2026年3月1日放送(TBS系)の「がっちりマンデー!!」で紹介された浅草開化楼と、カリスマ製麺師・不死鳥カラスさんが気になっていませんか?この記事では、つけ麺ブームを陰で支えた浅草開化楼の秘密や、不死鳥カラスさんの正体、六厘舎やつけ麺TETSUとの関係まで、番組内容をもとにわかりやすくまとめています。読み終わる頃には、あなたが普段食べているつけ麺の見え方が、きっと変わりますよ。
浅草開化楼とは?つけ麺ブームを陰で支えるカリスマ製麺所
2026年3月1日放送の「がっちりマンデー」(TBS系)で、「縁の下のがっちり食品工場」として紹介されたのが、東京・台東区にある老舗の製麺所「浅草開化楼」です。
浅草開化楼は1950年(昭和25年)に創業した歴史ある製麺所で、約40坪ほどの作業場で多くの職人が手作業で麺を作っています。番組に出演した取締役の坂上亮介さんによると、現在の売上は約10億円とのこと。「そんなに儲かっているわけではない」と謙遜されていましたが、注目すべきはここで作られた麺が数多くの有名ラーメン店・つけ麺店で使われているという事実です。
ラーメン業界では、お店の入り口に「浅草開化楼」と書かれた木箱が置いてあると、「ここは間違いない」と思う人が多いと言われています。番組ゲストのギャル曽根さんも「開化楼の看板を見ると、あ、美味しいんだ行こうってなっちゃいます」とコメントしていたほど。製麺所でありながら、お客さんにとって”味の保証”のようなブランドになっているのは、本当にすごいことですよね。
使っている機械は旧型で、素材も特別なものではないそうです。それなのに有名店がこぞって頼むのは、後述する一人のカリスマ製麺師の存在が大きいのです。
不死鳥カラスの正体|元プロレスラーが製麺師になるまで
番組で大きなインパクトを残したのが、マスク姿で登場した「不死鳥カラス」さんです。その異様な見た目にスタジオからも「えー!」「怖いよ」と驚きの声が上がっていました。
不死鳥カラスさんは、実は元プロレスラーという異色の経歴の持ち主。番組内では、プロレスラーの大仁田厚さんの元マネージャーだったことも明かされました。月刊食堂の通山茂之さんによると、大仁田さんから「インパクトが大事」ということを教わり、そのスピリットを製麺の世界にも持ち込んでいるのだとか。
カラスさんが浅草開化楼に入社したのは、もともとご実家の町中華の麺の仕入れ先だったことがきっかけ。最初はレスラーとの二足のわらじだったそうですが、番組放送時点で勤続25年目のベテランです。
ラーメン業界では知らない人がいないほどの有名人でありながら、あくまで製麺所の一社員として黒子に徹する姿勢。その姿勢こそが、多くのラーメン店主から絶大な信頼を集めている理由なのだと感じます。「縁の下の力持ち」とはまさにこの人のためにある言葉ではないでしょうか。
つけ麺専用麺の誕生|小麦粉の配合を変えた革命的な発想
番組で最も興味深かったのが、「つけ麺専用の麺」が生まれた経緯です。
実は、つけ麺ブームが訪れる前は、つけ麺の麺にはラーメンの麺がそのまま使われていました。しかし、あるお店の店主から「もっとコシのある麺にしたい」という要望を受けたカラスさんは、「ラーメンの麺ではコシを出すのに限界がある」と考え、それならつけ麺専用の麺を一から作ろうと発想を転換したのです。
具体的には、ラーメンの麺に使っていた小麦粉ではなく、うどんなどに使う中力粉をベースにしたブレンドに切り替えました。これによって、つけ麺に求められる独特のコシとモチモチ感を実現したのです。
さらにカラスさんが追求したのは、麺そのものの「甘さ」です。つけ麺はスープにつけて食べるものだから、「麺だけでも食べさせられる」ものにしたいと考えたカラスさんは、小麦粉の配合をさらに研究。詳細は企業秘密とのことですが、ほんのり甘さを感じる麺を完成させました。
個人的に印象的だったのは、番組でギャル曽根さんが「小麦粉の配合だけでなんだ」と驚いていた場面です。特別な素材や最新鋭の設備ではなく、配合の工夫だけで革命的な麺を生み出したところに、職人としての凄みを感じます。
六厘舎・つけ麺TETSUで大ブレイク!ブームの火付け役に
カラスさんが開発したつけ麺専用麺は、あの「六厘舎」に採用されたことで一気にブレイクしました。六厘舎といえば、東京駅の東京ラーメンストリートにも店舗を構え、長蛇の行列で知られるつけ麺の超人気店です。この六厘舎の麺を手がけていたのが浅草開化楼だったのです。
さらに、カラスさんが小麦粉本来の甘さを追求して作り上げた麺は、つけ麺TETSUでも採用され、こちらも大ブレイク。番組では「つけ麺ブームの火付け役」として紹介されていました。
つまり、2000年代に巻き起こった空前のつけ麺ブームの裏側には、浅草開化楼の不死鳥カラスさんが開発した「つけ麺専用麺」があったということです。ブームを表から牽引したのは六厘舎やTETSUのような人気店ですが、その麺を裏側から支えていたのはたった40坪の町工場だった——この構図がとても痛快ですよね。
番組でも加藤浩次さんが「裏で暗躍してんのは食品工場ですよ!」と冗談交じりに言っていましたが、まさにそのとおり。食のトレンドの裏には、必ずそれを支えるものづくりの現場があるのだと改めて実感させられました。
ラーメン大至・神田勝本も!店ごとに作るオリジナル麺のこだわり
カラスさんのすごさは、つけ麺専用麺の開発だけにとどまりません。各お店の要望に合わせて、オーダーメイドでオリジナルの麺を作っている点も番組で紹介されていました。
たとえば、御茶ノ水の「ラーメン大至」では、太麺が主流のつけ麺業界であえての「細麺つけ麺」を店主と二人三脚で開発。普通なら細麺だとスープの旨味に負けてしまうところを、カラスさんの麺は細麺でもしっかり味わいがあり、今ではお店の名物になっているそうです。
また、「つけそば神田勝本」では、なんとカラスさんの発案で麺の「二種盛り」が看板メニューになっています。芯がしっかりした歯切れのいい細麺と、もっちり感と弾力を兼ね備えた中太平打ち麺。それぞれ小麦粉の配合が異なるため、同じスープでも一杯で二つの味わいが楽しめると大人気です。
このように、カラスさんは単に麺を納品するだけでなく、店主と対話しながらお店の魅力を一緒に作り上げていく存在です。これが「自家製麺にも負けない」と言われる浅草開化楼の強さの本質なのだと思います。ものづくりの技術だけでなく、お店に寄り添う姿勢があるからこそ、ラーメン業界でこれほどの信頼を得ているのでしょう。
まとめ|がっちりマンデーで紹介された浅草開化楼と不死鳥カラスの凄さ
2026年3月1日放送の「がっちりマンデー」で紹介された浅草開化楼は、1950年創業の老舗製麺所でありながら、つけ麺ブームの立役者とも言える存在でした。
その中心にいるのが、元プロレスラーで大仁田厚さんの元マネージャーという異色の経歴を持つカリスマ製麺師・不死鳥カラスさん。中力粉ベースの小麦粉の配合でつけ麺専用麺を生み出し、六厘舎やつけ麺TETSUでの採用を通じてブームを支えました。さらに、ラーメン大至の細麺つけ麺や、神田勝本の二種盛りなど、店ごとのオリジナル麺の開発でも活躍しています。
普段何気なく食べているつけ麺の裏に、こんなドラマがあったとは。次につけ麺屋さんに行ったときは、ぜひ店先に「浅草開化楼」の木箱がないか探してみてください。きっと、一杯の味わいがもっと深くなるはずです。
※ 本記事は、2026年3月1日放送(TBS系)の人気番組「がっちりマンデー!!」を参しています。
※ 浅草 開化楼の公式サイトはこちら。







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