「ヤバい」「エグい」だけで感情を表現していませんか?NHK「クローズアップ現代」で取り上げられた感情リテラシーの低下が、犯罪や暴力の増加に関連していることをご存知でしょうか。法政大学の渡辺弥生教授が提唱する「感情の言語化」の重要性と、その教育法について詳しくご紹介します。感情リテラシーを高めることで、子どもたちの未来を守り、より豊かなコミュニケーションが実現できるのです。
感情リテラシー不足が招く社会問題と渡辺弥生教授の警鐘
2025年4月16日にNHKの「クローズアップ現代」で放送された「”ヤバい・エグい”は危険!? 注目される感情リテラシー」という特集が大きな反響を呼んでいます。この番組では、法政大学教授の渡辺弥生氏が提唱する「感情リテラシー」の重要性が取り上げられました。
感情リテラシーとは、自分の感情に気づき、理解し、適切に表現できる能力のことです。最近、若者の間で「ヤバい」「エグい」「ダル」などの短い言葉だけで感情を表す傾向が強まっており、これが社会問題につながっている可能性が指摘されています。
特に注目すべきは、感情リテラシーの低下と犯罪の関連性です。番組では、闇バイトの被害額が過去最悪を更新し、校内暴力も令和5年度には10万8,000件と過去最多になっていることが報告されました。渡辺教授によれば、自分の感情をうまく言語化できないことが、これらの問題の一因となっている可能性があるのです。
「ヤバい」「エグっ」「ダル」だけでは伝わらない感情の複雑さ
人間の感情は実に複雑で、大雑把に分けても100種類以上あると言われています。しかし、現代の若者たちの会話では「ヤバい」「エグい」「ダル」などの短い言葉だけで様々な感情を表現する傾向があります。
例えば、「ヤバい」という一言だけで、喜び、怒り、悲しみ、驚きなど、まったく異なる感情を表現してしまうことがあります。このように限られた言葉だけで感情を表現すると、自分自身の感情を正確に理解することも、他者に伝えることも難しくなります。
渡辺弥生教授によれば、デジタル化の進展により文字媒体でのコミュニケーションが増え、「ヤバい」などの短い言葉でのやり取りが増加したことや、家族でのコミュニケーション不足が感情リテラシーの低下につながっているとのことです。また、スマートフォンの使用時間と語彙力には関連性があり、高校生では1日2時間以上スマートフォンに触れていると語彙力が低下する傾向が見られるとのデータも紹介されました。
犯罪と感情の言語化能力の関係性 – 刑務所での調査結果から
番組では、佐賀少年刑務所や川越少年刑務所の受刑者たちの証言が紹介されました。特に闇バイトの「出し子」として逮捕された25歳の受刑者は、犯行時に何も感じていなかったと語り、自分の感情を「ヤバい」としか表現できなかったと述べています。また、複雑な家庭環境で育ち、感情を表に出すことがほとんどなかったとも振り返っています。
専門家と共に刑務所や少年院を対象に行われたアンケート調査では、287人の回答者のうち、「自分の気持ちがわからないと思う時がある」という質問に対して、「いつもそうだ」「大体そう」と答えた人が35.6%、「どちらとも言えない」が22.4%という結果が出ています。
さらに、受刑者の多くが「誰かに悩みを相談することをほとんどしない」「全くしない」と答えており、その割合は半数以上に上りました。龍谷大学矯正・保護総合センターのセンター長である浜井浩一氏は、「自分の気持ちや自分がどんな状況に陥っているのかをうまく表現できない、あるいは突き詰めて自分自身理解して考えようとしていない」ことが闇バイトの特徴だと分析しています。
言葉のバブルとは?感情を適切に表現するためのトレーニング
感情を適切に表現するためのトレーニング方法として、番組では「言葉のバブル」という教材が紹介されました。これは、様々な感情を表す言葉を集め、その強さによって並べ替えるというものです。
例えば、怒りの感情を表す「言葉のバブル」には、「激怒」「烈火のごとく」などの言葉が含まれており、怒りの強さに応じて順番に並べていきます。このトレーニングを通じて、怒りにも様々な段階があることや、人によって言葉から感じる感情の強さが異なることを学ぶことができます。
また、法政大学の渡辺弥生教授は、感情のグラデーションを色分けしたカードも活用しています。例えば、赤いゾーンはエネルギーが高く不快な感情を表し、その中から「うろたえる」などの具体的な感情を当てるゲームを通じて、感情リテラシーを高めることができるのです。
ヒューマンハーバーそんとく塾の感情リテラシー教育と再犯率ゼロの実績
佐賀少年刑務所では、ヒューマンハーバーそんとく塾の原田公裕塾長が開発した教育プログラムを導入しています。このプログラムでは、「言葉のバブル」などを用いて受刑者の感情を適切な言葉で表すトレーニングを行っています。
このトレーニングでは、人が失敗する原因の一つに「人の気持ちを考えずに発言すること」があること、そして「人と自分の受け取り方が違うことを意識していない」ことを学びます。悪意があるわけではなく、自分の習慣になっているために気づかないという点に焦点を当てています。
この教育プログラムは刑期を終えた人にも提供されており、6年前からスタートした講座を終了した53人全員の再犯率は0%という驚異的な成果を上げています。講座修了生は「『きつい』とか『だるい』とかの言葉で生活していたが、今はもっと具体的な言葉を使えば感情が伝わることがわかった」「具体的に説明することで相手からの言葉も引き出せる」と語っています。
大阪市立南市岡小学校の取り組み – 校内暴力が激減した感情教育の効果
大阪市立南市岡小学校では、子どもたちの感情リテラシーを育むための独自の取り組みを行っています。この学校では、アメリカの大学で開発された多様な感情を表す「ムードメーター」をイラスト化した「気持ちの言葉のマップ」を活用しています。
この取り組みが始まったきっかけは、学校で頻発していた校内暴力でした。年間100人以上が怪我をした年もあったといいます。木村幹彦校長は「気に入らないことがあったら物を投げる、先生がやめなさいと言ったら先生を叩くという状態だった」と当時を振り返ります。
感情リテラシー教育の効果は顕著で、子どもたちは自分の気持ちを数値化して表現したり、友達との問題を自分たちで解決しようとする姿も見られるようになりました。アオイさんという生徒は、掃除の協力を呼びかけた際に相手に命令と捉えられてしまったことを反省し、「優しく言おうとした」と自分の言葉を見つめ直すことができるようになりました。
家庭でできる感情リテラシーの育み方 – 渡辺弥生教授のアドバイス
渡辺弥生教授は、家庭でも感情リテラシーを育むことができると説明しています。特に子どもが喧嘩をして泣いて帰ってきた場合、親がすぐに怒ったり悲しんだりするのではなく、まず子どもの気持ちに寄り添うことが大切だと言います。
「喧嘩してどうしようかなって気持ちになるよね」と共感することで、子どもは「お母さん、お父さんがわかってくれる」と感じ、もっと話そうという気持ちになります。そして「ただ仲良くしなさい」という抽象的なアドバイスではなく、「明日、朝一番に昨日言い過ぎたって言おうかな」など、具体的な提案をすることが効果的です。
渡辺教授によれば、自分の感情を聞いてもらうことで自己肯定感が高まり、相談しやすい気持ちが育まれるとのことです。家庭だけでなく、学校や地域など様々な場で子どもの感情を受け止める環境を作ることが、感情リテラシーを高める上で重要だと強調しています。
まとめ:感情の言語化能力を高め、豊かなコミュニケーションを実現するために
感情リテラシーの低下は、闇バイトの増加や校内暴力の激化など、様々な社会問題につながっている可能性があります。しかし、佐賀少年刑務所のヒューマンハーバーそんとく塾の取り組みや大阪市立南市岡小学校の実践例が示すように、適切な教育によって感情リテラシーを高めることは十分に可能です。
渡辺弥生教授が提唱するように、感情を言語化する能力を高めることは、自分自身の感情を理解し、他者とより良いコミュニケーションを取るために不可欠です。「ヤバい」「エグい」「ダル」といった限られた言葉だけでなく、多様な感情表現を身につけることで、私たちはより豊かな人間関係を築くことができるでしょう。
家庭や学校、地域社会など、様々な場所で感情リテラシーを育む取り組みが広がることを期待します。そして、一人ひとりが自分の感情を大切にし、適切に表現できるような社会を目指していきましょう。
※本記事は、2025年4月16日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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