2025年7月2日放送のNHK「クローズアップ現代」では、拡大する民間宇宙ビジネスと日本の勝ち筋について特集が組まれました。三菱総合研究所主席研究員の内田敦氏が解説した、日本の宇宙産業が目指すべき方向性と課題について詳しくお伝えします。
民間宇宙ビジネスの現状と日本の勝ち筋とは?内田敦が語る業界の変化
民間宇宙ビジネスが世界規模で急速に拡大しています。2025年現在、日本でも宇宙スタートアップが100社を超える時代となり、従来の国家主導から民間主導への大きなパラダイムシフトが起きています。
番組に出演した内田敦氏(三菱総合研究所主席研究員)は、この変化について「昔の宇宙開発をしてる人からすると、こうスタートアップがこう100億を調達するような時代が来るなんてっていうと、隔世の感を感じるところですけども、やはりすごいことだなと思ってます」と驚きを表明しました。
アメリカのスペースXが示した成功例により、失敗を恐れずチャレンジし続ける文化が日本社会にも浸透してきています。スペースXでは新型ロケットの実験で失敗した際に社員が拍手をし、「良いデータが取れたぞ」と次に向かって切り替える文化があり、これが日本の宇宙ビジネス業界にも影響を与えています。
日本の強みとして内田氏が挙げるのは、まず「ものづくりの力」です。自動車産業に代表される高信頼性の技術と小型化・軽量化技術は、月への輸送コストが高い宇宙ビジネスにおいて大きなアドバンテージとなります。さらに注目すべきは「多様性」で、自動車メーカー、ゼネコン、食品メーカー、素材メーカーなど多種多様な企業が宇宙事業への参入を検討している点は、世界的に見ても珍しい現象だと解説されています。
月面着陸に挑戦する日本企業の失敗と継続戦略「諦めない挑戦」
2025年6月6日、日本のベンチャー企業ispace(アイスペース)による月面着陸への挑戦が注目を集めました。袴田武史CEOが率いる同社は、2万5000人以上が見守る中で月面着陸に挑戦しましたが、残念ながら失敗に終わりました。
着陸直前にエンジンがストップし、月面との距離を測距するレーザーレンジファインダーにおいて有効な測定値の取得が遅れ、予定されていた月面着陸に必要な速度まで十分に減速ができず、最終的に月面へハードランディング(衝突)した可能性が高いと発表されました。
しかし、ispaceの注目すべき点は失敗を想定した資金戦略にあります。一番初めに調達した資金は、ミッション2回分の100億円以上で、当時国内過去最高額となる規模でした。1回目のミッションを進めながら2回目も並行して開発し、さらに1回目が終わる前から3回目、4回目のミッションの資金も獲得していました。
同社の最高財務責任者である野崎順平氏は「難しい宇宙の開発ですので、1回チャレンジをしてで、当然まだ失敗してしまうリスクも当然そこにはあるわけですよね。この月面のビジネスというのをやっていくためには継続する仕組みをちゃんと作らなきゃいけない」と継続的な挑戦の重要性を語っています。
民間企業として月面着陸に成功したのは世界でわずか2社のみという厳しい状況の中、ispaceも2027年の再挑戦に向けて既に動き出しており、失敗を恐れずチャレンジし続ける姿勢が評価されています。
150兆円市場へ拡大する宇宙産業「月はブルーオーシャン」の可能性
宇宙産業の市場規模は右肩上がりの成長を続けており、2040年には150兆円と現在の航空機産業を上回るスケールにまで成長すると予測されています。この巨大市場において、特に注目されているのが月でのビジネス展開です。
内田氏によると、地球周辺では巨額の予算がついているアメリカ企業などが競争を繰り広げる「レッドオーシャン」状態ですが、月はまだ開発が始まったばかりの「ブルーオーシャン」で、誰が勝つか分からない状況だと説明しています。
月面の特徴として地面があり重力があることから、人が行って生活することが見込まれており、地球と同じような産業が展開される可能性が高いとされています。具体的には、インフラ(通信・電力)、建設業、住宅、食料生産、空調設備、金融・保険など、多岐にわたる産業分野での事業展開が期待されています。
番組では、月面での藻類を使った食料生産や、水を分解して酸素と水素を作る装置の開発など、具体的なビジネス事例も紹介されました。空調設備工事会社の小島和人社長は「将来的には、あの、(月で)人が住むドームができた時にですね、その空気環境を良くすると。いうことは私達の、地上で得た技術をそのまま(月で)使える部分が多いんじゃないかと」と、地上で培った技術の月での活用可能性について語っています。
日本の宇宙ビジネス強み「ものづくり力と多様性」で勝負する戦略
日本の宇宙ビジネスにおける競争優位性について、内田氏は複数の強みを挙げています。
第一に「高信頼性」の技術です。日本は信頼性が高いものを間違いなく作れる技術力を持っており、これは宇宙という過酷な環境での事業展開において重要な要素となります。
第二に「小型化・軽量化」技術です。月に物資を運ぶコストは非常に高く、重たいものを持っていくとコストが跳ね上がってしまいます。日本が得意とする小型化・軽量化技術は、月面事業において大きなコストアドバンテージをもたらします。
第三に「多様性」です。番組でも紹介されたように、宇宙分野とは縁のなかった自動車メーカー、ゼネコン、食品メーカー、素材メーカーなど、多種多様な企業が宇宙事業への参入を検討しています。内田氏は「世界的に見てもですね、こんだけ多様な業種がですね、あの、宇宙をやろうとしてるっていう国は珍しいところです」と日本の特殊性を指摘しています。
この多様性の背景には、各企業に存在する「隠れ宇宙ファン」の存在があると分析されています。実際に、番組で紹介された空調メーカーでは、現場の社員が宇宙をやりたいということで社長に直談判し、宇宙事業への参入が決まったという事例もあります。
日本の宇宙ビジネスは既に衛星、輸送、探査の3分野すべてで実績があり、世界のトップ集団に位置しています。衛星分野では日本版GPSと呼ばれる「みちびき」や地球観測衛星、輸送分野ではH2AロケットやH3ロケット、探査分野では月着陸機「SLIM」や小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」などの成功実績があります。
民間宇宙企業が直面する課題と解決策「人材不足と事業化力」
日本の宇宙ビジネスが直面している課題として、内田氏は2つの重要な問題を指摘しています。
第一の課題は「技術の事業化力の弱さ」です。日本は世界の先頭集団レベルの優れた技術を持っているものの、その技術をビジネスに繋げていく力が弱いと昔から指摘されています。せっかくの技術力を商業的成功に結びつけるためのマーケティング力や事業開発力の強化が急務となっています。
第二の課題は「人材不足」です。宇宙産業自体が成長しているため、各企業で人材が必要になっていますが、業界全体として人手が足りず、人材の取り合いが起こっている状況です。この人材不足は日本の他の産業分野でも共通する問題ですが、宇宙業界でも同様の課題に直面しています。
これらの課題解決のため、愛知県名古屋市では宇宙ビジネスの勉強会が開催されています。宇宙飛行士やJAXA、今後宇宙に参入したい企業など、分け隔てなく情報交換できる場として人気となっており、回を重ねるごとに新しい顔ぶれが増えています。このような産学官の連携促進が、課題解決の一助となることが期待されています。
国の宇宙戦略基金1兆円投資で日本の宇宙産業を後押し
日本政府は宇宙産業の振興に向けて、10年間で1兆円規模の投資を目指す「宇宙戦略基金」を設立しました。この基金はJAXAが運営の中心を担い、国が定めたテーマに沿って民間企業や大学などが応募し、選定された組織に資金を配分する仕組みになっています。
基金を活用する勝ち筋を見極める重要な役割を担っているのが、石田真康氏(宇宙戦略基金プログラムディレクター)です。石田氏は「基金のゴールは技術開発だけではなくて、その先の、ま、事業化、商業化、ま、そういったものを通じて、宇宙産業そのものの、ま、市場を拡大していく」と基金の目的を説明しています。
内田氏は1兆円という予算規模について「これまでの宇宙産業の規模を考えますと、非常に大きな予算が、あ、準備されたとこことで、あの、その点では、あ、宇宙産業に対してですね、非常に影響が、良い影響が出ると、思っています」と評価する一方で、アメリカと比べるとまだ規模が見劣りするため、この1兆円を呼び水として民間企業による追加投資を促進し、産業全体をさらに大きくしていく必要があると指摘しています。
国が宇宙事業に投資する理由として、内田氏は3つの観点を挙げています。第一に技術開発のリスク分担、第二に安全保障上の必要性、第三に未来への投資としての重要性です。特に未来への投資については「こういった先端科学技術で産業を作っておいて未来の自分たちの子供たち、孫たちの時代に日本が先端技術で、ええ、科学技術で食べていける国にしていく」という長期的な視点の重要性を強調しています。
まとめ
クローズアップ現代で特集された民間宇宙ビジネスは、日本にとって自動車に次ぐ新たな基幹産業となる可能性を秘めています。2040年に150兆円規模への成長が予測される巨大市場において、日本は「ものづくり力」「高信頼性技術」「小型化・軽量化技術」「産業の多様性」という独自の強みを活かして勝負することができます。
月面着陸への挑戦で失敗を経験した日本企業も、継続的な資金調達戦略により再挑戦の準備を進めており、「諦めない挑戦」の精神が根付いています。内田敦氏が解説したように、月はまだブルーオーシャンの状態であり、日本企業にとって大きなチャンスが存在しています。
国の宇宙戦略基金による10年1兆円の支援も本格的に開始され、技術開発から事業化までの一貫した支援体制が整いつつあります。技術の事業化力向上と人材不足解消という課題をクリアできれば、日本の宇宙ビジネスは世界市場で大きな存在感を示すことができるでしょう。
民間企業の積極的な参入と国の戦略的支援により、日本の宇宙産業が新たな成長軌道に乗ることが期待されます。今後の展開に注目が集まります。
※ 本記事は、2025年7月2日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
※ ispace(アイスペース)のHPはこちら
コメント