私たちの生活に欠かせないスマートフォンやカーナビ。これらは宇宙を周回する人工衛星からの信号に依存しています。しかし、その宇宙空間が今、危機的な状況に陥っているのをご存知でしょうか?2025年3月1日、テレビ東京系で放送された「ブレイクスルー」では、宇宙ゴミ問題に取り組むアストロスケールホールディングスの岡田光信CEOが登場し、その挑戦を紹介しました。
アストロスケールホールディングスが直面する宇宙ゴミ問題の実態
地球の周りには、使われなくなった人工衛星の残骸などの宇宙ゴミ(スペースデブリ)が1億3,000万個以上も漂っています。驚くべきことに、地球の周りを飛んでいる物体の約8割がこうしたゴミだと言われています。
これらのデブリは秒速7〜8キロという、新幹線の100倍もの速さで飛んでおり、わずか90分で地球を一周します。この状況下では、デブリ同士の衝突により、さらに細かなゴミが無数に発生する危険性があります。
実際、2021年には国際宇宙ステーションに宇宙ゴミがぶつかった際にできた直径5mmの穴が見つかりました。また、2024年には宇宙ステーション近くでロシアの人工衛星が分解し、宇宙ゴミが発生したことで乗組員が待避する事態も起きています。
アストロスケールホールディングスの岡田光信CEOは「半年でほぼ毎月、衝突や爆発の事例が起きている」と語り、問題の深刻さを強調しています。このままでは私たちの生活を支える衛星通信システムが危機に瀕する可能性があるのです。
岡田光信CEO、中年の危機から宇宙ビジネスへの転身秘話
アストロスケールを創業した岡田光信氏は、元々大蔵省に入省し、その後コンサルティング会社に勤めていました。しかし、彼が宇宙ビジネスに転身したきっかけは意外なものでした。
岡田氏は15歳の時、アメリカのスペースキャンプという宇宙飛行士のジュニアプログラムに参加しました。そこで当時の毛利衛宇宙飛行士から「宇宙は君たちの活躍するところ」という手書きのメッセージをもらい、深く感動したと言います。しかし、その後の人生では宇宙とは無縁の道を歩むことになりました。
転機が訪れたのは「中年の危機」の真っ最中だった時です。自信を失い、自分が何者でもないように感じていた時期に、偶然本棚から昔のものを見つけ、宇宙への情熱を思い出しました。その後、宇宙の学会に参加し、「デブリ問題」を知ったことで、ビジネスの可能性を見出したのです。
2013年、岡田氏は資本金2,000万円、たった一人でアストロスケールを創業しました。当初は仲間もネットワークもない状態からのスタートでした。学会で入手した論文を精読し、著者にメールを送って面会を重ね、最初の1年半で3回もグローバルツアーを行ったといいます。最初は笑われることも多かったそうですが、3周目のツアーでは「これだったらできるかもね」と言われるようになり、磁石を使った宇宙ゴミの捕獲という技術的アイデアが生まれました。
スペースデブリ捕獲に成功!世界初の技術で実証実験
アストロスケールは2021年、宇宙ゴミを除去するための実証実験を世界で初めて行いました。この画期的な実験では、人工衛星と宇宙ゴミを模したものを一緒に打ち上げ、宇宙空間で2つを一旦切り離した後、衛星が宇宙ゴミに再接近して磁石の力で捕まえることに成功しました。
この成功を受け、まだ実験段階にも関わらず、イギリスの衛星通信会社と契約を結び、使わなくなった人工衛星の除去を担うことになりました。宇宙ゴミ除去の実用化を目指す同社の技術力と先見性が、すでに市場から高い評価を受けていることの証左と言えるでしょう。
岡田氏は実験の流れについて「宇宙ゴミを捕獲した後は、高度を下げて大気圏に入れて燃やします」と説明しています。これにより、地球周回軌道上のスペースデブリを永久的に除去することが可能になるのです。
磁石を使った宇宙ゴミの捕獲からロボットアームへの進化
アストロスケールの技術は磁石を使った宇宙ゴミの捕獲から始まりましたが、すべての宇宙ゴミが磁石で捕まえられるわけではありません。そこで同社が次に取り組んだのが、人工衛星に取り付けたロボットアームによる宇宙ゴミの捕獲技術です。
宇宙でのロボットアームによる捕獲は極めて難しい作業です。岡田氏は「宇宙ではちょっと間違ってカツンと当たると、すーっと行ってしまう」と説明し、接近技術の精度の重要性を強調しています。接近を「ピタッと決める」ことができれば、そこからさらに近づいて捕まえることができるとのことです。
この技術開発には高度な制御系と精密な操作が求められますが、アストロスケールはこの分野でも世界をリードする存在となっています。現在、ロボットアームによる捕獲技術の実証実験に向けた準備が進められており、実用化まであと一歩のところまで来ています。
ADRAS-J(アドラスジェイ)が切り開く宇宙クリーニングの新時代
2024年2月、アストロスケールはJAXAとともに「ADRAS-J(アドラスジェイ)」と呼ばれる衛星を打ち上げ、本物の宇宙ゴミへの接近という世界初の挑戦を行いました。
この実験では、2009年に打ち上げられた国産ロケットH2Aの残骸に接近するというミッションに挑戦。全長11mの残骸が高速で移動する中、他の衛星にぶつからないよう15mまで接近し、世界で初めて本物の宇宙ゴミの撮影に成功しました。岡田氏はこの接近を「新幹線が2両15m離れて走っているような状態で、しかもその100倍の速さで飛んでいる」と例え、その難しさを説明しています。
さらに、「全速力で走りながら”あやとり”をしているような緻密な動き」と表現し、細心の注意を払いながらも絶対にぶつかってはいけないという極めて高度な制御技術が必要だと語っています。この成功により、実際の宇宙ゴミの状態を詳細に調査できるようになり、今後の除去技術の開発に大きく貢献することが期待されています。
国際的なルール作りに挑む日本発の宇宙環境保全戦略
宇宙開発を巡る国際競争が激化する一方で、宇宙ゴミに関する国際的なルールはまだ整備されていない状況です。岡田氏はこの問題に対しても積極的に取り組んでおり、宇宙開発に関わる研究者などが集まる国際機関の副会長を務め、ルール作りの重要性を世界に訴え続けています。
岡田氏によれば、最も重要なルールは「これ以上ゴミを増やさない」「今あるものを減らす」という2点です。2024年9月には国連の総会で、スペースデブリと宇宙の交通管制の仕組みについて議論していくことが193カ国全てによって合意されました。これは宇宙ゴミ問題が世界的に「待ったなし」の課題として認識され始めたことを示しています。
また、岡田氏は日本政府とともに、日本のルールや技術が世界標準になるよう働きかけているとのことです。この取り組みが実を結べば、宇宙環境保全における日本の存在感が大きく高まるでしょう。
アストロスケールの次なる挑戦「宇宙のロードサービス」とは
岡田氏が次に目指しているのは「宇宙のロードサービス」です。これは宇宙ゴミの除去だけでなく、故障した衛星の点検・観測、さらには修復や燃料補給など、地上の高速道路におけるロードサービスのような総合的なサポートを宇宙で提供するという構想です。
燃料が尽きた人工衛星に燃料を補給するサービスはすでに複数のプロジェクトが開始されており、顧客も付いているとのこと。2025年1月には、アストロスケールが燃料補給技術の確立に向けたプロジェクトに選ばれ、内閣府が主導する最大120億円の予算が割り当てられました。
また、アストロスケールの技術にはアメリカの宇宙軍も注目しており、2023年には燃料補給ができる人工衛星の開発を受注しています。岡田氏は技術の軍事転用について、「宇宙の技術は全てデュアルユースという、民生用と軍事用両方で使うもの」としながらも、透明性の確保の重要性を強調。同社のミッションや活動内容を全て公表することで信頼を築いているとしています。
「大人の好奇心を持ち続けること」岡田光信が語るブレイクスルーの本質
岡田氏は自身にとってのブレイクスルーについて、「大人の好奇心を持ち続けること」だと語っています。「日々わくわくしている」「新しい課題が来れば来るほど、神様から与えられた新しい課題だと思って、感謝しながら取り組む」という姿勢こそが、困難を突破する原動力になるというのです。
アストロスケールは2017年に最初の衛星打ち上げに失敗するなど、幾多の困難を乗り越えてきました。しかし、その翌年の資金調達では過去最高額を集め、2024年6月には上場も果たしています。現在まだ赤字が続いているものの、岡田氏は「黒字化までの道筋をちゃんとお見せしていく」と語り、将来に対する強い自信を示しています。
かつてほとんど競合がいなかった宇宙ゴミ除去の分野も、現在では世界に100社以上の競合が出てきているとのこと。しかし岡田氏は「競争は良いこと」「市場が広がる一つの要因になる」と前向きに捉え、「今は我々が世界のリーダーでおりますので、これを引き続きリードを取っていきたい」と抱負を語っています。
まとめ:宇宙ゴミの除去がもたらす未来と私たちへの影響
宇宙ゴミの問題は、一見遠い宇宙の話に思えますが、私たちの日常生活に密接に関わっています。スマートフォンのGPS機能、カーナビ、気象予報、さらには金融取引まで、多くのシステムが宇宙からの信号に依存しています。
アストロスケールホールディングスの岡田光信CEOが挑む宇宙ゴミの除去は、単なる宇宙の環境保全にとどまらず、私たちの生活基盤を守るための重要な取り組みなのです。磁石を使った捕獲技術やADRAS-Jによる接近実験の成功、ロボットアームによる新たな捕獲方法の開発など、世界初の技術が次々と実用化されつつあります。
2030年までに宇宙ゴミの除去の実用化を目指すアストロスケールの取り組みは、宇宙開発の新たな時代を切り開くブレイクスルーとなるでしょう。そして「大人の好奇心を持ち続けること」という岡田氏の言葉は、宇宙ビジネスだけでなく、あらゆる分野で新たな挑戦に取り組む人々の励みになることでしょう。
私たちが当たり前のように使っている技術の裏側で、こうした宇宙の環境を守る取り組みが日々進められていることを知り、改めて宇宙と地上の繋がりについて考えるきっかけになれば幸いです。
※2025年3月1日、テレビ東京系で放送された「ブレイクスルー」を参照しています。
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