深刻化する医師不足と医療崩壊の危機に、現役医師が立ち上がりました。2025年11月22日放送の「ブレイクスルー」で紹介された髙木俊介氏が開発した遠隔ICUシステムは、集中治療の常識を覆す革新的な技術です。この記事では、命の砦を守る最新テクノロジーの全貌と、日本の医療に示される新たな道しるべについて詳しく解説します。
髙木俊介とクロスシンクが開発した遠隔ICUシステムとは?
髙木俊介氏は、横浜市立大学附属病院で集中治療部に勤務する現役の専門医でありながら、2019年に株式会社クロスシンク(CROSS SYNC)を起業した異色の経営者です。医師として最前線で患者と向き合いながら、医療現場の深刻な課題を解決するために立ち上がった彼の挑戦は、まさに医療業界の道しるべとなっています。
髙木氏が開発した遠隔ICUシステム「iBSEN DX(イプセン ディーエックス)」は、集中治療室(ICU)の常識を覆す革新的な技術です。このシステムの最大の特徴は、離れた場所にある複数の病院のICUを、24時間365日リアルタイムでモニタリングできる点にあります。
具体的には、病室に取り付けたカメラの映像と、患者の心拍・血圧などのバイタルデータを統合して監視します。現在、横浜市立大学附属病院の支援センターからは4施設のICUをモニタリングしており、患者の急変を見逃さない体制を構築しています。
特筆すべきは、患者の様々な計測値をAIが解析し、円の大きさと色で重症度を視覚的に表示する機能です。黄色から赤へと変化することで、医療スタッフは一目で患者の状態悪化を把握できます。これにより、従来は電話で口頭説明を受けていた情報伝達のエラーを大幅に減らすことができるのです。
集中治療の現場が直面する深刻な医師不足と医療崩壊の危機
日本の医療現場は今、かつてない危機に直面しています。特に深刻なのが、集中治療専門医の不足です。番組で明らかにされた衝撃的な数字があります。集中治療の専門医は、医師全体のわずか0.7%しかいないのです。
集中治療専門医になるには、まず麻酔科か救急科の専門医資格を取得し、その後にICU専門医の資格を取る必要があります。つまり、相当のキャリアを積んだベテラン医師でなければ務まらない、極めて高度な専門性を要求される職種なのです。髙木氏によれば、年間200名以上の集中治療専門医が誕生してはいるものの、それでも全く足りていない状況だといいます。
さらに深刻なのは、全国の病院の経営状況です。大学病院を含む全国の約8割が赤字経営に陥っており、スタッフの人件費を上げることすら困難な状況にあります。その一方で、高齢化により重症患者は増加の一途をたどり、医療現場にかかる負荷は増大し続けています。
この悪循環の中で、医師や看護師の離職率は上昇し、ベッドはあっても看護師を配置できないために閉鎖せざるを得ない病床も出てきています。横浜市立大学附属病院のICUでも、8時間の3交代制で勤務する看護師たちが、ハードな職場環境の中で日々奮闘しているのが現状です。
番組で指摘されていた驚くべき事実は、こちらの病院で起きた医療事故につながりかねないインシデントの発生原因の6割が、患者の観察不足や情報共有不足だったということです。これは人手不足が直接的に医療の質と安全性を脅かしていることを示しています。
遠隔ICUが実現する「命の砦」24時間モニタリングの仕組み
髙木氏の遠隔ICUシステムは、こうした医療現場の課題に対する明確な解決策を提示しています。その仕組みを詳しく見ていきましょう。
システムの中核となるのは、リアルタイムでの患者情報の可視化です。従来、医療現場では緊急時の情報伝達手段として紙が使われることが多く、それが3交代制の申し送りの際に情報の漏れやミスを引き起こす原因となっていました。
遠隔ICUシステムでは、患者のバイタルサイン(血圧、心拍、呼吸数など)をスコアリングし、重症度を色と円の大きさで表示します。これはまさにトリアージを自動化したような機能で、医療スタッフは画面を一目見るだけで、どの患者が今最も注意を要するのかを即座に判断できます。
さらに画期的なのは、モニター越しのリアルタイムコミュニケーション機能です。番組では、横浜市立大学附属病院の支援センターから、遠く離れた栃木県の国際医療福祉大学病院の看護師と、集中治療専門医がやり取りする様子が紹介されていました。現地に専門医がいなくても、経験豊富な医師からの的確な指示を受けながら、適切な処置を行うことができるのです。
この遠隔支援により、専門医が常駐していない病院でも、重症患者に対して高度な集中治療を提供できるようになりました。これは地方の医療格差を解消する上でも、極めて重要な意味を持つ技術といえるでしょう。
横浜市立市民病院の導入事例:速水元医師が語る効果
遠隔ICUシステムの実力を証明しているのが、横浜市立市民病院での導入事例です。この病院には1日に50人以上の救急患者が搬送され、まさに”命の砦”として機能しています。
同病院のICU責任者である速水元医師は、番組の中で導入前の過酷な状況を語っていました。集中治療医がわずか3人しかおらず、夜間に最高で5回も電話がかかってきたこともあったといいます。専門医への負担があまりにも大きく、医師が倒れてしまうケースもあるほどだったのです。
しかし、横浜市立大学附属病院と繋ぐ遠隔ICUを導入してからは、状況が劇的に改善しました。大学病院の専門医から指示を受けられるようになったことで、専門医が常駐しなくても急な重症患者に適切に対応できるようになったのです。
速水医師は「本当に夜、全然心配はしなくて、そのまま寝ていていいっていうのは、昔なかったですからね」と、働き方の改善を実感していると語っていました。さらに重要なのは、適切な処置を行えるようになったことで、患者の死亡率も低下したという事実です。
「命を助けてあげるって意味では、非常に役に立ってるんで、今もうない状態は考えにくいですね」という速水医師の言葉には、このシステムへの絶対的な信頼が表れています。大都市の病院でさえ専門医不足に悩む中、遠隔ICUは確実に医療の質を向上させているのです。
診療報酬改定で変わる遠隔ICUの経済的メリット
遠隔ICUシステムの普及を後押ししているのが、2024年6月の診療報酬改定です。この改定により、遠隔ICUの支援を受けて治療を行った病院も診療報酬を得られるようになりました。これは医療業界にとって極めて大きな転換点といえます。
それまでは、遠隔ICUを導入してもコスト面でのメリットが明確でなく、財政難に苦しむ病院にとって導入のハードルは高いものでした。しかし保険収載されたことで、病院経営にとってもプラスになる仕組みが整ったのです。
髙木氏によれば、1病院あたりの導入コストは2,000万円から3,000万円程度。決して安くはありませんが、莫大な設備投資というほどでもありません。さらに、新潟県や和歌山県のように、自治体が予算を確保して地域の医療を守る取り組みも始まっています。
和歌山県では、県立医科大学が新宮医療センターや橋本市民病院をサポートする形で遠隔ICUを導入しており、地域医療の質を高める成功事例となっています。
経済的なメリットはそれだけではありません。遠隔ICUの導入により、ICUでの入室日数が短縮され、死亡率が低下し、社会復帰が増えることで、長期的には医療費の削減にもつながります。さらに、導入した病院の一つでは、看護師の離職が3年間ゼロという驚異的な成果も出ています。
医療スタッフの働き方改革と患者の命を守ること、そして病院経営の安定化。この三つを同時に実現できるのが、遠隔ICUシステムの大きな強みなのです。
AIテクノロジーが拓く未来:患者100人看護への進化
髙木氏とクロスシンクは、現状に満足することなく、さらなる進化に挑んでいます。その鍵となるのがAI(人工知能)テクノロジーの活用です。
番組で紹介されていた開発現場には、実際の病室を再現した空間がありました。ここでは、ベッドの上に設置されたカメラで撮影した映像を使って、AIによる画像解析の検知モデルを開発しているのです。
このAIシステムの凄さは、患者の危険な行動を事前に予測できる点にあります。たとえば、患者が手でチューブを抜こうとする動作を検知したり、瞬きのわずかな動きから意識レベルの変化を察知したりできるのです。
この開発を可能にしているのが、実際の患者500人以上から同意を得て収集した2万5,000時間分という膨大な動画データです。これをAIに学習させることで、人間では見逃してしまうような微細な変化も捉えられるようになります。
現在、遠隔ICUの支援センターでは30人から60人程度の患者を見守っていますが、AIを活用することで将来的には100人程度までカバーできるようになると髙木氏は語っています。これは医療の効率性を飛躍的に高める可能性を秘めています。
「医療者が24時間ずっと何かを見守り続けるっていうのは難しくて、我々としてはそういったところをAIがずっと患者さんを見守る。人がやらなくてもいいような作業をAIになるべく転嫁させていく」という髙木氏の言葉には、テクノロジーと人間が協働する未来の医療の姿が描かれています。
AIと医療者がタスクをシェアし、データを連携させることで、将来的には「どこに行っても同じような医療を受けられる」世界が実現する。これこそが、髙木氏が目指す医療の道しるべなのです。
国内4,000億円市場から世界へ:髙木俊介の挑戦
髙木氏のビジョンは、ICUだけにとどまりません。会社のコンセプトは「ICU anywhere(エニウェア)」。ICUから始まり、一般病棟、救急外来、そして最終的にはホスピス、在宅医療、さらには災害現場まで、遠隔医療システムを展開していく壮大な計画です。
市場規模の観点から見ても、その可能性は計り知れません。遠隔ICUだけでも国内市場は約100億円と試算されていますが、在宅医療やホスピスまで含めると、その規模は4,000億円から5,000億円にまで膨らむといいます。
さらに髙木氏の視野は、すでに世界に向けられています。経済産業省の「グローバルサウス」向けの補助金を活用して、ベトナムとフィリピンへのシステム導入が進んでいます。医師不足は日本だけでなく、世界共通の課題です。日本で培った遠隔ICU技術を海外に展開することで、グローバルな医療格差の解消にも貢献できる可能性があるのです。
髙木氏がこの事業に込めた思いの原点には、研修医時代の壮絶な経験がありました。手術前日に不安で泣いていた患者が、翌日の手術後に急変して亡くなってしまったのです。今思えば、前日から狭心症のような心臓の症状があったかもしれない。しかし、医療者の誰もそれに気づけなかった。
「救えたはずの命を救えなかった」この無力感が、髙木氏を遠隔ICU開発へと駆り立てた原動力です。「今のテクノロジーならもうちょっとデータを扱えば、人が気づけなくても気づけるんじゃないか」。この信念のもと、2019年にITスペシャリストたちと共にクロスシンクを起業したのです。
番組の最後、髙木氏は「ブレイクスルーとは何か」という問いに対して、「人と出会い救われること」と答えました。困難な時、課題があった時を乗り越えてきたのは、常に人との出会いだった。人の存在が事業を一気に加速させる起点になる。この言葉には、医師として、そして経営者としての髙木氏の深い人間観が表れています。
まとめ
髙木俊介氏が開発した遠隔ICUシステムは、深刻化する医師不足と医療崩壊の危機に対する、明確な解決策を提示しています。現役の集中治療専門医だからこそ分かる現場のニーズを、最新のテクノロジーで具現化したこのシステムは、すでに複数の病院で確実な成果を上げています。
2024年の診療報酬改定による保険収載、AIによるさらなる進化、そして海外展開へと、遠隔ICUの可能性は広がり続けています。「どこに行っても同じような医療を受けられる世界」を実現するために、髙木氏とクロスシンクの挑戦は続きます。
救えるはずの命を一つでも多く救いたい。この純粋な思いから始まった遠隔ICUシステムは、今や日本の医療における新たな道しるべとなり、医療崩壊を食い止める希望の光となっているのです。
※ 本記事は、2025年11月22日放送(テレビ東京系)の人気番組「ブレイクスルー」を参照しています。
※ 株式会社CROSS SYNC(クロスシンク)の公式サイトはこちら



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