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社会・暮らしの問題

【クローズアップ現代】国連の至宝と寄贈品「なぜゲルニカは安保理前に」

【クローズアップ現代】国連の至宝と寄贈品「なぜゲルニカは安保理前に」 kurogen-un-treasures-guernica
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クローズアップ現代「国連の至宝」を見て、国連本部にこれほどの寄贈品があることに驚かれた方も多いのではないでしょうか。なぜゲルニカは安保理の前に掲げられているのか。この記事では、240点を超える寄贈品それぞれに込められた願いと、力がぶつかり合う今の時代にそれが何を問いかけているのかを、放送内容に沿って丁寧に整理します。読み終えるころには、ニュースで見慣れた国連の風景が少し違って見えてくるはずです。

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クローズアップ現代「国連の至宝」とは?国連本部に眠る寄贈品240点超の正体

2026年9月9日に放送されたクローズアップ現代「知られざる“国連の至宝”〜力の時代へのメッセージ〜」は、ニューヨークの国連本部に飾られた寄贈品に焦点を当てた回でした。番組によれば、世界中から寄せられた寄贈品は240点を超えます。ピカソ、シャガール、ダリという20世紀を代表する芸術家の作品も含まれており、今回は外交官しか立ち入れないエリアも含めた大規模撮影が実現しました。

取材に同行したのは、NHK「日曜美術館」の司会を務める坂本美雨さんです。坂本さんはニューヨークで育ち、ガザ地区の支援活動にも取り組んでこられた方で、実際に訪れて「点数にも驚いた」「圧倒された」と語っていました。

坂本美雨

坂本美雨さん(引用:「Wikipedia」より)

ここで押さえておきたいのは、これらが単なる館内装飾ではないという点です。第2次世界大戦以来、世界が平和のために何を議論し、何をしてきたのかを物語る歴史の証言者——番組はそう位置づけていました。9月22日からは各国首脳が集まるハイレベルウィークが始まります。そのタイミングでこの特集が組まれたこと自体に、制作側の強い問題意識を感じます。

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事務総長フロアのダリと安保理の壁画|寄贈品が外交官に突きつけるもの

取材陣がまず向かったのは、国連本部38階。立ち入りが最も厳しく制限される事務総長フロアです。歴代の事務総長が執務を行い、厳しい外交交渉の舞台にもなってきたこの特別フロアには、世界各地からの寄贈品が至る所に飾られていました。

その一番奥の部屋で応じたのが、第9代国連事務総長アントニオ・グテーレス氏です。室内にはダリの作品があり、五大陸を表す5つの手が大地に種を蒔いています。互いを支えているようにも、縛り合っているようにも見える造形です。グテーレス氏は、アートは日々自分と世界とを和解させてくれる欠かせない要素だと語り、会談相手と作品を一緒に眺めることが会話の糸口になることもある、と明かしていました。

一方、安全保障理事会の議場には、建物が完成した当時に描かれた巨大な壁画があります。作者はノルウェーの画家ペール・クローグ。番組によれば、クローグはナチスの収容所で強制労働を強いられた経験を持つ人物です。画面には強制収容所を思わせる暗い世界が描かれ、そこから人々が温かい世界へと受け入れられていきます。前国連美術委員のワーナー・シュミット氏は、外交官がテーブルに着いたとき最初に目に入るのは戦争の光景であり、自分がなぜここに座っているのかを思い出させられるのだと説明しました。

さらに踏み込んで調べてみると、この安保理議場そのものがノルウェー政府から寄贈されたものだとわかります。設計はノルウェーの建築家アルンスタイン・アルネベルクで、大理石などとともに贈られました。つまり、部屋も壁画も一体で贈られている。器ごと差し出すという形で、平和への意思が表明されていたわけです。

配置そのものがメッセージになっている——この設計思想こそ、国連の寄贈品を理解する鍵だと感じます。

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地下3階の収蔵庫に眠る“知られざる寄贈品”|折られた銃とシャガール「平和の窓」

国連本部の地下には広大なエリアが広がっており、その奥深く、地下3階の制限区域には寄贈品の収蔵庫があります。長年管理を担ってきたアン・ソイバーグ氏が案内したそこには、和解の象徴として折り曲げられた銃や、国連ビル建設当時の空気を伝える家具が並んでいました。

木箱に収められていたのは、シャガールのステンドグラス「平和の窓」の一部です。破損した部分が地下で大切に保管されています。色彩の魔術師と呼ばれた画家の作品が、人目に触れない場所で静かに守られている——その事実自体が、平和を維持する営みの地味さを象徴しているように思えます。

印象的だったのは、ソイバーグ氏の言葉です。収蔵庫でも平和が生まれている、と彼女は語りました。ここには先住民の工芸品や、芸術品とは見なされない贈り物もたくさんあるけれど、そうした品にも人類の協調や平和のための価値があるのだ、と。

有名画家の名前だけが注目されがちですが、国連の寄贈品の本質はむしろこちら側にあるのではないでしょうか。誰も見ていない場所で品を守り続けるスタッフがいて、その地道な作業が240点超という数字を支えている。派手さのない仕事にこそ敬意を払いたくなる場面でした。

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日本の「平和の鐘」|中川千代治が国連に託した“世界絶対平和”の願い

ニューヨークの国連本部敷地内にある日本庭園。石畳の小道の奥に、伝統的な屋根に守られた日本の「平和の鐘」が静かに佇んでおり、柔らかな日差しが鐘の表面を照らしている。

日本もまた、寄贈品に強い願いを託しています。その代表が、日本の民間団体が寄贈した「平和の鐘」です。鐘には「世界絶対平和」と刻まれており、坂本さんは「絶対」という言葉が入っているのを初めて見たと驚き、日本だからこそ言えると思ったのかもしれない、と受け止めていました。

寄贈は1954年。日本が国連に加盟する2年前のことです。尽力したのは中川千代治という人物でした。愛媛県宇和島市の出身で、日本国際連合協会の理事を務めた方です。番組によれば、愛媛県でミカンの缶詰工場などを経営していました。そして千代治には壮絶な戦争体験があります。激戦のビルマ戦線へ送られ、部隊が壊滅するなかで一人生き延びたのです。人々が殺し合わず、心を一つにすることはできないのか。その願いを託した先が国連でした。

実はこの「平和の鐘」には原型があります。終戦後、千代治は地元の泰平寺の鐘楼が戦時中の供出で空になっていることに気づき、1950年、自らが戦場に携えた軍刀と各国から集めたコインを溶かして「世界絶対平和万歳の鐘」を奉納しました。坂本さんが驚いた「絶対」という言葉は、国連より前に、故郷の寺で先に刻まれていたのです。

千代治は、日本の国連加盟を目指す団体の代表として総会に参加し、世界のコインを溶かして平和のシンボルとなる鐘を作ろうと訴えます。娘の高瀬聖子さんは、父が英語を話せず全部日本語で、平和な世界にしたいという必死の思いを訴えたのだと振り返りました。賛同を得て帰国した千代治のもとには、日本各地から古い貨幣が次々と送られてきたといいます。最終的に鐘には、賛同した65カ国の代表から譲り受けたコインと、ローマ法王ピオ12世から贈られた金貨9枚などが鋳込まれました。

元国連事務次長で日本人の国連職員第1号でもある明石康さんは、鐘に当時の日本人の切実な願いを感じたと語ります。敗戦国として世界の孤児のような存在になってしまった日本が、全く新しい決意を持って新しい船に乗り、世界に乗り出そうとした——そのうかがえる決意こそが、この鐘の価値だという見方です。

国連担当の飯島記者は、寄贈品には各国の存在感や外交理念をアピールする役割もあると解説しました。国連憲章に旧敵国条項が残るなか、この「平和の鐘」は平和国家としての日本の国連加盟を後押しする役割を果たした形です。しかも毎年セレモニーが行われる寄贈品はほとんどなく、破格の扱いを受けていると言えるとのことでした。現在も春分の日と、9月21日の国際平和デーに合わせて、事務総長らの出席のもとで鐘打式が行われています。

一人の民間人の思いが、国家の外交資産にまでなった。これは驚くべきことだと思います。

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被爆した聖アグネス像が国連本部に立つ理由|長崎から届いたもうひとつの至宝

日本人が託した品は鐘だけではありません。もう一つが、長崎の浦上天主堂で被爆した聖アグネス像です。爆心地からわずか500メートルほどの場所にあり、原爆の熱線によって背面が焼けただれています。1982年、国連本部で開かれた展示に長崎から貸し出されたことが転機となり、その後、国連側からの申し入れを受けて1983年9月に長崎を出発、永久展示となりました。

坂本さんによれば、像はちょうど自分と同じくらいの背丈で、訪れたときも子どもたちが周りを取り囲んでいたそうです。ガラスケース越しではなく、誰でも間近で見て、語りかけることができる場所に置かれている。坂本さんはこれをアート作品というよりも、実際に戦争を体験した存在、語らないけれどそこにいる無言の重みとして受け止めたと話していました。

この「展示のしかた」は見逃せないポイントです。厳重に保護すれば傷みは防げますが、手を伸ばせば届く距離にあるからこそ、像は訪れる人に何かを手渡すことができます。保存と伝達のどちらを優先するかという問いに対して、国連は明確に後者を選んだわけです。

坂本さんは、多くの作品が戦争の悲惨さと平和への願いを描いており、傷つくのはいつも普通の人たちなのだと指摘しました。そして平和として描かれていたのは、親子の様子や子どもたちが遊ぶ様子といった平凡な日常だった、と。どんな時代でも願うことは同じなのだ、という言葉が重く響きます。

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なぜゲルニカは安保理の前に掲げられているのか|2003年「暗幕」事件の衝撃

国連安全保障理事会の記者会見場。壁に掲げられたピカソの「ゲルニカ」のタペストリーの前で、何人かの外交官や記者が立ち話をしており、そのうちの一人が真剣な面持ちで絵を見上げている。

番組の山場は、ピカソの「ゲルニカ」をめぐるエピソードでした。無差別爆撃を受けた街を描いた大作を、ピカソ本人が監修したタペストリーです。坂本さんは、抱いていたイメージより織物だからか少し柔らかい、という感想を漏らしていました。世界に3点しかないタペストリー版のうちの1点で、1985年からロックフェラー家の貸与という形で国連に置かれています。

重要なのは、その掲げられている場所です。ここは安保理の記者会見場にあたり、会議が終わると大使たちが出てきて記者の質問に答える——つまり、世界に向けて言葉が発信されるまさにその背景に、反戦の象徴が置かれているのです。

2003年、アメリカは安保理でイラクの大量破壊兵器の保有を主張しました。イラクへ侵攻するのか。会議場には世界のメディアが殺到します。当時ロサンゼルス・タイムズの国連担当記者だったマギー・ファーリーさんによれば、記者やカメラがあまりに多く、マイクの位置をゲルニカの前に動かす必要が生じました。亡くなった子を抱える女性、突き刺された馬、倒れた兵士——非常に劇的な絵です。

戦争に踏み込もうとする会議を、この絵の前で行ってよいのか。国連は迷った末、ゲルニカを青い幕で覆いました。ファーリーさんはこれをとても象徴的な出来事だったと振り返ります。アメリカが開戦の正当性を主張していたその日に、世界で最も強力な反戦芸術が覆い隠されてしまったのですから。

この皮肉を描いたファーリーさんの記事は大きな反響を呼びました。彼女はそれが芸術の力を教えてくれたと語ります。人々は、安保理へ向かう外交官たちがゲルニカという作品を通して考えを変えるかもしれないと信じていたのだ、と。

なお、このタペストリーは2021年2月に所有者側の要請でいったん撤去され、その行方が注目されたことがあります。理由は洗浄と保存処理のためと説明され、2022年2月に元の場所へ戻されました。約1年の空白を経て、いまも安保理の前に掛かっています。

覆い隠さなければならないほど絵が強かった。そう考えると、あの暗幕は敗北ではなく、むしろアートの威力を証明した瞬間だったのかもしれません。

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安保理の機能不全と国連改革|寄贈品の理想は“力の時代”に通用するのか

寄贈品は、国連の変化の歴史そのものも物語ります。坂本さんが「すごい」と声を上げた巨大彫刻は、旧ソビエトが1990年に贈った「善は悪を打ち負かす」という作品でした。竜を退治する聖ゲオルギオスの姿をかたどったもので、竜の胴体には、1987年に米ソが結んだ中距離核戦力全廃条約にもとづいて廃棄された、両国のミサイルの部品が使われています。坂本さんが「龍の胴体がミサイルなのかな」とつぶやいたとおりでした。敵対の道具そのものを素材にして和解を形にする——冷戦の終わりという時代の空気が、これ以上ないほど率直に表れた一点です。

ニューヨーク市立大学のジーン・クラノス氏は、当時をユートピアのような時期だったと表現しました。安保理のメンバーが協力し合い、1990年8月のイラクによるクウェート侵攻をめぐっても決議を採択できた。平和こそが答えで、皆が協力したのです。しかしそれは崩れていきました。

2001年の同時多発テロを経て、アメリカの対テロ戦争が始まります。そして2003年のゲルニカの暗幕。それから20年以上が経った今も、争いは続いています。番組では、1万回目を迎えた安保理で、ガザの停戦と人道支援を求める決議案にアメリカが拒否権を行使し、機能不全が露わになった経緯が紹介されました。

グテーレス事務総長自身、ゲルニカは安保理のすぐ近くにあるのに、今日の安保理は平和を保障できていないと率直に認めています。安保理の構成は1945年の世界を反映したもので、もはや今の世界を代表していない。そして使われ続ける拒否権が安保理を麻痺させている。だからこそ中心的な課題は安保理改革だ、というのが氏の見解でした。

もっとも、飯島記者は改革の現実的な難しさも指摘します。武力紛争にかかる問題は安保理、特に常任理事国が主導権を握っており、国連や事務総長の権限には限界があります。本来、常任理事国には拒否権という特権と同時に国際社会の平和を守る責任があるはずですが、改革の動きを阻止しているのが現状だというのです。

グテーレス氏の任期は2026年12月31日で満了し、次の事務総長は2027年1月1日に就任する予定です。氏に対しても、もっと積極的に紛争の仲裁に乗り出せたのではないかという批判はあります。2026年7月には候補者による公開討論が行われ、選考は最終局面に入りました。行動力のある人物を選べるかどうかが、国連の将来を大きく左右しそうです。

財政面も厳しく、予算や人員の大幅な削減を強いられるなかで、総会議場では椅子の修理にも苦労しているほどだといいます。それでも飯島記者は、対立があっても世界中の国の代表が顔を揃える場として、国連に代わる場は存在しないと語りました。交渉や国際法などのルールに基づく国際秩序を取り戻そうとする試みは決して理想論ではなく、各国が日々ここで目指している現実の外交なのだ、という指摘です。

椅子の修理費にも困りながら、それでも世界中の代表が集まり続ける場所。その光景は、国連の弱さと同時に、代替不可能な価値を同じだけ表していると感じました。

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まとめ

クローズアップ現代「国連の至宝」が描いたのは、240点超の寄贈品を通して見えてくる、理想と現実のせめぎ合いでした。

  • 国連本部の寄贈品は装飾ではなく、外交官が必ず目にする場所に意図して配置されている
  • 安保理議場はノルウェーから議場ごと寄贈され、日本からは「平和の鐘」と被爆した聖アグネス像が贈られて、それぞれが外交上の役割も担ってきた
  • ゲルニカが安保理の会見場に掲げられているのは、言葉が世界へ発信される瞬間に反戦の視線を置くためであり、2003年の暗幕事件は逆説的にその力を証明した
  • 安保理は拒否権によって麻痺し、グテーレス事務総長自身が改革の必要性を認めている

坂本さんは、平和の実現に近づく道は対話しかないと語りました。アートはその国や人種の背景、歴史を映し出すものであり、私たちはそれを通して自分とは違う正義を持つ人々への理解を深め、想像することができる。そのうえで対話をする——その必要性を教え、きっかけをくれるのが寄贈品なのだ、と。

長く平和を築く任務にあたってきた明石康さんの言葉も印象に残ります。平和はとても難しく、掴まえようとしたら逃げていく。それでも、きちんと話し合うことをしないのであれば他にどういう道があるのか。力ずくの解決は真の解決ではない、と。

国連にそれらが置かれている意味について、坂本さんはこう語りました。各国の代表者、国を動かす人々が毎日通り、どうしても目にせざるを得ない場所に置いてある。だから自分たちが何の目的でここにいるのか、平和のためにいるのではないかということを、毎日突きつけられるのだ、と。

寄贈品に託された願いが理想に過ぎないのかどうかは、まだ決まっていません。その答えを出すのは、今を生きる私たち自身なのだと思います。

※ 本記事は、2026年9月9日に放送されたNHK「クローズアップ現代」を参照しています。

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