2024年12月、日本の伝統的酒造りがユネスコ無形文化遺産に登録されることが決定しました。日本酒や焼酎などの製法の核となる「こうじ菌」を活用する独自の技術が、世界的に高い評価を受けたのです。千年以上の歴史を持つ日本の酒造りの魅力と可能性について、詳しく見ていきましょう。
日本の伝統的酒造りがユネスコ無形文化遺産に登録される理由とは
日本の伝統的酒造りの特徴は、「こうじ菌」という微生物を巧みに活用する点にあります。この技術は、世界の醸造技術の中でも極めて独特なものとして評価されています。
ビールやワインの場合、原料に含まれる糖分を酵母がアルコールに変える「一段階の発酵」で済みます。一方、日本酒の場合は、米のデンプンを「こうじ菌」の力で糖分に変え、その後で酵母がアルコールに変えるという「二段階の発酵」が必要になります。
この複雑な工程を、化学的な知識がない時代から、職人たちは経験と伝承によって確立してきました。その技術と知恵が、今回のユネスコ無形文化遺産登録の大きな評価ポイントとなったのです。
こうじ菌の神秘的な力と日本酒造りの独自性
茨城県大洗町にある「月の井酒造店」では、米の旨味を引き出した日本酒づくりで知られています。日本酒造杜氏組合連合会会長を務める杜氏の石川達也さんは、酒造りの工程を次のように説明します。
まず、蒸した米に「こうじ菌」をふりかけ、一粒一粒に菌を繁殖させていきます。このプロセスでは、温度管理が極めて重要です。「こうじ菌」は生きており、発育過程で熱を発します。30度台からスタートし、48時間かけて40度台まで上昇させることで、理想的な状態に仕上がります。
杜氏は五感を使って、こうじ菌の状態を見極めます。温度や水分の具合を手で触って確認し、必要に応じて上下左右の場所を積み替えたり、酸素を与えるためにかき混ぜたりします。この繊細な作業のタイミングが、杜氏の技術の真髄なのです。
300年以上受け継がれる「種こうじ屋」の伝統技術
日本の酒造りを支えてきたのが、「種こうじ屋」の存在です。300年以上の歴史を持つ「菱六もやし」の社長、助野彰彦さんは、25種類ものこうじ菌を扱い、全国約2000の企業に提供しています。
こうじ菌は4種類の色に分かれており、それぞれ用途が異なります。例えば、緑色のこうじ菌は日本酒やみりんの製造に使用されます。年月とともに活動が低下するこうじ菌を絶やさないために、「植え継ぎ」という技術が代々受け継がれてきました。
この技術は、こうじ菌を定期的に培養し、質の良い胞子だけを選んで保存するというものです。明和6年(1769年)に書かれた「もやし法伝書」にも記されているように、室町時代から続く伝統的な技術なのです。
酒場詩人・吉田類と日本の酒情報館・今田周三が語る日本酒の魅力
「遅いよねって僕なんか思います、非常に嬉しいですね呑兵衛としては」と語る酒場詩人の吉田類さん。日本の酒造りのユネスコ無形文化遺産登録について、職人たちの情熱と創造力を高く評価しています。
一方、日本の酒情報館館長の今田周三さんは、日本酒の国際的な価値についてこう語ります。「酒(サケ)という言葉自体は海外でも知られるようになってきましたが、その本質的な価値はまだ十分に理解されていません。日本酒は寿司屋だけのものではなく、こうじの力が生み出す旨味によって、世界中のあらゆる料理と相性が良いのです。」
世界に広がる日本の伝統的酒造りの可能性と課題
2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されて以降、海外の日本食レストランは10年で3倍に増加しました。しかし、国内では日本酒の消費量が1970年代をピークに減少を続けており、人口減少や若者のアルコール離れも相まって、酒蔵の数も減少傾向にあります。
この状況を打開するため、新たな取り組みが始まっています。福井県永平寺町では、地元で200年続く酒造会社が香港の企業と資本提携し、海外市場向けの新商品開発に成功。従来の日本酒にある苦味を抑え、海外の人々の味覚に合わせた商品を開発し、16,500円という高価格帯にも関わらず、5カ国への輸出を実現しています。
新たな挑戦:伝統を守りながら進化する日本酒造り
伝統的な酒造りの技術を守りながら、新しい時代に適応する動きも活発化しています。その一つが「クラフトサケ」の台頭です。福島県で活動する佐藤太亮さんは、日本各地に古くから伝わるどぶろく作りにヒントを得て、ハーブや果物、スパイスなどを加えた新しい酒造りに挑戦。若者たちの関心を集めています。
また、酒蔵の労働環境も大きく変化しています。最新の温度管理センサーやバリアフリー設計の導入により、24時間体制だった従来の働き方を見直し、8時から17時までの勤務を実現する酒蔵も登場。伝統技術の継承と現代的な働き方の両立を目指しています。
さらに「酒蔵ツーリズム」という新しい観光スタイルも注目を集めています。江戸時代や明治時代からの歴史的な建造物である酒蔵を開放し、製造工程を公開することで、日本の酒造り文化への理解を深める取り組みが広がっています。
まとめ:千年の時を超えて継承される日本の酒造り文化
日本の伝統的酒造りは、こうじ菌という独自の微生物を活用し、職人の五感と経験によって受け継がれてきた貴重な文化遺産です。今回のユネスコ無形文化遺産登録を機に、その価値が世界的に認められることとなりました。
しかし、伝統を守るだけでなく、時代に合わせた革新も必要です。今田周三さんが「革新の連続が最終的に伝統を作っていく」と語るように、海外市場への展開やクラフトサケの開発、働き方改革など、新しい取り組みも始まっています。
吉田類さんは「神代の昔から人と人を繋ぐものだ」と語ります。日本の酒造りは、伝統を大切にしながらも進化を続け、これからも世界中の人々の心を繋いでいくことでしょう。
(※:以上の記事は、2024年12月4日放送のNHKクローズアップ現代の内容に基づいています。)
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