2025年9月3日に放送されたNHKクローズアップ現代「世界が注目”海藻パワー” 大国ニッポンの可能性は?」は、日本の海藻産業が直面する危機と、同時に秘められた巨大な可能性を浮き彫りにしました。世界銀行が発表した海藻市場の成長予測は衝撃的です。2030年までに118億ドル(約1.7兆円)という規模への拡大が見込まれる中、かつて海藻大国と呼ばれた日本の現在地はどこにあるのでしょうか。
クローズアップ現代で明かされた海藻パワーの全貌と日本の現状
番組では、同志社大学ハリス理化学研究所助教の桝太一氏が重要な指摘をしています。「日本というのは、海藻資源に恵まれた国と言っても過言ではない」という言葉の通り、日本周辺の海には数えきれないほどの種類の海藻が生育しています。実際に、地域限定で食べられているものも含めると、日本では50種類ほどの海藻が食用として利用されており、これだけの種類を食べるのは世界的に見ても日本だけという専門家の見解もあります。
しかし、現実は厳しいものがあります。日本の海藻生産量の世界順位は、かつての3位から現在の6位へと下落しています。この背景には、食文化の変化とともに、桝氏が指摘する深刻な問題があります。「日本の海の周りの海の海藻っていうのは、天然の海藻自体が激減している」のです。消費離れと天然海藻の減少という二重苦が、日本の海藻産業を窮地に追い込んでいるのが現状です。
さらに深刻なのは、日本の海藻消費量そのものが右肩下がりで減少していることです。栄養満点でありながら、身近すぎるがゆえに「固定観念が生まれ」、バリエーション不足というネガティブイメージを持たれてしまっています。番組の調査では、海藻を評価している方の半数近くが「バリエーションが少ない」という課題を抱えていることが明らかになりました。
世界が注目する1.7兆円海藻市場「韓国に遅れる日本の危機感」
韓国ノリ7.9億ドル輸出の成功事例
世界の海藻市場で圧倒的な存在感を示しているのが韓国です。韓国産ノリは「黒い半導体」と呼ばれ、国を挙げて増産に取り組んでいます。その結果は数字が物語っています。現在、世界122カ国に輸出され、輸出額は7億9000万ドル(2024年発表)で2年連続過去最高を記録しています。
アメリカのスーパーマーケットでは韓国ノリが山積みされ、現地の広報マネージャーは「韓国のりはアメリカではスナックとして食べるようアレンジされています」と説明しています。健康志向の高まりとともに、海藻が大手スーパーが選出する食のトレンドの1つに選ばれるほど、アメリカでの海藻人気は確実に定着しています。
アメリカで海藻ブームを仕掛ける三木アリッサの挑戦
そんな中、日本からアメリカ市場に挑戦する興味深い事例があります。創業6年のスタートアップ企業(Aqua Theon Inc.)の社長、三木アリッサ氏が手がけた海藻飲料です。天草などの海藻を加工した寒天を液体化し、フルーツで味付けした革新的な商品で、4000回以上の試作を重ねてアメリカ人の好みに合わせました。
三木氏の狙いは明確です。「アメリカの人達って、みんなお菓子食べちゃったり、ポテトチップス食べちゃったりとかして、色々な無駄なカロリーも取っちゃう。寒天が持っているこう満腹感が支えられるなら、もうちょうどいいじゃん」という発想で、海藻の腹持ちの良さを活用した商品開発を行いました。現在、アメリカ国内のおよそ700店舗で販売されており、「日本のこうユニークな技術っていうのはまだまだ眠っていて、海藻、日本の文化を本当に世界にきちんと伝える」という使命感を持って事業を展開しています。
友廣裕一が牽引する日本海藻技術革新「陸上養殖で世界をリード」
シーベジタブルの胞子から育てる独自技術
日本の海藻産業復活の鍵を握る企業として注目されているのが、高知県に拠点を置く海藻専門のスタートアップ企業、シーベジタブルです。友廣裕一氏と蜂谷潤氏によって2016年に設立された同社は、独自に開発した陸上養殖施設でスジアオノリを年間を通して安定して生産しています。
友廣氏は「天然海域だと年1回しか収穫できないのが、何十回収穫できるっていうのはすごくメリットがある」と語り、従来の養殖の常識を覆す技術革新を実現しています。特に注目すべきは、海藻の胞子から育てる世界でも珍しい技術で、すでに30種類以上の海藻の栽培に成功しています。
スジアオノリは鉄分、カルシウム、βカロテン、食物繊維などが豊富に含まれ、栄養価の高さから多くの企業や料理人が買い求める海藻です。しかし、近年の海水温上昇などで天然では取れなくなる地域も出てきていました。シーベジタブルの技術は、こうした環境変化による供給不安を解決する画期的なソリューションとなっています。
ミシュラン星付きレストランが認める品質
シーベジタブルの海藻は、その品質の高さからミシュラン星付きレストラン50店舗以上で採用されています。ミシュランガイドで6年連続一つ星を獲得している相原薫シェフ(Simplicité (サンプリシテ)代官山)は、「スジアオノリの、色が、まあ、すごい綺麗なんですよね。で、香りもいいし、僕たちの料理って結構色合いとか気にする料理なんで、あの緑のこう、ビビッドな色が、うわ、すごいなって思いました」と評価しています。
さらに興味深いのは、海外のシェフからの評価です。友廣氏によると、海外のシェフから「海のトリュフ」という表現でフィードバックをもらった際に、「青ノリっていう概念にめっちゃとらわれてたな」ということに気づき、「世界中の料理に、使ってもらえるんじゃないか」という新たな可能性を発見したといいます。この発想の転換が、シーベジタブルの国際展開への道筋を開いています。
桝太一が解説するブルーカーボン効果「二酸化炭素35万トン吸収の実力」
渡邉敦が語る日本モデルの世界的意義
海藻のもう一つの重要な価値が、地球温暖化対策としてのブルーカーボン効果です。笹川平和財団海洋政策研究所特任研究員の渡邉敦氏は、この分野での日本の先進性を強調しています。2024年に日本が国連に報告した35万トンという数字は、海藻が住む場所である藻場の天然のブルーカーボン量として世界初の報告でした。
渡邉氏は「日本の科学、それからその政策が両輪となって、報告に至った」と評価し、これからの日本モデルの可能性について語っています。実際に、日本政府は地球温暖化対策の計画で、ブルーカーボンの量として2035年までに100万トン、2040年には200万トンという野心的な目標を掲げています。
しかし、天然の藻場だけでは限界があります。渡邉氏の説明によると、過去30年で藻場は半分に減少しており、すべて回復したとしても70万トンにとどまります。目標達成のためには養殖の拡大が鍵となり、「天然の藻場を再生するのと養殖を増やすという、その2つを両輪で進めてく」ことの重要性を指摘しています。
小西照子教授の最新研究成果
ブルーカーボン研究の最前線で活躍するのが、琉球大学農学部の小西照子教授です。同教授の研究チームは、海藻がどれだけの二酸化炭素を吸収しているかを海底の土の成分を分析して解明しようとしています。
小西教授が注目するのは、海藻に含まれるフコイダンです。「炭素、炭素って言っててね。その物質は一体何なのかっていうのが議論してないので、これで初めて明らかになってくれれば、ちょっと競争になってきてるかなと、世界でね。だからあんまりうかうかやってられないな」という言葉からは、国際的な研究競争の激しさと、日本の研究が世界をリードする可能性への期待が伝わってきます。
海藻が吸収した二酸化炭素は炭素となり、海底に堆積して長期間土の中に残ります。このブルーカーボンが地球温暖化対策の切り札になると注目を集める中、小西教授の研究は科学的根拠の確立という重要な役割を担っています。
海藻料理研究家大山浩輝が提案する「バリエーション不足」解決策
茂田正和が広める海藻料理教室の人気
海藻のイメージ改革に取り組む料理の専門家たちの活動も注目に値します。化粧品ブランドディレクター兼料理教室講師の茂田正和氏は、海藻を使った栄養価の高い料理の魅力を多くの人に伝える活動を行っています。
茂田氏の料理教室では、ひじきとホヤのご飯や、サワラの海藻蒸しなど、従来の海藻料理の概念を覆すメニューが提供されています。参加者からは「食べ比べてみるとそれぞれの海藻が違う味がある」「これだけ海を食べるのってあまりないですもんね」という声が聞かれ、海藻への新たな認識が広がっています。茂田氏は「海藻って、本当に、実はすごく、料理の仕方によって個性が輝く料理ってたくさんあって、海藻の魅力っていうのを、多くの方に伝えられたらいいな」と活動への想いを語っています。
番組でスタジオ料理を担当した海藻料理研究家の大山浩輝氏も、海藻の可能性を広げる重要な役割を果たしています。同氏が提案した「3種類の海藻を使ったサラダ」「モズクのそうめん」「ワカヒジキのセビーチェ」は、海藻を主役とした革新的な料理として注目を集めました。特にペルーの伝統料理であるセビーチェに海藻を取り入れたアイデアは、桝氏から「意外な組み合わせというか、合いますね」「海外のお料理にも合うというのを、ぜひ広めていきたい」という評価を得ています。
観光資源としての昆布ツアー事業化
海藻の活用は食用にとどまりません。全国有数の昆布の産地である函館市が事業化を目指している昆布ツアーは、海藻を観光資源として活用する先進的な取り組みです。特産の昆布漁を見学し、昆布のコース料理を堪能した後、昆布がたっぷり入ったお風呂での入浴体験まで楽しめる総合的なプログラムとなっています。
さらに、昆布オイルを使った肌に塗り込むエステまで提供されており、昆布の保湿や免疫力向上効果を活用した新たなビジネスモデルとして注目されています。こうした取り組みは、海藻を「食べるもの」から「体験するもの」へと拡張する画期的なアプローチといえるでしょう。
まとめ
クローズアップ現代で明らかになったのは、日本の海藻産業が「ピンチでありチャンスでもある」現状です。世界市場1.7兆円という巨大な成長が見込まれる中、韓国の成功事例や三木アリッサ氏のような革新的な取り組み、そして友廣裕一氏率いるシーベジタブルの技術革新は、日本の海藻産業復活への希望を示しています。
特に重要なのは、桝太一氏が指摘する通り、海藻という「素晴らしい財産、資源を持っている国」として、日本人自身が海藻の価値を再認識することです。渡邉敦氏の示す2040年200万トンというブルーカーボン目標や、小西照子教授の最先端研究、大山浩輝氏や茂田正和氏による食文化革新の取り組みは、すべて日本の海藻産業の新たな可能性を切り拓く重要な要素となっています。
海の見えない部分で起きているピンチを正しく理解し、同時に到来しているチャンスを最大限活かすことができれば、日本は再び真の「海藻大国」として世界をリードできるはずです。
※ 本記事は、2025年9月3日に放送されたNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
※ 友廣裕一共同代表の「シーベジタブル」に関連した記事はこちら
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