滋賀県甲賀市で35年以上続く社会福祉法人「やまなみ工房」。施設長の山下完和氏が目指す「誰もが自分らしく生きられる社会」の実現に向けた取り組みが、いま世界中から注目を集めています。アートを通じて社会に新しい価値を生み出すその革新的な挑戦をご紹介します。
やまなみ工房とは?93人の利用者が生み出す驚きのアート作品
やまなみ工房は、知的障害のある方々の自立支援を目的とした施設として知られています。現在93人の利用者が通う同施設の最大の特徴は、実に9割の利用者がアート創作活動に取り組んでいることです。
施設内には、広々としたアトリエやギャラリーが設けられ、利用者それぞれが自由な発想で作品作りに没頭できる環境が整えられています。紙や絵の具だけでなく、企業から提供された不要な紙管なども画材として活用され、独創的な作品が次々と生まれています。
作品は海外でも高い評価を受けており、フランスでは15万円から20万円で取引される作品も。中にはニューヨークで個展を開催し、地元メディアでも取り上げられる作家も現れ、数百万円で取引される作品も出てきています。
施設長・山下完和が語る「障害者アート」への転換点
現在の成功を築いた山下完和施設長は、22歳の時に父が運営していた「やまなみ共同作業所」に入職しました。当時は一般的な障害者施設として、部品組み立てなどの下請け作業が中心でした。
しかし、ある転機が訪れます。35年前、一人の利用者との出会いが全てを変えたのです。下請け作業中、落ちていた紙に描かれた一枚の絵。その絵を描いていた利用者の生き生きとした表情に、山下氏は大きな気づきを得ました。
「一本一円にも満たない作業を『頑張れ』と言い続けるよりも、彼らの笑顔を大切にしたい」。その思いから、2008年、アートを中心とした新しい形の福祉施設「やまなみ工房」を設立しました。
世界が注目するやまなみ工房のアート作品の特徴
やまなみ工房の作品の特徴は、既存の芸術の枠に収まらない独創性にあります。例えば、神山美智子さんは0.3mmの極細ペンで、一枚の紙に1万5千人もの人物を描き分けます。それぞれが異なるポーズや表情を持ち、制作には半年から1年もの時間をかけます。
また、吉田ひよりさんは、筒に絵の具をつけて転がすという独自の手法で色鮮やかな作品を生み出し、そのデザインは現在、アパレル製品にも採用されています。
ブレイクスルーを生んだ山下完和の独自の支援方針
山下氏の支援方針の特徴は、「できないことができるようにならなければいけない」という従来の考え方を覆したことです。代わりに、「お互いができないことを補い合う」という新しい価値観を提示しました。
特筆すべきは、作品の販売で得た収益は全て作家本人に支払われるというルールです。現在では年間数百万円を稼ぎ出す作家も現れ、家族の意識も大きく変化してきています。
やまなみ工房×企業コラボが実現する新たな可能性
近年、やまなみ工房の活動は、企業とのコラボレーションによってさらなる広がりを見せています。地元の老舗菓子メーカー「たねや」とのコラボレーションでは、作品をパッケージデザインに採用。限定商品として発売され、完売する人気商品となりました。
さらに、日本を代表する航空会社JALの機内紙コップデザインにも採用されるなど、大手企業との取り組みも増えています。最近では、世界的なアパレルブランドからも関心が寄せられ、新たなコラボレーションの可能性が広がっています。
まとめ:やまなみ工房が目指す「共生社会」への道筋
山下氏は「障害者の」というフィルターがない社会の実現を目指しています。アートという表現手段を通じて、利用者一人一人の個性が輝く場所を作り出すことに成功したやまなみ工房。しかし、街に出れば未だ存在する偏見や差別の壁。
その壁を乗り越えるため、山下氏は「入り口は限定せずに幅広く、いろんな人に伝えたい」と語ります。やまなみ工房の挑戦は、アートの可能性を広げるだけでなく、私たちの社会のあり方そのものを問いかけているのです。
※本記事は、2024年11月23日放送(テレビ東京系)の番組「ブレイクスルー」を参照しています。
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