2025年10月31日、BSテレ東「夢遺産」に登場したマックスガイホールディングス社長・矢内芳則氏。リユース事業で急成長を遂げた同社を率いるリーダーは、かつて資金繰りに苦しみ怒鳴り散らす日々を送っていました。そんな彼を変えたのは息子の何気ない一言。この記事では、矢内社長の経営哲学と「笑顔」を軸にしたリーダー像について、番組内容をもとに詳しくご紹介します。
矢内芳則社長とマックスガイホールディングス|夢遺産で語られた経営者の原点
2025年10月31日に放送されたBSテレ東「夢遺産」では、マックスガイホールディングス社長の矢内芳則氏が取り上げられました。福岡県出身、69歳の矢内社長が率いる同社は、貴金属などの買取を行う「ザ・ゴールド」を展開するリユース事業を中心に、オークション事業も手がける企業です。
番組では、矢内社長が幼少期から抱いていた夢や、ビジネスパーソンとしての転機、そして現在のリーダーとしての哲学が語られました。特に印象的だったのは、「できるだけ早く大人になって両親の手助けをしたい」という幼い頃の純粋な想いです。父が創業した矢内電気(マックスガイの前身)を支えたいという家族愛が、矢内社長の原動力となっていたことが分かります。
現在、マックスガイホールディングスはリユース業界で確固たる地位を築いていますが、その成功の裏には、矢内社長の「人を笑顔にしたい」という一貫した想いがありました。この想いこそが、同社の企業文化の根幹をなしているのです。
矢内芳則氏の経歴|明治大学落語研究会から家業へ
矢内芳則社長の人生を語る上で欠かせないのが、明治大学時代のエピソードです。大学に進学した矢内氏は落語研究会に所属し、「人を笑わせたいという気持ちが本当に好きだった」と振り返っています。落語という日本の伝統芸能を通じて、人を楽しませることの喜びを学んだこの経験が、後の経営スタイルに大きな影響を与えることになります。
大学卒業後、矢内氏は家業を継ぐための準備として松下電気商学院に入学しました。ここで1年間、販売促進やポップの書き方、心理学など、経営に必要な幅広い知識を習得します。この実践的な教育が、後の経営者としての基盤を築きました。
そして23歳で矢内電気に入社。しかし、そこで待っていたのは厳しい現実でした。「資金繰りも厳しかったし、それがずっと続くんです。何年も」と語るように、経営は決して順風満帆ではありませんでした。プレッシャーと焦りから、矢内氏は当時「しょっちゅう怒鳴っていた」といいます。明るく人を笑わせることが好きだった青年が、経営の重圧で常に苛立っている状態に陥っていたのです。
「人を笑わせたい」から「笑顔を届ける」へ|息子の一言が変えたリーダー像
矢内社長の人生の転機となったのは、息子との何気ない会話でした。ひょうきんで人を笑わせるのが得意な息子に対し、矢内氏は「どうしてそれ友達笑わせんだ?」と尋ねます。すると息子は「理由なんかないよって。その子を笑った顔が見たいだけなんだって」と答えたのです。
この一言が、矢内社長の価値観を大きく変えました。「それを聞いた時、あ、なるほどなと。今のビジネスを通して、お客様であったり社員の皆さんに、笑顔になっていただけることがやっぱり同じじゃないかと」。息子の純粋な動機が、ビジネスの本質を気づかせてくれたのです。
大学時代に落語で培った「人を笑わせたい」という想いが、息子の言葉を通じて「お客様や社員の笑顔を見たい」というビジネスの核心へと昇華されました。利益を追求するだけでなく、関わる全ての人々の幸せを考える経営スタイルへの転換点となったこのエピソードは、現代のリーダーにとっても示唆に富んでいます。
マックスガイホールディングスのリユース事業|ザ・ゴールドで急成長
2001年、矢内氏は社名を矢内電気からマックスガイに変更し、リユース事業へと大きく舵を切ります。この決断が、会社の急成長につながりました。
会社構造と主な事業内容
まず、マックスガイホールディングスとマックスガイの関係について整理しておきましょう。正式名称は「株式会社マックスガイホールディングス」で、実際の事業運営を行っているのが「株式会社マックスガイ」です。2001年の社名変更時に「有限会社ファンホールディング」を設立し、2013年にこれを「株式会社マックスガイホールディングス」へ組織変更しました。つまり、マックスガイホールディングスは持株会社として、グループ全体を統括する役割を担っています。
主な事業は大きく分けて3つあります。第一に、全国77店舗(2025年現在)を展開する買取専門店「THE GOLD(ザ・ゴールド)」の運営。北海道から九州まで、すべて直営店での展開というのが特徴です。第二に、オンラインショッピング事業。自社ECサイトに加え、楽天市場、Yahoo!ショッピング、Amazonでも「THE GOLD Shopping」を展開しています。そして第三に、買取した商品を中心に出品される「東京エムジーオークション」の運営です。
買取品目は、貴金属、ダイヤモンド、高級腕時計、ブランド品を4本柱として、着物、骨董品、楽器、カメラなど幅広く対応。特に着物買取に力を入れており、状態により買取が難しい着物は無償で引き取り、障害者施設などに寄付する社会貢献活動も行っています。
貴金属買取を中心とした「ザ・ゴールド」ブランドでのリユース事業は、循環型社会への関心が高まる中で着実に事業を拡大。さらにオークション事業も展開することで、買取から販売までの一貫したビジネスモデルを構築しました。
リユース業界は近年、SDGsや環境意識の高まりとともに注目を集めていますが、マックスガイホールディングスは2001年という早い段階からこの分野に注力していたことになります。矢内社長の先見性と、「笑顔」を軸にした顧客重視の姿勢が、同社の成長を支えてきたといえるでしょう。
矢内芳則社長が考えるリーダーとは「夢を配る人、希望を与える人」
番組では、矢内社長のリーダー論も語られました。「リーダーとは夢を配る人、希望を与える人。このリーダーについていけば将来は明るい。それをやっぱり示さないとだめなんですね」。
この言葉には、矢内社長の経営哲学が凝縮されています。リーダーの役割は、単に指示を出したり管理したりすることではありません。部下や社員に対して、明るい未来を見せ、希望を与え、夢を共有することこそが真のリーダーシップだと矢内社長は考えているのです。
かつて資金繰りに苦しみ、怒鳴り散らしていた時代を経験したからこそ、矢内社長はこのリーダー像に辿り着いたのでしょう。苦しい時こそ、リーダーが希望を示さなければ、組織全体が沈んでしまう。自身の経験から学んだこの教訓は、あらゆる組織のリーダーに通じる普遍的な真理だと感じます。
夢遺産|「共に学び、共に育ち、共に幸せになろう」に込められた想い
矢内社長が番組で語った未来に残したい夢、それが「共に学び、共に育ち、共に幸せになろう」という言葉です。
「ああ、この会社に入ってよかった。マックスガイに入ってよかった。そして矢内芳則と出逢えて自分は幸せだったと言っていただけることが私のミッションなんですね」。この言葉からは、社員一人ひとりの幸せを心から願う矢内社長の人間性が伝わってきます。
企業の成長や利益も大切ですが、最終的には「人」なのです。社員が幸せを感じ、成長を実感できる環境を作ること。それが経営者としての最大の使命だと矢内社長は考えています。この「共に」という言葉が繰り返されることで、上下関係ではなく、対等な立場でともに歩んでいくという姿勢が表現されています。
息子の「笑った顔が見たいだけ」という純粋な動機が、「社員の幸せな顔が見たい」という経営理念へと発展した矢内社長。その軌跡は、真のリーダーシップとは何かを私たちに教えてくれます。
まとめ
BSテレ東「夢遺産」で紹介された矢内芳則社長の物語は、一人の経営者の成長と変化を通じて、リーダーシップの本質を教えてくれました。明治大学の落語研究会で培った「人を笑わせたい」という想い、厳しい経営環境での苦悩、そして息子の一言による気づき。これら全てが、現在の「笑顔を届ける経営」につながっています。
マックスガイホールディングスの成長は、単なるビジネスの成功ではなく、「共に学び、共に育ち、共に幸せになろう」という矢内社長の夢遺産が形になったものだといえるでしょう。リーダーとは夢を配り、希望を与える存在である。この普遍的な教訓は、これからの時代を生きる全てのリーダーにとって、大きな指針となるはずです。
※ 本記事は、2025年10月31日放送(BSテレ東)の「夢遺産」を参照しています。
※ 株式会社マックスガイホールディングスの公式サイトはこちら
※ 株式会社マックスガイの公式サイトはこちら



コメント