2025年4月10日放送のテレビ東京系「カンブリア宮殿」では、創業150年を迎えた大日本印刷(DNP)の「第三の創業」に向けた改革が特集されました。本記事では、北島義斉社長が語った革新経営の全貌と、出版不況を乗り越えて1兆円企業へと成長したDNPの未来戦略について詳しく解説します。
DNP大日本印刷とは?150年の歴史と北島義斉社長の革新経営ビジョン
大日本印刷(DNP)は1876年に銀座で活版印刷所として創業しました。2025年で創業から149年目を迎え、来年には創業150周年の節目を迎える老舗企業です。現在はグループ全体で約3万7000人の従業員を抱え、売上高は1兆4000億円を超える大企業に成長しています。
北島義斉社長(60歳)は、「未来のあたりまえを作る」という経営ビジョンを掲げています。活版印刷からスタートしたDNPですが、現在では実に450種類以上の製品・サービスを展開しています。私たちの身近なところでは、ICチップ付きのキャッシュカードやクレジットカード(国内トップシェア)、ペットボトル飲料の充填システム(国内の1/3のシェア)、日用品や食品のパッケージ(取引先2000社)、証明写真機(国内の約3割)など、多くの製品やサービスが私たちの生活に溶け込んでいます。
北島社長は「様々な事業を展開していることが、市場の変動に対する強みになっている」と語っています。いい時と悪い時の差が大きい分野があるなかで、多角的な事業展開が安定した経営基盤を支えているのです。
カンブリア宮殿で明かされた「第三の創業」とは?受注型から提案型ビジネスへの大転換
DNPの歴史は大きく3つの創業期に分けられます。「第一の創業」は1876年の活版印刷所としてのスタート、「第二の創業」は戦後復興期に建材や包装分野に参入した多角化の時代です。そして現在、デジタル化の波によって印刷事業が縮小するなか、北島社長が掲げているのが「第三の創業」です。
「第三の創業」の核心は、従来の「受注型」から「提案型」ビジネスへの転換にあります。2015年頃から本格化したこの取り組みでは、顧客からの依頼を待つのではなく、社員自らが市場のニーズを読み解き、新しい製品やサービスを開発・提案していく姿勢を重視しています。
北島社長は「得意先が見ている世の中しかないわけですから、我々が何が必要かを自分たちで考えていかないと。自分たちで世の中を見て、開発して、提供する。そういうことが必要だ」と力強く語っています。このビジョンの実現に向けて、最も重要なのは社員の意識改革だと北島社長は強調します。「受け身の従業員の意識を変えるところが一番大きかった」と振り返りながらも、「随分皆さんの意識が変わってきた」と手応えを感じている様子でした。
出版不況でも稼ぐDNPの戦略①:印刷技術の進化とフォトマスク開発
出版不況が続くなか、DNPは印刷技術を進化させ、新たな市場を開拓しています。その代表例が、半導体製造に欠かせない「フォトマスク」の開発です。
フォトマスクは半導体チップを作るための原盤となるガラス製の板で、印刷で培った技術を応用して開発されました。DNPの上福岡工場では、従来メディアが入れなかった極秘の製造ラインを初めて公開。そこでは、肉眼では見えないナノレベルの線を精密に描く技術が使われています。
この技術は、かつて金属の表面を酸で溶かして凹凸を作り、写真を再現していた印刷技術を極限まで進化させたものです。次世代半導体の量産を目指す新会社ラピダスの登場や、AI向けの需要を追い風に、DNPは半導体市場での売上拡大を狙っています。
かつて1987年には、富士通やソニーなどと共同で広辞苑をCD-ROM化するプロジェクトに取り組み、2600ページ、厚さ8cmにも及ぶ辞書を電子化するという当時としては革新的な取り組みも行っています。
出版不況でも稼ぐDNPの戦略②:社会課題をビジネスに変える発想力
DNPの「第三の創業」を象徴するもう一つの戦略は、社会の困りごとをビジネスチャンスに変える発想力です。番組では二つの事例が紹介されました。
一つ目は、水産業界の課題を解決するミールワーム(昆虫)を活用した餌の開発です。愛媛県の真鯛養殖業者が直面していた餌の高騰問題に対して、DNPは愛媛大学と連携し、ミールワームを大量生産する装置を開発。栄養価の高い餌を安く提供することで、養殖業界の課題解決に貢献しようとしています。
二つ目は、北海道の定山渓温泉での書店運営です。全国で書店がない自治体が約27%ある中、DNPは定山渓第一ホテル翠山亭と協力し、「風呂屋書店」という書店をホテル内にオープン。宿泊客だけでなく地域の人も利用できる、書店開業支援サービスを展開しています。
北島社長は「特別な数字の基準があるわけではない。やってみたいと思っている社員の熱意はなるべく、やってみようということでみんなで取り組もうとしています」と、新規事業へのチャレンジ精神を重視する姿勢を示しています。
北島義斉社長が推進する新規事業とDNPの多角化戦略
北島義斉社長の下、DNPは従来の印刷業の枠を超えた新規事業を次々と生み出しています。その一例が「ライトアニメ」と呼ばれる新しいアニメーション制作手法です。
従来のアニメは膨大な量の原画が必要でしたが、DNPは漫画そのものを最新技術で動かしてアニメ化する方法を開発。スマホ向け漫画の流行で原画に着色する仕事が増え、そのデータを活用することで、コストと時間を通常のアニメの1/5程度に削減することに成功しました。すでに5本の作品がテレビ放映されており、アニメ業界に新しい風を吹き込んでいます。
また、廃棄物をインテリア素材にアップサイクルする新ビジネスも展開。商業施設の丸井と協力し、店舗から出た発泡スチロールなどの廃材を圧縮して固め、樹脂と混ぜて成形することで、一点物の家具やテーブルに生まれ変わらせています。
さらに、貴重な文化財を高精細な画像処理でデジタルデータに変換するアーカイブ事業も推進。データとして残しておけば数百年先でも本物同様に再現できるという取り組みは、文化財保護の観点からも注目されています。
メタバースから書店運営まで:DNPが展開する多様なビジネスモデル
DNPの事業多角化は、デジタル領域にも広がっています。コロナ禍の5年前(2020年頃)に始めたメタバース(仮想空間)事業は、自分の分身アバターを使って自由に動き回れる仮想空間を提供。現在は100人ほどのチームが開発に取り組んでいます。
このメタバース技術を活用した事例として、番組では江戸川区の小中学生向けの仮想空間が紹介されました。悩みを抱える子どもたちをサポートする場として機能しており、リアルな顔出しではなくアバターを使うことで、よりリラックスして会話ができる環境を提供しています。実際に利用した中学3年生の「キッド」さんは、この仮想空間がなければ「1人ぼっちだなって感じちゃう時もある」と語り、孤独感の軽減に役立っていることが伝えられました。
一方、出版文化の衰退に歯止めをかけるため、DNPは書店の運営にも力を入れています。日本最大級のジュンク堂書店(2009年〜)と丸善(2008年〜)をグループ企業として傘下に入れ、本の文化を守る取り組みを続けています。北島社長は「書店がなくなったり本を読む機会が減ったりすると、意識レベルが下がっていく危険性がある」と危機感を示し、「日本人の文化を高めるために活版印刷で色んな本を印刷をさせていただいたわけなので、それを今でも絶やさないためには色んな工夫が必要」と語っています。
世界トップシェアと国内トップシェア製品が支えるDNPの強み
DNPは多角的な事業展開の中で、世界トップシェアや国内トップシェアを誇る製品をいくつも有しています。番組内で紹介されたところによると、電気自動車に使うバッテリーパウチをはじめとする4つの製品が世界トップシェアを占めています。
また国内では、ICカードやペットボトル用の無菌充填システムがシェアトップを誇ります。これらの強みを生かしながら、従来の得意分野だけでなく新規事業にも積極的に取り組んでいることが、DNPの安定した経営基盤につながっているといえるでしょう。
北島社長は「印刷というのは元々同じものを大量に安く同じ品質で作るという技術」だと説明し、その基本技術を様々な分野に応用していることが、一見関連性のない多角化事業の根底にある共通点だと語っています。
先行き不透明な時代の北島義斉流サバイバル術
先行き不透明な時代において、150年続く企業のトップはどのようにして企業の存続と成長を考えているのでしょうか。北島社長は「変化を恐れずに我々として自分たちが変わっていくということ」がサバイバルに必要だと強調します。
「従来と同じものを提供し続けても、受け入れられてもらえないとか価値を感じてもらえないということにはなってくる」という危機感から、世の中のニーズや人々の求めるものに合わせて変えていく必要性を説きます。そして「失敗しても取り返す方法はある」と、チャレンジ精神の大切さも強調しています。
DNPは現場の社員に対しても、失敗を恐れず挑戦することを奨励。北島社長自身が頻繁に現場を訪れ、「失敗してもいいからどんどん挑戦をしよう。挑戦の最初の1歩は大きなものである必要はない。むしろ是非小さな1歩から始めてもらうことがとても大切だ」と直接伝えています。
まとめ:大日本印刷(DNP)の「未来のあたりまえ」を作る革新経営
創業から150年を迎える大日本印刷(DNP)は、北島義斉社長のリーダーシップのもと、「第三の創業」として従来の「受注型」から「提案型」ビジネスへと大きな転換を図っています。
印刷技術を基盤に、半導体のフォトマスク開発、メタバース事業、ミールワームを活用した養殖餌の開発、書店運営支援など、多角的な事業展開を進めることで、出版不況という厳しい環境の中でも利益は過去10年で1.5倍に増加。売上高1兆4000億円を超える企業へと成長しました。
北島社長が掲げる「未来のあたりまえを作る」というビジョンのもと、社員一人ひとりが世の中のニーズを読み解き、新しい価値を生み出していく企業文化が着実に根付きつつあります。多くの世界トップシェア・国内トップシェア製品を持ちながらも、変化を恐れず挑戦し続けるDNPの革新経営は、先行き不透明な時代におけるビジネスモデルの転換を考える上で、多くの示唆を与えてくれるでしょう。
社内では定期的に展示会を開催し、膨大な製品やサービスを社内外に知ってもらうとともに、営業部門と開発部門の交流を促進してビジネスチャンスを広げる取り組みも行っています。こうした地道な活動が、部署を超えた技術の融合や新たな価値創造につながっているのです。
今後もDNPは、「変化を恐れない」という北島社長の経営哲学のもと、創業150周年という大きな節目を迎え、さらなる革新と成長を目指して進化を続けていくことでしょう。私たちの身近にありながらもあまり知られていなかったDNPの多様な事業と革新的な取り組みは、これからも私たちの生活に「未来のあたりまえ」を届け続けていくことでしょう。
※本記事は、2025年4月10日放送(テレビ東京系)の人気番組「カンブリア宮殿」を参照しています。
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