2025年10月8日放送のNHK「クローズアップ現代」で明らかになった、みちのく記念病院の衝撃的な実態。殺人事件隠蔽、認知症医師による死亡診断書偽造、幽霊医師の存在…。なぜこれほどまでの異常事態が放置されてきたのか?この記事では番組内容を詳しく解説し、私たちの社会が抱える精神医療の構造的問題まで深く掘り下げます。読み終えた後、あなたは医療現場の闇だけでなく、地域社会全体で考えるべき課題が見えてくるはずです。
みちのく記念病院の殺人事件隠蔽とは?事件の全貌
青森県八戸市にある「みちのく記念病院」で、信じがたい事件が明るみに出ました。2025年2月、元院長の石山隆被告と弟で医師の石山哲被告が、犯人隠避の罪で警察に逮捕されたのです。
事件が起きたのは2年前(2023年頃)、病院2階の療養病棟207号室でした。深夜、消灯後のこと。アルコール依存症で入院していた患者が、隣のベッドで寝ていた認知症の男性患者の顔を歯ブラシで何度も突き刺し、殺害したのです。加害者は裁判で「身体拘束が嫌だった。誰かを殺すしかないと思った」と証言しています。
ここで問題なのは、事件そのものだけではありません。元院長らがこの殺人事件を警察に通報せず、死因を「肺炎」とする虚偽の死亡診断書を遺族に渡していたのです。病院の評判を守るため、患者の命よりも組織防衛を優先した──この事実は、医療機関としての存在意義すら問われる重大な背信行為と言えるでしょう。
病床数約400床、そのうち6割以上を精神科が占めるこの病院は、認知症や依存症など、他の医療機関が受け入れを断るような患者を多く受け入れてきました。しかしその「受け皿」としての役割の裏で、想像を絶する実態が隠されていたのです。
「みとり医」認知症の医師が死亡診断書を偽造していた実態
番組で最も衝撃的だったのが、「みとり医」と呼ばれる存在です。病院関係者の証言によれば、病院は休日や夜間の患者の看取りのために、高齢で重度の認知症を患っている医師を敷地内に住まわせていたといいます。
この「みとり医」は7年ほど前から2025年春まで、少なくとも3人が存在していました。中には聴診器すら当てられない医師もいたというのです。他の職員から「このように診断書を作成してくれ」と言われた通りに書く、あるいは職員が手を添えて死亡診断書を書くことも珍しくなかったと証言されています。
さらに驚くべきことに、殺人事件に関わったみとり医名義の死亡診断書は200人分以上見つかっており、その7割以上が「肺炎」とされていました。これは単なる杜撰な管理ではなく、組織的な死因の書き換えが行われていた可能性を示唆しています。
医師としての判断能力を失った認知症の医師に診断書を書かせる──このような行為は医師法違反であり、亡くなった患者とその家族の尊厳を踏みにじる行為です。正確な死因が記録されなければ、医療の質の向上も、再発防止も不可能になります。
病院内に蔓延していた「幽霊医師」と定員超過の深刻な問題
「みとり医」だけではありません。病院には「幽霊医師」の存在も常態化していました。病院関係者によれば、常勤医師が13名在籍していることになっていましたが、実際に出勤していたのは6名のみ。残りの7名は「全く誰のことか見当もつかない」状態だったといいます。
医師不足を書類上だけで補い、実態とかけ離れた人員配置を報告していた──これは明らかな虚偽報告です。現場の看護師からは「患者さんが急変したのに、主治医と連絡が取れたのは2時間近く経ってから。その患者さんは翌日亡くなった」という痛ましい証言も出ています。
さらに深刻なのが、定員超過での患者受け入れです。現職の看護師は「廊下にベッドが並んでいたり、床で寝ていたりした」「院長や石山哲医師に定員オーバーを訴えても、入院を受け入れ続けた」と証言しています。
適切な医療を提供するには、医師・看護師の配置基準があります。それを無視して患者を詰め込めば、一人ひとりに目が届かず、医療の質は著しく低下します。現場の看護師が「身体拘束をしなければ大変な日もあった。いつも限界だった」と語るように、無理な受け入れのしわ寄せは最も弱い立場の患者と現場スタッフに集中していたのです。
元院長・石山隆と弟・石山哲の関与と裁判での証言
この病院を運営してきたのが、元院長の石山隆被告です。2025年9月に開かれた裁判で、石山被告は起訴内容を認め、隠蔽しようとした理由をこう語りました。
「病院の評判が悪くなるのを避けたい。病院を守りたいという誤った気持ちがあった」
一見、反省の言葉のように聞こえますが、よく考えてください。患者の命が奪われ、遺族が真実を知らされないまま葬儀を行い──その深刻さよりも「病院の評判」を優先したのです。医療者としての倫理観の欠如を端的に示す発言と言わざるを得ません。
弟の石山哲被告も医師として病院に勤務しており、定員超過を訴える看護師の声を無視して入院を受け入れ続けていたことが証言されています。兄弟で病院を運営する中で、チェック機能が働かず、むしろ問題を隠蔽する方向に力が働いてしまった構図が見えてきます。
番組では、NHK記者が石山隆元院長を直撃する場面もありました。「患者を最優先して医療を提供していたとお考えですか?」という問いに、元院長は何も答えませんでした。その沈黙が、すべてを物語っているのではないでしょうか。
新型コロナ検査すり替えと死因書き換えの衝撃
驚くべきことに、新型コロナウイルス感染症に関しても、組織的な隠蔽が行われていました。
病院関係者の証言によれば、保健所から「新しく熱を出した患者にコロナ検査をしてください」と指示があり、看護師が検体を採取しました。しかしそれを提出しようとしたところ、看護師長が院長に呼び出され、「馬鹿正直に本人から採ったのか? 別の、熱が出ていない患者から順に採ってすり替えろ」と叱責されたというのです。
実際に、コロナで亡くなった患者の死因が書き換えられたケースも明らかになりました。番組では、父親を病院で亡くした三浦一男さんが登場しました。認知症だった父・蓮海さん(89歳)の死亡診断書には「肺炎」と記載されていましたが、取材班が入手した、破棄される予定だったもう1枚の診断書には「新型コロナ陽性」と書かれていたのです。
三浦さんは「どうせ素人の家族には分からないと思って都合よく書いた。憤りを感じる」と語っています。カルテを開示請求して確認したところ、父親には解熱剤や咳止めなど対症療法のみで、抗ウイルス薬などコロナに対する適切な治療は行われていませんでした。
東京臨海病院でコロナ患者3000人以上を診察した山口朋禎副院長は、このカルテを見て「抗ウイルス薬の使用経験がないなら、家族に説明するか、転院させる選択肢があったはず。それがなされていないのは残念」とコメントしています。
この時期、病院の受付ロビーには知事からの感謝状が山のように飾られていたといいます。しかしその裏で、検査のすり替えや死因の改ざんが行われていた──この矛盾こそ、この病院の本質を象徴しているのではないでしょうか。
なぜブラックボックス化?精神科医・高木俊介氏が指摘する構造的問題
番組では、精神科医として40年のキャリアを持ち、20年間精神科病院での勤務経験がある高木俊介氏が、この問題の背景を解説しました。
高木氏は開口一番「ひどい話だが、正直言ってまたかという気持ちがある。40年間、何らかの精神科病院の不祥事が繰り返し起こってきた」と語ります。これは一病院の問題ではなく、精神科医療全体に内在する構造的問題だというのです。
その要因として高木氏が指摘するのが、第一に「国の隔離収容政策」です。日本には現在30万床もの精神病床があり、5つのベッドに1つが精神科──これは世界でもダントツの多さです。戦後の高度成長期に、経済成長に邪魔になる障害者を隔離収容するため、国が精神病院建設を援助し、少ない人手で運営できるよう医師・看護師の配置基準を低く設定した結果なのです。
第二の要因が「差別と偏見の助長」です。隔離収容政策によって精神障害者が社会から見えなくなり、「遠くの密室である精神病院に閉じ込められている危険な人たち」という差別意識が作られてきました。
高木氏自身も若い頃、家族や保健所の依頼で強制的に往診に行き、入院させることをしていたといいます。「今思えばひどいことをしたが、当時は地域で感謝された。いいことをしていると思っていた」という証言は、社会全体がこのシステムを支えてきた事実を浮き彫りにします。
この構造的問題がある限り、「みちのく記念病院」の問題を解決しても、「次のみちのく病院」が生まれてしまう──高木氏の警告は重く受け止めるべきでしょう。
「最後の砦」と呼ばれる地域の切実な実情
しかし、この問題をより複雑にしているのが、地域における「最後の砦」としての役割です。番組では、認知症の母親を3年前にみちのく記念病院で亡くした細越由美さんが登場しました。
母・英子さん(90歳)は足の骨折をきっかけに自宅での生活が難しくなり、市内の日赤、市民病院、労災病院で手術を受けましたが、どこも長期入院は受け入れてくれません。「病院付きの老人施設へ行ってください」と言われ、いくつも電話しましたが「空きがない」「3ヶ月しか置けない」という返答ばかり。認知症が進行した後、受け入れてくれたのはみちのく記念病院しかなかったのです。
細越さんは「八戸では決まっているような感じ。最後はもうみちのく」と語ります。取材に応じた現職看護師も「結局みんなが自分たちのところを回すために存在しているのがみちのく。最後の砦だったとしても、なぜこうなったのか、家族も、病院も、行政も、みんながちゃんと考えてほしい」と訴えています。
住民や病院関係者の中には「必要悪」という言葉を使う人もいました。高木氏は「悪が必要だというおかしな言葉。この言葉を残している限り、次のみちのく病院が作られるだけ」と指摘します。
地域に受け皿がない現実と、病院の異常な実態──この両面を直視しなければ、本質的な解決には至りません。患者を守るという医療の原則と、地域医療の現実的な課題、この両立をどう図るのかが問われているのです。
立ち入り検査の限界と八戸市が模索する改善策
では、なぜこれほどの異常事態が長年放置されてきたのでしょうか。そこには行政のチェック機能の限界がありました。
八戸市保健所は年に1度、市内20の医療機関への立ち入り検査を実施しています。医療法に基づき、医師・看護師の人数、カルテや医薬品の管理状況、院内感染対策など150項目以上を確認しますが、検査日は40日も前に病院に通告され、当日の検査も2〜3時間に限られます。
岩崎郁子副所長は「医療機関と行政の間に信頼関係があってこそ、検査結果が生きる」と語りますが、これは完全に「性善説」に立った考え方です。
病院関係者の証言によれば、みちのく記念病院は毎回、立ち入り検査の前に地下室で嘘を含んだ書類を作成し、看護師の勤務表を差し替え、定員以上の患者は他の病棟にベッドを移動させて隠していたといいます。「なぜ前もって知らせるのか。抜き打ちでやってもらえれば一番いい」という関係者の言葉は、現場の実感でしょう。
事件を受けて、八戸市保健所は改善策を打ち出しました。第一に、病院内の会議議事録などを事前に提出してもらい、医療安全委員会の記録から病院の傾向や問題の兆候を把握する。第二に、検査当日は責任者だけでなく、実際に患者に接している医師や看護師へのヒアリングに力を入れる、というものです。
元院長らの逮捕後、八戸市は青森県とともに臨時で計6回の立ち入り検査を実施。県は2025年9月、病院の運営法人に対し、医師の勤務実態などについて虚偽報告をしていたとして改善措置命令を出しました。
高木氏は「ようやく家族や内部の人が告発の声を上げてくれている。それを性善説や信頼関係という言葉で無駄にしてはいけない。人手が足りないなら広い範囲から集めて抜き打ち検査をすべき」と提言しています。市民と内部の声を活かす──これこそが再発防止の鍵なのです。
地域移行の必要性と今後の課題
では、このようなブラックボックス化した病院を生まないために、何が必要なのでしょうか。国は現在、精神科病院だけに依存せず、本人や家族を地域で支えていく「地域移行」という取り組みを進めています。
高木氏は20年前からクリニック医師として、「ACT(アクト)」という手法で患者を地域で支えてきました。これは重症の精神障害があり、長期入院や入退院を繰り返している人を、訪問看護や福祉などいろいろな職種がチームを組んで、24時間365日、本人・家族のもとを訪問して支える方法です。
一定の成果は出ているものの、「なかなかうまくいかないことが多い」と高木氏は正直に語ります。病院が地域移行に協力的でないこと、地域の施設は質も量もまだ全然足りないこと、周囲の家族や地域住民に「精神障害者は怖い、いてほしくない」という偏見が根強く残っていることが障壁になっているのです。
さらに高木氏が懸念するのは、これから日本社会が高齢化し認知症の人が増えること、複雑な社会の中で認知症の人も精神症状が出やすくなること、発達障害と言われる人たちが成人になった時の支援の問題です。
「精神科の問題を他人事にしてはいけない。何でも地域から排除して病院に任せて解決しようではだめ。地域の皆で専門家も入れて考えていく姿勢が絶対に必要」──高木氏のこの言葉は、私たち一人ひとりに向けられています。
まとめ:みちのく記念病院問題から見える社会全体の課題
みちのく記念病院で起きた殺人事件隠蔽、認知症医師による死亡診断書偽造、幽霊医師、コロナ検査すり替え──数々の異常な実態は、決して一病院だけの問題ではありません。
この問題の根底には、戦後の隔離収容政策によって作られた世界最多の精神病床、それに伴う精神障害者への差別と偏見、そして地域に受け皿がないという構造的課題があります。「最後の砦」「必要悪」という言葉で問題を覆い隠している限り、第二、第三のみちのく記念病院が生まれてしまうでしょう。
今、私たちに求められているのは、精神医療や認知症ケアを「他人事」にせず、地域全体で考えることです。病院だけに押し付けるのではなく、家族、医療機関、行政、そして地域住民が協力して、患者の尊厳を守りながら支える仕組みを作っていく──これこそが、この問題から学ぶべき最大の教訓ではないでしょうか。
クローズアップ現代が明らかにした実態は衝撃的でしたが、それは同時に、私たち社会全体に突きつけられた問いでもあります。これからも注視し続けていく必要があるテーマです。
※ 本記事は、2025年10月8日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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