「いまからサイエンス」で紹介された永井健治教授の光る植物に興味を持ったものの、「どんな技術なのか詳しく知りたい」「本当に実用化できるの?」と疑問をお感じではありませんか?この記事では、電気不要で自ら発光する革新技術の仕組みから開発秘話、医療応用まで詳しく解説します。読み終える頃には、CO2削減と持続可能な未来社会を実現する画期的な科学技術への理解が深まり、環境問題解決への新たな希望を感じていただけるでしょう。
永井健治教授の光る植物とは?生物発光たんぱく質による革新技術
2025年8月6日にBSテレ東で放送された「いまからサイエンス」で大きな話題となった光る植物。この革新的な技術を開発したのが、大阪大学産業科学研究所の永井健治教授です。
永井教授が開発した光る植物は、自然界には存在しない人工的に作られた植物で、電気を一切使わずに自ら光を発することができます。この技術の核心となるのが「生物発光たんぱく質」という特殊なたんぱく質です。
従来の照明技術とは根本的に異なり、植物自体が発光体となることで、将来的には街灯や室内照明の代替として活用できる可能性を秘めています。2025年4月21日~28日に大阪・関西万博で開催された8日間の期間限定展示では、実際の光る植物が公開され、多くの来場者が驚嘆の声を上げました。
技術的には、キノコから抽出した発光遺伝子を植物の遺伝子に組み込む遺伝子組み換え技術を用いています。永井教授は「キノコから必要な遺伝子を全て抜き出して、それらを植物の中に入れる作業」と説明しており、この技術により様々な植物種で発光を実現しています。
特筆すべきは、木のような大きな植物でも発光させることができる点です。実際に永井教授の研究室では、茎と葉脈、葉が光るポプラの木の開発に成功しており、将来的には表参道のケヤキ並木のような大規模な応用も視野に入れています。
いまからサイエンス番組で話題!下村脩先生との技術の違い
永井教授の研究を理解する上で重要なのが、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩先生の発見した「緑色蛍光たんぱく質」との技術的な違いです。
下村先生の蛍光たんぱく質は、紫外線を当てることで光る「蛍光発光」の仕組みです。これは蛍光灯や蛍光ペンと同様の原理で、外部からのエネルギー供給が必要となります。つまり、光らせるためには紫外線照射装置とその電源が不可欠なのです。
一方、永井教授が研究している生物発光たんぱく質は、コンサートでよく見るサイリウムの仕組みと同じです。化学反応により自ら光を発するため、外部からのエネルギー供給は一切必要ありません。ホタルが電気なしで光るのと同じ原理といえば理解しやすいでしょう。
この違いは環境負荷の観点で革命的です。永井教授は「電気を必要としない発光で植物を光らせて、街中、家の中を照らすことができれば電気を使わずにいろんなところを照らせる。つまり、その結果として二酸化炭素を減らせる」と説明しています。
興味深いのは、永井教授が下村先生の研究を深くリスペクトしていることです。実際、下村先生の論文の骨子は生物発光たんぱく質の研究であり、GFP(緑色蛍光たんぱく質)はその研究成果の一部に過ぎません。永井教授は「下村先生の研究を発展させている」という謙虚な姿勢を示しており、科学者としての敬意と継承の精神が感じられます。
シイノトモシビダケから始まった研究開発秘話
永井教授の光る植物研究には、まるで映画のようなドラマチックな開発秘話があります。研究の始まりは2013年。当初は東大阪の町工場で栽培・販売されていた「ヤコウタケ」というキノコから発光成分の解明に取り組んでいました。
しかし、2018年に大きな転機が訪れます。5年間の研究成果を発表する直前に、ロシアの研究グループが先んじて同様の発見を論文として発表してしまったのです。永井教授は「やられたと思いました」と当時の心境を振り返っています。
ここで諦めなかったのが永井教授の研究者魂でした。ロシアの論文をよく読むと、多くのキノコの名前が記載されていましたが、その中に「シイノトモシビダケ」は含まれていませんでした。
運命的だったのは、テレビ番組で六甲山の「シイノトモシビダケ」が光っているニュースを学生が教えてくれたことです。番組制作会社に問い合わせても場所を教えてもらえませんでしたが、Googleで検索すると和歌山県に生息地があることが判明しました。
環境省の施設の協力を得て、永井教授は実際に和歌山まで足を運び、「こんなちっちゃいんですけど、このひとかけらだけ1個だけ取って」研究室に持ち帰りました。この小さなキノコの欠片から、世界を変える可能性を秘めた技術が生まれたのです。
最終的に、シイノトモシビダケから抽出したたんぱく質は、ロシアの研究とは60%程度の類似性しかありませんでした。90%以上の類似性があると特許取得が困難になるため、40%も違うこの発見は独自の特許として認められ、現在の光る植物技術の礎となりました。
ナノランタン技術で実現する20色の発光システム
永井教授の研究はさらなる飛躍を遂げています。2025年冬に発表された「ナノランタン」という技術により、20色という多彩な発光が可能になりました。
この技術の巧妙さは、生物発光たんぱく質と緑色蛍光たんぱく質を組み合わせることで実現されています。キノコ由来の生物発光たんぱく質は緑色に、バクテリア由来は青色に光ります。そこに下村先生が発見した蛍光たんぱく質を連結することで、様々な中間色を作り出すことができるのです。
例えば、青色に光る生物発光たんぱく質に緑色の蛍光たんぱく質を連結すると緑に光るようになります。また、青が半分減って緑が光るようにすると、緑と青の中間色を作ることも可能です。この組み合わせの調整により、紫色から赤色まで幅広いカラーバリエーションを実現しています。
永井教授は「このナノランタンの遺伝子を植物に導入すれば、植物は青色に光るし、紫色に光るし、赤色にも光る」と説明しており、まだ実際の植物での実装は今後の研究テーマとしていますが、技術的な基盤は完成しています。
この多色発光技術の応用範囲は無限大です。バーやレストランでは、青く光るカクテルや料理演出が可能になり、クリスマスツリーのモミの木を直接光らせることでイルミネーション電力を大幅に削減できます。永井教授が「表参道の前に、御堂筋を光らせたい」と語るように、都市景観そのものを革新する可能性を秘めています。
アマテラス顕微鏡で発見されたマイノリティ細胞の重要性
永井教授の研究領域は植物の発光技術だけに留まりません。研究を支える基盤技術として開発したのが「AMATERASU(アマテラス)」と名付けられた光学顕微鏡です。
この顕微鏡の最大の特徴は、2億5000万画素という桁違いの高解像度です。巨大なレンズと超高性能イメージセンサーにより、100万個の細胞を一度に観察することができます。従来の顕微鏡では視野が極めて限定的でしたが、アマテラスでは広範囲を詳細に捉えることが可能になりました。
永井教授の研究哲学で興味深いのは「マジョリティではなくマイノリティを調べることが重要だ」という発想です。多くの研究者が大多数の細胞の平均値から特性を類推するのに対し、永井教授は全体の0.001%以下しか存在しない稀な細胞に注目しています。
実際の研究では、15万個の細胞中でたった数個しか存在しない特殊な細胞が、細胞性粘菌の集合流形成において中心的役割を果たしていることを発見しました。栄養飢餓状態で細胞が生存戦略として集合体を形成する際、その指令を出しているのは極少数の特別な細胞だったのです。
この発見は医療分野での応用可能性を示唆しています。がんの転移や薬剤耐性といった現象も、少数の特殊な細胞が引き起こしている可能性があり、アマテラス顕微鏡によりそれらの「隠れた主役」を発見できる時代が到来しています。
光る植物の未来展望「破壊的創造」が目指す持続可能社会
永井教授が描く未来社会のビジョンは、従来の価値観を根底から覆す「破壊的創造」の思想に基づいています。一般的な「創造的破壊」とは逆の発想で、まず常識や価値観を破壊することから新たな創造が始まるという哲学です。
現在の光る植物技術はまだ観賞用程度の明るさですが、永井教授は10年以内に読書が可能な200ルクス程度の明るさを目標に掲げています。この目標が達成されれば、真っ暗な部屋でも植物の光だけで本を読むことができるようになります。
実用化の展望は極めて現実的です。街路樹をすべて光る植物に置き換えれば街灯が不要になり、店舗内の照明も植物で賄えるようになります。永井教授が「飲む方も光らせたい」と語るように、青く光るカクテルなどの飲食分野への応用も視野に入れています。
環境負荷軽減の効果は計り知れません。全世界の照明電力を植物発光で代替できれば、CO2排出量の大幅削減につながります。しかも植物自体が二酸化炭素を吸収するため、照明機能と環境改善機能を同時に実現する究極のエコシステムとなります。
医療分野での応用も急速に進展しています。肝機能の状態を示すビリルビン濃度を色で判断できる発光たんぱく質を開発し、自宅で簡単に血液検査ができる時代が到来しつつあります。スマートフォンで撮影するだけで健康状態をチェックでき、緑色に変化したら病院受診を促すシステムの実現が期待されています。
がん細胞の可視化技術では、動き回る麻酔なしのマウス体内で、がん組織がどこにあるかをリアルタイムで観察することに成功しています。将来的には、がん細胞表面のたんぱく質に結合する抗体に発光たんぱく質を連結し、静脈注射により体内のがんを光らせて発見する技術の開発も進められています。
まとめ
永井健治教授の光る植物研究は、単なる科学技術の進歩を超えて、人類社会の持続可能な未来を実現する可能性を秘めています。キノコ由来の生物発光たんぱく質を活用した電気不要の発光技術は、照明革命を起こし、地球環境の改善に大きく貢献することでしょう。
2025年8月6日放送の「いまからサイエンス」で紹介されたこの技術は、まだ開発途上ではありますが、10年以内の実用化を目指す明確な目標と、医療分野での応用展開により、私たちの生活を根本的に変える可能性を持っています。
永井教授の「破壊的創造」という哲学のもと、常識を覆す発想から生まれたこの技術が、便利で文化的、そして地球に優しい平和な社会の実現に貢献することを期待せずにはいられません。光る植物が街を照らす未来は、もはや夢物語ではなく、着実に近づいている現実なのです。
※ 本記事は、2025年8月6日にBSテレ東で放送された「いまからサイエンス」を参照しています。
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