「あれだけ便利な一等地なのに、どうして再開発が止まってしまうの?」——そんな疑問を持った方も多いのではないでしょうか。2026年6月8日に放送された「クローズアップ現代」では、新宿や名古屋で再開発工事が中断・延期に追い込まれる事態が特集されました。この記事では、再開発工事が進まない理由を建設業界の構造からやさしく解き明かし、これからの街づくりのヒントまでお届けします。
クローズアップ現代「再開発工事が進まない理由」とは|中断延期を招く3つの背景
さっそく結論からお伝えします。一等地でさえ再開発工事が進まない理由は、大きく3つに整理できます。①建設資材と人件費の高騰、②工期が長期化することによる費用の見通しの立たなさ、③設備工事を担う専門業者(サブコン)の人手不足、です。
番組では、NHKが全国の駅周辺再開発について主体となる企業や自治体にアンケートを行ったところ、回答したうちの約7割が「計画の見直し・中止・中断を迫られている」と答えたことが紹介されました。これは一部の地方都市の話ではありません。経済の中心である東京の新宿駅・池袋駅・渋谷駅でも、計画の見直しに直面していることが分かったのです。
私が注目したいのは、これが「景気が悪いから止まっている」のではない、という点です。むしろ需要はある。便利な場所に新しいビルを建てたい企業も、賑わいを取り戻したい街も存在しています。それでも前に進めない。つまり今起きているのは“やる気の問題”ではなく“仕組みの問題”なのだと、まず押さえておきたいところです。
新宿駅南口・名古屋駅前…“一等地”でも再開発工事が中断延期する実態
具体的な現場を見てみましょう。東京駅の目の前では、最終的に385メートルと「日本一の高さ」になる予定の地上62階建ての超高層ビルが建設中です。2023年に着工し、2年後の2028年完成を目指していますが、着工した3年前と比べてコンクリートの価格は約3割(28.5%、2023年平均と2026年3月の比較)も上昇。人件費も16.2%上がり、中東情勢の影響で塗料など石油関連資材の確保まで難しくなっています。番組では、本来グレーであるはずの錆止め塗料が手に入らず、白い錆止め塗装をして搬入された部材も映し出されました。建っている現場ですら、ぎりぎりの運用なのです。
より深刻なのが名古屋です。名鉄名古屋駅周辺では、百貨店が入るビルなどを解体し、10年以上かけて地上31階の超高層ビルを建てる計画でした。総事業費は8000億円以上、年間2800億円の経済効果が見込まれた駅直結の巨大プロジェクトです。ところが、工事を担うはずだったゼネコンが人材確保の難しさを理由に突如入札を辞退し、計画は事実上の中断に。名古屋鉄道の高崎裕樹社長は「無念の思いでいっぱいです」と語りました。対象だった百貨店は計画を変えられないまま2026年2月に閉店し、解体を含むスケジュールはすべて未定となっています。リニア中央新幹線の開業を見据えた“名古屋の未来をかけた一大プロジェクト”が、宙に浮いてしまったわけです。
なぜ建設業界は「転換期」に?資材高騰と人手不足のダブルパンチ
では、なぜここまで建設業界が苦しくなったのでしょうか。番組に出演した明治大学教授の野澤千絵さんは、長年懸念されてきた「インフレという時代の転換期」と、電気設備工事やエレベーターなどを担う専門業者の人手不足、この二つの“ダブルパンチ”がいよいよ表面化したと指摘します。
ここに、再開発ならではの構造的な弱点があります。日本建設業連合会の宮本洋一相談役(清水建設相談役)は、再開発は計画から完成まで10年、15年と期間が長いと説明します。デフレ下では受注時の見積もりと実際の建設費に大きな差は生まれませんでした。ところが物価が上がり続ける今は、最終的に建設費がどこまで膨らむか読めない。だからゼネコンは「とてもできない、今回は難しい」と受注をためらう——各地で同じことが起きているのです。
裏を返せば、長くデフレに最適化してきた日本の再開発モデルが、インフレの時代に合わなくなったということです。これは建設業界だけの話ではなく、「安く長く待てば帳尻が合う」という前提で動いてきた、私たちの社会全体の思考のクセが問われているのだと私は感じます。
データセンター・半導体工場の建設ラッシュが再開発工事を遠ざける理由
人手不足には、もう一つ見逃せない要因があります。それが、データセンターや半導体関連工場の建設ラッシュです。産業競争力を強化するため国が補助金で後押ししており、空調や電気設備を担うサブコンの仕事が一気に増えました。
注目すべきは、これらの施設が再開発に比べて工期が短いという点です。工期が短ければ、その間に工事費が高騰するリスクも小さくなります。番組で取材を受けた大手サブコンは、新たに専門部署を立ち上げ、関東に3人・西日本に10人と人材を積極配置して半導体工場の受注を増やそうとしていました。専務は「再開発事業には少し慎重に対応する」と明言しています。
つまり、限られた職人や技術者という“パイ”を、工期が短く割の良い案件が先に取っていく。同じ建設需要でも、再開発は後回しにされやすい立場に置かれてしまったのです。これは個々の企業の合理的な判断であり、誰かが悪いわけではありません。だからこそ、市場の力だけでは解決しにくい——ここに問題の根深さがあると思います。
野澤千絵教授が語る「新たな時代のまちづくり」|プランB・余白・公共的価値
ここからは、では、これからの街づくりはどうあるべきか、というお話です。野澤千絵さんが提示したキーワードは、「再利用」「余白」「公共的価値」の3つでした。
これまでの再開発の主流は、広い土地を確保し、なるべく大きく高く建てて、生み出した床(フロア)の賃料で利益を得るという考え方でした。しかし規模が大きいほど工期は延び、物価上昇局面では見通しが立ちません。野澤さんは「どこもかしこも高く大きくできる時代ではなくなった」と語ります。需要が見込める一等地ですら難しいなら、床価格を高く設定できない地方都市はさらに深刻だ、という指摘は重く響きます。
そこで“プランB”として浮かぶのが、既存の建物をリノベーションして使い続けながら、長い時間軸で街を育てていく発想です。さらに「余白」も鍵だといいます。国土交通省の懇談会では、可変性のある広場のような空間を街に取り込む重要性が議論され、東京・立川では指定容積率の3分の1程度しか使わず、24時間開かれた民有地の広場が実現しているそうです。建物のボリュームを抑えれば初期投資も工期も小さくなり、賑わいが街にお金を落とす好循環が生まれる——この発想の転換は、今の時代にとても理にかなっていると感じます。
中断延期を乗り越える新手法|基礎の再利用・中小規模開発・日本橋浜町の事例
理屈だけでなく、すでに動き出している現場もあります。東京のあるゼネコンは、地下の基礎を再利用して杭を打ち直す工程を省く新工法を導入しました。もともとあった基礎をコンクリートで補強し、緻密な計算のもとで部分的な基礎を作ることで、杭なしで新しい柱を立てられるようにしたのです。この現場では工事期間が13か月短縮され、コンクリートの使用量もおよそ4億円分削減できたといいます。
もう一つ、高層化に頼らない再開発も生まれています。東京・日本橋浜町では、不動産事業者が中心となり、老朽化したオフィスビルや空き家を統一感のあるデザインで中小規模に建て替える取り組みが続いています。一つひとつの工事が短期間で済むため、資材費の高騰など情勢の変化に対応しやすいのが強みです。設計施工を担う会社の社長は「価格が高い、物資が入らないときは違うアイデアを出し、コンセプトは守る。この規模感ならなんとかなる」と話します。
さらにこの現場では、住民や地元企業との交流会を毎月開き、「映画館が欲しい」といった地元のニーズを拾って入居者の希望を聞きながら設計しています。その結果、テナントの定着率が高まり、長く住み続けてもらうことで採算を確保しているのです。「大きく一気に」ではなく「小さく長く」。一見地味ですが、街を“こわさず育てる”このやり方こそ、これからの本命になり得ると私は思います。
法改正で何が変わる?再利用と「余白」を後押しする国の支援策
こうした流れを受け、国も動き始めました。番組では、これまでの再開発に加えて、リノベーションや将来を見据えた使い道を盛り込んだ街づくり計画に対し、補助金や貸し付けといった金融的な支援を行う法改正が紹介されました。規制緩和で民間主導の開発をしやすくしてきたこれまでの都市再生から、一歩進んだ転換点といえます。
野澤さんは、公共的価値と経済的価値の両立が打ち出された意義は大きいと評価します。これまでの開発は収益最大化を目指すあまり、どこか画一的になりがちだった、という反省もあるからです。「個性」「共感」「余白」「可変性」——こうしたキーワードが、これからの街の合言葉になっていきそうです。ただし両立は簡単ではありません。だからこそ、既存の概念を打ち破る創意工夫が全国に広がるかどうかが、本当の勝負になるはずです。
【SNS考察】視聴者の反応・感想|高層ビル偏重への疑問と街の未来
この種の再開発特集には、ネット上でも以前から根強い声が寄せられています。代表的なのが「とにかく高層ビルを建てればいい、という時代はもう終わったのでは」という疑問です。ニューヨークのように中層のビルが連続して立ち並ぶ街並みのほうが、かえって連続性と賑わいが生まれるのではないか、という意見もよく見かけます。
また、「再開発のしわ寄せは、結局そこに暮らす住民や小規模な地権者に来る」という不安や、「完成予想図という“夢”だけ見せられて計画が止まると、街全体が冷えていく」という落胆も少なくありません。番組で紹介された名古屋の商店街理事長の「夢があれば待てる。その夢を早く描いてほしい」という言葉は、まさにこうした生活者の本音を代弁しているように感じます。
私が思うのは、今回の番組が示した「余白」や「再利用」という方向性は、こうした視聴者の直感と実はよく一致している、ということです。高さや床面積という分かりやすい数字ではなく、「その街でどう過ごしたいか」という体験の質に価値が移りつつある。中断・延期というネガティブな出来事の裏で、私たちの街への期待そのものが静かに変わり始めているのかもしれません。
まとめ
今回のクローズアップ現代は、新宿や名古屋といった一等地ですら再開発工事が中断・延期に追い込まれる理由を、建設業界の転換期という切り口で描き出しました。資材と人件費の高騰、長期化する工期のリスク、データセンターなどに人材が流れることによるサブコンの人手不足。この3つが重なり、これまでの「大きく高く」というモデルが限界を迎えています。
一方で、基礎の再利用による工期短縮、日本橋浜町のような中小規模の積み重ね、そして「余白」や「公共的価値」を重視する野澤千絵さんの提言など、新たな時代のまちづくりの芽は確実に育っています。法改正による後押しも始まりました。止まってしまった工事を嘆くだけでなく、「どんな街で暮らしたいか」を私たち自身が考え直す——そんな転換点に、いま私たちは立っているのだと思います。
※ 本記事は、2026年6月8日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。





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