ある日突然、お店でカードが使えなくなる。2026年9月7日放送のNHK「クローズアップ現代」は、決済代行会社・全東信の破産をきっかけに、キャッシュレス社会の“死角”に迫りました。全東信はなぜ破産したのか、なぜ誰も止められなかったのか。この記事では番組の内容を整理しながら、私たちが知っておくべきリスクと、その背景にある「規制のエアポケット」まで読み解いていきます。
キャッシュレス社会の「死角」とは?突然カードが使えなくなった理由
キャッシュレス決済は、いまや国内の支払いのおよそ6割を占める社会インフラです。財布を持ち歩かない人も珍しくなくなりました。ところが2026年7月、全国の飲食店などでクレジットカードでの支払いが突然できなくなるという事態が起きています。
番組に登場した客の方は「カードで払うつもりで来ていたので驚いた」と話し、店側からは「カードが使えないと言うと、そのまま帰ってしまうお客さんもいる」という声も上がっていました。
原因は、店とカード会社の間に立つ「決済代行」を担っていた大阪の会社・全東信の破綻です。つまり、私たちが日常的に使っている決済は、カード会社と店舗だけで完結しているわけではなく、その間にいる事業者が倒れると、あっさり止まってしまう。ここが「死角」の正体です。利用者から見えない中間の存在が、実は決済の生命線を握っていたわけですね。
決済代行の仕組み——「翌日入金」の立替払いが20万店を支えた
通常、客が店でカードを使うと、支払い情報がカード会社に届き、店に代金が振り込まれるまでには1か月ほどかかる場合もあります。一方、全東信が仲介すると、客がカードで支払った分を全東信が立て替え、翌日などに店へ振り込んでいました。全東信は後日カード会社から代金を受け取り、店から受け取る先払い分の手数料が利益になるという仕組みです。
この「早く入金される」という一点が、運転資金を日々回している飲食店にとって決定的な魅力でした。番組によれば、加盟店は累計でおよそ20万店に達していたといいます。
大阪で創作料理店を営む佐藤和博さんは「昨日の売り上げで今日買い物をすることが多い。自転車操業みたいなところはある」と語っていました。裏を返せば、それだけ資金繰りが切迫した店ほど、このサービスに深く依存していたということでもあります。
全東信はなぜ破産した?負債1151億円と20年の粉飾決算疑い
全東信は2026年7月6日、大阪地方裁判所から破産手続きの開始決定を受けました。破産申立書での負債総額は約1151億円(2025年3月期末時点では約1259億円と報じられていました)。事業の創業は1987年、法人としての設立は2006年で、決済代行業の先駆けとして長年キャッシュレス決済を広げてきた会社の破綻でした。
破産申し立て書によると、近年はキャッシュレス決済の競争が激化し、手数料の引き下げを余儀なくされたことが要因とされています。さらに、経営状態をよく見せるために20年以上にわたって粉飾決算をしていた疑いも明らかになりました。
伏線もありました。2024年1月、幹部社員が不正にカード契約を仲介したとして警視庁保安課に逮捕されています。不当に高額な料金を請求する店など、カード会社の規約では本来契約できない店でカードを使えるようにしていたもので、番組によれば不正な契約はおよそ80店に及んでいたことが後に判明しました。
捜査を指揮した警視庁保安課の吉田管理官(事件当時)は「1人2人ではなく社員全体が、偽った申請を通常営業として捉えていた点に驚いた」と証言しています。ノルマ主義のもとで加盟店を増やすことが優先され、営業スタイルとして定着してしまっていた、という指摘です。
未払い53億円——飲食店に残った「止血できていない」傷

破綻によって飲食店などに振り込まれていない金額は、およそ53億円に上っています。影響を受けた加盟店はおよそ2万店とされ、被害は全国に広がりました。
先の佐藤さんの店では、売上80万円が未入金のままです。営業時間を拡大するなどして取り戻そうとしましたが、回復のめどは立っていません。「泣き寝入りと言える状態」「今もまだ血は止まっていない、止血できていない」という言葉が印象に残りました。
都内でお好み焼き店を営む井上由之さんの店は、決済の9割ほどがカードでした。予約の時点で現金払いを伝えるとキャンセルになる客もいたそうで、「青天の霹靂」と表現しています。
飲食業の業界団体のアンケートでは、およそ7割が資金繰りが悪化したと回答し、4割近くが従業員の給与などに懸念があるとしています。何の過失もない小さな店が、他人の経営破綻でここまで追い込まれる。この不均衡こそが、今回いちばん重く受け止めるべき点ではないでしょうか。
63の金融機関とカード会社はなぜ取引を続けたのか
不思議なのは、不正契約の事件が明るみに出た後も、なぜ取引が続いたのかという点です。
カード会社の関係者は「営業をしづらい店にも、足回りよく営業してくれていた」「全東信との契約を切ると、その先の加盟店とも契約を切ることになり、それはできなかった」と語っています。切りたくても切れない依存関係ができあがっていたわけです。
金融機関も同様でした。事件後に融資を取りやめたところもありましたが、63の金融機関などが最後まで融資を続けています。ある金融機関の元トップは、マイナス金利下で融資が伸びないジレンマを挙げ、「2パー、3パーで金が返ってくるのはありがたかった」と本音を明かしました。同時に「うちらは金儲けだけのためにやっているわけではない、飲食店のお客さんを助けているという思いもあった」とも語っています。
全東信の元関係者の言葉が、この構図を言い切っていました。「相互にメリットがあった。カードを導入したい飲食店、貸し付けをより大きくしたい銀行。三者の利益は、完全に一致をしていた」。誰も嘘をついていないのに、全員の合理的な判断の合計が最悪の結果を生む。これは金融の失敗というより、構造の失敗だと感じます。
「規制のエアポケット」とは?経産省と金融庁のはざま
京都大学の岩下直行名誉教授は、全東信が「規制のエアポケット」に入っていたと指摘します。
お金をやり取りする会社なので、銀行と同じ「金融」だと思ってしまいますが、全東信は金融庁が所管する金融機関ではありません。クレジットカードは、分割払いという商業の一部として経済産業省が所管しており、銀行のような厳格な規制の対象ではないのです。しかも、そのカード会社がさらに外注する決済代行会社は、そもそも直接の規制すら受けていませんでした。二重の意味で規制から外れていた、というわけです。
岩下名誉教授は、加盟店への入金が滞ったこと自体が「決済システムとしてあってはならないこと」であり、お金は経済の血流だと述べています。カード会社は自社業務の代行先を、銀行は融資先の経営を、本来ならチェックできたはずでした。しかし、どちらからのチェックも働かなかった。
この区分けができたのは約50年前。当時は月賦販売が主役で、カードはその付属という位置づけでした。それが今や100兆円を超える規模です。制度が現実に50年遅れている、と言い換えてもいいのかもしれません。
海外との違いと再発防止——私たちが意識すべきこと
海外にも同様の代行会社は存在します。ただ、日本以外の国ではクレジットカードのビジネスは金融の一部と考えられ、銀行が担っているのが基本です。欧州では決済代行会社を国の機関が認可する仕組みがあり、アメリカではカード会社が代行会社の責任を持つ契約体系になっているため、今回のような事態は起こりにくいといいます。
国内でも動きは始まっています。経済産業省と金融庁は決済代行会社の総数や金融機関の審査体制などの調査を進めており、経産省は決済代行会社にクレジットカードの業界団体への加入を促す方針です。未払いの約53億円についても、カード会社と協議して返金できないか検討されていますが、見通しはまだ不透明です。
業界内でも議論が起きています。決済代行会社デジタルファイナンスの井尾慎之介さんは、自主規制か登録制かも含め「コスト面とセキュリティ面のバランスをみんなで真剣に議論する場が必要」と話します。一方で瀧俊雄さんは、規制コストが上がりすぎれば手数料に跳ね返り、最終的に消費者にも転嫁されると警鐘を鳴らしました。厳しくすればいいという単純な話ではないのが難しいところです。
キャッシュレス決済比率は、番組で示されたグラフによれば2010年の16%から急速に伸び、現在は58%。経済産業省の集計では2025年が58.0%(162.7兆円)で、国は2030年までに65%、可能な限り早期に80%を目標としています。岩下名誉教授は「スマホでピッと払った後どうなるのかを、あまり気にしていないと思う。それを安全に維持しようとする多くの人たちの信頼の上に成り立っている」と語りました。
まとめ
今回の「クローズアップ現代」が描いたキャッシュレス社会の死角を整理します。
- 全東信の破産で、全国の飲食店など約2万店・およそ53億円の売上が未払いとなった
- 破産申立時の負債総額は約1151億円、20年以上にわたる粉飾決算の疑いも浮上している
- カード会社も金融機関も、それぞれの事情から取引を続け、異変は見過ごされた
- 決済代行会社は金融庁の金融機関でも直接の規制対象でもない「規制のエアポケット」にあった
- 欧州は認可制、米国はカード会社が責任を負う契約体系で、日本とは仕組みが異なる
便利さは、見えないところで誰かが支えています。私たちがカードをかざす一瞬の裏側に、立て替えと信頼の連鎖があり、そのどこか一つが切れれば決済は止まる。今回の件は、その当たり前を可視化した出来事だったのだと思います。利用者としてできることは多くありませんが、「使えて当然」ではないと知っておくことが、次の議論を後押しする第一歩になるはずです。
※ 本記事は、2026年9月7日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。



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