2025年9月24日に放送されたNHK「クローズアップ現代」では、全国で初めて最低賃金が時給1000円を超えたにも関わらず、依然として解決されない女性の低賃金問題が取り上げられました。物価高騰や人材流出への危機感から大幅な引き上げとなった最低賃金ですが、その裏には深刻な構造的問題が隠れています。
最低賃金時給1000円超えでも解決しない女性の低賃金問題の実態
2025年度の最低賃金は全国平均で時給1121円となり、31の県で初めて1000円の節目を超えました。しかし、この歴史的な引き上げにも関わらず、女性を取り巻く労働環境の改善は遅々として進んでいません。
最も注目すべき点は、最低賃金レベルで働く約700万人のうち、実に7割を女性が占めているという現実です。つまり、最低賃金の引き上げは表面的な数字の改善に過ぎず、女性の労働価値が適正に評価されていない根本的な問題は解決されていないのです。
番組に寄せられた視聴者からの声を見ると、その深刻さがより明確になります。「家事育児介護地域の雑用などを無休か最低賃金で押し付けられている現状だ」という切実な訴えや、「一番語りたくてでも田舎で今も暮らす母や祖母のことを考えると語りづらいのが地方女性のテーマです」といった複雑な心境を吐露する声が800件を超えて寄せられました。
地域間格差200円以上が示す深刻な現状とその背景
最低賃金の引き上げが実現した一方で、地域間格差はむしろ拡大している現状があります。最も高い東京都の1226円に対し、最も低い高知県、宮崎県、沖縄県は1023円と、その差は200円以上に及んでいます。
この格差は単純に生活費の違いだけでは説明できません。地方では「女性はパートという価値観」が根強く、正社員として働く機会そのものが限られているケースが多いのです。愛知県出身の女性が語った「女性で1人前の給料がもらえるっていうところが地元にはすごく少ない」という言葉は、多くの地方女性の実感を代弁しています。
さらに深刻なのは、地方を去らざるを得ない女性たちの存在です。秋田在住の大学生が涙ながらに語った「秋田にはもういたくないなとすごい思ってて」という言葉からは、故郷への愛情と現実への絶望が複雑に絡み合った心境が伝わってきます。母親がパートを転々とし、履歴書が長くなることをバカにされる現実を目の当たりにして、将来への希望を見出せない状況なのです。
「お支度」文化に見る地方女性を縛る性別役割分担の構造
宮城県気仙沼市の調査で明らかになった「お支度」という言葉は、地方女性を取り巻く構造的問題を象徴的に表しています。お支度とは、女性が家族のために三度の食事を整え、家事を完璧にこなすことを指す地域独特の表現です。
この慣習は単なる伝統文化ではなく、女性の労働価値を制限する深刻な要因となっています。縫製会社の経営者が語った「この人頑張ってるなっていうので、ちょっと技術手当てつけようかなとかね。こちらがそういう気持ちがあっても相手が、ねぇ重荷に感じる」という証言は、女性自身が昇格や昇給を拒む現象を如実に示しています。
フルタイムで働く女性の平均賃金が男性の74.6%に留まっている宮城県の現状は、このような文化的背景と密接に関連しています。男性が外で働き、女性が家を守るという役割分担が、職場においても女性を補助的な立場に固定化する要因となっているのです。
小安美和氏が分析する地方企業の「思い込み3点セット」とは
Will Lab代表取締役の小安美和氏は、番組の中で地方企業に共通する「思い込み3点セット」について詳しく解説しました。これは「この地域では難しい」「中小企業では難しい」「女性自身がこの町では活躍したいと思ってないんだ」という3つの決めつけを指します。
この思い込みが生み出す「意欲の冷却」現象は、女性の労働意欲と企業の採用意欲の両方を削ぐ悪循環を生んでいます。女性が「私はこれ以上活躍したいと思わない」「補助的な役割でいい」と考えるようになり、それを見た企業も「女性は本当にやる気がないんだ」と思い込んでしまう構造です。
小安氏が指摘する通り、この問題の核心は職場と家庭の男女役割分担を「利用し合って地域社会をうまく回してきた」点にあります。女性のケア労働が無償であることを前提とした社会システムが、職場においても女性の労働価値を低く見積もる根拠として機能しているのです。
気仙沼市の成功事例:女性社員昇格で変わった職場環境
一方で、変化への取り組みも始まっています。気仙沼市の魚具卸売会社(アサヤ株式会社)を経営する廣野一誠氏(42)の事例は、地方企業でも女性の待遇改善が可能であることを示す貴重な成功例です。
10年前に家業に入った廣野氏が直面したのは「女性は35歳になったらパートになるから」という暗黙のルールでした。勤続30年以上の村上忍さん(52)は、数万点に及ぶ部品の在庫管理を一手に担っていたにも関わらず、30代後半でも月の手取りは12、3万円ほどでした。
2016年に全社員との個別面談を実施した廣野氏は、女性たちの働きぶりを正当に評価してこなかった現実に気づきます。役職ごとの仕事内容を明確化し、能力に応じた賃金体系を導入した結果、2025年春には村上さんを含む事務の女性3人が係長に昇格し、役職手当も支給されるようになりました。
「せっかくやる気を持って自分から主体性を発揮して仕事に専念してる人が、あ、私バカみたいって思っちゃってるってものすごい損失だなと思って」という廣野氏の言葉は、経営者の意識変革がいかに重要かを物語っています。
山本蓮氏の地方女子プロジェクト:埋もれた「はて?」の可視化
山梨県出身の山本蓮氏(26)が展開する地方女子プロジェクトは、地方女性の声を政策に反映させる画期的な取り組みです。これまで100人以上の地方女性の声をSNSで発信し、その活動が石破総理大臣の目に留まるほどの影響力を持っています。
山本氏が集めた女性たちの声には「地方にはやりたい仕事がない」「結婚出産の圧力が息苦しい」「地域で女性の役割を求められるのが嫌だ」という共通した傾向が見られます。これらの「はて?」と感じる体験は、従来見過ごされがちでしたが、SNSを通じて可視化されることで社会問題として認識されるようになりました。
興味深いのは、石破総理との面談で「地方のおじさんたちは女性が何考えてるか分かんない」という率直な発言を引き出したことです。これは政治レベルでも地方女性の声が届いていない現実を示しており、山本氏の活動の意義を裏付けています。
ITスキル習得支援で実現した年収70万円アップの転職成功例
具体的な解決策として注目されているのが、高度ITスキルの習得支援です。AIやプログラミングなど未経験から習得できる講座では、受講した女性の転職後の年収が平均480万円ほどとなり、受講前に比べ70万円以上の増加を実現しています。
新潟県三条市では独自の補助金を上乗せして無料受講を可能にし、説明会には合計200人以上が集まりました。経済部の大森裕一主幹は「お恥ずかしながら取り組みをするまでは、そこにニーズがあるということがよく分かっておりませんでした」と述べ、潜在的な女性の学習意欲の高さに驚きを示しています。
県内大手メーカーで17年間補助的な仕事に従事していたたかえさん(41)は、講座参加後にアプリ開発の仕事を始めました。「以前は、その5年後自分の仕事が変わっているイメージができなかったんですけど。今はきっと5年後今よりもずっとできるようになっている」という言葉からは、新たなキャリアへの希望が感じられます。
自治体・企業が取り組むべき女性の低賃金解消への具体策
番組では、68の自治体が参加する国の会議も立ち上がり、地域での働き方や職場のあり方を変えていく動きが加速していることが紹介されました。小安氏は有識者委員として、具体的な改革のポイントを示しています。
最も重要なのは「この地域ではできないという思い込みを脱却すること」です。そのためには地域のトップと経済分野のトップが「やると決めること」が不可欠です。人事評価制度を設けている企業の割合を見ると、30人以下の企業では25.1%しか導入していませんが、これは若者や女性が魅力を感じる職場作りには必須の「標準装備」だと小安氏は強調しています。
国や自治体による支援メニューも充実しており、小規模企業でも取り組みやすい環境が整いつつあります。重要なのは「何も言わないと何も変わらない」という現実を受け入れ、男性も女性も不満や疑問を声に出していくことです。
まとめ
2025年の最低賃金引き上げは歴史的な前進でしたが、女性の低賃金問題の根本的解決には程遠いのが現状です。地域間格差200円以上という数字の裏には、「お支度」文化に象徴される性別役割分担意識や、小安美和氏が指摘する「思い込み3点セット」など、複雑で根深い構造的問題が存在しています。
しかし、気仙沼市の廣野氏の取り組みやITスキル習得支援による年収70万円アップの実績は、地方でも変化が可能であることを示しています。山本蓮氏の地方女子プロジェクトが可視化した女性たちの「はて?」という疑問は、変革への第一歩となる貴重な声です。
最も印象的だったのは、50代女性からの「今年は自分の父に私は奴隷を廃業しましたと宣言した」というメッセージです。個人レベルでの意識変革が、やがて地域社会全体の変化につながる可能性を示唆しています。
地方女性の低賃金問題は、単なる経済問題ではなく、社会全体の価値観や構造に関わる複合的な課題です。しかし、当事者の声を聞き、具体的な行動を起こしていけば、必ず変化を起こすことができるはずです。
※ 本記事は、2025年9月24日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
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