なぜ新米価格が4割も上昇し、5kg4,000円超という異例の高値になっているのでしょうか。NHK「クローズアップ現代」が初公開したJAの概算金決定プロセスの舞台裏から、価格高騰の真相と専門家による今後の見通しを徹底解説します。この記事を読むことで、米価高騰のメカニズムと解決策が明確に理解でき、食費を見直す際の判断材料を得ることができます。
新米価格4割上昇の衝撃!概算金が決める米価高騰の仕組み
2025年9月、「令和の米騒動」から1年が経過しましたが、新米価格の高騰は一向に収まる気配を見せていません。NHK「クローズアップ現代」が密着取材で明らかにしたのは、新米価格が前年より4割も上昇し、店頭では軒並み5kg4,000円を超える異例の事態です。
この価格高騰の核心となっているのが「概算金」という仕組みです。概算金とは、JAが農家から米を集荷する際に支払う仮払い金のことで、民間業者もこの金額を参考にして米の仕入れ価格を決定します。つまり、概算金は米価格全体を左右する重要な指標なのです。
2025年産米の概算金を見ると、その衝撃的な上昇幅に驚かされます。新潟のコシヒカリは3万円(前年比76%上昇)、北海道のななつぼしは2万9,000円(同75%上昇)、秋田のあきたこまちRは3万円(同78%上昇)と、主要産地すべてで70%を超える大幅な引き上げとなっています。
しかし、この概算金の決定プロセスは長年不透明とされ、「価格決定の舞台裏」はベールに包まれてきました。今回のクローズアップ現代の取材により、その実態が初めて明らかになったのです。
JAえちご上越の概算金3万円決定!密着取材で見えた舞台裏
日本一の米どころ、新潟県のJAえちご上越での概算金決定の瞬間を、番組は貴重な映像で捉えました。会議室で「コシヒカリについては、一等米60kgあたり3万円」という発表がなされた時、それは過去最高額でした。店頭価格に換算すると5kg4,500円ほどになる水準です。
金井修課長(JAえちご上越営農部販売課)は、この決定に至るまでの苦悩を率直に語っています。「令和の米騒動から、JA以外の業者が活発に動いており、収穫合戦が始まっている。他業者の価格で苦戦している」という状況下で、JAは前年の1万7,300円という概算金では太刀打ちできない現実に直面していました。
実際、前年は民間業者に買い負けしてしまい、取引先に約束した量を渡すことができないという深刻な事態が発生。この失敗を受けて、今年は「それなりの価格には持っていきたい」という強い決意で臨んだのです。
概算金決定の1週間前から、幹部たちは民間業者の動向を注視していました。番組が捉えた会議の様子では、「中には2万6,000円だ、7,000円だと言った。ここに来てやっぱり、高温渇水なんかも含めて、やっぱり(需要は)緩まねえなという判断で、3万2,000円って言ってる業者もある」という情報が飛び交っていました。
最終的に3万円、3万200円、3万500円という3つの選択肢から、100円単位の調整が最後まで続けられ、過去最高の3万円が決定されたのです。この決定の背景には、単なる価格競争だけでなく、農家の経営維持という切実な問題がありました。
折笠俊輔氏が緊急解説「米価高騰はいつまで続く?」専門家の見通し
流通経済研究所主席研究員の折笠俊輔氏は、番組内で今回の価格高騰について明確な分析を提示しました。「米が不足するんじゃないかという不安感がどうしてもぬぐえないので高値になってしまっている」と指摘し、この不安感こそが価格高騰の根本的な原因であることを説明しています。
特に注目すべきは、従来の米価格構造が完全に変化したという折笠氏の分析です。「今まではこう産地と品種銘柄で、新潟コシヒカリがトップにいてみたいなヒエラルキーがあったんですけど、それが崩壊しまして、全国どこでも米が高くなってしまってる」という状況は、まさに「令和の米騒動」の特徴を表しています。
では、この高値傾向はいつまで続くのでしょうか。折笠氏は「不足感、不安感がなくならなければ、この高い傾向は続く」と断言し、さらに具体的な見通しを示しました。「令和7年産は5kg4,000円を大幅に下回るということは恐らくない」としながらも、「来年再来年になってしまうかもしれないですけど、5kg3,500円とかっていうのはあるのかな」と、価格安定化には1〜2年かかるという予測を示しています。
この背景には、政府備蓄米の枯渇という深刻な問題があります。折笠氏によると「備蓄米に関しましては、10月ぐらい、あと1ヶ月ぐらいで恐らくなくなってしまう」という状況で、リーズナブルな米の選択肢が急速に減少しているのです。
備蓄米・輸入米の影響と消費者の選択肢「リーズナブルな米はどこに?」
価格高騰に対する政府の対策として注目されているのが、備蓄米と輸入米の市場投入です。国が価格高騰を抑制するため放出した備蓄米は、確かに新米よりも割安で市場に流通していますが、その効果は限定的です。
番組で取材された惣菜店では、「当店ではアメリカ産のカルローズ米を使用しております」という現場の声が聞かれました。民間での外国産米の輸入量は前年の約200倍(7月前年同月比)という驚異的な増加を見せており、消費者に広く受け入れられ始めています。
しかし、この動きに対して業界関係者は複雑な思いを抱いています。JAえちご上越の金井修課長は「消費者に受け入れられるかどうかっていうのは、難しいよね。小売価格高くなれば消費減退しちゃう可能性もあるからね」と、価格と需要のバランスに対する懸念を示しています。
折笠氏は輸入米の急増について「輸入米のシェアがあまりに高まりすぎてしまいますと、やはり食料安全保障上非常にリスク」と警鐘を鳴らし、「主食ですので100%国産で賄えるように、今後やっぱ生産増やしていくっていうのは必要」と強調しています。
消費者にとって当面の選択肢は、高価格の新米、品薄の備蓄米、そして増加する輸入米という3つに限られているのが現状です。
国の増産政策と企業の挑戦「松屋フーズホールディングスの稲作プロジェクトから見る未来」
米価高騰を受けて、国は先月、増産によるバランス回復を目指す方針を打ち出しました。具体的には、大規模化、耕作放棄地の活用、AIなどを使ったスマート農業、そして新たな農法による生産性向上などを推進するとしています。
この動きに呼応して、民間企業でも独自の取り組みが始まっています。特に注目されるのが、全国1,300以上の店舗で年間3万トンの米を使用する松屋フーズホールディングスの牛丼チェーン「松屋」の稲作プロジェクトです。
プロジェクトを担う上遠野浩道さんは、福島県で店長をしていましたが、2ヶ月前に稲作プロジェクトへの移動を命じられました。「今までずっと、お店の中で、室内で仕事をしてきましたので、この、外の空の下で一日仕事をするっていうのは、嫌じゃないですね」と、新たな挑戦に前向きに取り組んでいます。
このプロジェクトの最大の特徴は「節水型乾田直播」という新しい栽培方法です。水を張らないこの農法は、従来の約200分の1の水量で済むという革新的な技術で、「年に数回水を走らせることはありますが、労力としてはすごい少ない」と上遠野さんは説明しています。
さらに、農業に特化したAIを活用したスマート農業も導入。衛星画像から葉っぱの広がり具合を分析し、生育状況を5段階で確認できるシステムを使用しています。「ツールなんかを使うことで、経験を補う部分が、補える部分がある。農業人口が減っていく中で、どうやって増産するんだ、生産性上げるんだってなった時に、やはり欠かせない」と、技術革新の重要性を強調しています。
米の輸出拡大と新たな需要創出「供給過多対策の3つのアプローチ」
増産が実現した場合の供給過多への対策として、折笠氏は3つのアプローチを提案しています。
第一は輸出拡大です。番組で取材された株式会社百笑市場の長谷川有朋代表取締役によると、「ずっと、需要は右肩上がりでして、世界的にこの日本産米のご要望される方が増えている」状況で、アメリカやシンガポールなど30カ国に約3,000トンを輸出しています。小泉農相も「本当に美味しい。輸出をしっかりと伸ばして、需要の拡大をやっていく」として、5年後には輸出量を前年の7倍以上の35万トンにまで増やす目標を掲げています。
しかし、輸出拡大には課題もあります。長谷川代表は「今年度は1年前より1,000トン減る見込み」として、国内での米不足が輸出用米の確保を困難にしていると指摘。「設備投資をし続けて、経営が成り立つかっていうと、そういうところでもないので、今の事業規模より大きくしていくにはたくさんの課題があります」と率直に語っています。
第二は新たな需要創出です。折笠氏は「米粉の活用であるとか、ライスミルクみたいに出てきてますし、米のグラノーラみたいな話も出てきてます。小麦にとられてた朝食需要を取り戻すみたいなアプローチ」を提案しています。また、「NEOおにぎり」として、コンビニなどでの新しい具材や食べ方のアップデートも需要喚起に役立つとしています。
第三は備蓄米の積み増しです。「今回令和の米騒動で政府はかなり備蓄米を放出する要件を緩和しました。本当に100万トンで足りるのかみたいな議論も当然ある中で、調整弁として備蓄米を積み増しみたいなのも検討に入る」として、将来的な価格安定化メカニズムの強化を示唆しています。
まとめ
「クローズアップ現代」の密着取材により明らかになったのは、概算金という価格決定システムが民間業者との激しい競争の中で機能している実態でした。JA越後上越の3万円という過去最高額の概算金決定は、単なる価格競争の結果ではなく、農家の経営維持と米の安定供給という重要な使命を背負った苦渋の決断だったのです。
流通経済研究所の折笠俊輔氏の分析が示すように、米価高騰の根本原因は「不足感・不安感」にあり、この心理的要因が解消されない限り、高値傾向は続くと予想されます。当面、消費者は5kg4,000円超という新米価格と向き合っていく必要があるでしょう。
一方で、松屋フーズホールディングスの稲作プロジェクトに見られるような民間企業の取り組みや、国の増産政策、輸出拡大への期待など、中長期的な解決策も動き始めています。ただし、折笠氏が指摘するように、価格安定化には「来年再来年」という時間軸が必要で、即効性のある解決策は見当たらないのが現実です。
重要なのは、この価格高騰が単なる一時的な現象ではなく、日本の米作りを取り巻く構造的な変化の表れであることです。「令和の米騒動」を機に、私たちは改めて食料安全保障の重要性と、国産米の価値について考える必要があるのかもしれません。消費者、生産者、そして流通業者が一体となって、持続可能な米作りと適正価格の実現を目指していくことが、今後の課題となるでしょう。
※ 本記事は、2025年9月10日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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