2025年7月15日に放送されたNHKクローズアップ現代「認知症新時代 広がる”自分らしく”働く場」では、認知症をめぐる社会の新しいカタチが紹介されました。認知症になっても「何もできなくなる」という従来のイメージを覆し、生き生きと働き続ける方々の姿が全国各地で見られるようになっています。現在、認知症とその予備軍を含めると高齢者の3.5人に1人という時代において、誰もが当事者となりうる社会で、本人もまわりの人も生きやすくなる新しい働く場の可能性を探ります。
認知症の人が「働く場」で見せる新しい可能性とは
従来「認知症になると何もできなくなる」という誤解が広く浸透していましたが、実際には適切な環境とサポートがあれば、認知症の方々も様々な形で社会参加や就労を続けることができます。
番組で紹介された83歳の女性は、週に一度、駅前のコーヒーチェーン店で働いており、「楽しいです。家にいるより。使ってもらえて」と生き生きとした表情で語っていました。また、福岡のある子ども食堂では、認知症の方が調理や接客を担当し、利用者からは「本当助かってます」という感謝の声が聞かれています。
これらの事例が示すように、認知症新時代における働く場は、単なる雇用の場を超えて、当事者の尊厳と生きがいを支える重要な役割を果たしています。認知症の方々が持つ豊富な社会経験や培ってきたスキルを活かし、「できること」に焦点を当てることで、新しい可能性が広がっているのです。
全国に広がる認知症の人の働く場の実例紹介
愛知県岡崎市の沖縄そば食堂の取り組み
愛知県岡崎市にある沖縄そばの食堂(ちばる食堂)では、認知症のある高齢者3人を雇用しています。時給1080円で、ランチタイムの3時間、接客や配膳、洗い物などを担当しています。
74歳のようこさん(アルツハイマー型認知症・要支援2)は「楽しいですよ。自分がやれることをやらせてもらうっていうかね、そういう場所があるっていうことが一番嬉しいです」と話しています。文字を書くのが苦手な彼女には、お客さんに直接注文を書いてもらうという工夫がされています。
79歳の池田のりこさん(アルツハイマー型認知症・要介護2)は、長年飲食店で働いていた経験を活かし、お客さんとの会話を楽しみながら接客をしています。注文を巡って「ネギがおいしいのに」と勧める場面では、お客さんからも「可愛いです。自分のおばあちゃんみたいで」という温かい反応が見られました。
店長の市川貴章さんは介護福祉士でもあり、「先回りをし何か援助をしちゃうよりは、とりあえず自分の出来ることを、やってもらって、やりたいようにやってもらうってのが一番のポイント」と語っています。
千葉県船橋市のコーヒーチェーン店での就労支援
千葉県船橋市の駅前にあるコーヒーチェーン店(ドトールコーヒーショップ 船橋駅南口店)では、地域のデイサービスに通う認知症や要介護の高齢者が働いています。83歳の木間良子さん(アルツハイマー型認知症・要介護1)は「楽しいです。家にいるより。使ってもらえて」と話し、1日1時間、10回で3000円分の商品券がもらえる仕組みになっています。
全国に展開する多様な職場
秋田県藤里町では、人材バンクに登録した認知症の人を含む高齢者が、特産のワラビの収穫作業や施設の受付などを担当しています。また、車の洗車や公園の清掃など、認知症の人たちが働く場を全国20カ所に展開するグループもあり、コンビニの容器組み立てや郵便配達など、様々な仕事が提供されています。
企業が認知症の人を雇用する「Win-Win」のメリット
認知症の方の雇用は、企業にとっても大きなメリットをもたらしています。人手不足が深刻化する中、従業員の手が回りきらない業務を担ってもらえることは、企業にとって重要な戦力となっています。
コーヒーチェーン店のオーナー梶真佐巳さんは「『高齢者の方に仕事をさせて大丈夫なの?』みたいな、ご心配の声もたくさん最初はいただきました。新たな戦力として私たちもすごく助かってます」と話しています。
市川さんも「動きが遅くなったりとか判断が鈍くなるかもしれないけど、人への気の遣い方だったりとか配慮っていうのはもう完全にずば抜けている」と、認知症の方々が持つ独特の能力を評価しています。
企業と当事者を繋ぐマッチングシステムも整備されており、介護関連の社会的企業が立ち上げた仕組みでは、地域の複数の介護事業所とコーヒー店やコンビニなどの受け入れ企業が登録し、働きたい人がスタッフと一緒に有償ボランティアとして働くことができます。
家族の不安と現実のギャップ|堀田聰子教授が語るデータ
慶應義塾大学の堀田聰子教授が紹介した調査データによると、認知機能が低下した方の一人での外出について、家族が不安や心配を感じることと、実際に起こったことには大きな差があることが分かっています。家族の不安は非常に高い一方で、実際の発生率は約1割程度に留まっています。
堀田教授は「何かあるかもしれないからという転ばぬ先の杖を突き過ぎることによって、ご本人がそれまで普通に、例えばお家のすぐ前の喫茶店に毎日お茶飲みに行ってました、新聞をって言うところも、もうこれも行かせてもらえないって言う風に思うと、ご本人が諦めてしまう。そして閉じこもってしまう。そうすると、生活の質も、社会的な健康も下がっていってしまう」と警鐘を鳴らしています。
実際に、89歳の中根澄江さん(アルツハイマー型認知症・要介護1)の息子である茂さんは、母親が食堂で働くようになってから「(仕事に)行ってる間っていうのは、我々家族も自由なんです。お互いが多少歩み寄ってくっていう、認知症の人が働けるものっていうのは(家族への)すごい協力としてはありがたい」と語っており、家族にとってもプラスの効果があることが示されています。
認知症新時代の街づくり|福岡市の先進的取り組み
福岡市では、認知症のある人にも暮らしやすい街を目指し、実際に当事者の困り事を聞きながら、その声を街づくりに生かしています。
認知症デザインによる公共施設の改善
福岡市認知症フレンドリーセンターの党一浩センター長と認知症当事者の武谷さんが一緒に街を歩き、実際の困り事を確認しています。認知症の人は脳の機能が低下しているため、視野が狭くなったり、距離感が掴みにくくなったりする影響が出ることがあります。
そこで導入されている「認知症デザイン」では、トイレの表示を視野が狭い認知症の人でも見つけやすいよう通常よりやや低めの位置に設置し、意味をより具体的に表現したピクトグラムで男女の違いを示し、文字も併記しています。こうしたデザインは現在、福岡市の公共施設や地下鉄など市内122カ所の施設に導入されています。
当事者の声を活かした商品開発事例
福岡市では、働きたい、誰かの役に立ちたいと望む認知症の当事者をオレンジ人材バンクに登録し、そのニーズを聞いて商品開発に活かしたいという企業と交流する場を設けています。
77歳のノブ子さん(アルツハイマー・レビー小体併発型認知症)は、商品開発に協力し、デジタルが苦手な人でも簡単に使える時計型の徒歩ナビや、結ばなくてもいいガーデニングエプロンの開発に助言しています。「認知症になるとどうしてもこう結ぶのはきちんとできなくて。これはワンタッチで。これでいいんですね」と実用性を確認しています。
特に注目されるのは、ノブ子さんの希望を活かして開発されたガスコンロです。色を区別しにくいという声を活かし、左のコンロのスイッチを緑、右をオレンジという分かりやすい配色にし、鍋などを乗せるごとくは通常の円形ではなく、より安定した大きめの四角形にしています。火の周りを黒に統一して青い炎が見えやすくし、消し忘れたら自動で消化する機能も付いています。
開発には延べ100人近くの認知症の当事者が参加し、実証実験を繰り返して完成しました。ガス会社の社員河野雄彦さんは、ノブ子さんから「私はこれからもガスで料理を作り続けたい」という言葉を聞いて開発を決意したと語っています。
専門家と当事者が語る認知症新時代の社会参加の意義
堀田聰子教授の見解
堀田教授は、認知症の人が働く上での台石となる共通するポイントとして、「ご本人ができないことではなくてできること。そしてお一人お一人がやってみたいこととか、ご本人たちの楽しみとか知恵に着目してそんな場を開拓していくこと。それからより良い環境にご本人たちと一緒に調整していくこと」を挙げています。
また、「その働きがご本人の元気だけでなくって、周囲の方々にとっても、地域にとってもちょっとした希望とか喜び、幸せになっている」ことが重要だと指摘しています。
働くことだけが社会参加ではないという点についても、「働くが目的ではないですし、有償の労働、そして、ボランティアということだけでなくって、誰かのため、何かのために日々することを広く捉えてみると、暮らしの中に、あるいは家の中にもできること、やりたいことたくさんある」と述べ、より広い視点での社会参加の重要性を強調しています。
藤島岳彦さんの実体験
3年前に認知症と診断され、現在は介護施設などで働いている藤島岳彦さんは、番組の中で「何回聞いてもいいよ、大丈夫だよ、安心だよっていうことをすごく推してくださったので、働きやすいなっていう風なことをすごく感じました」と語っています。
藤島さんにとって認知症は「できることがたくさんある。もっと増やせる」ものであり、実際に認知症になってからマラソンを始めるなど、新しいことにもチャレンジしています。「まだまだできる」という前向きなメッセージは、多くの人に希望を与えています。
まとめ
2025年7月15日放送のクローズアップ現代で紹介された認知症新時代の働く場は、従来の「認知症になると何もできなくなる」という固定観念を大きく変える内容でした。愛知県岡崎市の沖縄そば食堂や千葉県船橋市のコーヒーチェーン店での実例、福岡市の先進的な街づくりの取り組みなど、全国各地で認知症の方々が生き生きと働ける環境が整備されています。
堀田聰子教授が指摘するように、認知症は機能が低下した状態ではなく、暮らしにくさが出てきた状態と捉え、適切な環境を整備することで、誰もが自分らしく暮らし続けることができる社会の実現が可能です。
認知症の方々の「できること」「やりたいこと」に着目し、企業や地域が一体となって支援の輪を広げることで、当事者だけでなく家族や地域社会全体にとってもプラスの効果をもたらす働く場が創出されています。これは認知症の人だけでなく、すべての人にとって暮らしやすい社会づくりにつながる重要な取り組みと言えるでしょう。
※ 本記事は、2025年7月15日に放送されたNHK「クローズアップ現代」を参照しています。
※ 番組内で紹介された愛知県岡崎市にある沖縄そばの食堂(ちばる食堂)
※ 千葉県船橋市の駅前にあるコーヒーチェーン店(ドトールコーヒーショップ 船橋駅南口店)
※ 秋田県藤里町では、人材バンク(シルバーバンク事業)
※ 福岡市認知症フレンドリーセンターHP
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