NHK「クローズアップ現代」で報じられた訪問介護の危機をご存知ですか?全国1/5の自治体で事業所が「ゼロ」または「残り1」という衝撃の実態。東洋大学の高野龍昭教授は「訪問介護崩壊の危機」と警鐘を鳴らしています。この記事では、介護報酬引き下げの影響や深刻な人手不足の現状、そして私たちがこの危機にどう向き合うべきかを解説します。「自分ごと」として考えるヒントが見つかるはずです。
訪問介護の危機的状況とは?NHKクローズアップ現代が報じた衝撃の実態
2025年4月14日に放送されたNHK「クローズアップ現代」では、「家で介護が受けられない!? ~迫る”訪問介護 危機”~」というテーマで、日本の訪問介護サービスが直面している深刻な危機について取り上げられました。番組では、東洋大学教授の高野龍昭氏が専門家として出演し、現状の問題点と将来への懸念を語りました。
最も衝撃的だったのは、自宅で介護を受けたいと願う高齢者が、実際にはそのサービスを十分に受けられないという現実です。訪問介護の危機は、すでに地方だけでなく都市部でも広がりつつあり、このままでは「住み慣れた地域で暮らし続ける」という国の政策理念が絵空事になりかねない状況に直面しています。
全国1/5の自治体で訪問介護事業所が「ゼロ」または「残り1」の深刻な現状
NHKの調査によると、都道府県の指定を受けている訪問介護事業所が「ゼロ」または「残り1」の自治体が全国で300以上あり、これは全体の約1/5に相当することが明らかになりました。高野教授は、平成の大合併前の旧町村単位で見れば、実際にはさらに多くの地域で訪問介護サービスが不足している可能性があると指摘しています。
この状況を象徴するのが広島県安芸太田町の事例です。町内唯一の訪問介護事業所が4年前に閉鎖され、現在は隣町から来るヘルパーに頼らざるを得ない状況です。99歳の寄田尊さんのように、本来なら週に3回の訪問介護が必要なのに、実際には週1回しかサービスを受けられないケースが増えています。
訪問介護事業所の倒産・廃業が急増!その背景にある介護報酬の引き下げ問題
訪問介護事業所の倒産や廃業は2024年に過去最多の529件に達しました。特に都市部での倒産が目立ちます。この背景にあるのが、2024年に行われた介護報酬の引き下げです。国は訪問介護の基本報酬を約2%引き下げました。
大阪市内の訪問介護事業所経営者である出口一也さんは、「びっくりしましたね。訪問介護だけがこの状態だったんですよね。『えっ』と思いましたね」と語ります。介護保険の財源が限られる中での措置ですが、現場では深刻な影響が出ています。
高野教授によると、訪問介護には大きく2つの事業スタイルがあります。サービス付き高齢者向け住宅などを集中的に訪問するスタイルは効率が良く利益率も高い一方、地域の高齢者宅を個別に訪問するスタイルは移動時間がかかり利益率が低くなります。今回の報酬引き下げは、特に後者のような事業所に大きな打撃を与えています。
高野龍昭教授が指摘する訪問介護崩壊の危機と将来への懸念
東洋大学教授の高野龍昭氏は、今回の訪問介護の危機について「いずれ都市部にもじわじわと迫っていく」と警鐘を鳴らしています。訪問介護の事業経営がさらに厳しくなれば、都市部でも身近なところでサービスが受けられない人が増えていくという懸念です。
さらに高野教授は、国の掲げる「住み慣れた地域で暮らし続ける」「施設から在宅へ」という政策理念が後戻りしてしまう可能性を指摘しています。もし訪問介護が受けられなくなれば、不本意ながら施設に入所せざるを得なくなったり、遠方に住む家族が介護を担わざるを得なくなったりする状況が広がります。
この問題は単なる介護サービスの問題ではなく、社会経済的にも大きな影響をもたらす可能性があります。特に懸念されるのが介護離職の増加です。
訪問介護を十分に受けられない高齢者と増加する介護離職の実態
訪問介護サービスが不足すると、その代わりを家族が担うことになります。広島県安芸太田町に住む99歳の寄田尊さんの場合、週に一度の訪問介護以外は、娘の恵美子さんが1時間以上かけて通い、身の回りの世話をしています。
恵美子さんは「私が倒れなければいいんですけどね。いつこの状態が変わるかわからない」と不安を語ります。彼女自身も病気を抱えており、いつまで介護を続けられるか分からない状況です。
高野教授によれば、訪問介護が受けられなくなると、遠方に住む家族が代わりに介護を担うことになり、仕事をしている家族は「介護離職」を選ばざるを得なくなります。2025年現在、年間約10万人が介護のために離職しており、この数はさらに増える可能性があります。
人手不足の壁と高齢化するヘルパー―訪問介護現場の厳しい労働環境
訪問介護の危機を深刻化させているもう一つの要因が、深刻な人手不足と高齢化するヘルパーの問題です。大阪市内の訪問介護事業所では、人材サイトに登録して30人以上に声をかけたにもかかわらず、1人も確保できていないという厳しい現実があります。
同事業所では、ヘルパーの約半数が65歳以上となっています。72歳の金田ふみ江さんは一度体調不良で辞めたものの、事業所の要請で復帰しました。しかし、現在は買い物の同行など軽作業のみしか行えず、「抱えて車椅子に乗せるというのはもうできない」と語ります。
訪問介護は他の産業よりも賃金水準が低く、人材確保のためには時給を大幅に上げる必要がありますが、介護報酬の引き下げがそれを難しくしています。「率のいい報酬いただけたら、高い給料払いますがな。安いキツイみたいなものが、ますます人材集まらない」というのが現場の声です。
外国人材の活用は救世主となるか?訪問介護における人材確保の取り組み
人手不足を解決するための一つの方策として注目されているのが外国人材の活用です。番組では、ベトナム出身のトゥオイさんが都内で訪問介護を行う様子が紹介されました。トゥオイさんは3年前に来日し、介護福祉士の資格を取得。利用者からは「全然違和感がない」と評価されています。
これまで訪問介護を担う外国人は、介護福祉士の資格を持つ極一部の人材に限られていましたが、国は2025年4月から段階的に対象を拡大し、一定の条件を満たせば資格がなくても働けるようにしました。
しかし、訪問介護事業所への調査では、外国人材(特に技能実習生)の受け入れについて「難しい」と回答した割合が6割に上っています。言葉の理解やコミュニケーション、文化や習慣の違いへの不安が主な理由です。
高野教授は、日本の生産年齢人口の減少を考えると外国人介護人材に期待せざるを得ないとしつつも、受け入れにはコストがかかることを指摘。日本での生活に馴染んでもらうための定着支援など、事業所任せではなく国や自治体からの経済的支援が欠かせないと強調しています。
広域連携と行政の支援―高知県の事例から見る訪問介護サービス維持への道
訪問介護サービスを維持するための取り組みとして、高知県では行政が主導して広域での連携を進めています。高知市のヘルパーが車で1時間半かかる大豊町に訪問する仕組みで、県が配置したコーディネーターが調整役を担っています。
こうした広域連携では移動時間の長さが課題となりますが、県と市町村が介護報酬に補助金を上乗せすることで対応しています。高知県在宅ケアを守る会のコーディネーターを務めた下元佳子さんは、「県全体を網羅できるぐらいの仕組みにしていけばいい」と期待を寄せています。
高野教授は、介護保険制度の運営は基本的に各市町村の責任だとしつつも、実態としては高知県のように都道府県が積極的に関わる必要があると指摘。特に過疎地域を抱える都道府県ではこうした取り組みをさらに進めるべきだと提言しています。
また、現在の制度では移動時間に介護報酬が全く反映されていない点を課題として挙げ、介護保険制度開始から25年が経過し過疎化が進んだ今日、この点を見直す必要があると述べています。
まとめ:訪問介護の危機を乗り越えるために私たちができること
NHK「クローズアップ現代」で報じられた訪問介護の危機は、決して他人事ではありません。高野龍昭教授によれば、85歳以上の高齢者が要介護・要支援になる割合は約6割に上り、要介護状態になって真っ先に必要とするサービスがホームヘルパーだからです。
私たち一人ひとりが、「自分が要介護状態になったらどうするか」「親の介護はどうするか」と考え、介護保険制度にどれだけの財源を投入すべきか、介護保険料や税金の負担をどう考えるかという議論に参加することが重要です。
東洋大学の高野教授は「自分の問題として考えていく必要がある」と強調しています。元気なうちはイメージしづらいかもしれませんが、老後をどう過ごすかという問題は、社会全体でどう負担するかという問題に直結しているのです。訪問介護の危機を乗り越えるためには、私たち一人ひとりが当事者意識を持ち、この問題に向き合っていくことが求められています。
※本記事は、2025年4月14日に放送されたNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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