「図書館は静かにするもの」という常識が、今、大きく変わろうとしています。2025年10月14日放送のNHK「クローズアップ現代」では、おしゃべりOKの「にぎやかな図書館」が全国で利用者を急増させている現象を特集しました。本記事では、番組で紹介された来館者10倍の成功事例や、吉成信夫氏、糸賀雅児氏の提言から、図書館が地域の「居場所」として進化する可能性を詳しく解説します。
にぎやかな図書館とは?来館者10倍を実現した革新的な取り組み
「にぎやかな図書館」とは、従来の「静寂」を重視する図書館の常識を覆し、おしゃべりや飲食を許可する新しいコンセプトの図書館です。番組では、岐阜市の中心部にある「みんなの森 ぎふメディアコスモス」が象徴的な事例として紹介されました。
この図書館の最大の特徴は、壁のない開放的な空間設計と、「おしゃべりOK」という斬新なルールです。10年前のリニューアル前は年間15万人だった来館者数が、なんと135万人へと約9倍に急増。番組では「10倍」と表現され、その驚異的な成功が注目を集めています。
特筆すべきは、40歳以下の利用者が22倍にも増加したという数字です。これまで図書館を敬遠していた子育て世代が、「子どもが泣いても怒られない」「気兼ねなく過ごせる」という安心感から、週末には親子連れで賑わう場所へと変貌を遂げました。
中心市街地の空洞化が進む岐阜市において、この図書館は年間135万人、つまり市の人口の約3倍もの人々を引きつける集客力を持つ施設となり、地域再生の切り札として全国の自治体から視察が相次いでいます。
吉成信夫氏が描いた理念「子どもの声は未来の声」
番組に登場した吉成信夫氏は、ぎふメディアコスモスのプロデュースを手がけた元館長です。彼が掲げた「子どもの声は未来の声」という理念が、この図書館の根幹を成しています。
吉成氏は番組内で「今まで図書館ってやっぱりなんか”かみしも”をつけたみたいに、やっちゃいけないことが多かった」と語り、小さな子どもを連れた母親がドキドキしながら図書館を利用していた従来の状況を変えたいと考えました。
その解決策として、館内を完全に区分けする設計を採用しました。おしゃべりOKのエリアと、静かに本を読みたい人のための仕切られたエリアを共存させることで、「より自由な空間」を実現したのです。
また、吉成氏が特に重視したのは「偶然の出会い」が多発する空間づくりです。「本をただ好きだから読んでるだけではなくて、それが自分のアクション、行動を変えてしまうような動きも図書館の中で生まれてくるような場所」を目指し、年間100以上のイベントを開催。本の交換会や地域の魅力を学ぶ講座、子どもたちによるラジオ番組の収録など、市民同士が本を通じて出会い、交流する仕掛けを数多く用意しています。
現在、この図書館には70人以上の司書が在籍し、彼らの「問題意識」を反映させた展示や企画が、訪れる人々に新たな視点を提供し続けています。
クローズアップ現代が注目!全国で広がる新しい図書館の形
番組では岐阜だけでなく、全国各地で生まれている多様な図書館の形も紹介されました。それぞれの地域が抱える課題に応じて、図書館が独自の進化を遂げている様子が印象的でした。
札幌市図書・情報館は、ビジネス街に立地する特性を活かし、働く人々のニーズに特化しています。館内の半分以上がビジネス書で、貸し出しは行わず、その場ですぐに情報を得られる設計です。さらに注目すべきは、国の制度を活用して中小企業診断士や税理士などに無料で相談できる窓口を館内に設けている点です。起業や経営の相談が図書館でできるという、従来では考えられなかった機能を持っています。
岩手県紫波町の図書館は、農業支援をコンセプトの一つに掲げています。この10年で約3割の農家が減少した地域の課題に向き合い、司書自らが農家を取材。物価高や獣害の影響など、リアルな声を収集して発信することで、地域全体で農業を支える土壌づくりに貢献しています。農業の専門誌や土作りに関する本を揃え、地元農家のリアルな声を展示するなど、地域に根ざした取り組みが特徴です。
これらの事例から見えてくるのは、図書館が単なる本の貸し出し施設から、地域が抱える具体的な課題に向き合う「課題解決の拠点」へと変貌している姿です。
糸賀雅児氏が解説する「課題解決型図書館」への進化
番組では、図書館政策の変遷に詳しい慶應義塾大学名誉教授の糸賀雅児氏が、この変化を「文化教養型から課題解決型への転換」と表現しました。
糸賀氏によれば、この課題解決型図書館という概念は、20世紀から21世紀へと世紀が変わる頃から図書館界で言われるようになったとのことです。ビジネス支援、健康医療情報提供、法律情報の提供など、利用者が日々の中で「どうしたらいいんだろう」と悩む問題に対して、図書館が「最適解」を見つける手助けをする場になってきたのです。
糸賀氏が強調するのは、図書館の持つ情報の「信頼性」と「確かさ」です。図書館には本だけでなく雑誌、新聞、行政資料、地域資料など、普通の書店では売られていないような資料も収集されています。インターネットで情報が溢れる時代だからこそ、信頼できる情報源として図書館の価値が高まっていると言えるでしょう。
ただし、糸賀氏は課題解決型図書館を実現するための重要な条件も指摘しています。それは「司書という専門職をきちんと配置すること」です。図書館職員の多くが非正規雇用である現状に警鐘を鳴らし、待遇面の改善と専門性の確保が、図書館の質を左右すると述べています。建物が立派でも、本を置くだけでは人は集まりません。選書の質と専門職の体制こそが、図書館の真の価値を生み出すのです。
図書館が地域の居場所になる理由:複合施設化による相乗効果
番組では、図書館を街づくりの起爆剤にしようという動きも紹介されました。その代表例が宮崎県都城市です。
老舗デパートの閉店によって中心部の空洞化が深刻化していた都城市は、その跡地に図書館を中心とした複合型施設を整備しました。図書館の隣には食事のできるカフェ、子育て支援センター、保健センター、買い物ができるスーパー、さらに観光客向けのホテルまで。こうした複合施設化によって、人流は5倍になったと報告されています。
番組に登場した親子は「朝からずっと図書館と、この遊べるところ、一連の流れで行けるのがありがたい」と語り、図書館が他の施設と組み合わさることで、一日中過ごせる魅力的な場所になっていることが分かります。
さらに注目すべきは経済効果です。図書館周辺にはこの7年で100件以上の店舗がオープンし、2年前に開業したラーメン店の店長は「赤ちゃんから年配の方まで、誰でも来ていただける感じ」と、幅広い客層を実感していると話していました。
都城市では空き店舗に出店する事業者に補助金を出すなど、さらなる賑わい創出に力を入れています。市の商工部長は「図書館は経済動向に左右されにくい。滞在時間も長く、普段から人が集まる環境が作れる」と、図書館の集客力への期待を語っています。
こうした複合施設化を後押ししているのが、国土交通省による交付金制度です。糸賀氏の解説によれば、この10年余りで交付金や補助金を活用して建設された図書館は100館を超えており、国のコンパクトシティ政策とも合致して、図書館が地域の賑わいを促進する施設として注目されているのです。
図書館の強みは「小さな子どもから高齢者まで、世代を問わず無料で過ごせる」という集客力にあります。他の公共施設と違い、週に何回も、月に2〜3回と繰り返し来館する人が多く、中には毎日訪れる人もいるほどです。この継続的な集客力こそが、図書館を街づくりの中心に据える大きな理由となっています。
市民参加で育む「自分たちの居場所」シビックプライドの醸成
図書館が真の「居場所」となるために欠かせないのが、市民の参加です。番組では高知県佐川町の図書館「さくと」が取り上げられました。
この図書館では、イベントの企画から花壇の手入れに至るまで、住民が運営に携わっています。以前この地域にあった図書館は施設が老朽化し、蔵書も多くなかったため利用者は少なかったといいます。そこで町は、新しい図書館を作る際にワークショップを繰り返し開催し、住民とともに図書館を作り上げていったのです。
読み聞かせなどの催しは子育て経験のある住民が担当し、花壇の整備も草花に詳しい住民たちが定期的に行っています。週に2回通う高橋まなぶさんは、図書館での交流を通じて地域への関心が高まり、これまで行ったことのなかった住民総会や議会の傍聴にも足を運ぶようになったと語ります。「地域の一員であるという自覚。自分にできることはやっぱりお返ししていきたい」という言葉が印象的でした。
吉成氏はこの現象を「シビックプライド」という言葉で表現しています。「俺たちの場所」「自分たちの場所」と思えるかどうか、市民協働の関係性の質感や豊かさがあった上での賑やかさでなければ、本当の豊かさにはならないと指摘しています。
糸賀氏も「図書館が持つ可能性を最大限開いていくと、色んな人たちの関係性を濃密にし、そこからプラスアルファ、付加価値を生み出していく」と述べ、図書館が単なる施設を超えて、人々に自己実現の場を提供し、「自分が地域に存在することの意義」に気づかせてくれる存在になっていると評価しています。
にぎやかな図書館が実現する多世代交流とコミュニティ再生
番組を通して最も印象的だったのは、図書館が世代を超えた交流の場となっている様子です。
岐阜の図書館を訪れた高齢の女性利用者は「若い人とかちっちゃい子とか、いっぱい色んな人見られる。話はしませんけど見るだけで、いいな。本当にここがあって、ラッキー」と語っていました。直接的な会話がなくても、様々な世代が同じ空間を共有することで得られる充足感があるのです。
一方で、中高生にとっても図書館は重要な居場所になっています。岐阜の図書館には中高生が司書に悩み事などを相談できる掲示板があり、これまでに2000通もの声が届いているそうです。吉成氏は「社会に開かれてる窓みたいなもん。どんな小さな町の図書館でもできること」と、大規模な施設でなくてもアイデア次第で若者の居場所を作れることを示唆しています。
番組の最後に登場した男子高校生は「週3ぐらいで来る。ここで彼女と勉強したい」と照れながら語り、図書館が若者たちの日常に溶け込んでいる様子が微笑ましく映りました。
吉成氏が語った「お金もなくてみんなでゆっくりだべったりする場所、自分1人でくつろげる場所っていうものはなかなかない」という言葉は、現代社会の課題を鋭く突いています。コンビニの前にたむろるしかない若者、お金を出さなければコーヒー屋にも行けない現実。そんな中で、無料で誰もが自由に過ごせる図書館の存在は、世代を問わず貴重な「居場所」となっているのです。
まとめ:これからの図書館が地域にもたらす可能性
2025年10月14日放送の「クローズアップ現代」が描き出したのは、図書館の概念を大きく転換させる全国的なムーブメントでした。
「静かに本を読む場所」から「にぎやかな居場所」へ。吉成信夫氏の「子どもの声は未来の声」という理念、糸賀雅児氏が解説する「課題解決型図書館」への進化は、人口減少と地域の空洞化が進む時代において、図書館が果たすべき新しい役割を示しています。
岐阜の来館者10倍という数字は、人々がいかに「気兼ねなく過ごせる場所」を求めているかを物語っています。札幌のビジネス支援、紫波町の農業支援、都城市の複合施設化、佐川町の市民参加型運営。それぞれの地域が抱える課題に応じて、図書館は柔軟に形を変え、地域再生の切り札として機能し始めています。
番組の終盤、桑子真帆アナウンサーが「図書館って何だろうって改めて考えさせられた」と語ったように、この特集は私たちに図書館の持つ無限の可能性を再認識させてくれました。
本や情報を提供するだけでなく、偶然の出会いを生み、世代を超えた交流を促し、地域への誇りを育む。そして何より、誰もが無料で安心して過ごせる「居場所」を提供する。それが、これからの図書館が地域にもたらす価値なのです。
吉成氏の「銭湯に行くような感覚で来てる」という表現が示すように、図書館が地域の日常に深く根付き、豊かな時間を提供する場となる未来。その可能性は、全国各地で確実に広がっています。
※ 本記事は、2025年10月14日放送の人気番組「クローズアップ現代」を参照しています。
コメント