2025年5月26日に放送されたNHK「クローズアップ現代」では、トランプ政権の関税措置が日本の自動車産業と農水産物業界に与える深刻な影響について詳しく報道されました。特に、自動車関連企業の企業城下町や農水産物輸出業者への打撃は想像以上に深刻で、日本経済全体への波及効果が懸念されています。
トランプ関税25%の現状と自動車産業への深刻な影響
トランプ政権が2025年1月の就任後に発動したトランプ関税は、日本の自動車産業に想像を超える打撃を与えています。現在、自動車・自動車部品には25%の追加関税が課せられており、発動から1ヶ月半が経過した時点で、その影響は計り知れないものとなっています。
自動車メーカーの業績への影響は極めて深刻です。番組で取り上げられたSUBARUの大崎篤社長は、「受ける影響は、概ね2500ミリオン(25億ドル、約3600億円)ぐらいになるので、ほぼほぼ結構な利益水準が飛んでしまう」と述べ、1年の営業利益がほぼなくなる恐れがあることを明かしました。
SUBARUの場合、世界販売の実に7割をアメリカが占め、うち4割を日本から輸出しているため、関税の影響は特に深刻です。25%の関税により、輸出競争力が大幅に低下し、アメリカ市場での販売減少が避けられない状況となっています。
企業城下町・太田市に見る自動車関連企業の苦境
群馬県太田市は、SUBARUの生産拠点を中心とした典型的な企業城下町です。市内には自動車関連企業がおよそ100社集積し、働く人の5人に1人が自動車関連の仕事に就いています。この地域では、トランプ関税の影響により深刻な異変が起きています。
番組で取材された東亜工業(自動車部品メーカー)社長の飯塚真一さんは、従業員1000人を超える会社を経営していますが、「ものすごく不安がやっぱりあります。4月、5月あたりも(関税分を)払いつつあるわけで、いや、きついですよね」と率直な心境を語りました。
従業員たちの不安も深刻です。労働組合の伴場禎治執行委員長は、「やっぱあの、変化が今、非常にありすぎる、ま、関税もそうですし、生産台数、また物価上昇などそういった中で一番感じるのはやっぱ生活の不安」と述べ、現場の切実な状況を表現しています。
飯塚さんの会社では、社員のリストラは行わない方針としているものの、残業の抑制は免れない状況です。「1年は本当に我慢をしながら、社員さんたちにもちょっと残業とか迷惑かけちゃうかもしれないんだけど、そこはちょっと我慢してもらうことになるかな」と飯塚さんは苦渋の決断を下しています。
さらに深刻なのは、3年連続で実現してきた賃上げにも影響が出る可能性があることです。「続いちゃったら(賃金を)上げることはもうできないですよね。現状維持したんで頑張ろうな、っていう話しかないと思います」と飯塚さんは語り、賃上げ機運の後退を懸念しています。
影響は地域経済全体に波及しています。太田市内の居酒屋を経営する城代栄さんは、「売り上げもだいぶ落ちてますし、お客さんの数もやっぱり少ないですよね。去年に比べると、え、トランプさんの関税がかかる。はっきりしない先行きが見えないと言うか、お客さんも足が遠のいちゃう感じが見受けられますよね」と、関税の間接的な影響について証言しています。
農水産物業界の対応策:販路多角化と高付加価値化戦略
トランプ関税の影響は農水産物業界にも深刻な打撃を与えていますが、業界では様々な対応策が講じられています。特に注目されるのは、販路の多角化と高付加価値化という2つの戦略です。
ホタテ業界の販路多角化戦略
北海道オホーツク海沿岸のホタテ業界では、アメリカ市場への依存度を下げるため、積極的な販路多角化が進んでいます。番組で取材された丸ウロコ三和水産の山崎和也社長は、一昨年の中国による日本産水産物輸入停止を受けてアメリカ市場を開拓し、去年は生産量の2割にあたる約8億円分を輸出してアメリカが最大の輸出相手国となりました。
しかし、トランプ関税により「関税がプラスされることによって、まあやっぱりその(アメリカでの)価格が上がってしまう。アメリカの受け止め方としては高いからちょっと数量を絞るっていうことには当然なるのかな」と山崎社長は懸念を示しています。
この状況を受けて、同社では他国への販路開拓を模索しています。社員からは「オーストラリアだとかも去年も結構(輸出が)増えてるし」、「既存の販路以外の拡大っていうところも視野に入れるとやっぱりブラジルであったりとか」、「かなりそのドバイ方面だとかも引き合いあると思うんで」といった提案が出ており、富裕層向けの和食店が増えている中東などに販路を広げることになりました。
ブリ養殖業界の高付加価値化戦略
一方、鹿児島県内でブリを養殖し輸出しているグローバル・オーシャン・ワークスグループの増永勇治代表は、異なるアプローチを選択しています。同社は輸出の8割がアメリカ向けで年間売り上げは約60億円に上り、アメリカに代わる市場の開拓はすぐには難しいため、ブリのブランド価値を高めて関税による価格上昇の影響を乗り越える戦略を採用しています。
「ピンチをチャンスに捉えて高くなっても買ってもいただける商品になるように、指加えて(交渉を)待っとくわけにもいかないんで、まあ自分たちでできることはしっかりやっていくって感じですかね」と増永代表は前向きな姿勢を示しています。
具体的な取り組みとして、アメリカで高価格帯の商品に力を入れており、ブリの炙り押し寿司(6巻で約2500円)など、従来の寿司より価格を高く設定しても好評な商品を開発しています。今年中に全米10店舗以上で販売する計画を立てており、さらにメキシコ風の商品も開発して新たな市場に積極的に参入しようとしています。
石川智久氏が分析するトランプ関税の日本経済への影響
日本総合研究所調査部関西経済研究センター長の石川智久氏は、番組でトランプ関税が日本経済に与える影響について詳細な分析を提供しました。
GDP押し下げ効果の深刻度
石川氏によれば、自動車の追加関税の効果は日本のGDPを0.1から0.2%押し下げると予測されています。「日本総研では今年の経済成長率を0.2%と見てますので、この0.2%の押し下げってのは非常に大きい」と石川氏は強調し、その影響の深刻さを指摘しています。
賃上げ機運への悪影響と実質賃金減少リスク
さらに懸念されるのは、賃上げへの機運が弱くなってしまうことです。石川氏は「特に最近は物価も3%ぐらいで上昇しているので物価が、賃金が伸び悩んだ場合には、実質賃金が減って消費にもマイナスの影響を与える、そのリスクがある」と分析し、悪循環に陥る可能性を警告しています。
企業城下町への波及効果
石川氏は企業城下町特有の脆弱性についても言及しています。「自動車工場というのは地方都市にあることが多いです。大都市に比べますと人口も少なく産業の裾野も小さいので、サービス業があまりない」と指摘し、自動車工場で成り立っている地域の特性を説明しています。
もし関税を理由に自動車メーカーが生産拠点をアメリカなどに移転した場合、「当然ながら働く人も減っていくので地域経済というのは大きな打撃を受ける」と石川氏は予測しています。さらに、「人がいなくなれば所得税も減りますし、企業が赤字になれば法人税も減りますので、公共サービスが落ちてしまう。具体的には公共料金が上がったり公共サービスの削減につながる可能性がある」と、地方財政への深刻な影響も警告しています。
渋谷和久氏が語る日米交渉の展望と交渉カード
関西学院大学教授で第1次トランプ政権時に交渉の最前線でまとめ役を務めた渋谷和久氏は、番組で今後の日米交渉の展望と日本が切れる交渉カードについて詳しく解説しました。
経済安全保障と対米投資という解決策
渋谷氏は、自動車や鉄鋼などの品目別追加関税について、「アメリカの商務省が、この自動車とか鉄鋼のような産業が空洞化しているのはアメリカの安全保障上の脅威だという認定をしたことが根拠になっております」と説明し、安全保障面での脅威がなくなるという認定が撤廃の条件であることを明らかにしました。
解決策として、渋谷氏は2つのカードを提示しています。第一に経済安全保障分野での協力です。「イギリスとの合意を見ますと経済安全保障がかなりのウェイト占めてますので、これは日本も数年前から法体系を整備して、アメリカとはずっと連携してやってきてますので、これお互いにとって連携できる分野だと思います」と述べています。
第二に、日本企業の対米投資の拡大です。「自動車とか鉄鋼の日本企業がアメリカで、自動車の生産をもっと増やすとか、あるいはその日本製鉄がUSスチールに投資をするという話もありますが、そうした事も含めて日本企業の投資というのがアメリカに対して、これは売れるカードになるんじゃないか」と分析しています。
数量規制という米国からのカード
一方、アメリカ側が切ってくる可能性があるカードとして、渋谷氏は数量規制を挙げています。「この自動車とか品目別の追加関税は、大統領の時も同じような事があって、アメリカはこれをやっぱり安全保障上の脅威がなくなったということを認定するために、一定数量の輸出までは追加課税かけないけれども、それを超えたらかけると。この関税割当ての形で落とすのがこれまでのパターンなので恐らく今回もそれを求めてくるんじゃないか」と予測しています。
ただし、渋谷氏は「日本は80年代にアメリカに散々やられて非常に辛い思いをしたので、日本今、135万台ぐらい輸出してますからそれよりも低い数字で枠をはめられるととても辛い事になります」と警告し、アメリカへの投資とセットでの提案の重要性を強調しています。
相互関税への対応戦略
相互関税については、輸入拡大と他国との連携という2つのアプローチを提示しています。「この相互関税は、アメリカが巨大な貿易赤字を抱えているのは、国家の緊急事態だとという認定をした上で、この緊急事態を解消するんだということなんですね。それで、日本の貿易黒字を減らすという事が解決策だという事は明らか」として、LNGやエネルギー、農産品などアメリカから購入できるものを買うことが解決策になると分析しています。
また、一律10%の関税については、「これ全く理屈がなくて、これアメリカの国内の税収を増やしたいっていう事だけだと思うので、これは全く理不尽極まりない」として、他国と一緒になって撤廃を求めていく必要性を強調しています。
交渉スケジュールと合意の可能性
渋谷氏は今後のスケジュールについて、「6月の中旬にカナダでG7サミットがあって、普通日米の首脳会談が行われますので、ここで、合意かどうかともかくとして、何かしら、進捗状況すごく進展があったっていうこと言わなきゃいけない」と分析し、6月のG7サミットが重要な節目になることを指摘しています。
最終的な合意については、「9月に国連総会で、これ通常日米首脳会談行われますので、ここでの最終合意っていうのは、見えてくる」として、9月の国連総会での最終合意の可能性を示唆しています。
地方銀行による支援策と地域経済復活への道筋
トランプ関税による地域経済への影響を受けて、地方金融機関が積極的な支援策に乗り出しています。特に太田市では、地元の太田銀行が中心となって企業支援に取り組んでいます。
番組で取材された太田銀行太田支店の石関孝史常務執行役員は、「お客様の先行きに対する、不安だったり課題。こうした物をしっかり聞いて」と述べ、取引先企業の不安や課題に寄り添う姿勢を示しています。
具体的な支援策として、群馬県が新たに始めた融資制度を活用した取り組みが進んでいます。銀行の担当者が取引先の部品メーカーを訪問し、「トランプ関税が発動されて、その後如何ですか?」と状況を確認しながら、必要な支援を提供しています。
取材を受けた部品メーカー、アミイダの阿久戸洋希代表取締役は、「我々でその生産数を決められるわけでもないし受け身でまた(対応も)後手になりがちなので今後どうなるかっていうところの不安はありますけど」と率直な心境を語っています。
石関常務は、「まさにこういった時こそ、親身になって、最後まで一緒になって考えていく。地元の取引先、企業だったり、産業、ひいては雇用を守る」と決意を表明し、地域金融機関としての使命感を示しています。
石川智久氏も地域支援の重要性について、「今回の措置で、苦しい立場に置かれる企業というのは、これ企業のせいではなくて、ある意味トランプさんがこんだけ無理な関税をかけてしまったという事が原因ですので、ここはやはりみんなで支えていく。特に企業の資金繰りを支えていく事がとても大事」と強調しています。
さらに、「資金繰りに関しては金融機関の役割っていうのも非常に大きくて、特に、地域に密着している地銀さん、信金さん、信用組合さんも、一致団結して、是非是非助けて頂きたい」と述べ、地方金融機関の重要な役割を指摘しています。
まとめ:トランプ関税を乗り越える官民一体の取り組み
2025年5月26日放送のNHK「クローズアップ現代」で明らかになったトランプ関税の影響は、想像以上に深刻で広範囲にわたるものでした。自動車産業では数千億円規模の営業利益押し下げが現実のものとなり、企業城下町では雇用や地域経済への深刻な打撃が懸念されています。
農水産物業界では、販路の多角化と高付加価値化という2つの戦略により、逆境を乗り越えようとする前向きな取り組みが見られます。ホタテ業界の中東・東南アジア市場開拓や、ブリ養殖業界の高級ブランド化戦略は、困難な状況下での創意工夫の典型例と言えるでしょう。
専門家による分析では、石川智久氏がGDP0.1-0.2%の押し下げ効果と実質賃金減少による悪循環のリスクを警告する一方、渋谷和久氏は経済安全保障と対米投資を軸とした交渉戦略と、6月のG7サミット、9月の国連総会での合意可能性を示唆しています。
地域レベルでは、太田銀行をはじめとする地方金融機関が新たな融資制度を活用した企業支援に積極的に取り組んでおり、官民一体となった地域経済の下支えが進んでいます。
今後の日米交渉の行方が注目される中、不透明感の払拭と様子見不況の回避が急務となっています。政府、企業、金融機関が一致団結して、この困難な状況を乗り越えていくことが求められています。トランプ関税という外的ショックに対する日本経済の対応力が、今まさに試されているのです。
※ 本記事は、2025年5月26日に放送された人気番組、NHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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