2026年4月22日放送のNHKクローズアップ現代では、「危険運転致死傷罪」と世論のあいだに横たわる深い溝がテーマとなりました。スマホを見ながらの運転や自動運転の過信など、誰もが「危険だ」と感じる運転行為の多くが、実は危険運転致死傷罪の対象から外れているのです。本記事では、番組で紹介された遺族の声や専門家の見解をもとに、法律と世論がなぜかけ離れているのか、そしてこれから私たちは何を考えるべきかをわかりやすく解説します。
危険運転致死傷罪と世論はなぜ乖離する?クローズアップ現代が迫った法律の壁
2026年4月22日に放送されたNHKクローズアップ現代「こぼれ落ちる“危険な運転” 危険運転致死傷罪と世論」では、番組冒頭からキャスターの桑子真帆さんが「運転しながら他のこと、絶対にやめてください」と強く訴えかけました。番組が突きつけたのは、私たちが日常的に「危険だ」と感じる運転の多くが、刑の重い危険運転致死傷罪の対象になっていないという、驚くべき現実です。
取り上げられたのは、2026年3月20日に三重県亀山市の新名神高速道路で起きた、大型トラックによる6人が死亡した事故。起訴された大型トラック運転手・水谷水都代被告(54歳)は「スマートフォンの画面を見ていた」と供述しました。時速およそ82キロで走行中、前方の渋滞で停車していた乗用車に気づくのが遅れ、約9メートル手前で急ブレーキを踏んだものの間に合わず、子どもを含む6人の命が奪われたのです。ところが現状、この事案に適用されるのは過失運転致死傷罪であり、危険運転致死傷罪ではありません。
なぜこのような乖離が起きるのか。その鍵は、現行の危険運転致死傷罪が「故意に危険な運転をした場合」という非常に限定的な類型でしか成立しない点にあります。一方で世論は「これだけ重大な結果を招いた運転行為が、なぜ最も重い罪に問えないのか」と強い疑問を抱いています。この溝こそ、番組が真正面から取り上げたテーマでした。
ながら運転が危険運転致死傷罪に問えない理由|過失運転致死罪との違い
事故で人を死傷させたドライバーに対する罪は、大きく分けて2つあります。ひとつは「過失運転致死傷罪」で、不注意による事故が対象となり、刑の上限は7年です。もうひとつが「危険運転致死傷罪」で、故意に危険な運転をした場合に適用され、刑の上限は20年と大幅に重くなっています。
ここで多くの方が疑問に思うのが、「スマホを見ながらの運転は、どう考えても危険なのに、なぜ過失扱いになるのか」という点ではないでしょうか。答えはシンプルで、現行法においてながら運転は危険運転致死傷罪の類型に含まれていないからです。法律上「危険運転」と認定されるのは、アルコールや薬物で正常な運転が困難な状態、進行を制御できないほどの高速度、信号無視、妨害運転など、あくまで限定列挙された行為に限られます。
警察庁の分析によれば、スマホなどを使ったながら運転で事故が起きた場合、死亡事故に至る割合は通常の約3.4倍に跳ね上がるといいます。さらに、2025年のながら運転による死亡・重傷事故は148件に上り、過去10年で最多を記録しました。数字が示すのは、ながら運転の危険性は飲酒運転に匹敵するレベルだという事実です。それにもかかわらず法律の網がかからない——この構造的ズレが、遺族や世論の憤りを生み続けているのです。
スマホゲーム運転で9歳の息子を失った遺族・則竹崇智さんの訴え
番組で最も強く印象に残ったのは、愛知県一宮市の則竹崇智さんの言葉でした。10年前、則竹さんは次男の敬太くん(当時9歳)を通学路での事故で亡くしました。野球や空手に打ち込む活発な男の子だった敬太くんは、兄や友人たちと下校中、信号機のない横断歩道を渡っていたところをトラックにはねられ、前輪に巻き込まれて10メートル以上引きずられたのです。
このとき、ドライバーは横断歩道の約38メートル手前で敬太くんたちの存在に気づいていたにもかかわらず、スマートフォンゲームに気を取られて約3秒間画面を注視。再び前方を見たときには、もう手遅れでした。「ゲーム?ゲームしてて跳ねて殺したのか」——則竹さんのこの言葉には、10年経ってなお消えない怒りと悲しみが滲んでいます。
裁判でドライバーに適用されたのは過失運転致死罪、判決は禁錮3年でした。則竹さんは「非常に軽いな、というのが率直な感想」「危険運転の中に入れていくこと、それが国民への啓発でもある」と語ります。10年前から訴え続けてきた人の目には、新名神高速の事故もまた、繰り返される悲劇の一つに映ったことでしょう。筆者の個人的な意見としても、「画面を3秒見続けていた」という行為を「不注意」と呼ぶのは、もはや言葉の感覚として世論と乖離していると感じます。法律が現実に追いついていない典型例ではないでしょうか。
自動運転を過信した「ながら運転」事故と世論が求める法整備の方向性
もう一つ番組が掘り下げたのが、運転支援システムを過信したことによる事故です。2024年、旅行中だった神農諭哉さん・彩乃さん夫妻の家族4人が高知県を走行中、対向車線から突如飛び出してきた車に衝突されました。この事故で、当時1歳の長男・煌瑛(こうえい)ちゃんが亡くなったのです。
起訴状などによると、加害者の被告は車線維持をサポートする運転支援システムを使いながら、自動車専用道路を走行中にシートベルトを外し、運転しながら助手席足元のサンダルに履き替えようとしていたとされます。そのときハンドルが大きく回転したことで運転支援システムが解除され、対向車線へ突っ込んだといわれています。理由は「ラーメンを食べに行くのにサンダルに履き替えたかった」「タンクトップだったので革靴だとバランスがおかしい」という、あまりに軽い動機でした。
諭哉さんは「究極のながら運転」と表現し、「今のままでは予想外な事故が起きてしまう」と危機感を訴えます。自動運転や運転支援技術が普及する中で、「機械が運転してくれている」という過信は、新たなタイプのながら運転を生んでいます。世論が求めているのは、技術の進化に合わせて柔軟に対応できる法整備だと筆者は考えます。今の「限定列挙方式」では、常に新しい危険が法の外側にこぼれ落ち続けてしまうからです。
ひき逃げ事件の時効と危険運転致死傷罪|小関さん親子の10年の闘い
「こぼれ落ちる危険な運転」の象徴的な事例として、番組はもう一件、ひき逃げ事件にも光を当てました。2009年9月、自転車で帰宅途中だった小関孝徳くん(当時10歳)が車にはねられ、さらに対向車線を走ってきた別の車にひかれて亡くなりました。両方の車がそのまま逃走したとみられ、現場に防犯カメラもなく、捜査は難航しました。
母親の小関さんは、事件現場に通い詰めて行き交う車のナンバーを約10万台記録し、警察に情報提供を続けてきました。そこで立ちはだかったのが「時効」の壁です。過失運転致死罪の公訴時効は10年、危険運転致死罪の時効は20年と、2倍の差があります。小関さんは、加害者が飲酒運転や無免許であった可能性が否定できないと訴え、容疑の切り替えを求め続けました。
結果として、過失運転の時効成立12日前、警察は容疑を危険運転致死に切り替え、捜査は現在も続いています。しかし警察庁によると、この4年間で時効が成立した死亡ひき逃げ事件は26件あり、そのすべてが過失運転の疑いで捜査されていたのです。逃げきれば罪を免れる——小関さんが訴える「逃げ得」の現実は、まさに世論と法律がかけ離れている証左といえるのではないでしょうか。
川本哲郎氏が語る危険運転致死傷罪のあるべき姿と過失運転致死罪の課題
番組にゲスト出演した川本哲郎さん(京都犯罪被害者支援センター副理事長・全国被害者支援ネットワーク監事)は、交通事故と法制度に詳しい専門家の立場から、核心を突く指摘をしました。
川本さんによれば、政府の検討会や審査会でもながら運転の危険運転化は議論されたものの、「動画ゲームを見続ける運転は危険と言えても、カーナビや景色を一瞬見ただけで危険運転とできるのか」という線引きの難しさから消極的意見が多く、国会には上げられなかったといいます。現在国会で審議されているのは、飲酒運転と速度超過の数値基準設定、そしてドリフト運転の追加の3点が中心です。
実際、2026年3月には政府が自動車運転処罰法改正案を決定し、4月17日には参議院本会議で全会一致で可決されました。高速度は主に一般道で最高速度の50キロ以上、飲酒は体内アルコール濃度が呼気1リットル中0.5ミリグラム以上という数値基準が新設される見通しです。ただし川本さんは、「類型で限定していくやり方はもう限界」「悪質・無謀・危険な運転を処罰し、その内容に応じて限定をかけていく方が優れている」と強調しました。この視点は、筆者も深く同意するところです。技術革新のスピードに法律が追いつくためには、包括的な概念での規制が不可欠だと考えます。
世論と法律のかけ離れを埋めるために|教育・啓発と自転車のながら運転
川本さんが番組の終盤で強調したのは、「適正な処罰」だけでなく「教育・啓発活動」の重要性です。飲酒運転が「重大な犯罪」として社会に浸透するまで、約50年かかったと川本さんは振り返ります。つまり、法律を変えるだけでは社会は変わらないのです。
特にスマホや自動運転のような新しい技術が登場すると、国民の意識が追いつかず、つい「みんなやっているから」という感覚で危険な行為に手を出してしまいます。これを変えるには、国や社会が粘り強くメッセージを発信し続ける必要があります。
また番組では、自転車のながら運転への注意も呼びかけられました。2024年11月の改正道路交通法施行により、自転車の「ながらスマホ」には罰則(刑罰)が新設され、さらに2026年4月1日からは青切符制度(交通反則通告制度)の対象となりました。クルマの運転者だけでなく、自転車に乗るすべての人が「自分事」として考えるべき問題です。筆者としては、この番組をきっかけに、家庭内や職場でも「ながら運転はしない・させない」という会話が増えることを強く願っています。世論と法律のかけ離れを埋めるのは、最終的には一人ひとりの意識の積み重ねだと思うのです。
まとめ|クローズアップ現代が問いかけた危険運転致死傷罪と世論の溝
クローズアップ現代「こぼれ落ちる“危険な運転” 危険運転致死傷罪と世論」は、私たちに重い問いを突きつけました。ながら運転、自動運転の過信、ひき逃げ——これらは社会の誰もが「危険」と感じる行為でありながら、現行の危険運転致死傷罪からこぼれ落ちている現実があります。
則竹崇智さん、神農諭哉さん・彩乃さんご夫妻、小関さん。取材に応じた遺族の方々に共通していたのは、「二度と同じような事故を繰り返さないでほしい」という痛切な願いでした。2026年の自動車運転処罰法改正は大きな一歩ですが、それでもまだ、ながら運転は対象外のままです。川本哲郎さんが提案する「悪質・無謀・危険」という包括的なアプローチは、今後の法改正の方向性を考えるうえで重要な示唆を与えてくれます。
そして何より、交通事故は他人事ではありません。自分や大切な人の身にいつ起きてもおかしくないからこそ、「自分の運転が何を招くだろうか」を問い直すことが、一人ひとりに求められているのではないでしょうか。
※ 本記事は、2026年4月22日放送のNHK「クローズアップ現代」を参照しています。


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