先祖代々のお墓や、大切な人の遺骨が、ある日突然なくなってしまう——。2026年7月15日放送のNHK『クローズアップ現代』は、そんな信じがたい事態が都会の寺で相次いでいる実態を追いました。背景にあるのは、空前の地価高騰と寺を狙う売買ビジネスです。この記事では、都会の寺が売買されるしくみと、遺骨がなくなった具体的な現場、そして私たちに今できることまで整理します。読み終える頃には、身近なお寺やお墓との向き合い方が、きっと変わっているはずです。
クローズアップ現代が追った「都会の寺」の異変|墓・遺骨がなくなる実態

番組の入り口は、大阪市内に暮らす90代の男性の証言でした。先祖の墓があった寺が5年前に突然取り壊され、遺骨を自分で引き取らざるを得なくなったといいます。「いつの間にか潰してるやん」——本人には事前の説明が何もありませんでした。本堂をはじめ寺の建物はすべて更地になり、敷地にあった墓は参道の端に移されていたそうです。
この寺は8000万円を超える債務を抱えていたとされ、間に入った不動産会社は、住職が持っていた寺の代表者の権利と不動産を、合わせておよそ1億5000万円で買い取ったと語っています。土地は更地にされたうえで、別の不動産会社へ2億1000万円ほどで転売。代表者の権利は2700万円ほどで別の寺の住職に売られました。会社側は檀家への事前説明など適切に対応したとしていますが、遺骨を抱えた男性の側から見れば、供養の場が金額に置き換えられ、静かに消えていったことになります。
ナレーションを担当した中井和哉さんが冒頭で紹介したのは、「地面師」を描いたドラマの原作者・新庄耕さんの言葉でした。都心に「エアポケット」のように広がる寺の一等地は、開発業者にとって極上の土地に映る——。その視点こそが、いま現実の都会の寺で起きていることの核心を突いています。キャスターの星麻琴さんが番組を通じて投げかけたのも、「尊厳を持って扱われるべき遺骨が、お金に翻弄されていいのか」という問いでした。
なぜ都会の寺の売買が増えるのか|地価高騰・檀家減少・税制優遇のしくみ
都会の寺が売買のターゲットになる理由は、大きく三つが重なっています。
一つ目は、地価高騰です。再開発が進む都市部に残る800坪、1000坪といった広大な寺の土地は、「開発したら儲かる」格好の対象になります。売買を仲介してきた男性は、かつて5億円と言われた寺が「1億円でいいから買ってください」と持ちかけられる状況を、「バナナのたたき売り」と表現していました。
二つ目は、寺そのものの経営難です。檀家の減少に加え、コロナ以降は一日葬・直葬・家族葬といった葬儀の簡素化が進み、お布施も減り続けています。番組によれば、およそ4割の寺で年間収入が300万円未満。寺だけで生計を立てるのが難しくなっているのです。
三つ目が、宗教法人ならではの税制優遇です。宗教活動に限れば固定資産税や法人税が免除され、一定の収入以下なら収支報告の義務もありません。この「見えにくさ」が、脱税やマネーロンダリングをもくろむ第三者にとって旨味となり、悪用の温床になっています。文化庁は寺などの宗教法人を「宗教活動を目的とする団体」と定めており、その売買は脱法的な行為だとしていますが、取り締まる法律はありません。インターネット上には売買を仲介するブローカーのサイトが、数年前の数社から今や20以上に増え、取材班が数えただけでも100件以上の寺社が売りに出されていました。私は、これは一部の悪人だけの問題ではなく、制度の空隙が生む構造的な問題だと感じます。
遺骨がなくなった実例|大阪・正圓寺で起きた「寺の乗っ取り」
番組が象徴的な事例として取り上げたのが、大阪・通天閣にほど近い一等地に、約1万平方メートルを超える広大な敷地を持つ正圓寺です。平安時代の939年に創建されたと伝えられ、地元では「天下茶屋の聖天さん」と親しまれ、『徒然草』の作者・吉田兼好にゆかりのある由緒正しい寺でした。
発端は、檀家の減少で収入が細るなか、住職が特別養護老人ホームの運営を計画したことでした。ところが資金繰りが悪化し、気づいたときにはお金がない状態に。そこに近づいてきたのが不動産会社の男たちです。不正な取引で利益を得ようとしたなどとして4人が逮捕され、住職を含む3人が有罪判決を受け、寺は閉山に追い込まれました。その後、元住職らの実刑が確定し、2025年6月18日には運営法人が大阪地方裁判所から破産手続開始の決定を受け、負債は少なくとも6億円と報じられています。
住職と20年以上の親交があった宗恵院の元木淳雄住職は、「経営に関する知識が乏しく、考えられないお坊さんや住職が狙われて、乗っ取られてしまう」と、同じことが各地で起きるのではないかと強い危機感を語っていました。住職不在となった寺は荒れ、今では「心霊スポット」として不法侵入や落書きの被害まで受けています。歴史ある寺が犯罪の温床に変わってしまう——その落差の激しさに、言葉を失います。
永代供養・納骨堂トラブルの盲点|返らない遺骨と京都・舞鶴のケース

売買の対象になっているのは、寺そのものだけではありません。近年増えている都会の納骨堂もまた、狙われています。
八坂神社にほど近い京都・祇園の一等地にあった納骨堂は、「安心・安全の永代供養」をうたっていました。ある男性は身寄りのない友人の遺骨を信用して預けましたが、わずか4年後に納骨堂は取り壊され、遺骨は戻ってきませんでした。「安心して預けてたのに」という言葉が重く響きます。付き合いのあった人は、その運営を「お寺というより会社みたいだった」と振り返っています。
この納骨堂の運営法人をたどると、京都市内から北へ60キロ離れた舞鶴市の小さな寺に行き着きました。納骨堂を運営できるのは自治体や宗教法人などに限られるため、手頃な価格で売られていた地方の寺を買い、その名義で都会の納骨堂を始めたのです。東京の会社経営者や知人のフィリピン人経営者から約6億円の出資を受け、50億円以上の売り上げを見込んでいたといいます。しかし計画は失敗し、土地は売却され、建物は取り壊されました。遺骨をどう思うか問われた男性の答えは、「ただの商品ちゃうかな」。ここに、この問題の恐ろしさが凝縮されています。永代供養は「永遠」を約束するものではなく、運営主体が続かなければ供養の場ごと消えてしまう。契約時には、運営者の継続性まで確かめる必要があると痛感させられます。
「不活動宗教法人」と宗教法人売買|国の対策と鵜飼秀徳氏の指摘
番組で解説を務めたのは、大正大学招聘教授で浄土宗僧侶の鵜飼秀徳さんです。鵜飼さんは日本宗教連盟の不活動法人対策委員も務めており、この問題の第一人者といえます。鵜飼さんは、こうした脱法的な売買が「悲しいかな横行している」と指摘します。
数字を見ると深刻さがわかります。全国の寺はおよそ7万7000ありますが、そのうち約1万7000がすでに「空き寺」。神社は8万1000にのぼります。さらに、まったく活動実態のない「不活動宗教法人」は、文化庁の調べだけでも5000以上あり、実際にはもっと多いとみられます。こうした法人こそが、名義貸しや乗っ取りの舞台になりやすいのです。
国や自治体も動き始めています。広島県は不活動宗教法人の実態調査に乗り出し、担当する司法書士が現地を訪ね、地域住民への聞き取りを重ねていました。ただし解散には、宗教目的の行為をしていない・礼拝や来拝の施設がない・代表役員などがいない、という要件をすべて満たす必要があり、形だけ整えられると見極めが難しいのが実情です。信教の自由がある以上、解散命令は最後の手段。それでも鵜飼さんは、犯罪の温床になる前に「スピード感を持って対応すべきだ」と訴えていました。
お寺は「地域のもの」|私たちにできること
鵜飼さんの言葉で最も心に残ったのは、「お寺は住職の持ち物ではなく、地域の持ち物だ」というものでした。住職がいなくなっても、地域の人が公民館のように出入りし、日常的に関わり続けることが、乗っ取りを防ぐ最大の抑止力になるといいます。畳や座布団のある本堂を災害時の避難所にする、防災倉庫を置くといった活用も、寺を地域につなぎとめる有効な手立てです。
そして私たち一人ひとりにできることは、意外とささやかです。お盆やお彼岸にお墓参りをする。近くの寺に足を運び、仏像を眺め、季節の花に気づく。それだけでも、寺が「誰かの目に触れている場所」であり続けます。弔いは子どもたちの情操教育の場であり、寺は地域の教育資源でもあります。遺骨が「商品」と呼ばれてしまう社会を押し戻すのは、法律だけではなく、私たちが関わりを絶やさないことなのだと思います。
まとめ
『クローズアップ現代』が描いたのは、地価高騰と檀家減少、そして税制優遇という三つの要因が重なり、都会の寺が売買され、墓や遺骨がなくなっていく現実でした。正圓寺の乗っ取りや、京都・舞鶴の納骨堂のケースは、決して他人事ではありません。大切な供養の場を守るために、まずは身近なお寺やお墓に、そっと足を運ぶことから始めてみてはいかがでしょうか。
※ 本記事は、2026年7月15日放送のNHK『クローズアップ現代』を参照しています。


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