2025年3月5日、NHKの「クローズアップ現代」では日本人がミャンマーで国際特殊詐欺に巻き込まれる実態が放送されました。特に若い世代を含む日本人が詐欺組織のターゲットになっている現状は、私たち全員が注意すべき重大な問題です。この記事では、番組内容を中心に、その背景や対策について詳しく解説します。
ミャンマー東部の「詐欺村」から日本人高校生が解放された衝撃事件
2023年以降、東南アジアでの国際特殊詐欺に関わる事件が相次いでいますが、今年になってミャンマー東部の「詐欺村」から日本人高校生を含む数千人が解放される事態が発生しました。この詐欺村では、世界中の市民を狙う国際犯罪組織が拠点を構えており、中でも日本人の高校生が巻き込まれていた事実は社会に大きな衝撃を与えました。
「詐欺村」では、成功すると酒や食事などの”報酬”が与えられる一方、指示に従わなければ電気ショックなどの暴行も日常的に行われていたことが解放された人々の証言から明らかになっています。中国当局の発表によると、こうした拠点では「10万人以上が雇用されている」とされています。
今回解放された日本人のうち、未成年の高校生2人は特殊詐欺に加担させられていました。彼らがなぜミャンマーにまで渡ったのか―その背景には巧妙な勧誘手法があったのです。
国際特殊詐欺組織が日本人を標的にする理由と実態
「日本人は従順で非常に管理しやすい」「日本人は契約を守る精神が優れている」「騙されやすい高齢者がたくさんいます」
これらは詐欺組織の幹部や人事担当者が語った言葉です。取材によれば、日本人の斡旋料は1人あたり6万から7万ドル(約1000万円)にもなるといいます。なぜそこまでの高額で日本人が求められるのでしょうか。
理由の一つは、近年中国では5万元(約100万円)以上を引き出そうとすると銀行から本人確認があり、口座が凍結されることがあるなど、規制が厳しくなっている一方、日本では高齢者を中心に詐欺被害が比較的容易に実行できるためです。実際に日本国内では特殊詐欺やSNS型投資詐欺、ロマンス詐欺の被害総額が2024年には約2000億円に上り、急増しています。
また、元警視の櫻井裕一氏によれば、拠点が海外にあることで日本の警察の捜査権が及ばず、ミャンマーやタイ、中国との間には引き渡し条約もないため、犯罪者にとって安全な環境になっていることも大きな要因です。
オンラインゲームを悪用した高校生へのグルーミング手法とは
今回ミャンマーの詐欺拠点で保護された日本人高校生の事例では、オンラインゲームを通じた勧誘が行われていました。宮城県の高校生の場合、2024年11月頃にオンラインゲームで知り合った29歳の男性から「一緒にゲームをプレイしたい」という友達申請が送られてきたことがきっかけでした。
親しくなった後、男はテレグラム(Telegram)でのやり取りに誘導し、約2ヶ月後に「親と喧嘩した」という高校生に「タイへおいでよ。衣食住付きだよ」と持ちかけました。2025年1月、用意された航空券でタイに渡った高校生は、男の手引きでミャンマーに密入国させられ、拠点で警察官になりすまし特殊詐欺の電話役をするよう強制されていました。
同様に愛知県の高校生は、ネットで出会った人物からプログラミング能力を生かせる仕事があると誘われ、複数回食事を共にした後、2024年12月上旬に出国しています。
警察庁少年保護対策室の前澤綾子室長は、このような手法を「グルーミング」の一種と指摘しています。オンラインゲームでは知らない人同士でも一緒にプレイするうちに親近感や信頼関係が生まれ、特に上手な人に対して初心者や子どもが憧れを抱きやすいという特徴があります。
日本人斡旋料は「1000万円」—詐欺組織が明かす驚きの実態
NHKの取材班はカンボジアの首都プノンペンで、かつてミャンマー東部の詐欺拠点で人の斡旋を行っていた中国人男性に接触することに成功しました。この男性によると、「日本人を紹介すれば1人につき数万ドルもらえる」と述べ、日本人の斡旋料は1人あたり6万から7万ドル(約1000万円)にもなると明かしました。
別の詐欺拠点のトップは、日本人向けの特別な待遇を用意していると説明しました。通常16人で使用する部屋を日本人の場合は2人、多くても4人で使用させるなど、「日本人は宿泊施設に対する要求が厳しい」として特別扱いしていることが分かりました。
また、詐欺組織のトップは「日本人への安全アピール」として、軍や憲兵隊との関係性も強調していました。「我々には軍隊がついている」「安全性は100%保証される」などと述べ、現地当局との癒着ぶりを隠そうとしていません。
詐欺組織と現地軍・武装勢力の関係性—資金の流れと構造
ミャンマー東部の詐欺拠点が存在する地域は、タイと国境を接し、少数民族の武装勢力が支配する地域です。この地域は元々麻薬などの密貿易が横行し、2021年のミャンマー軍によるクーデター以降は事実上の無法地帯と化していました。
取材によれば、詐欺拠点からの収益は複雑な経路で分配されています。武装勢力の元幹部の証言によると、収益は以下のような分配構造になっているとのことです。
- 武装勢力に月額最低10億バーツ(約45億円)が入る
- ミャンマー軍に税金として10%が支払われる
- ミャンマー軍の司令官たちに10%
- 他の武装勢力に10%
- タイ側に10%、役人に10%
- 接待費として10%
この証言からは、詐欺組織の利益がミャンマー軍や武装勢力、タイの当局者など様々なところに流れ、こうした癒着が詐欺拠点の存続を可能にしていることが分かります。
京都大学准教授の中西嘉宏氏は、「これはまだ氷山の一角」と指摘し、2023年末に中国政府が行った摘発では5万人が送還されるなど、規模が非常に大きいことを強調しています。中国政府の発表によれば、国境地域には10万人以上の特殊詐欺関係者がいるとのことです。
「警察を語る電話」から身を守る方法—最新の注意点
日本を狙う特殊詐欺の手法の一つとして「警察を語る電話」が増えています。実際に今回ミャンマーで保護された高校生も、警察官になりすまし特殊詐欺の電話役を強制されていました。
元警視の櫻井裕一氏は、こうした詐欺から身を守るために以下のポイントを挙げています。
- プラスが付いた番号からの着信は国際電話なので注意する(日本の警察からの電話ではない)
- 電話番号の下4桁が「0110」は全国の警察署の末尾番号だが、頭にプラスが付いていれば海外からの発信
- 警察が「あなたの逮捕状を持っています」と言うことは絶対にない
- 不審な電話があれば担当部署や名前、連絡先を聞き、折り返し電話する
- 警察に直接問い合わせて確認することを躊躇しない
これらの点に注意し、少しでも怪しいと思ったら即座に切るか、確認を取ることが重要です。
親が知っておくべきペアレンタルコントロールの活用法
オンラインゲームを悪用した犯罪から子どもを守るため、警察庁は以下の注意点と対策を呼びかけています。
- 高価なアイテムをプレゼントして近づいてくる人に注意
- ゲーム空間からSNSに誘導する人に警戒する
- 親はゲームの使用を制限するペアレンタルコントロール機能を活用する
ペアレンタルコントロールとは、子どものデバイス使用を親が管理・制限できる機能のことです。多くのゲーム機やスマートフォン、タブレットには標準で搭載されており、利用時間の制限や利用可能なコンテンツの制限、見知らぬ人とのコミュニケーションを制限するなどの設定が可能です。
この機能を活用することで、子どもがオンラインゲームを通じて犯罪組織に接触するリスクを低減できます。
日本と各国の情報共有が鍵—櫻井裕一氏と中西嘉宏氏が指摘
国際特殊詐欺の問題解決には、多国間での連携が不可欠です。番組に出演した専門家たちは以下のような見解を示しています。
元警視の櫻井裕一氏は、国家間の警察同士の協力が重要だと指摘しています。特にミャンマーとの直接的な情報共有は難しいため、隣接するタイの警察との情報共有を密にすることが重要だと述べています。
また京都大学准教授の中西嘉宏氏は、「日本も積極的に関わるべき」と強調し、アジアの経済発展により「東南アジアに行った方が儲かる」という話が現実味を帯びる中で、国際的な連携体制の構築が必要だと述べています。
中西氏はまた、ミャンマー軍との連携は現実的ではないため、国境を接するタイや中国との連携強化が鍵になるとの見解を示しています。
まとめ:国際特殊詐欺から日本人を守るために今すべきこと
「クローズアップ現代」が取り上げた今回の問題は、日本人、特に若者が国際特殊詐欺に巻き込まれる危険性が高まっていることを示しています。私たち一人ひとりが以下の点に注意し、対策を講じることが重要です。
- 警察を語る電話には注意し、プラスが付く国際電話や下4桁が0110の電話には警戒する
- 不審な電話があれば担当者の名前や連絡先を聞き、折り返し電話するか警察に直接確認する
- オンラインゲームでの知らない人との交流には注意し、SNSへの誘導や高価なプレゼントには警戒する
- 親は子どものオンラインゲーム利用にペアレンタルコントロールを活用する
- 海外で稼げるという甘い誘いには慎重に対応する
国や関係機関においては、タイや中国など関係国との情報共有と連携強化が求められています。ミャンマー東部の詐欺拠点は氷山の一角にすぎず、今後も同様の犯罪が続く可能性が高いため、国際的な取り組みが不可欠です。
私たち一人ひとりが危機感を持ち、国際特殊詐欺の手口を知り、対策を講じることで、大切な人々を守ることができます。特に若者や高齢者を狙った詐欺に対しては、家族や地域での見守りと情報共有が何より重要です。
※本記事は、2025年3月5日放送のNHKの「クローズアップ現代」を参照しています。
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