「空気からプラスチックをつくる」と聞いて、すぐに信じられる方は少ないはずです。2026年8月8日放送のテレビ東京系「ブレイクスルー」に登場した大阪大学の田畑裕さんは、二酸化炭素と微生物を使い、石油を一切使わないプラスチックを生み出そうとしています。この記事では、その工程と仕組み、生分解性の正体、そして開拓者の思想までを整理します。読み終える頃には、ものづくりの前提が静かに書き換わりつつあることが見えてくるはずです。
空気からプラスチックとは?田畑裕が二酸化炭素と微生物で挑む新技術
結論から言えば、これは空気中の二酸化炭素を出発点にして、石油を使わずにプラスチックをつくるという研究です。挑んでいるのは、大阪大学大学院基礎工学研究科 附属太陽エネルギー化学研究センターの田畑裕・特任助教。取材が行われたのは、大阪府豊中市にある大阪大学です。
田畑さんはこの番組に再び登場した開拓者です。前回紹介されたのは、二酸化炭素から糖を合成し、微生物を経由して家畜の飼料につなげるという食料分野の研究でした。今回はその同じ技術を、まったく別の出口へと接続します。
なお前回の放送で紹介された食料分野の研究については、空気から糖を二酸化炭素で合成する田畑裕さんの農業革命で詳しく解説しています。合成糖ができるまでの工程や、原料であるホルムアルデヒドの安全性についてはそちらをご覧ください。
その出口が、プラスチックです。取材した作家の相場英雄さんが「プラスチックって、石油由来だったりするじゃないですか。工業製品も作れちゃうってことですか?」と確認すると、田畑さんは「おっしゃる通りです」と即答しました。
食料と工業製品という、一見まったく縁のない二つの領域。しかし田畑さんの技術体系では、根っこが完全に同じです。筆者が注目したのはまさにこの点で、一つの技術が二つの巨大な課題に同時に手をかけている構造こそ、この研究の凄みだと感じました。
二酸化炭素から合成糖、そして乳酸へ プラスチックができるまでの流れ
工程を順に追うと、意外なほどシンプルです。
まず空気中の二酸化炭素からホルムアルデヒドをつくります。これに反応を進める水酸化カルシウムを加え、温めながらかき混ぜる。番組によれば、それだけでおよそ10分で液体が黄色く変色します。この色の変化が、糖ができた合図です。スタジオでも「あ、黄色くなりましたね」という声が上がっていました。
ここまでは前回と同じ流れです。違うのはこの先。
できあがった人工合成糖を微生物に与えると、微生物はそれを食べて増えるだけでなく、体内である物質を作り出します。それが乳酸です。番組で紹介された小瓶の中の泡のような物体、その正体が乳酸でした。
そしてこの乳酸を凝縮すると、石油を一切使わないプラスチックができるのです。二酸化炭素 → ホルムアルデヒド → 合成糖 → 微生物 → 乳酸 → プラスチック。空気から樹脂まで、この一本の線でつながっています。将来的には包装材などへの活用が目指されているそうです。
「石油いらない?」相場英雄が驚いた脱石油のものづくり
番組中、相場さんが思わず漏らした「あ、んじゃ、石油いらない?」という一言。これは視聴者の実感を代弁した言葉だったと思います。
私たちが日常的に手にするプラスチックは、そのほとんどが石油由来です。レジ袋も、食品トレーも、家電の筐体も、出発点をたどれば地中から掘り出した化石資源に行き着きます。その大前提を、空気で置き換えられるかもしれない——それが今回の研究が持つインパクトです。
ただし田畑さんは、この技術を万能薬のようには語りませんでした。むしろ線引きは冷静です。エタノールのように単純な構造で燃料として燃やすものであれば、「CO2から糖を作って微生物に食わせる」より、CO2から触媒で直接作ってしまったほうが筋がいいと語っています。
つまりこの技術が本領を発揮するのは、微生物の力を借りなければ作れない複雑な物質の領域。ここを自ら明確にしているところに、研究者としての誠実さが表れていました。
土に返しても安全?生分解性プラスチックの正体とポリ乳酸(PLA)
佐々木明子アナウンサーが投げかけたのが「これは土に返しても安全なんですか?」という質問でした。答えは「そうですね、これは生分解性なので」。
ここで補足しておきたいことがあります。乳酸を重合してつくるプラスチックは、一般にポリ乳酸(PLA)と呼ばれる代表的な生分解性プラスチックです。番組内でこの名称は登場しませんが、技術の位置づけを理解するうえで重要な言葉です。
ポリ乳酸は環境中で加水分解を経たあと、微生物の働きで分子レベルまで分解され、最終的に二酸化炭素と水になって自然界へ戻ります。生分解性プラスチックはすでに農業用マルチフィルムや生ごみ処理袋などで実用化されており、目新しい素材というわけではありません。
では田畑さんの研究の何が新しいのか。それは原料です。 従来のポリ乳酸は、トウモロコシなどの植物由来の糖を発酵させて乳酸を得ます。つまり農地と作物が必要で、食料生産と競合します。空気中の二酸化炭素から出発できれば、この競合そのものが消える。ここが決定的な差です。
微生物が工場になる「バイオものづくり」が国家戦略になった理由
田畑さんが使った**「バイオものづくり」**という言葉。番組では「微生物自身がある種、工場になることによって、いろいろ作ることができる」と説明されていました。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、これは日本の産業政策上の重要キーワードです。遺伝子組換え技術などを活用し、微生物や動植物の細胞に目的の物質をつくらせる技術を指し、化学素材から燃料、医薬品、食品まで幅広い分野が対象になります。市場規模は2030〜40年に世界で200〜400兆円に達するという予測もあります。
そして決定的なのが、国の動きです。2050年カーボンニュートラルに向けてNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)に造成されたグリーンイノベーション基金には、「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」というプロジェクトが実在します。基金の総額は2兆7,564億円(2024年11月現在)にのぼる、国家規模の投資です。
つまり田畑さんの研究は、一人の研究者の着想にとどまらず、国が正面から予算を張っている産業転換の潮流と、ぴたりと重なる位置にあります。番組ではさらりと流れた一語ですが、その背景にはこれだけの文脈があるのです。
田畑裕が語る「脱化石のシナリオ」と150年で使い切る時間感覚のズレ
対談の後半、田畑さんの言葉はより本質的なものになっていきます。
「化石はもうちょっと無理あるんじゃないですか?」——農業も含め、私たちは化石資源を掘り出し、その豊富なエネルギーで安く大量にものを作ってきました。肥料でさえその構造の上にあります。田畑さんは「10年後は持っていると思うが、100年後、200年後にその構造が持っているかどうかは必ずしもわからない」と語ります。
とりわけ印象に残ったのが、時間感覚についての指摘でした。地球が数十億年かけて蓄えてきたエネルギーや、長い年月をかけて豊かになった土地を、第二次産業革命からわずか150年ほどで使ってしまっていいのか。育ててきた時間と、消費している時間が「全然合っていない」という感覚です。
この視点は、環境問題を善悪や我慢の話として語る従来の論調とは明らかに異なります。数十億年と150年という、桁の違う二つの時間を並べただけ。それだけで、現在のものづくりの異様さが浮かび上がってきます。筆者はここに、この研究者の思考の強さを感じました。
だからこそ田畑さんは「脱化石のシナリオの中では、こういった技術も一つ選択肢はあるよね」と、あくまで選択肢の一つとして自らの研究を位置づけるのです。
キツネザルと地球をつなぐ「目的関数」開拓者の原動力はどこにあるのか
相場さんが原動力を尋ねると、田畑さんは「僕自身もあんまりよくわかってないのかな」と前置きしたうえで、意外な話を始めました。動物園が好きで、東京に住んでいた時期には上野動物園に通い、キツネザルを見ている時が一番幸せだったというのです。
その延長線上で語られたのが、動物が暮らしている環境への関心でした。「今の状態がやっぱり、あんまり持続可能ではないと正直に思っていて。変えられる手段があるのであれば、そうしていきたい」。
さらに田畑さんは、人間の幸せとは何かという難しい問いを、なるべくニュートラルに構造として理解したいと語ります。そして自身の行動原理をこう表現しました。「人、動物、植物、全てを支えている地球をより良くしたい。一つの目的関数の下、動いている」。
目的関数とは、最適化の際に最大化・最小化を目指す指標のこと。研究者らしい言葉選びですが、要するにすべての活動を貫く一本の軸という意味でしょう。相場さんが「そこは全部、横串になってるわけですよね」と応じ、田畑さんが「横串であることを目指したい」と答えた場面は、この日の対話の核心だったように思います。
食料も、プラスチックも、その一本の串に刺さっている。技術の話が最後に世界観の話へと着地したことこそ、この回の見どころでした。
まとめ:空気からプラスチックが示す、ものづくりの新しい前提
今回の内容を整理します。
- 空気中の二酸化炭素からホルムアルデヒドを生成し、約10分で合成糖ができる
- その合成糖を微生物が食べ、体内で乳酸を生成する
- 乳酸を凝縮すると、石油を一切使わない生分解性プラスチックになる
- 微生物を工場として使う「バイオものづくり」は、国の基金が正面から支援する重点領域
- 田畑さんは自らの技術を万能解ではなく「脱化石のシナリオ」の選択肢の一つと位置づける
危機が訪れてから「代替手段がありませんでした」では手遅れになる。だから一定の努力を人類全体として積み上げておくことが科学技術の役割ではないか——田畑さんはそう語っていました。
この研究の価値は、今すぐ石油を置き換えることではなく、置き換えられる可能性を先に用意しておくことにあります。空気からプラスチックという一見突飛な挑戦は、実は極めて現実的な保険なのかもしれません。
※ 本記事は、2026年8月8日放送(テレビ東京系)の「ブレイクスルー」を参照しています。


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