2025年6月24日にNHKで放送されたクローズアップ現代では、アメリカによるイラン核施設への大規模攻撃と、その後の停戦合意について詳しく分析されました。この歴史的な軍事行動は、中東情勢を大きく変える転換点となる可能性があります。
なぜ今アメリカはイランの核施設への大規模攻撃に踏み切ったのか?
アメリカがイランの核施設への攻撃を決断した背景には、複数の要因が重なっています。2025年6月13日にイスラエルがイランへの先制攻撃を開始してから、トランプ大統領は当初「2週間以内に行動するかどうか決断する」と述べていましたが、わずか3日後の6月22日未明に突如として攻撃に踏み切りました。
第1次トランプ政権で国防総省の中東政策を担当していたグラント・ラムリー氏は、「アメリカの最終目標は最小限の軍事介入でイランの核開発を遅らせることでした」と分析しています。トランプ大統領は軍事行動の長期化を嫌う傾向があり、今回の攻撃も長期的な軍事作戦ではなく、核開発阻止に焦点を絞った限定的な作戦だったと見られています。
放送大学名誉教授の高橋和夫氏は、「イスラエル軍の奇襲のあまりの鮮やかさに強い印象を受けて、勝ち馬に乗るという決断を下した」と分析し、トランプ大統領が2週間後という印象を与えながらも、実際には奇襲効果を狙って短期間で攻撃を実行したと指摘しています。
また、アメリカ国内のトランプ支持基盤からの反応も影響していた可能性があります。高橋氏は「トランプさんを支持してきた人たちの間で『あなたはもう戦争しないと言ったから投票したのに』という抗議に対して、早く『そんなつもりはない』ということを示したい気持ちが出ている」と述べ、急速な停戦への動きの背景を説明しています。
バンカーバスターによるイラン核施設攻撃の実態と被害状況
今回の攻撃では、アメリカ軍が最大級の貫通弾「バンカーバスター」を使用しました。この特殊爆弾は最大で地下60メートルまで到達する能力を持ち、地下深くに建設されたイランの核施設を標的にするために投入されました。
攻撃対象となったのは、フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンの3つの核関連施設です。特にフォルドゥ施設は地下80メートルの深さにウラン濃縮設備があるとされ、イスラエルの攻撃では目立った被害が確認されていませんでした。
一橋大学の秋山信将教授は、攻撃前後の衛星写真を比較した結果について、「イスラエルが攻撃した時よりも多くの建物が破壊されている様子が確認できる」と述べています。フォルドゥ施設では、攻撃後に空爆によって生じたと見られる灰の層が広範囲に広がり、同一の場所に複数の大きな穴が確認されています。
しかし、攻撃の3日前の衛星画像では、フォルドゥ施設の前に多くの車が並んでいることが確認されており、イラン側が重要な資材を事前に移送していた可能性が指摘されています。イラン政府高官はロイター通信に対し、「フォルドゥの核施設に保管されていた高濃縮ウランについて大部分が攻撃の前に未公開の場所に移送された」と主張しています。
秋山教授は、「実際どれくらいフォルドゥの濃縮施設を破壊しきれたのかについてはまだ不明な点もある」としながらも、「イランに対して、あるいは国際社会に対してアメリカの決心の強さを示すという効果があった」と分析しています。
トランプ大統領の戦略と停戦合意の背景を専門家が解説
トランプ大統領は攻撃後、「イランの主要な核施設は完全に破壊された。イランは今、和平を結ばなければならない」と述べ、さらに体制転換にまで言及しました。しかし、その約5時間半後には一転して「イスラエルとイランが完全かつ全面的に停戦することで合意した」とSNSで発表しました。
この急激な展開について、ラムリー氏は「これはアメリカとイランの戦争ではなく、イランの核開発との戦いです。だからこそこれ以上この作戦を拡大する考えはほとんどなかった」と説明しています。
停戦合意に至る過程では、イランがカタールにあるアメリカ軍基地に対してミサイル攻撃を行いましたが、事前の通知がされており、怪我人は出ていません。ラムリー氏は「イランの攻撃はあくまで象徴的なものだった」と分析し、「アメリカ軍は十分な事前通知を受けており、これにより両者に緊張緩和の余地が生まれた」と述べています。
ロイター通信によると、トランプ政権の仲介は6月23日に行われ、トランプ大統領がイスラエルのネタニヤフ首相と電話会談したほか、パンス副大統領とルビオ国務長官がイラン側と連絡を取ったとされています。この交渉により、イスラエル側は「イラン側が新たな攻撃を行わない限り停戦に合意する」とし、イラン側も「更なる攻撃を行わない意向」を示したとのことです。
高橋氏は、体制転換発言について「本当に体制転換をするつもりではなく、この一連の事件が終わればイランとの核交渉が想定されるため、その時にイランに対して揺さぶりをかけておきたいという発言ではないか」と分析しています。
西野正巳・高橋和夫が語る中東危機の今後の見通し
番組に出演した防衛研究所政治・法制研究室長の西野正巳氏と、国際政治学者の高橋和夫氏は、今後の中東情勢について慎重な見方を示しました。
西野氏は、イランが停戦に応じた理由について「イランにとってほとんど勝ち目のない戦いだった。イスラエル軍との戦いで圧倒的に劣勢にあったのに加えて、さらに米軍まで入ってきた。ひたすら負け続けるだけなので停戦に応じた」と明確に分析しています。
一方、イスラエルについては「本音では停戦に納得していない可能性がある」と指摘し、「イランなどの敵対する諸勢力を相当弱体化させるまでは戦闘を続けることを望んでいたはず」と述べています。そのため、「イラン側に何らかの停戦違反があったとイスラエルが判断できることがあれば、それを根拠に戦闘再開に踏み切る可能性がある」と警告しています。
高橋氏も同様に、「イスラエルは色々な合意を結んでいるが、あまり遵守率は高くない」と過去の事例を踏まえて懸念を表明しています。そして、「トランプ大統領が今回はイスラエルのために戦争に参加するまでやって面倒を見たのだから、俺の言うことを聞けと言ってネタニヤフ首相を抑え込めるかどうかが問題」と今後の鍵を握る要因を指摘しています。
米軍による直接攻撃の意味について、西野氏は「これまでアメリカはイスラエルを支援し続けていたが、軍事的に直接攻撃を支援することはしていなかった。それが入ってきたという点で大きな違いがある」と述べ、心理的なダメージの大きさを強調しています。
イスラエルとイランの停戦は維持されるのか?現地からの最新報告
停戦発効後の現地状況について、テヘラン支局の土屋悠志記者は「停戦の発効後、イラン側では攻撃は収まり静けさを取り戻している」と報告しています。しかし、「イランが停戦を破りミサイルを発射したとするイスラエル側の発表について、イラン側は否定し、早くも双方の主張は食い違っている」と緊張が残っていることも伝えています。
イラン側では、外交や国防を統括する最高安全保障委員会が「敵の言葉を信用しない、指は引き金にかかったまま」として、イスラエルへの警戒を崩していません。一方で、「イスラエル側よりも遥かに多くの市民が犠牲となっているため、早期の停戦を望んでいたはず」と分析されています。
エルサレム支局の田村佑輔記者からは、「連日イランからのミサイルの脅威に怯えてきたイスラエルの市民も停戦の知らせを受けてまずは安堵している」と報告されています。市民の一人は「これで夜に安心して眠れるようになります」と話していたとのことです。
ネタニヤフ首相は「今回の軍事作戦でイランの核とミサイルの脅威を排除した」と成果をアピールしていますが、田村記者は「国民の多くはイランの脅威が完全になくなったとは思っておらず、再び軍事衝突が起きるのではないかという不安も聞かれた」と現地の複雑な心境を伝えています。
実際に、停戦発効後もイスラエルの国防省は「イランからミサイルが発射された」として反撃を表明しており、停戦の維持について予断を許さない状況が続いています。
ワシントン支局の戸川武記者は、「トランプ大統領は停戦を破るなとSNSで警告しており、停戦の維持が簡単だとは考えていないことも伺える」と分析しています。今後については、「アメリカが中東での終わりなき戦争に巻き込まれるのではないかという懸念の声も国内で上がる中で、大規模な軍事衝突は避けたいという思いを滲ませてきた」として、トランプ政権の慎重な姿勢を指摘しています。
まとめ
2025年6月のアメリカによるイラン核施設への大規模攻撃は、中東情勢の大きな転換点となりました。トランプ大統領の決断は、イランの核開発阻止という明確な目標と、長期的な軍事作戦を避けたいという思惑が交錯した結果でした。
バンカーバスターを使用した攻撃により、フォルドゥなど3つの核施設に甚大な被害を与えましたが、イラン側の事前の資材移送により、完全な破壊には至らなかった可能性があります。それでも、アメリカの決意を示すという政治的効果は十分に発揮されたと専門家は分析しています。
急速に実現した停戦合意ですが、その維持については楽観視できない状況です。イスラエルの本音では戦闘継続を望んでおり、イランとの間で停戦違反の主張が早くも対立しています。今後の鍵は、トランプ大統領がイスラエルに対してどれだけ影響力を行使できるかにかかっています。
中東危機の根本的な解決には、核開発を巡る外交交渉の再開と、ガザ情勢の安定化が不可欠です。しかし、当面は脆弱な停戦状態が続くと予想され、国際社会は中東情勢の行方を注視していく必要があります。
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