2025年11月10日放送(NHK)の「クローズアップ現代」で取り上げられた「関西生コン事件」。延べ89人もの労働組合員が逮捕されながら、無罪判決が相次ぐという異例の事態が起きています。この記事では、労働組合の活動はどこまで認められるのか、有罪と無罪の分かれ目はどこにあるのかを詳しく解説します。読むことで、働く人の権利と労働組合の重要性を改めて考えるきっかけが得られます。
関西生コン事件とは?89人逮捕から相次ぐ無罪判決まで
関西生コン事件とは、生コンクリートを運搬する運転手などが所属する労働組合「全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部」(通称・関生支部)の組合員らが、2018年から1年あまりの間に延べ89人逮捕され、80人が起訴された一連の事件です。
団体交渉やストライキなど、本来憲法で保障されている組合活動が、威力業務妨害や恐喝などの犯罪にあたる疑いがあるとして摘発されました。しかし、その後の裁判では有罪が確定したケースがある一方で、2025年11月時点で12人の無罪が確定するなど、異例の事態となっています。
この事件の背景には、労働組合の活動がどこまで正当なのかという根本的な問題があります。特に関生支部のような産業別労働組合の活動範囲や手段について、警察・検察と裁判所の判断が大きく食い違っている点が注目されています。
なぜ無罪が相次ぐのか?労働組合活動の正当性を巡る判断
無罪判決が相次いでいる理由は、裁判所が労働組合の活動に対して憲法で保障された労働三権(団結権、団体交渉権、ストライキ権)を重視した判断を下しているためです。
元立命館大学学長で労働法が専門の吉田美喜夫氏は、番組内で「1人1人の労働者は経営側と対等ではない」と指摘しました。そのため、ストライキのように事業の運営を阻害する行為であっても、正当な場合には「刑事免責」として刑事責任が問われないのです。
実際、2025年2月には京都地裁で関生支部の委員長らに無罪判決が言い渡され、懲役10年を求刑されていた事件でも裁判所は検察の主張を全て退けました。裁判所は「ストライキには交渉のために経営側に圧力をかけることが当然に含まれている」と認定し、労働組合活動の正当性を明確に示しています。
有罪と無罪の分かれ目:威力業務妨害と正当な団体交渉の線引き
では、有罪と無罪はどこで分かれるのでしょうか。大阪放送局の井上直樹記者によると、「組合活動の手段が社会的に見て行き過ぎかどうか」がポイントとなります。
有罪となったケースでは、ストライキの際に道路上で車の前に立ちはだかり、渋滞を引き起こして交通の安全に支障を生じさせるなど、「いくらなんでもやりすぎ」と判断される行動がありました。起訴された10人全員が有罪となり、大阪高裁は「労働条件を改善しようとする目的があったことは認められるものの、説得活動としては大きく限度を超えている」としました。
一方で、強い言葉や行動があっても、暴力を伴わない限りは行き過ぎではないとされ、無罪となるケースも出ています。重要なのは、裁判では組合が起こした行動の目的そのものの妥当性は否定されていないという点です。つまり、労働者の権利を守るという目的は正当だが、その手段が社会的に許容される範囲を超えたかどうかが判断基準となっているのです。
無罪判決の事例①吉田修さんのケース「就労証明書を巡る交渉」
2025年5月に無罪判決が確定した吉田修さんのケースは、労働組合の基本的な活動が犯罪とされた典型例です。
吉田さんは普段ミキサー車の運転手として、1日ごとに雇用契約を結ぶ「日々雇用」で働いています。2019年6月、強要未遂の容疑で逮捕されましたが、きっかけは新たに関生支部に加入した組合員の会社へ団体交渉を求めたことでした。
会社側は団体交渉を拒否し、さらに組合員の子供が保育園に通うために必要な就労証明書の発行も拒否しました。吉田さんらが就労証明書のひな形を持って訪れ、たびたび発行を求めたところ、検察は別の日に来た組合員がどなり、就労証明書を机に叩きつけたとして、強要未遂に問うたのです。
これに対し、組合側の弁護士・久堀文氏は「子供を保育所に預けられないとその労働者は今まで通りの日数は働けない。労働条件の維持向上のために労働組合として交渉するのは当然の活動」と主張しました。
大阪高裁は吉田さんに無罪を言い渡し、その後確定しました。判決では就労証明書の発行について会社の義務を認め、組合の要求は正当な目的があったとしたのです。
無罪判決の事例②武谷新吾さんのケース「元暴力団員送り込みへの抗議」
関生支部の副委員長だった武谷新吾さんのケースは、より衝撃的です。組合側が不当な圧力を受けたにも関わらず、組合員が逮捕されたのです。
武谷さんたちがある経営者団体に交渉を求めた数か月後、元暴力団員が組合の事務所周辺を徘徊し、組合員の車を撮影するという事態が発生しました。経営側が元暴力団員を差し向け、圧力をかけてきたのです。
武谷さんたちは組合活動が脅かされたとして経営側に謝罪を求めに向かい、4時間半にわたって抗議しました。しかし、和歌山県警公安課はこの謝罪を求める行為を強要未遂などに当たると判断し、武谷さんを逮捕したのです。
大阪高裁の判決は無罪でした。「元暴力団員らによる圧力などが関生支部の団結権を大きく脅かすものであることは明らか。抗議などに赴くことは正当な行為だ」と認定したのです。
しかし、逮捕から無罪確定まで4年の年月がかかった武谷さんは、誹謗中傷を受け、長男はいじめを受けて診療内科に通うようになり、妻とは離婚し、子供とも離れて暮らすことになりました。「たとえ無罪になっても戻れない。その期間はもう取り戻せない」という言葉が重く響きます。
有罪判決となったケース:ストライキ活動の限度超え
一方で、有罪が確定したケースもあります。組合員たちが賃上げなどのためのストライキへの参加を求めた際、道路上で車の前に立ちはだかり、組合員ではない運転手にも業務を辞めるよう要求した事件です。
警察はこの活動が威力業務妨害にあたるとしました。組合側は「経営側が約束していた労働条件の向上が一向に実現されない中、団体行動には正当性があった」と主張しましたが、起訴された10人全員が有罪となりました。
大阪高裁は「労働条件を改善しようとする目的があったことは認められるものの、説得活動などとしては大きく限度を超えていると言わざるを得ない」と判断しました。つまり、目的は正当でも手段が行き過ぎていたということです。
この判決は、労働組合活動の自由が無制限ではなく、社会的に許容される範囲内で行われる必要があることを示しています。
警察の捜査手法と「関生支部を潰す」という目的
番組では、警察の捜査手法についても検証されました。京都府警の関係者は捜査を始めた理由について「生コン業者から実際押し掛けられている、なんとかしてくださいという相談があった」と語りました。
しかし、より衝撃的だったのは、捜査にあたった警察OBの証言です。「言い方悪いけど、関生支部を叩き潰す。存続できないように壊してしまえばもうそれで復活できない。それが目的なので」と明言したのです。
さらに、被害者側と位置付けられた生コン会社経営者の久貝博司さんは「解決金が恐喝になったという話は1回もなかった。僕らは最初からそういう認識でそういう対応してきた。団体交渉が違法だと言ったことも、ストライキが違法だということも一度もなかった。俺らは合法だと思ってずっとやってんねん」と証言しました。
つまり、当事者である経営者自身が正当な組合活動だと受け止めていたにもかかわらず、警察が介入したケースもあったのです。
2025年4月、国会で問われた警察庁の担当者は「一部について無罪が確定したことは真摯に受け止める必要がある」と述べましたが、先月の民事裁判では「警察の捜査について賠償しなければならないほどの違法性は認められない」として組合側の訴えを全面的に退けています。
労働三権と産業別労働組合の重要性【吉田美喜夫氏解説】
吉田美喜夫氏は、この事件について「労働組合が積極的に保護されているこの日本で、組合活動に対して大掛かりな刑事責任が追求されるということは一体どういうことなんだろう」と疑問を呈しました。
特に近年、パートや派遣、さらにはフリーランスで働く人たちが増えており、特定の企業で長く働かない可能性があります。そうすると企業別組合はマッチせず、産業別の組合というものが意味を持ってくると指摘します。
関生支部は、同じ業界の中で働く労働者が団結して経営側に対して交渉を行う産業別労働組合です。時には組合員が働いていない会社にも団体交渉を実施し、業界全体の賃上げや労働条件の改善を求めます。こうした組合活動の結果、大阪の生コン価格は東京を上回る高値で推移し、その利益は組合員を含む業界内に還元されてきました。
裁判では、個人が会社の枠を超えて団結する産業別労働組合が、組合員がいない労使関係がない会社に働きかけることについても、許されるべきだとする判断が示されています。
2019年には労働法学者78人が「憲法で保障された労働組合の活動が脅かされかねない」と重大な懸念を表明し、適正な捜査や審理を求めました。吉田美喜夫氏もその1人でした。
労働者の権利を守るために今考えるべきこと
吉田氏は「働く人々が労働組合を通じて使用者と対等な立場で交渉するということは、公正な形で労働条件を改善し、経済発展にもつなげる最善の方法の1つ」と強調します。
確かに日本でも近年賃上げが実現していますが、その及ぶ範囲は限られていますし、物価の上昇に追いついていません。そう考えると、労働組合の可能性について改めて考える必要があるのではないでしょうか。
また、取材の中で明らかになった警察関係者の声も重要です。「かつては労働運動が盛んだった時期は、組合活動の正当性を理解する捜査員も少なくなかったが、労働運動が衰退して、捜査する側も知識や経験を培う機会が減少している。正当な労働組合の活動と犯罪行為の境界線を見極める力が弱まっているのではないか」という懸念が出ていました。
少なくとも無罪になった事件の捜査については、結果として憲法で保障された労働者の権利に照らした裁判所の判断とずれがあったことは否めません。労働組合が行う活動が違法なのかどうか、捜査機関側には今後より慎重に見極めていくことが求められています。
まとめ
関西生コン事件で相次ぐ無罪判決は、労働組合の活動がどこまで正当なのかという根本的な問いを私たちに投げかけています。
延べ89人逮捕、80人起訴という大規模な摘発でしたが、現時点で有罪10人、無罪12人確定という結果は、警察・検察の判断と裁判所の判断に大きなずれがあったことを示しています。
労働者としてどこまで権利が認められるか、その線引きは確かに難しい問題です。しかし、吉田美喜夫氏が指摘するように「あくまでも労働組合と使用者との間の問題だと捉えて、団結権の尊重、そして労使自治を尊重する立場から考えていくことが大切」なのです。
働き方が多様化する現代だからこそ、産業別労働組合のような新しい形の労働運動の意義を見直し、働く人の権利を守る仕組みについて、私たち一人一人が考える必要があるのではないでしょうか。
※ 本記事は、2025年11月10日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。




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