2026年3月10日放送のNHK「クローズアップ現代」では、東日本大震災から15年を迎えた震災遺児たちの今が特集されました。あしなが育英会による支援やアンケート結果、精神科医・宮地尚子教授の解説を交え、遺児たちの「これから」を支えるために私たちにできることを考えます。番組内容を詳しくまとめました。
東日本大震災から15年―震災遺児1810人の今と心のケアの課題
2011年3月11日に発生した東日本大震災で、親を失い遺児・孤児となった子どもは1810人にのぼります。あれから15年が経った2026年、その8割が成人しました。卒業、就職、結婚、出産――人生の節目を迎えるたびに、そばにいてほしかった親がいないという現実を突きつけられてきた子どもたちです。
番組では、民間団体「あしなが育英会」が実施したアンケート調査の結果も紹介されました。自由記述欄には「亡くなったものは多いが、その分手にしたものもたくさんある」「亡くなった父を思うと今も悲しいが、きっとそばで見てくれていると思う」という前向きな声がある一方で、「今でもあの時の経験がフラッシュバックし苦しんでいる」「15年たっても心に負った傷は治ることはない」という切実な声もありました。
ここで筆者が注目したいのは、15年という時間の重みです。世間では「もう15年」と思いがちですが、遺児たちにとっては「まだ15年」なのかもしれません。むしろ大人になったからこそ直面する場面が増え、喪失感がより鮮明になるケースもあることが、この番組を通じてよく伝わってきました。
被災者に特化した支援は、岩手・宮城の被災地でこの先縮小していく方向にあります。心のケアをどう継続していくのか、これは社会全体で向き合うべき大きな課題です。
五十嵐萌さんの歩み―母への自責を越え出産で気づいたこと
番組の中心的な存在として取り上げられたのが、五十嵐萌さん(29歳)です。宮城県石巻市の出身で、震災で母・あかねさんを津波で亡くしました。
萌さんの心の傷は、深い自責の念と結びついていました。あの日、萌さんが自宅にいることを母に連絡したことが、母が迎えに来る途中で津波に遭う結果につながったのです。「自分が連絡しなきゃ、もしかしたら死ななかったかもしれない」「自分が生まれてなかったら、ママはこういう目に遭わなかったかも」――NHKの取材班は、高校生の頃から萌さんの歩みを追い続けてきました。
当時、祖父の久さんは、萌さんが仏壇の線香をあげないことを気にかけていたといいます。萌さんはSNSに「手を合わせても生き返ってこないって分かってるから、余計に合わせるの嫌」と綴っていました。母の死を受け入れられない当時の心情が、そこからにじみ出ています。
高校卒業後は仙台の短大に進学し、子どもと関わる仕事を志して保育士になった萌さん。あしなが育英会の「集いの場」に10年間欠かさず通い続け、同じ境遇の仲間たちに支えられてきました。
そして2025年12月、萌さんは女の子を出産しました。どんなお母さんになりたいかと尋ねられた萌さんは、「楽しいことを一緒にやりたい、お出かけいっぱいしたい。普通のことでいいから」と答えました。この「普通のこと」という言葉には、母との日常を突然奪われた萌さんだからこその重みがあります。
出産を経て、萌さんの中で少しずつ変化が生まれています。「こんな思いで子育てしてたのかなって」と母の気持ちを想像するようになり、「線香あげなくても怒るような人じゃないだろうな」「思い出すだけでもそれは供養になる」と語るようになりました。15年かけて、萌さんは自分なりのペースで母との向き合い方を見つけつつあるのだと感じました。
太一さんが見つけた「言葉にする」勇気と周囲の受け止め方
番組ではもう一人、24歳の太一さんの歩みも紹介されました。岩手県大槌町出身の太一さんは、小学3年生の時に母・千賀子さん(震災当時28歳)を津波で亡くしています。
まだ停電が続いていたある寒い朝、父親から「母さんはもう死んじゃった」と告げられたあの瞬間を、太一さんは今でも鮮明に覚えています。その後、部屋に引きこもる生活が続きましたが、ソーシャルワーカーのナム・キョンウォンさんが「大丈夫です」と壁を作る太一さんに、ドライブや食事に誘うなど、粘り強く寄り添い続けました。
自分も辛い子どもたちの力になりたいとソーシャルワーカーを目指した太一さんは、仙台の大学に進学しますが、半年後、朝起きられなくなります。冬の朝が、母の死を告げられたあの日の寒さを思い出させたのです。さらに被災地である仙台では「みんなも辛いから自分だけがとは言えない」と、周囲に弱さを見せることができませんでした。2年間休学の末、大学を辞めています。
転機は、環境を変えようと移り住んだ大阪でした。職場の人たちに、勇気を出して自分の経験を打ち明けたところ、相手は涙を流し、「お父さんぐらいだと思っていいから、これからも頼りにしていいよ」と受け止めてくれたのです。そしてその後も、特別扱いせずフラットに接してくれたこと――太一さんにとってはそれが一番嬉しかったといいます。
この太一さんのエピソードは、「周囲がどう受け止めるか」という点において、非常に大きな示唆を含んでいます。気の利いた言葉も、解決策も必要ない。ただ聞いて、ただいつも通り接する。それだけで人は救われることがあるのだと、改めて考えさせられました。
あしなが育英会「集って語り合える場」が果たす役割とは
あしなが育英会は、病気や災害、自死などで親を亡くした子どもたちを奨学金・教育支援・心のケアで支える民間非営利団体です。東日本大震災後には仙台市・石巻市・陸前高田市に「レインボーハウス」を建設し、心のケアの拠点として活動を続けてきました。
番組で紹介された仙台駅近くの「集いの場」は、18歳以上の若者たちが定期的に集まる支援の場です。あしなが育英会では当初、子どもたちの心のケアは高校生までと考えてきました。しかし、子どもたちから「18歳を過ぎてもみんなで集える場が欲しい」という声が上がり、成人後も「集って語り合える場」の提供を続けています。
スタッフの山下高文さんは、「18歳を超えると見る世界や関わる人が変わり、生活が大きく変わる。親を亡くしたことは二十歳を超えても30歳になっても向き合わなければならない」と語っています。
番組で紹介されたアンケートでは、「話せる場所や相手はいたが、話したくなかった」と答えた遺児がおよそ3割。その理由として「どう表現したらよいか分からなかった」「相手にマイナスの影響が出る気がした」がいずれも40%を超えていました。
ここから見えてくるのは、「場所がある」だけでは不十分だということです。同じ境遇の仲間がいて、無理に話さなくてもいい空気があって、話したいときに受け止めてもらえる――そういう環境が継続的に必要なのです。あしなが育英会が提供し続けている「集いの場」は、まさにそのような安心できる居場所としての機能を果たしていると言えるでしょう。
宮地尚子教授が語る喪失との向き合い方と周囲の心がけ
番組に出演した宮地尚子教授(一橋大学大学院社会学研究科・特任教授、精神科医)は、トラウマ研究の第一人者として知られる方です。「環状島モデル」の提唱者であり、災害後の心の傷と社会の関わりについて長年研究を続けてこられました。

一橋大学大学院社会学研究科の宮地尚子教授 (引用:「北欧、暮らしの道具店」HPより)
宮地教授がまず強調したのは、「喪失はその時一回限りではない」ということです。就職、結婚、妊娠、出産――人生の節目のたびに「あの人に相談したかったのに」「一緒に喜んでほしかったのに」と、不在を突きつけられる。時間が経てば元気になるはず、と周囲は思いがちですが、実際にはそうではないのです。
また、遺児たちが話したくない理由について、「自分の中にいろんな気持ちがあって整理できない」「一度蓋を開けたらコントロールできなくなるのが怖い」「相手に辛い思いをさせるのでは」「被災者同士だと辛さの比較になってしまう」と、丁寧に分析されていました。
周囲の心がけとして宮地教授が挙げたのは、驚くほどシンプルなことでした。気の利いた言葉や解決策は不要で、「ただ聞くだけでいい、むしろ聞くだけの方がいい」。相手が話したくなったらいつでも聞くよというメッセージを伝えて、あとはただ一緒にいる、楽しいことを一緒にする。そして話を聞いた後も、フラットに同じ感じで関わり続けること。
筆者はこの宮地教授の言葉に、大きなヒントがあると感じました。私たちは無意識に「何かしてあげなきゃ」と思いがちですが、実はそれが相手にとって負担になることもある。隣にいる人がもしかしたら大きな喪失を抱えているかもしれない、その可能性を感じながら接すること。そして自分自身の弱さも率直に話せるようになれば、社会全体がもっとしなやかになれるのではないでしょうか。
まとめ
2026年3月10日放送の「クローズアップ現代」は、東日本大震災から15年を迎えた震災遺児たちの今を丁寧に伝えた回でした。
五十嵐萌さんが出産を経て母への思いに新たな変化が生まれていること、太一さんが大阪で「言葉にする」勇気を見つけたこと、あしなが育英会が18歳以降も「集って語り合える場」を提供し続けていること、そして宮地尚子教授による「ただ聞くだけでいい」「フラットに接し続けること」という提言――どれも心に深く残る内容でした。
番組の最後では、遺児に寄り添うボランティア(ファシリテーター)の養成講座が全国各地で開催されていることも紹介され、15年間で2000人以上が受講しています。支援の輪は確実に広がっています。
15年は決してゴールではありません。震災遺児たちの「これから」を、社会全体で静かに、しかし確かに支え続けていくこと。そのために私たち一人ひとりができることは、まずこの番組が伝えたメッセージに耳を傾けることから始まるのかもしれません。
※ 本記事は、2026年3月10日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
※ あしなが育英会の公式サイトはこちら。


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