2025年、クマによる死傷者が220人以上、死者13人と過去最悪を記録しています。なぜここまで被害が拡大したのでしょうか。2025年11月19日放送のNHK「クローズアップ現代」では、クマ被害の原因から最新の対策まで専門家が徹底解説しました。この記事では、番組内容をもとに、ブナの豊凶サイクルの変化やヒトを恐れないクマの実態、そして今後の見通しと私たちにできる対策をわかりやすくお伝えします。
クマ被害が過去最悪となった3つの原因
2025年のクマ被害がこれほど深刻化した背景には、大きく3つの原因があります。
1つ目は、ブナの実の豊作・凶作サイクルの急激な変化です。秋田県林業研究研修センターの和田覚さんによると、かつてブナの豊作は5年から8年に一度でしたが、2013年以降その間隔が急速に短くなり、現在では1年ごとに豊作と凶作が繰り返されるようになっています。この変化は夏の気温上昇が一因とみられています。豊作の年には子グマが多く生まれて個体数が増加し、翌年の凶作で餌を求めるクマが人里に殺到するという悪循環が生まれているのです。和田さんは「一番警戒しなければいけないのは豊作の翌年の凶作の年で、まさに今年がその状況です」と警鐘を鳴らしています。
2つ目は、クマの個体数そのものの増加です。森林総合研究所東北支所の大西尚樹氏(農学博士)氏(農学博士)によれば、本州と北海道全域でクマの個体数が増えており、これまでいなかった地域にも出没するようになっています。東京の青梅や奈良の若草山でも目撃されるなど、問題は東北だけにとどまりません。
3つ目は、人里に誘引する新たなリスクの存在です。岩手県では、鹿を捕獲するために畑の近くに設置したくくり罠に掛かった鹿をクマが食べに来るケースが増えています。地元ハンターの兼澤幸男さんによれば、同じ町内で今年7件もの事例があったとのこと。東京農工大学大学院の小池伸介教授は「罠に掛かった鹿はクマを誘引し、簡単に食べられると学習してしまう」と、人里接近の新たな要因として指摘しています。
率直に言えば、これらの原因は短期間で解決できるものではありません。気候変動への対応も含め、中長期的な視点での対策が不可欠な状況といえるでしょう。
ヒトを恐れないクマの「再生産サイクル」とは
今年のクマ被害で特に深刻なのは、人を恐れないクマが増えているという点です。
10月24日に秋田県で4人が死傷した事故では、農作業中の夫婦を襲ったクマに対し、猟友会や警察など十数人が駆除のために向かいました。しかし、クマは逃げるどころか、杉の木の根元でじっと人間たちを見ていたといいます。東成瀬村猟友会の佐々木謙吉副会長は「そういう行動を取ったクマは今まで目にしたことがない」と、異常な状況を証言しています。
さらに懸念されているのが、人里への依存が親から子へと伝わる「再生産サイクル」です。岩手大学農学部の山内貴義准教授のチームは、人里で駆除されたクマの胃の内容物を調査しています。今年、民家に侵入して人を死亡させた3歳半のクマの胃からは、玄米や白米が大量に見つかりました。山内准教授は「親は生活するための術を全て子供に教える。子供が成長して子を産むと、人里の味が伝播していく」と警鐘を鳴らしています。
私はここに問題の本質があると考えます。一度人里の食べ物を覚えたクマは、山に帰る動機を失い、さらにその知識が次世代に引き継がれていく。これはつまり、対策が遅れるほど、人里に依存するクマが増殖していくことを意味します。だからこそ、早期の対応が重要なのです。
クマ被害による深刻な影響|市街地と経済への打撃
クマの出没は、市民生活と地域経済に深刻な影響を与えています。
秋田市では中心部での目撃が急増し、先月1か月だけで約2000件もの目撃情報が寄せられました。秋田駅から徒歩5分の千秋公園は20日近く封鎖され、保育園では園外活動が全面中止に。ある住民は「刃物を持った通り魔が街の至る所にいるような恐怖」と語り、「Withコロナ」ならぬ「Withクマ」という言葉も生まれています。
経済への打撃も顕著です。秋田市のコーヒー豆店では、近くでクマが目撃されて以降、11月の売上が前年比12%減少。秋田市中心部の繁華街では、先月の夜間の人出が前年より17%も減少しました。これはコロナ禍だった2020年や2021年に近い水準です。
個人的に衝撃を受けたのは、大学生がサークル活動を16時までに制限されているという話です。若者の青春までもがクマによって奪われている。これはもはや「災害級」と呼ぶべき事態であり、地方創生や人口流出問題にも影響を及ぼしかねない深刻な問題だと感じます。
猟友会の限界とガバメントハンターの必要性
クマの駆除を担ってきた猟友会は、すでに限界に達しています。
岩手県花巻市猟友会では、隊員150人のうち即時対応できるのはわずか5人。そのほとんどが70歳以上です。会長の藤沼弘文さん(79)は多い時で1日10件以上の通報に対応しており、「私だって何年できるか、もうそういう年だ」と語ります。
報酬面の問題も深刻です。駆除1頭あたり約8000円から1万円、時給にすると約1000円。74歳の菅実さんは「趣味で狩猟を楽しむために免許を取ったのに、危険な時だけ猟友会をあてにされる」と、現状への不満を訴えています。
こうした状況を打開する鍵として注目されているのが、自治体職員によるガバメントハンター(公務員ハンター)です。長野県大町市では、狩猟免許を持つ傳刀章雄さん(54)が専門職として活動。電気柵の設置や箱罠による個体数管理を行っています。しかし傳刀さんも「専門職ではなく一般職なので、異動の辞令が出ればどこにでも行ってしまう」と、制度上の課題を指摘しています。
大西尚樹氏は「ガバメントハンターが今後のクマ対策の鍵になる」と強調します。駆除だけでなく、地域調整も含めたオールマイティーな人材を各市町村に配置することが理想だと提言しています。
アメリカに学ぶクマ対策の最前線
海外ではどのような対策が取られているのでしょうか。ヒグマの亜種グリズリーが多く生息するアメリカ・モンタナ州では、州政府職員がクマ対策の専門家として活動しています。
ベア・スペシャリストのジャスティーン・ヴァリエールさんは、大学で野生動物管理学を専攻し、現在は年収約1000万円で専門業務に従事しています。転勤はなく、長期的な視点で地域のクマ対策に取り組めるのが大きな特徴です。
特筆すべきは、駆除よりも予防を重視している点です。ヴァリエールさんは人里への動線に電気マットを設置し、クマに痛みを覚えさせることで繰り返しの出没を防いでいます。「クマを駆除するのは私にとっても最悪の仕事。だから常に予防を心がけている」という言葉が印象的でした。
日本でも電気柵の活用は進んでいますが、設置費用の助成制度が十分でない地域も多いのが現状です。アメリカの事例から学ぶべきは、専門人材の育成と予防重視の姿勢ではないでしょうか。
クマの冬眠時期と今後の見通し|大西尚樹氏の警鐘
今後の見通しについて、大西尚樹氏は次のように説明しています。
まず、今年の出没は12月中には冬眠に入って落ち着くとみられます。餌が少ない年はクマが早めに諦めて冬眠に入る傾向があるためです。ただし、市街地に出没しているクマは自分にとっての良い餌場を見つけているため、12月下旬、場合によっては1月まで出没が続く可能性があります。
より心配なのは、来年以降です。大西氏によれば、来年は豊作でクマの出没は落ち着くものの、再来年はまた凶作となり、今年のような大量出没が再び起きる可能性が高いとのこと。「今の秋田のような状況が将来、西日本でも起きうる」という警告は、決して大げさではないでしょう。
国も動き始めています。先週発表された対策パッケージでは、緊急・短期・中期の施策が示されました。短期では冬眠明けのクマを捕獲する「春期管理捕獲(春グマ猟)」の再開、中期では自治体専門人材の育成や統一的な個体数推定などが含まれています。大西氏は春グマ猟について「追いかけられるクマを見た他のクマも『人間は怖い』と学習する効果が期待できる」と、その意義を説明しています。
まとめ
2025年のクマ被害は、ブナの豊凶サイクルの変化、個体数の増加、そしてヒトを恐れないクマの「再生産サイクル」という複合的な要因によって、まさに災害級の事態となりました。猟友会の高齢化と人手不足という構造的な問題も、被害拡大の一因となっています。
大西尚樹氏は「あと1ヶ月、何とか耐えてほしい」と呼びかけています。そして来年は出没が落ち着く見込みのため、電気柵の助成金制度の整備、放置された柿の木の管理、クマスプレーの確保など、再来年に備えた対策を進める1年にしてほしいと提言しています。
今できることとして、柿の実を早めに収穫すること、外出時はクマ除けの鈴を携帯すること、単独行動を避けることなどが挙げられます。クマとの共存は簡単ではありませんが、正しい知識を持ち、地域全体で対策に取り組むことが、私たちの安全を守る第一歩となるはずです。
※ 本記事は、2025年11月19日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。





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