「薬が効かなくなる」という恐ろしい事態が、今まさに私たちの身近で起きています。NHKクローズアップ現代で特集された「サイレントパンデミック」。薬剤耐性菌が静かに広がり、これまで治療できた感染症が治らなくなるケースが増えているのです。本記事では、番組内容をもとに、薬剤耐性菌の実態と私たちにできる対策をわかりやすく解説します。正しい知識を身につけて、あなたと家族の健康を守りましょう。
サイレントパンデミックとは?薬剤耐性菌が静かに広がる脅威
「サイレントパンデミック」という言葉をご存じでしょうか。これは、薬剤耐性菌による感染症が、私たちの気づかないうちに静かに広がっている状況を表した言葉です。新型コロナウイルスのように目に見えるパンデミックとは異なり、水面下で進行するため「サイレント(静かな)」と呼ばれています。
薬剤耐性菌とは、抗菌薬(抗生物質)が効かなくなった細菌のことです。私たちの体内や外部環境にはさまざまな細菌が存在しており、通常は免疫力で抑え込んでいます。しかし、免疫力が低下すると感染症を発症し、その治療に抗菌薬が使われます。このとき、抗菌薬に長期間さらされた細菌の中から、薬に対する耐性を獲得した菌が生き残り、増殖してしまうのです。
番組に出演した国立健康危機管理研究機構の菅井基行センター長によると、この問題は世界的な危機として認識されています。英国の政府機関が発表したレポート(オニールレポート)では、対策を講じなければ2050年には世界で年間1,000万人が薬剤耐性菌で死亡し、がんによる死者数を上回ると予測されています。2019年の推計では、すでに世界で約127万人が耐性菌が直接の原因で亡くなっており、日本国内でも年間約8,000人が薬剤耐性菌による感染症で命を落としていると推定されています。
薬剤耐性菌の感染事例|百日咳・MRSA・VREの深刻な実態
番組では、薬剤耐性菌による深刻な被害事例が紹介されました。
百日咳の大流行と耐性菌
2025年、百日咳の患者数は約9万人に急増し、過去最多を記録しました。特に深刻だったのは、流行した百日咳菌のおよそ8割がマクロライド系抗菌薬に対する耐性菌だったことです。この耐性菌は中国などアジア地域で流行していたタイプが海外から持ち込まれたと見られています。
番組では、生後1ヶ月で百日咳に感染した赤ちゃんのケースが紹介されました。通常の抗菌薬による治療が効かず、集中治療室での緊急対応が必要になりました。国立成育医療研究センターの幾瀬樹医師は「一番ゴールドスタンダードな治療が全然効いていない状況だった」と振り返っています。最終的に国内では治療実績の少ない別の抗菌薬で一命を取り留めましたが、エビデンスが少ない薬剤での治療を余儀なくされる現場の苦悩が伝わってきました。
強毒型MRSA(USA300)の脅威
横浜市内の皮膚科では、新たなタイプのMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による感染例が報告されました。主婦の小林さんは体中にニキビのような腫れ物ができ、激痛に見舞われました。市販薬や処方された抗菌薬が効かず、やがて4歳の息子にも感染してしまいました。
東京薬科大学の中南秀将教授によると、20代の健康な男性が重症化し、皮膚組織が壊死して切除が必要になったケースもあるそうです。「耐性菌は本当に気づかないうちに広がる。潜在的に気づいていないだけで、患者数はもっと多いのではないか」と警鐘を鳴らしています。
病院内で広がるVRE
VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)は、病院内で感染が広がりやすく根絶が難しい耐性菌です。手術などで弱った患者の体内に入り込むと、重い肺炎などを引き起こし、死亡することもあります。
静岡県の沼津市立病院では、一度院内感染を抑え込んだものの再び感染者が発生。全入院患者を対象とした検査を実施する事態となりました。「いろんな業務がある中で感染対策を徹底して頑張ってやっているのに、それでも広がってしまう。みんなショックを受けている」という看護師の声は、医療現場の厳しい現実を物語っています。厚生労働省はVREを国全体で対応すべき菌として新たに指定し、対策を急いでいます。
薬剤耐性菌の感染経路|接触・飛沫・糞口感染の3パターン
薬剤耐性菌に感染しないためには、まず感染経路を知ることが大切です。菅井センター長によると、主に3つのパターンがあります。
接触感染は、手を介して菌が広がるケースです。MRSAなどがこのタイプで、特にレスリングや柔道などボディコンタクトが多いスポーツでは感染リスクが高まります。湿気のある環境で感染しやすく、運動後の細かい傷から菌が入り込むことがあります。
飛沫感染は、咳やくしゃみによって菌が広がるタイプです。百日咳菌がこれにあたります。感染者の近くにいるだけで、飛沫を吸い込んで感染する可能性があります。
糞口感染は、便に含まれる菌が最終的に口から体内に入るパターンです。大腸菌などの耐性菌がこの経路で感染します。トイレ後の手洗い不足や、汚染された食品を介して広がることがあります。
個人的な見解ですが、この感染経路を見ると、いかに基本的な衛生習慣が重要かがわかります。コロナ禍で習慣づいた手洗いや消毒を、今後も継続していくことが大切ではないでしょうか。
私たちにできる薬剤耐性菌対策|予防法と正しい薬の飲み方
では、私たちは何に気をつければよいのでしょうか。菅井センター長が番組で解説した対策をまとめます。
感染しないための予防法
まず基本となるのは体調管理です。免疫力を高めることが感染症予防の第一歩。十分な睡眠、バランスの良い食事、適度な運動を心がけましょう。
次に手洗い・うがい・手指消毒の徹底です。これらは当たり前のことですが、確実に行うことで感染リスクを大きく下げられます。特にボディコンタクトが多いスポーツをした後は、しっかりと体を清潔にすることが重要です。
ワクチン接種も有効な手段です。百日咳には四種混合ワクチン(現在は五種混合)があり、定期接種として受けられます。高齢者向けの肺炎球菌ワクチンも効果的です。予防できる感染症はワクチンで防ぐという意識が大切です。
耐性菌を増やさないための薬の飲み方
ここが非常に重要なポイントです。菅井センター長は2つの大切なことを強調しました。
処方された抗菌薬は必ず飲み切ること。症状が良くなったからといって途中でやめてはいけません。一部の菌が生き残り、再び増殖して症状を引き起こす可能性があります。これを繰り返すと、菌と抗菌薬との接触時間が長くなり、耐性菌が出現しやすくなるのです。
風邪には抗菌薬を使わないこと。風邪の原因はウイルスであり、細菌ではありません。抗菌薬はウイルスには効きません。風邪のときに抗菌薬を飲むと、体内の常在菌が抗菌薬にさらされ、耐性菌を生み出す原因になってしまいます。
番組で紹介された意識調査(2024年実施)では、「抗菌薬は治ったら早く止める方が良い」と誤解している人が42.3%、「抗菌薬は風邪に効く」と思っている人が39%もいました。いずれも間違いです。この割合は欧米より日本の方が高く、改善の余地があります。
ファージ療法とは?薬剤耐性菌への新たな治療法と新薬開発
番組では、耐性菌に対する新たな治療法についても紹介されました。
国内製薬会社の新薬開発
国内大手のMeiji Seikaファルマは、2025年12月に新たな抗菌薬「ナキュバクタム」の承認を国に申請しました。この薬が標的とするのは、「悪夢の耐性菌」とも呼ばれるCRE(カルバペネム耐性腸内細菌目細菌)。WHOが最優先で治療薬の開発が必要と位置づけている耐性菌です。
開発には約15年を費やし、世界23カ国の医療機関と協力して臨床試験を実施しました。しかし、開発プロジェクトリーダーの加藤誠司さんは「薬を使いすぎると新たな耐性菌が生まれるため、大量には販売できず十分な収益は見込めない」というジレンマを語っていました。「最後の砦」となる薬だからこそ、使用を限定せざるを得ないのです。政府による報奨金などのサポートが、今後の抗菌薬開発の継続に不可欠だと感じました。
注目のファージ療法
もう一つ注目されているのが「ファージ療法」です。ファージとは、下水などに存在する細菌に感染するウイルスのこと。ギリシャ語で「食べる」という意味で、まさに細菌を「食べる」ように破壊します。
米国ピッツバーグ大学では、5年間で60人の患者にファージ療法を提供し、半数以上で効果が見られたそうです。生まれつきの病気で呼吸器に感染を起こしやすいマーゴ・ビロルさん(29歳)は、2年前から治療を受け、症状が改善しているといいます。「治療の選択肢があることは大きな希望」という言葉が印象的でした。
ヨーロッパではベルギーのようにすでに日常医療に取り入れている国もあります。日本では早くて2027年から人への臨床研究が始まる予定とのこと。どんな抗菌薬も効かない菌に対する「最後の手段」として、日本でも期待されています。
まとめ
今回のクローズアップ現代では、「サイレントパンデミック」と呼ばれる薬剤耐性菌の脅威と、私たちにできる対策が詳しく紹介されました。
ポイントを整理すると、薬剤耐性菌は免疫力が低下した高齢者、基礎疾患のある方、子どもに特に注意が必要です。感染経路は接触・飛沫・糞口感染の3パターンがあり、手洗い・うがい・体調管理という基本的な予防策が効果的です。そして何より大切なのは、処方された抗菌薬は飲み切ること、風邪には抗菌薬を使わないことです。
菅井センター長は「抗菌薬の開発と耐性菌の出現は、歴史的にイタチごっこを繰り返してきた」と語りました。この「最後の砦」である限られた治療薬を未来に残すためにも、私たち一人ひとりが正しい知識を持ち、正しく恐れることが重要です。今日からできることを、ぜひ実践してみてください。
※ 本記事は、2026年1月28日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。

コメント