「身寄りがないと、いざという時に入院できないのでは?」——2026年10月6日放送のNHK『クローズアップ現代』は、頼れる家族がいないために救急搬送や入院、手術を断られる現実を伝えました。この記事では、番組で紹介された事例と、病院が「家族」を求める理由、民間サービスや地域の支え合い、法改正の動きまで整理します。自分にできる備えが具体的に見えてきます。
身寄りがないと入院できない?クローズアップ現代が伝えた「9割超が保証人要求」の実態
頼れる身寄りがいない単身者が、入院や手術、検査を受けられないケースが相次いでいます。番組によれば、現在9割以上の病院が入院時に保証人を求めているそうです。
番組では、次のような具体的な声が紹介されました。
- 白内障の手術で付き添いを誰にも頼めず、手術を受けられなかった
- 大腸カメラの検査入院で「別世帯の保証人」を求められ、検査をあきらめた
病院が患者以外の第三者を求めるのは、これまで家族が担ってきた役割があるからです。入院中の身の回りの世話、医療費の支払い、治療方針の相談。家族がいなければ、こうした役割をすべて病院が背負うことになります。
一方で、厚生労働省は2018年4月に、身元保証人等がいないことだけを理由に入院を拒否することは医師法に抵触する、という考え方を通知しています。つまりルールの上では、「保証人がいないから」という理由だけで断ってはいけないのです。
それでも現場で断りが起きてしまう。この「ルール」と「現場の負担」のずれこそが問題の核心だと、筆者は感じました。悪いのは一人暮らしの人でも病院でもなく、「家族がいること」を前提に組み立てられてきた医療の仕組みそのものではないでしょうか。
救急搬送で「同乗者がいない」と拒否?高松市の訴訟と病院側の事情
番組の冒頭で紹介されたのは、高松市で一人暮らしをする女性のケースです。

女性は激しい腹痛で救急車を呼びましたが、「付き添いがいないなら行かない」という趣旨のことを言われ、搬送されなかったと訴えています。その後、知人に同乗してもらって改めて搬送され、腸閉塞と診断されて4日間入院しました。
救急搬送に同乗者が必要だという規定はありません。では、なぜ同乗者を求められたのでしょうか。番組によれば、市の消防局による救急隊員への聞き取り記録の中で、救急隊が「付き添いの確保は病院からの指示だった」と証言していたといいます。
さらに番組が市内の救急病院を取材すると、同乗者がいないことを理由に受け入れを断った経験のある病院が複数ありました。ある病院の医師は、受け入れはスムーズにしたいが、患者の情報を伝えてくれる同乗者の存在が非常に重要だ、という趣旨の苦しい胸の内を明かしています。
女性は2026年7月に市を提訴しました。一方、高松市消防局は報道機関の取材に対し、「搬送拒否の事実はない」との認識を示しています。番組の取材には「裁判が継続中のため回答しかねる」としています。
救急隊だけを責めて済む話ではありません。その手前に「病院が受け入れられない」という事情がある。この構図が見えたことが、この回で最も考えさせられた点でした。
身寄りがない患者の入院で病院が背負う負担|江南厚生病院の現場
番組は、身寄りのない患者を受け入れている愛知県江南市の江南厚生病院を取材しました。番組によれば、年間8000件以上の救急搬送を受け入れる病院で、頼れる身寄りのない患者への対応はこの3年で2倍近くに増えたそうです。
支援の中心にいるのが、医療ソーシャルワーカーの責任者・野田智子さんです。番組では、高血糖で外出先で倒れ、救急搬送された菅野繁さんへの支援が描かれました。
貴重品の捜索 菅野さんの貴重品は自宅に置いたままでした。野田さんは市の職員と一緒に自宅を訪ね、40分かけてキャッシュカードや通帳、保険証を探し出しました。
医療費の支払い 菅野さんは認知機能の低下により、お金を引き出すにもサポートが必要な状態でした。ところが、ATMで確かめると残高が足りません。今後振り込まれる年金から支払えるよう、自治体に相談することになりました。
転院先の確保 救急病床を空けるため、菅野さんはリハビリ病院へ移る予定でした。しかし転院先の候補からは、医療費の支払いが担保されないことへの懸念が示されます。番組の時点で、入院から1か月近く経っても行き先は決まっていませんでした。
野田さんは、経営を重視すると病院が患者を選ぶ傾向が強まるかもしれない、と率直に語っています。本来は家族が担ってきた「生活の後始末」を、医療職が業務の合間に引き受けている。その重さが伝わる場面でした。
身寄りがない人の治療方針は誰が決める?「死にたい」の言葉をめぐるジレンマ
最も難しいのが、命に関わる治療方針の決定です。
菅野さんは野田さんとの会話の中で、「今さら生きていてもしょうがない」と漏らしました。いざという時、どこまで治療を行うべきか。病院では医師、看護師、理学療法士、ソーシャルワーカーなどが集まって話し合います。
話し合いでは、次のような様子が共有されました。
- 食事はきちんと全部食べている
- リハビリでは「歩けるようになりたい」「家に帰りたい」と話している
その結果、この時点では急変時にも心肺蘇生などできる限りの治療を行う方針になりました。医師の有吉陽さんは、集めた情報から推測するしかない中で、本人の意思を尊重して方針を決めることの難しさを語っています。
スタジオで解説した国立成育医療研究センターの山縣然太朗さんは、国のガイドラインの策定に携わった医師です。山縣さんによれば、治療への同意は本来、患者本人だけが持つ権利です。ただ、親族とのトラブルを避けるため、病院が遠い親戚を探すことも少なくなく、原則と現場の実態が噛み合っていないといいます。
「死にたい」という一言を、そのまま「何もしないでほしい」と受け取らない。食事やリハビリの様子といった日常の情報を積み重ねて判断する。チームのこの丁寧さに、救われる思いがしました。
高齢者等終身サポート事業とは?入院時に頼れる民間サービスの費用と注意点
家族に代わる存在として近年増えているのが、「高齢者等終身サポート事業者」です。お金を払って契約しておくと、入院時のサポートから死後の対応まで担ってくれる民間のサービスで、番組では全国に400以上の事業者があると紹介されました。
山縣さんは、いざという時に患者のために動いてくれる存在は、病院にとって大きな安心材料になると話します。入院の際に病院から紹介されて契約する人もいるそうです。
ただし、注意点もあります。
- 費用が高い:契約金だけで数十万円から100万円ほどかかることもある
- 許認可制度や資格がない:国のガイドラインはあるものの、事業者の質にばらつきがある
- 優良事業者の認定:業界団体の全国高齢者等終身サポート事業者協会が、2026年6月から優良事業者の認定制度を始めており、利用する際には確認が必要
裏を返せば、「お金があれば身寄りの問題は解決できる」状態になりつつあるとも言えます。筆者としては、経済力によって受けられる医療の入り口が変わってしまうことに、危うさを感じずにはいられませんでした。
地域で支える身寄りがない人の入院|豊田市社協とやどかりプラスの取り組み
お金をかけずに支える仕組みも始まっています。
豊田市社会福祉協議会(愛知県) 去年から、一人暮らしの高齢者を支える新しい取り組み(結サポート)を始めました。
- 入院時の緊急連絡先は社協が担う
- 医療費の支払い、身の回りの世話、死後の対応は、地元の信用金庫、シルバー人材センター、弁護士などと分担する
- 年会費や契約金はなく、受けたサポートに応じて数千円程度の利用料を払う
番組に登場した85歳の女性は、信用金庫の職員から、入院費が口座から自動で引き落とされるよう事前の手続きの案内を受けました。また、前回の入院中に育てていた鉢植えの花が8割ほどダメになったことを伝え、植物の世話をシルバー人材センターに頼みました。
社協の大地裕介さんは、社協だけでニーズを受け止めるのには限界があり、さまざまな機関の強みを生かして連携することが持続可能な支えにつながる、と語っています。
NPO法人やどかりプラス(鹿児島市) こちらは、身寄りのない人同士の支え合いを進めています。週に一度の交流会では、もしもの時の治療方針や、病名・余命を告知してほしいかどうかを書面に残し、仲間と共有しています。
今年、脳梗塞で3か月入院した永留健吾さん(58)を支えたのは、交流会で友人になった藤井大介さんでした。入院中の身の回りの世話も、緊急連絡先も藤井さんが引き受けたそうです。
芝田淳理事長は、身寄りがないとは、支えてくれる人がいないだけでなく、自分が支えるべきものもないことだ、と語ります。支えられる側が、支える側にもなれる。この発想は、制度では作れない豊かさだと感じました。
社会福祉法改正で何が変わる?身寄りがない人がいまからできる入院への備え
国も動き始めています。2026年6月に社会福祉法などの改正法が成立し、身寄りのない高齢者への支援が法律で位置づけられました。主な内容は次のとおりです。
- 日常生活の見守りや金銭管理、入院・入所の手続き、死後の対応などを包括的に支援する
- 十分な資力のない人は無料や低額で利用できる
- 厚生労働省は2028年6月までの開始を目指している
ただし、山縣さんは、これまで支援を担ってきた社会福祉協議会の人手には限りがあり、誰が担うのかを制度開始までの2年で詰める必要があると指摘しました。そのうえで、次のような仕組みづくりも挙げています。
- 身寄りのない人を受け入れた病院に、診療報酬の中でインセンティブを設ける
- 自治体が対応マニュアルをつくり、誰が何をするかの公的なルールを決める
私たち一人ひとりにできる備えもあります。山縣さんが勧めるのは、もしもの時に備えて、信頼できる人に次のようなことを話しておくことです。
- 自分がしたいこと、してほしくないこと
- お金や家族の状況
相手は家族でなくてもよく、飲み友達でも構わないそうです。エンディングノートにこだわる必要もなく、「この人ならこう考えるだろう」と推測できる人がいる環境を作ることが大切だといいます。そして、そういう人がいることを誰かが知っておくことも必要です。
今は家族がいる人も、いつ身寄りがない状態になるかはわかりません。この話は誰にとっても他人事ではないのだと思います。
まとめ
2026年10月6日放送の『クローズアップ現代』は、身寄りがないことで救急搬送や入院、手術を断られる現実と、その負担を抱える病院の実情を伝えました。
- 9割以上の病院が保証人を求める背景には、身の回りの世話・支払い・治療方針という、家族が担ってきた役割がある
- 民間の終身サポート事業は心強い一方、費用や質のばらつきに注意が必要
- 豊田市社協やNPO法人やどかりプラスのように、地域や仲間で支える仕組みも広がり始めている
- 2028年には新しい公的支援が始まる予定
制度が整うのを待つだけでなく、今日のうちに「もしもの時の話ができる相手」を一人つくっておく。それが、身寄りがあってもなくても、安心して医療を受けるための第一歩になるはずです。
※ 本記事は、2026年10月6日放送のNHK『クローズアップ現代』を参照しています。


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