクシーを運営する企業との連携も進んでおり、自律航行システムを搭載した船を使った新しい観光スタイルも提案されています。木村CEOは「日本の物流の4割を支えているのが海運」と指摘し、船の利点である大量輸送能力を現代版にアップグレードすることで、より柔軟な使い方を実現したいと考えています。
技術の応用可能性 – 防衛産業から水上ドローンまで広がる活用シーン
AIキャプテンの技術は船舶の自動運航だけでなく、様々な分野への応用が期待されています。特に木村氏が言及したのは安全保障分野への活用です。近年、中国の海洋覇権拡大による日本への脅威が高まる中、海上自衛隊の警戒監視任務は増加していますが、人員や護衛艦の不足により現場の負担が増しています。この状況において、無人運航技術が役立つ可能性があります。
木村氏は「技術的には応用可能」としながらも、防衛産業参入によって技術の囲い込みが起こり、創業ビジョンである「多くの人に使ってもらう」ことが難しくなる可能性についても言及しています。そのため、会社として方向性を慎重に検討する姿勢を示しています。
また、船舶だけでなく、より小型な水上ドローンへの技術転用も視野に入れており、無人艇としての活用も技術的に応用可能だと木村氏は述べています。さらに、使われなくなった港を「海の駅」として再生し、自律航行船専用の桟橋として活用するなど、周辺事業者を巻き込んだエコシステム構築も構想しています。これにより、インバウンド観光客の増加に対応した新たな水運の可能性も広がります。
まとめ – 木村裕人が描く「非日常を日常に変える」船の無人運航の未来
エイトノットCEO木村裕人氏が目指す最終的なブレイクスルーは、船という乗り物を「非日常」から「日常」に変えることです。現在、多くの人にとって船は特別な乗り物であり、日常的に利用する交通手段ではありません。海が好きで船が好きな木村氏にとって、この状況は寂しく感じられるものでした。
AIキャプテンをはじめとする自律航行技術を通じて、船を誰もが手軽に利用できる日常的な乗り物に変えることができれば、それが真のブレイクスルーだと木村氏は考えています。その実現に向けて、エイトノットは2025年の無人航行船就航を目指して技術開発を進めています。
この技術により、離島の航路維持や人手不足問題の解決、船舶事故の減少など、様々な社会課題の解決が期待されています。また、新たな海上交通網の構築によって、陸上と同じような感覚で水上を移動できる世界が実現すれば、人と海の関わりが深まり、海を基点とした新たな経済圏の形成も可能になるでしょう。船の自動運航技術は、単なる技術革新にとどまらず、私たちの生活や社会の在り方を変える可能性を秘めています。
※ 本記事は、2025年5月17日放送(テレビ東京系)の人気番組 「ブレイクスルー」を参照しています。
※ 株式会社エイトノットのHPはこちら
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