40度を超える日も珍しくなくなった夏。「どの道を歩けば涼しいのか」を教えてくれる技術があると聞いたら、驚かれるでしょうか。テレビ東京系「ブレイクスルー」で紹介された微気象は、数メートル単位で暑さや風を予測する新しい気象技術です。この記事では、東京科学大学の大西領さんが挑む微気象の仕組みと、涼しいルートが分かる理由、そしてすでに始まっている街づくりへの応用までを解説します。読み終えた頃には、来年の夏の歩き方が少し変わっているかもしれません。
微気象とは?大西領が挑む「地上100メートル」の気象
微気象とは、漢字で書くと「微小」の「微」に「気象」。私たちの社会生活や建物の影響を直接受ける、地面近くの狭い領域の詳細な気象を指します。番組で大西さんが説明していたのは、地上100メートルほどまでの、風や暑さといった人間の活動に直結する範囲です。
面白いのは、この分野がこれまでほとんど手つかずだったという点です。理由は「サイズ」にありました。気象の研究者にとって、数メートル単位の現象は小さすぎる。一方で工学の研究者にとっては、大きすぎる。建築分野では、ビル一棟がどう風の力を受けるかというシミュレーションは以前から盛んに行われてきました。しかし微気象の範囲になると、ビルが100棟も含まれてしまう。どちらの陣営からも「自分の担当ではない」と見なされ、研究が進まなかったのです。
大西さんは工学の出身です。だからこそ、この隙間に踏み込めたのだと思います。学問の境界線というのは、外から見れば単なる縄張りですが、中にいる人にとっては越えにくい壁です。その壁のちょうど真上に、私たちの生活に一番近い気象が置き去りにされていた。この構図こそが、微気象という研究の出発点だと言えるでしょう。
「涼しいルート」はなぜ分かる?通りの左右で違う暑さ指数
微気象がもたらす最大の驚きが、涼しいルートの可視化です。
ポイントは、予測しているのが気温ではなく「暑さ指数」だということ。暑さ指数は熱中症のリスクを測る指標で、気温だけでなく湿度や日射の影響を織り込んだものです。番組で示された渋谷のマップでは、赤い場所ほどリスクが高いと表示されていました。
そして注目すべきは、同じ一本の通りでも左側と右側で暑さ指数が違うという点です。理由はシンプルで、太陽は斜めから射しているから。建物の詳細なデータを持っていれば、どこにどう日陰ができるかが計算できます。しかも太陽の傾きは刻々と変わりますから、その変化もリアルタイムで反映される。大西さんは「熱中症になりにくい街の回遊が可能になってくる」と表現していました。
考えてみれば、私たちは無意識にこれをやっています。夏の昼下がり、日陰のある側に自然と足が向く。あの感覚が、初めてデータとして裏付けられたわけです。勘や経験の領域だったものが数値になる。それは単なる便利機能ではなく、命に関わる判断材料になり得ます。
風が見える微気象|アメダス「1.5メートル」の裏側
微気象のもうひとつの柱が、風の可視化です。
番組では東京・渋谷のスクランブル交差点周辺が映し出され、無数の矢印が風の向きを、色がその強さを示していました。同じエリアでも、ビルの形状によって風向きが変わり、強さもまるで違う。明治通りのような大通りの上空では風が通り抜けていく様子が見て取れます。
ここで示されたのが、既存の天気予報との落差でした。番組内でアメダスのデータを確認すると、北の風がおよそ1.5メートル。しかし微気象で見ると、風速0.8メートルから3メートルまでの幅があり、高さによっても強さが違うことが分かります。「南の風2メートル」という予報は、あくまで代表値にすぎなかったのです。
なお番組で表示されていたのは20メートル間隔のデータですが、実際には5メートル間隔の情報を持っているとのこと。この解像度なら、傘を差したままでいいのか畳むべきかまで判断できそうです。私たちはこれまで、天気予報の情報を頭の中で無理やり微気象に変換して暮らしてきた。その変換を間違えると熱中症や事故につながる、という指摘は重いものがあります。
スパコンで4時間がPCで1分に|深層学習という突破口
これだけ精細な計算を、番組では一台のノートパソコンで動かしていました。ここに大西さんの技術的な核心があります。
高解像度の微気象データをまともに計算すると、スーパーコンピューターを使っても1時間先の予測に3〜4時間かかるといいます。予測が終わった頃には、その時刻が過ぎている。これでは実用になりません。
そこで採られたのが、深層学習との組み合わせでした。まず低解像度で微気象を予測し、そこにAIにあらかじめ学習させたデータを掛け合わせることで、細かい部分を補う。この方法により、番組によれば、通常のパソコンでも1分程度で計算が終わるようになったそうです。
4時間が1分。この差は、単なる高速化ではありません。スパコンという特別な設備が要らなくなるということは、誰もが使えるサービスになり得るということです。大西さんが「微気象予測情報のインフラを作りたい」「誰もが簡単にアクセスできる状態にしたい」と語っていたのは、この技術的な裏付けがあってこそでしょう。研究室の中の高精度と、社会で使える手軽さ。この二つを同時に満たした点が、最大の突破口だったと私は見ています。
大西領の原点|乱流とカオス、「どこまで予測できるか」への興味
微気象という発想は、どこから来たのでしょうか。
番組によれば、大西さんは1978年に大阪で生まれました。幼い頃から天気予報の当たり外れを気にするなど、気象への関心があったといいます。その後、京都大学へ進学。専攻は機械工学で、そこで研究していたのが「乱流」でした。
乱流とは、乱れた流れのこと。カオス、つまり予測が難しい現象の代表例です。大西さんはこの乱流研究を通じて、「物事はどこまで予測できるのだろう」という問いに向き合ってきました。しかもその関心は、思春期の頃にまでさかのぼるといいます。番組では「人の人生ってどこまで決まっているんだろう、といった興味があった」と語っていました。
気象も流体ですから、乱流研究は微気象へ一直線につながっています。ただ、そこに至る動機が「人生はどこまで決まっているのか」という、きわめて個人的で哲学的な問いだったというのは意外でした。研究の出発点が実用性ではなく、純粋な好奇心だった。その好奇心が20年以上を経て、酷暑から人の命を守る技術に化けている。開拓者の歩みというのは、往々にしてこういう形をしているのかもしれません。
ディーウェザーと東急不動産|涼しいルートは街を変えるか
技術を世に出すため、大西さんは2023年3月に大学発のベンチャー「ディーウェザー」を立ち上げました。番組では、元IBMでシステム開発などを手がけてきた小西亮平さんが代表を務めると紹介されています。
小西さんが向かったのは、再開発が進む東京・渋谷。数々の都市開発を手がける東急不動産に対して、渋谷の微気象データを提示します。スクランブル交差点は真っ赤。そして通常の最短経路に加えて、暑さ指数を考慮した涼しいルートを表示してみせました。風や日陰の影響を計算し、体感温度の低い道を案内するナビシステムです。
これに対し東急不動産の伊藤さんは、暑い道と涼しい道を可視化することで人流を新たな観点でどう変えていくかが、今後の開発や他エリアの街づくりにも生きてくる、と応じていました。
市場規模について、大西さんは番組内で「ざっくり5年で10兆円くらい」との見立てを示しています。一方で興味深いのは、同じ場面で「本当にサービスになるのか、そこを見極めるのが難しいところ」とも率直に語っていた点です。前例のない市場では、どんな情報をどう届ければ価値になるのかが、まだ誰にも分からない。この慎重さが、かえって誠実に響きました。
熊谷スポーツ文化公園の並木道|微気象が導いた「交互植え」
すでに実際の街づくりに使われた例もあります。埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園です。
熊谷といえば、日本有数の暑さで知られる街。ここで大西さんは微気象シミュレーションを行い、快適に歩ける並木道の空間設計に協力しました。風の通りまで考慮したうえで、どこに木を配置すれば暑さの緩和効果が高いかを割り出し、その結果に沿った植樹が行われたといいます。
現地で特徴的なのが、木の並べ方です。以前は何もなかったエリアに作られた並木道は、左右対称ではなく、あえて木を交互に配置してあります。管理事務所の木部さんによれば、こうすることでどの方向からも日陰ができる形になるとのこと。太陽の動きや高さを計算した結果、この一見不揃いな配置にたどり着いたわけです。
さらに道路に遮熱舗装を施したことで、日向の地表面温度がおよそ9度下がることも分かったといいます。木部さんは、明らかに風通しが良く、日陰に入れば涼しさを感じられると話し、木陰を通る人が増えたと実感を語っていました。
大西さんの言葉を借りれば、これは「エビデンスベースの街づくり」です。街路樹の間隔ひとつを設計者の経験ではなくデータで決める。地味に見えて、都市計画の考え方そのものを変える話だと思います。
まとめ
微気象は、数メートル単位で風と暑さを捉える新しい気象技術です。建物の日陰までデータで計算するため、同じ通りでも左右で暑さ指数が違うことが分かり、そこから涼しいルートの案内が生まれました。スーパーコンピューターで4時間かかる計算を、深層学習との組み合わせで約1分に短縮したことが、社会実装への扉を開いています。
用途は都市の歩行者だけにとどまりません。建設現場の作業員の熱中症リスク低減、ドローンや自動運転などのスマートモビリティ、電車の運行、工場やプラントの安全運用。番組で挙げられていただけでもこれだけの広がりがあります。
同じくブレイクスルーで取り上げられた日本無線のフェーズドアレイ気象レーダーは、上空の積乱雲を1分単位で捉える技術です。地表の暑さと上空の雨雲、どちらも「細かく見る」ことが防災の鍵になっています。
番組の最後、「あなたにとってブレイクスルーとは」と問われた大西さんは、「挑戦」と答えました。挑戦を続けること、そこに偶然が重なって起こるもの。成功するか失敗するか分からないから挑戦するのだ、と。そして「坂を登っていけば何かの頂上はあるんじゃないか」という信念を持ち続けることだ、と語っています。
一つの山には登った。けれど未来に向けた課題がはっきり見えてきた——そう話す大西さんの視線の先には、微気象が水道や電気と同じように当たり前のインフラになった街があるのでしょう。今年の夏、日陰を選んで歩いたあの何気ない判断が、いずれデータに支えられる日が来るのかもしれません。
※ 本記事は、2026年8月29日放送(テレビ東京系)の「ブレイクスルー」を参照しています。
※ ディーウェザーの公式サイトはこちら。






コメント