2025年2月5日放送のカンブリア宮殿に、京都の老舗「よーじや」が登場しました。あぶらとり紙のお土産ブランドが、なぜ倒産寸前にまで追い込まれたのか。そして5代目代表・國枝昂氏はどんな改革で再生を果たしたのか。「脱・観光依存」の戦略から社内改革、飲食事業への進出まで、番組で語られた再生の全貌をわかりやすくお伝えします。
よーじや5代目・國枝昂が打ち出した「脱・観光依存」改革とは
カンブリア宮殿で紹介されたよーじや再生の核心は、「おみやげの店」から「おなじみの店」への大転換です。國枝昂氏は「脱・観光依存」「脱・あぶらとり紙」を掲げ、観光地以外への出店、日用品約170アイテムの開発、飲食事業への進出という三本柱で改革を推進しています。「これまでの30年はあぶらとり紙で乗り切れても、この先30年は同じ商いでは乗り越えられない」という強い危機感が、すべての出発点でした。老舗の成功体験を自ら壊しにいく決断力は、経営者として見事だと感じます。
創業120年のよーじやが倒産危機に陥った3つの理由
よーじやは1904年に「國枝商店」として創業しました。舞妓への白粉販売から始まり、歯ブラシ(当時「楊枝」と呼ばれていた)で人気に。屋号はこの「楊枝屋さん」という愛称に由来します。あぶらとり紙は1920年代に舞台役者の相談がきっかけで発売され、1990年頃にテレビドラマをきっかけとして大ブームとなりました。
しかしその裏で深刻な課題が蓄積していました。①「お土産ブランド」のイメージが固定化し、地元の京都人さえ「お店に行ったことがない」という状態に。②観光客に依存したビジネスモデル。そして③あぶらとり紙という単一商品への依存です。売上は20年で4分の1にまで減り、コロナ禍では1日の売上がゼロになる店舗も出るほど追い込まれました。
國枝昂のプロフィール|29歳で老舗を継いだ5代目代表の経歴
國枝昂氏は1989年京都市生まれ。大阪大学経済学部を卒業し、公認会計士試験に合格後、EY新日本有限責任監査法人に入社しました。転機は2018年。メインバンクから「これ以上の融資が難しくなる可能性がある」と知らされたことです。さらに父親が病に倒れ、2019年に29歳の若さで5代目代表に就任しました。
「何をしに急に帰ってきたんだ」「経験もゼロなのに」と、社内には冷たい空気が充満。「全員が敵か味方かわからない」という孤独な船出でしたが、「将来を描ける会社を作る」という目標を胸に改革をスタートさせています。
社内の派閥対立と離職率30%──國枝が直面した組織の危機
入社して最も驚いたのは「一人も危機感を感じている人がいなかった」ということでした。「よーじやが潰れるイメージを誰も持っていなかった」と國枝氏は振り返ります。社内は「オリジナル派」(あぶらとり紙部署)と「コスメ派」(化粧品・エステ部署)に分裂し、制服もECサイトも別々に運営されるという異常な状態。離職率は約30%に達していました。
國枝氏は制服とECサイトの統一に着手し、年功序列を廃止。若手主体の商品開発体制に転換しました。コロナ禍が危機感の共有を後押しし、社内は次第に一丸となっていきます。現在、離職率は10%にまで改善しています。
國枝流改革①|観光地の外へ出店し日常づかいの商品を開発
脱・観光依存の柱として、京都以外への出店を加速しました。2024年に東京・足立区の百貨店や福岡・天神地下街に出店。売り場にはシャンプーや入浴剤など日常づかいの商品が並び、850円のハンドクリームが一番人気です。「こんなに基礎化粧品があるとは知らなかった」と驚く来店客も多く、リピーターが着実に増えています。
全国20店舗のうち半分が観光地以外に立地し、非観光地の売上が全体の6割を占めるまでに成長。「リピーターを作る努力をしてこなかった」という反省が、確実に実を結んでいます。
國枝流改革②|脱あぶらとり紙で飲食事業に進出した狙い
「今、何屋さんの経営者かというと、化粧品屋さんだとは1ミリも思っていない」と語る國枝氏。ブランドイメージを根本から変えるため飲食事業に本格進出しました。2024年2月に京都でカフェをオープンし、新キャラ「よじこ」のスイーツがほぼ満席の人気に。11月には十割そば500円という驚きの価格の蕎麦店「10そば」も開業し、地元客から高い評価を得ています。
あぶらとり紙の売上比率は全体の8割から2割弱に低下。代わりに飲食と日用品が主力に入れ替わり、V字回復を達成しました。國枝氏は「近年中に飲食の店舗数がよーじやを超えることを目指す」と、さらなる攻勢を宣言しています。
60年続いたロゴマーク変更と新キャラ「よじこ」誕生の舞台裏
2025年3月、約60年ぶりにロゴマークを刷新しました。おなじみの「手鏡に映る女性」のイラストからシンプルな文字ロゴに変更し、創業120周年を機に新キャラクター「よじこ」も誕生。デザインはSuicaのペンギンで知られるイラストレーター・坂崎千春氏が手がけています。
「知ってはいるけれど購買に繋がらないブランド力になっている」という危機感から1年半かけて準備し断行。社内外から反発もあったそうですが、旧ロゴはあぶらとり紙の表紙で引き続き使用するなど、伝統と変革の両立が巧みだと思います。
26ダイニングで京都に恩返し|地元食材で原点回帰する理由
2024年11月オープンの「26ダイニング」は、京都府内26市町村の食材を使う創作料理店です。舞鶴の万願寺唐辛子、山科区の農家の大根など、地元生産者と直接つながるコンセプトが光ります。来店客の多くは地元の京都人で、「京野菜をふんだんに使った店は新鮮」と好評です。
「120年地元に支えられてきたのに、ここ数十年は遠い存在になってしまった。食を通じて京都に貢献するのが第一歩」と語る國枝氏。よーじやが85年間は地元に愛されてきたブランドだったという原点に立ち返る姿勢には、企業経営の本質が詰まっています。
まとめ|よーじや再生が示す老舗ブランド復活のヒント
國枝昂氏が代表に就任しておよそ7年。離職率は30%から10%に改善し、若手が活躍する挑戦的な組織に生まれ変わりました。「続くこと自体に意味はない。挑戦心を持ち続けなければいけない」という言葉は、老舗に限らずすべてのビジネスに通じる本質です。
「おみやげの店」から「おなじみの店」へ。よーじやの再生はまだ道半ばですが、変化を恐れず一歩を踏み出す勇気の大切さを教えてくれる、素晴らしい物語でした。
※ 本記事は、2025年2月5日放送(テレビ東京系)の人気番組「カンブリア宮殿」を参照しています。
※ よーじやの公式サイトはこちら



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