2026年4月23日放送のカンブリア宮殿で、客室数日本一を誇る東横INNの社長・黒田麻衣子さんが、過去最高益を更新した「逆張り経営」の秘密を語りました。本記事では、業界が価格変動制を進める中で原則ワンプライスを貫く戦略の核心、創業者・西田憲正氏から会社を引き継いだ覚悟と思い、支配人の98%が女性という独自の人材戦略まで、番組内容を踏まえて深掘りします。読み終えたとき、ビジネスホテルを選ぶ目線がきっと変わるはずです。
東横INN黒田麻衣子社長が貫く「逆張り経営」の核心とは
カンブリア宮殿に登場した黒田麻衣子社長が率いる東横INNは、2024年度(2025年3月期)に売上高1,439億円という過去最高を記録しました。国内342店舗・海外17店舗を展開し、客室数は8万を超える日本最大級のビジネスホテルチェーンです。今年2月には高知県への新店舗オープンで47都道府県全制覇を達成し、2026年に創業40周年の節目を迎える、まさに飛躍の年といえます。
驚くべきは、お客様の構成です。インバウンド需要に沸くホテル業界で、業界平均では宿泊客の約25%が外国人とされる中、東横INNは実に約90%が日本人客。「外国人観光客で稼ぐ」のではなく「日本のビジネスパーソンに常宿として選ばれ続ける」ことに徹底的にこだわってきた結果が、この数字に表れています。
筆者が興味深いと感じたのは、黒田社長の経営判断が「業界の常識」と真逆に振れている点です。価格変動制を取らずワンプライス、内装は全国どこでも同じ金太郎飴、立地はあえて一等地を外す、ホテル内にレストランは作らない――。一見すると弱気に見える選択を積み重ねた先に、過去最高益というご褒美が待っていたわけです。流行に乗らない「逆張り」こそ、長く支持される企業の共通項なのかもしれません。
価格変動制を取らない東横INNの「原則ワンプライス」戦略
ホテル業界では今や、繁忙期と閑散期で大幅に価格を変える「価格変動制(ダイナミックプライシング)」が当たり前になりました。新宿・歌舞伎町周辺のビジネスホテルを比べると、同じ平日でも2〜3倍の価格差が出ることも珍しくありません。一方で企業の宿泊手当の平均は約1万1,000円。これでは出張族が泊まりたくても泊まれない、という悲鳴があちこちで上がっています。
そんな中、東横INNは「原則ワンプライス」を堅持しています。歌舞伎町の店舗でも平日1万1,000円、休前日でも1万4,000円。各ホテルごとに上限価格を設定し、原則その価格を超えないように運用しているのです。
黒田社長は番組内で、「40年間”おなじみさん”に支えられてきた」「いつも使うホテルがいつもいつも違う値段だと、常宿にはしていただけない」と語っていました。ここに、東横INN独自の哲学が凝縮されていると感じます。短期的に儲けるチャンスを逃しているように見えても、”おなじみさん”との信頼関係は一度崩れたら取り戻せない。長期的なリピーター獲得を優先するからこそ、ワンプライスが貫けるのです。
東横INNクラブカード会員は770万人を超え、入会金1,500円を払えば10泊で1泊無料。さらに最近では「感動タブレット」と呼ばれる端末を支配人が持ち、”おなじみさん”がチェックインすると過去の宿泊店舗や法人会員情報が画面に映し出される仕組みも導入されています。空きがあればシングルからデラックスシングルへ無料アップグレードといった粋な計らいも、価格でなく信頼で勝負する東横INNらしい発想と言えるでしょう。
創業者・西田憲正から黒田麻衣子へ──不祥事を越えた覚悟と思い
東横INNは1986年、東京・蒲田の1号店から始まりました。創業者は黒田社長の父・西田憲正氏。元々は祖父から引き継いだ電気工事会社を経営し、ディベロッパー業務を経てバブル崩壊を機にホテル業へ専念したという、異色の経歴を持つ起業家です。
しかし、会社は2006年に障害者用客室の不正改造問題、2008年には建設廃材の不法投棄問題と、立て続けに不祥事に見舞われます。西田氏ら経営幹部が逮捕されるという、まさに会社の存続を揺るがす危機でした。
このとき黒田社長はドイツで専業主婦として暮らしていました。番組内では「東京が大変だったので、私たちに連絡が来なかった。ネットニュースで知った」という生々しい告白が印象的でした。緊急家族会議のために帰国した黒田社長は、誰に頼まれたわけでもないのに、自ら父に「私にやらせてもらえませんか」と申し出たといいます。
「私が会社を守らなきゃと思った。おこがましいですけど、本当にそう思った」――この一言に、創業家の娘ならではの覚悟と思いが滲んでいます。2008年に副社長として復帰し、2012年には社長就任。父から経営のバトンを正式に引き継ぎました。
筆者が惹かれたのは、専業主婦経験を「強み」と捉える黒田社長の姿勢です。「結婚したり娘を持ったりすると、思い通りにならないことがたくさんある。その強さは自然に身につく」という言葉は、キャリアを直線的にしか評価しない世間に対する静かなアンチテーゼだと感じました。
東横INNの過去最高益を支える金太郎飴戦略と立地の妙
ワンプライスを実現できる秘密は、徹底したコスト構造の作り込みにあります。象徴的なのが「金太郎飴戦略」。茅場町でも大森でも、新規開業の店舗でも、シングルルームの形・広さ・ベッドや備品の配置はほぼ同じです。
副社長が番組で語っていたように、同じ部材を大量発注できるため工場の閑散期に作り置きでき、コストを圧倒的に下げられます。電気工事の設計・施工もグループ会社が担当し、開発から設計、内装工事、集客システムまで一気通貫。8万室分を同じ仕様で作り続けてきた経験値は、間違いなく業界最安水準の内装工事を実現しているとのこと。
立地戦略もユニークです。京都駅周辺ではなく、4駅離れた長岡京駅の徒歩圏内に出店する。地価の高い一等地を避け、ビジネス需要が見込める周辺駅を選ぶことで、ワンプライスを支える地代水準を維持しているのです。
さらに、ホテル内にレストランを置かない判断も興味深いものです。一見すると稼ぎ時を逃しているようにも見えますが、黒田社長は「東京資本が地方に出ていくと地元がざわざわする。レストランをなくしたおかげで地元の飲食店と一緒に盛り上がれる」と語ります。ドラマ「孤独のグルメ」の井之頭五郎のように、外で食べる楽しみを残してくれているわけです。
宿泊料金以外はいただかないという西田創業者の哲学――無料の朝食、無料アメニティ、空の冷蔵庫、個別エアコン――は、いま振り返ると「ビジネスマンの本音」を先取りした設計だったと言えるでしょう。スティーブ・ジョブズが毎日同じ服を着たように、ノイズを排除して仕事に集中できる環境こそ、出張者が本当に求めるものだったのです。
支配人の98%が女性──黒田麻衣子が大切にする人材登用と「失敗を語れる人」の哲学
東横INNの組織を語るうえで欠かせないのが、支配人の98%が女性という事実です。従業員の約8割が女性、役員の半数以上も女性という構成は、ホテル業界どころか日本企業全体を見渡しても極めて異例です。
しかも支配人のほとんどは地元採用。「地元で採用するのは鉄則」と黒田社長は明言しています。前職は外食産業や接客販売など多種多様で、サービス業未経験から支配人候補として迎え入れる店舗も珍しくありません。
この女性登用の伝統は1号店時代から続いています。なぜ最初から女性を支配人にしたのか――その理由が振るっていて、創業者の西田氏が「行きつけの飲み屋のママ」に頼んだのが始まりだというのです。「客あしらいがうまいから大丈夫に違いない」という直感が、結果的に40年続く文化を生み出しました。
待遇面も注目に値します。入社1年目で年収約480万円、10年目には1,200万円超という方もいるそうで、年功序列ではなく稼働率連動のインセンティブと業績連動賞与で大きな差が出る仕組みになっています。男女賃金格差が依然として課題となる日本社会で、これは大いに希望が持てる数字ではないでしょうか。
採用面接では必ず「苦労した体験」「リーダーとして失敗した経験」を聞くといいます。PTA会長や部活のキャプテンといった経験を問い、「全てうまくいきました」と答える人は逆に危ないと黒田社長は判断します。
「失敗を語れる人は、その後乗り越えてうまくいった経験がある人」――この言葉は採用基準として極めて鋭いと感じました。順風満帆を売りにする人ほど、初めての挫折で折れやすい。失敗を内省して言語化できる力こそ、現場を預かるリーダーに不可欠な資質なのです。
新人支配人を中堅支配人が支える「ひよこクラブ」と呼ばれるメンター制度や、勤務時間・休日を支配人自身の裁量で決められる柔軟性も、女性が長く働き続けられる土壌を作っています。「子供の卒業式に手紙をもらって感無量でした」と語った支配人の表情が、すべてを物語っていました。
「社会のインフラになりたい」──東横INNが地域と紡ぐ絆
黒田社長が繰り返し口にしていたのが「社会のインフラになりたい」という言葉です。きっかけは2011年の東日本大震災。父・西田氏から「店舗を開け続けるように」とアドバイスを受けた黒田社長は、被災地でも営業を続ける支配人たちの姿を見て「私たちの社会貢献はホテルとして開け続けることなんだ」と確信したといいます。その後、熊本地震やコロナ禍でも一貫して全てのお客様を受け入れる姿勢を貫いてきました。
地域との結びつきも大切にしています。長野県佐久市の店舗では、佐久平浅間小学校の生徒を対象とした宿泊体験を20年以上続けており、寝付けない子には支配人がそっと寄り添うのだそう。茅ヶ崎の店舗ではロビーでクラシックの演奏会を開き、普段ホテルを使わない地元住民にも開かれた場として機能しています。
子ども食堂への協力、キッザニアへのパビリオン出店、カンボジアでの小学校建設――子どもにフォーカスした社会貢献にも力を入れています。「支配人たち自身が目をキラキラさせている」という黒田社長の言葉から、これが上から押しつけるCSRではなく、現場発のモチベーションになっていることがうかがえます。
東横INNの多くの店舗は、土地のオーナー様にホテルを建ててもらい、それを一括借りするスタイルを採用しています。出店時の初期費用を抑えられる東横INNと、長期的に安定収入を得られるオーナー側、双方にメリットがある仕組みです。地元採用とこのオーナーシップ構造があるからこそ、地域経済の循環の中に自然に溶け込んでいけるのでしょう。
金原ひとみさんが編集後記で「青く灯る仄かな希望」と表現した東横INNの青い看板は、ただの企業ロゴではなく、いつ訪れても変わらず迎えてくれる「灯り」として、出張族の心の拠り所になっているのだと思います。
まとめ
カンブリア宮殿で語られた東横INN社長・黒田麻衣子さんの経営は、業界の流行とは真逆の選択を貫く「逆張り経営」の結晶でした。価格変動制を取らない原則ワンプライス、全国どこでも同じ金太郎飴の客室、一等地を避ける立地戦略、レストランを置かず地元飲食店と共存する姿勢、支配人98%女性という独自の組織構造、そして「インフラになりたい」という社会的使命感。
創業者・西田憲正氏から会社を引き継いだ覚悟と思いは、不祥事という最大の危機を越え、2025年3月期の過去最高売上1,439億円という形で実を結びました。「お馴染みさんを裏切らない」という一点に絞り込んだ経営哲学は、これからの不確実な時代において、むしろ最強の戦略になっていくのではないでしょうか。次に出張で東横INNの青い看板を見かけたら、その背後にある40年の積み重ねを思い出してみてください。
※ 本記事は、2026年4月23日放送(テレビ東京系)の人気番組「カンブリア宮殿」を参照しています。
※ 東横INNの公式サイトはこちら


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